冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す 作:片栗粉
サイードと名乗った男は、自分がアサシンの一族である事。掟により【果実】を守護し、人々の自由を奪う者と戦う事、そしてチンギス・ハーンを討ったのは己の師であり叔父だと話した。
「それは誠か……いや、それに触れた時、見えた。蒙古の兵が一人いたような気がする」
「恐らくそれはクラン・ガル。モンゴル支部のアサシンだ。彼と共に我が師、ダリム・イブン・ラ・アハドは見事チンギス・ハーンを討ち取った」
俄かには信じられなかったが、あの知恵の果実に触れた時、白い装束の刺客が、蒙古の兵を一人伴い、チンギス・ハーンを暗殺する光景が見えた以上、信じるしかないだろう。
「アサシンとテンプル騎士の戦はどれほど前から続いておるのだ?」
「……我らが生まれるずっと前からだ。我が祖父の祖父……それ以上いにしえの世から続いていると聞いた。」
「そのような前からか……」
「我らは表立っては動かん。それがアサシンの信条だ。闇に生き、光に奉仕する。其は我ら也」
「闇に生き……光に奉仕する」
まるで冥人だ。サイードが左手を出した。薬指が欠けた浅黒い左手はごつごつと節くれだった戦う者の掌だ。
右手とは少し違う装飾が施された籠手。一見しても仕込み刀があるとは思えない作りだ。
「その仕込み刀、手首から出るのだな。薬指が欠けておるのはそのせいか」
サイードが頷き、氷を斬る様な音を立てて刃が飛び出した。この鋭い刃で鎧の隙間を刺されたらどんな屈強な重装兵もひとたまりもないであろう。刺客を生業とする者が編み出した、闇討ちに特化した武具と言っても過言ではない。
「そうだ。一人前のアサシンとなる時に指を切り落とす」
「俺には荷が重そうだ」
サイードに竈の火で炙った干し肉を渡しながら言った。
薬指を失えば太刀を振るのにも難儀する。自分が使うにはかなりの危険を伴うだろう。
「そうか? お前の身のこなしは砦の見習いアサシン共より余程優れていたぞ。あとは持久力だけだがな」
「見習とな……お主らの砦には天狗ばかりいるようだな」
「テング……?」
呆れたように竃で湯を沸かしながら言うと、豪快に干し肉を噛み千切るサイードが首を傾げた。
「して、あの者らは何者だ」
簡素であるが夕餉を摂り、火の元で休息を取った異国の刺客は大分体力が戻ったようで、既に身を起こし身支度を整えていた。
数日は動くこともままならない毒を打ち込まれて、大した回復力だと仁は内心舌を巻いていた。
「奴らはテンプル騎士団。十字軍の中でも悪名高いアルビジョア十字軍だ」
彼は銀細工に紅い十字の意匠を象った首飾りを差し出した。テンプル騎士は皆そのような首飾りを身に着けているらしい。
アルビジョア十字軍。ローマ教皇インノケンティウス3世の呼びかけによって作られた部隊。南仏の都市アルビで聖職者達の堕落に反発した民衆運動が起こり、それを鎮圧するためにアルビジョア十字軍が送られた。一度異端と認定されれば、見境なく火刑に処すという過激な異端審問を行っていた。
「異端と認められば、奴らは容赦しない。虐殺した民はゆうに一万を超える。女も男も、老人も子も、見境なしに火炙りだ」
「なんと惨い事を……」
「そんな奴らが新たな【果実】を手に入れたらどうなるか分かるだろう。行き過ぎた秩序の果ては、混沌だ」
まるで蒙古と同じだ。奴らは力のない民も蹂躙し、奪い、殺戮する。民草の命を路傍の石のように扱う輩に、そのような力がと考えたらと仁は寒気すら覚えた。
「だが、もう既に仕留めた筈ではないか? 知恵の果実も手元に戻った」
仁の問いかけに、サイードは首を振った。
「いや。騎士は三人送り込まれた。あの場にいたのはレイナードという騎士で、三兄弟の末子だ」
「兄弟の騎士が送り込まれたのか……?」
「俺が殺したレイナード、三人の中で最も残虐な重装騎士のイライジャ、長兄のサヴァン。サヴァンには気をつけろ。奴が一番厄介だ」
「厄介?」
「目的の為なら味方すら犠牲にする冷酷な男だ。自分の兄弟であってもな。俺がレイナードを殺した事で、居場所がバレた筈だ」
「まさか自分の弟を囮にしたのか……」
「奴はそういう奴だ。本当は俺の他に四人の同志が共に来るはずだったが、皆、サヴァンに謀られ殺された。だから俺が奴を殺さねばならない。死んでいった同志の為にも」
薬指の欠けた左手を白くなるほどに握り締める異国の戦士に、仁は何とも言えない心持ちになった。言葉も通じない異国でただ一人、己の務めを果たさんとする重圧は如何ほどのものであろうか。
「だが、今のお主のその身体ではまだ戦うのは無理だ。曼殊沙華の毒を抜くには数日は掛かる。だから俺が先に物見に行こう。よいか」
「ああ。今の状況ではお前の助力が不可欠だ。頼む。レイナードを殺した傍の林を北へ進んだ所にある洞窟に兵が入っていくのを見た事がある。そこから見てきてくれ。俺は少し装備を整えておく」
「承知した」
仁は立ち上がると、太刀を取り面頬を付けた。その背中に「おい」というサイードの声がかかった。
「なんだ」
「安全と平和を。兄弟」
「……では、行ってくる」
その意味は分からなかったが、仁は律儀に軽く頭を下げ、あばら家を後にした。