冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す   作:片栗粉

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アルタイルの息子、ダリムがチンギスハーンを暗殺したというアサクリ公式に則っております。


記憶

 泉の村の直ぐ近くにある打ち棄てられたあばら家で、仁は竈に火を焚きながら、板の間に横たわる男の様子を見ていた。以前薬師から教わった解毒の作用があるという水苔を煎じて飲ませたが、上手くいったようでほっとした。

 既に男の呼吸は元の穏やかなものに戻っており、大量の汗も引いていた。休息を取り、体力が元に戻れば目覚めるだろう。

 男の目的が何であれ、仁には彼の中に己と似た何かを感じていた。それが何かは漠然としか分からぬが、言葉も通じない異国でただ一人。誰の助けも借りず、人知れず敵を殺す。その姿が対馬の冥人と崇められ、畏怖される存在と似ている。と、そう思った。

 

「お主は一体何者なのだ」

 

 知らずに口をついて出る。傷ついた鷹のように横たわるこの男の事を知りたいと思った。

 

「────」

 

 男が何かうわごとを言った。異国の言葉で何かは解らなかったが、酷く苦し気で、辛そうだった。

 額に滲んだ汗を拭ってやろうとした時、身じろいだはずみで、男の腰につけた革袋から何かが落ちた。

 

「何だ……?」

 

 ごとり、と重量を持った音を立てて転がり出たそれは、童が遊ぶ鞠のように丸いが、硬く重そうだ。鉄鋼とも鐵とも違って山吹色を暗くしたような色合いであった。

 周りはぐるりと見た事のない紋様で飾り彫りされている。

 

「これは……!」

 

 指先が触れた瞬間、それが眩い光を放った。驚いて指を離そうとしたが離れない。

 次の瞬間、目の前に驚くべき光景が広がっていた。

 

 まず音と色彩の洪水。生まれてこの方見た事もない景色が広がっている。

 岩と、砂の海。険しい岩山。石造りの家、岩を掘り出したような堅牢な城。対馬とは比べ物にならぬくらい厳しい地で、目の前で横たわっている男と同じ装束を纏った者達が、厳しい鍛錬に勤しんでいる。

 場面が変わる。

 石でできた家や高い城に囲まれた広場で、木材でできた演台のようなものを民が囲み、何やら騒いでいる。演台の垂木には、幾人もの人間がぶら下がり事切れていた。これは、刑場だ。演台の上に立つ男は何やら声高に叫んでいる。あの銀の鉄兜の武者とよく似た鎧兜だった。

 鷹が飛ぶ。城郭の上に男が居る。真白い異国の装束。天守の鐘がけたたましく鳴り響いた時には男の姿は消えていた。

 男は刑場で騒ぐ民衆の中に紛れ込んでいた。ゆっくりと未だ声高に何かを叫ぶ武者に向かって近づいてゆく。あと数歩。背中の弩で護衛二人を始末し、その身体を踏み台にして跳躍した。まるで鷹が獲物を見定めたかのように。

 左手の爪が武者の首にかかり、瞬く間にその命を奪い去っていった。

 

【聞こえるか。護り手よ】

 

 頭の中に何者かの声が聞こえた気がした。頭の中を掻き回されるような、不快な声。

 気づけばそれから引き剥がされるように、強い力で腕を引かれていた。

 

「おい! お前、それに触ったのか!?」

 

 気がつけば、目の前にはあばら屋の板の間が広がっていた。そして、眉間に険しい皴を寄せてこちらを睨みつける男。その口から出る言葉は、先程まで少しも分からなかったというのに、何故か昔から知っていたかのように理解できる。

 

「お主……俺の言葉が判るのか……?」

 

 呆然と問うと、男は目を瞑って溜息を吐いた。まるで何かを後悔しているかのようだ。

 

「お前が【知恵の果実】に触れてしまったせいだ。俺からすれば、お前の言葉は我が祖国の言葉と同じに聞こえる」

「どういう事だ」

「詳しく説明している暇はない。これは人間が扱い、理解する事すらできない恐ろしい代物だ。我々は長い間それを守ってきた」

「それが、アサシンとやらか」

「そうだ。モンゴル帝国、いや、テンプル騎士団に奪われた果実を取り返す為にここまで来た」

「テンプル騎士団……」

 

 先程知恵の果実とやらに触れた時に視た断片は、その果実を巡って恐ろしい争いが巻き起こったというものだった。それはアサシンとテンプル騎士による争いだけではなく、世界を巻き込む渦に変わっていった。

 

「何故対馬に奴らが来たのだ?」

 

 男は不思議な色の瞳で仁を見つめた。

 

「【知恵の果実】で、新たな秘宝を見つけたのだ。この忌々しい果実と同じ【かつて来たりし者たち】が作った恐ろしい秘宝が」

「かつて来たりし者たち……」

 

 その言葉を口にした途端、得体の知れない怖気が背に走った。あの最後に聞こえた【声】は聞く相手を有無を言わさず屈服させるような強さがあった。

 

「この対馬の地に斯様な代物があるのだとしたら、みすみす彼奴等に渡すことはできぬ」

 

 また、あの時のように、この地が民達の血に染まるのを見るのは仁には耐えがたかった。あらゆるものを喪ったが、この地は仁にとって最後の拠り所だった。

 

「異国(とつくに)の武士(もののふ)よ、この境井仁が助太刀する」

 

 仁の新月の夜空のような瞳が、じっと男の深緑色の眼を見つめた。

 

「サイード・イブン・ラ・アハド。サイードでいい」

「では俺も、仁でよい」

 

 二人の男の表情が緩み、声も無く笑った。共にこれから死地に赴くとは思えない、年相応の、安らかな笑みだった。

 

 

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