冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す   作:片栗粉

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鉱山

愛馬が雪を蹴立てて芒の原を駆け抜ける。仁は手綱を取りながら、俄かに黒く淀んできた空を見上げた。

 

「吹雪が来る前に着ければよいが……」

 

不意にくらりと視界が暗くなる。そういえば暫く何も口にしていない。馬の脚を緩め、小さな革袋を手に取った。あばら家から出る前にサイードから貰ったものだ。彼の傷の看病をしていたら「お前こそ何か食え。酷い顔だ」と言われてしまい、半ば強引に持たされたのであった。

 

「でーつ、と言っていたか」

 

親指くらいの大きさの、褐色の干した果実。恐る恐る齧る。すると濃厚なねっとりとした甘さが舌の上に広がって、思わず眼をしばたたかせた。干し柿にも似ているが、それよりも甘く、香ばしいコクがある。

 

「これは美味いな。有難く頂こう」

 

食べてみるか?と愛騎へ差し出すと、掌を優しく喰まれる。彼も気に入った様子で、機嫌よく鼻を鳴らした。

一人と一頭は束の間、異国の果実を堪能していた。

 

 

風が強くなりつつつある。街道から竹林へ入る。枝に付いた雪が落ちて既に痕跡は消えつつあった。

サイードがレイナードを斃した芒の原へ進むと、雪に刺さった矢を見つけた。

馬を降り、注意深く辺りを調べる。雪に埋もれるようにして倒れている蒙古兵の骸を一つ一つ検めたが、銀色の鎧姿はなかった。

 

「骸が無い。誰ぞやが持ち去ったか」

 

地面に這いつくばるようにして、痕跡を探す。微かに、新雪が不自然に凹んだ場所を見つけた。

細心の注意を払って、雪を払う。すると、粉雪の下から硬く踏みしめられた足跡が出てきた。

 

「この沈み方、重い何かを抱えておるはずだ」

 

愛馬には少し離れて付いてくるように言い置くと、傍にあった笹の枝を手折った。その葉で柔らかい新雪を払いながら進んでゆく。

新雪の下の足跡は時折赤い染みを散らしながら林の奥へと続いていた。

 

「林の奥の洞窟と言っていたな。行ってみよう。風」

 

仁は風に跨ると、林の奥へと進んでいった。

 

林を暫く進んだ所で、不穏な空気を感じた。身を切るような冷たい風の中に微かに溶ける香り。何かが焦げる嫌な臭いだ。

進むにつれて、それが強くなってくる。馬腹を蹴り足を速める。視線の先に、黒い煙が立ち昇っているのを捉え、さらに強く馬を急かした。

 

「何と……」

 

恐らくそこは、流民の野営地であったのだろう。

散らばった食物や、籠。そして人の身体だったもの。男、女、幼子。見境なく。

そして肉が燃える臭いに混じって漂うそれは獣油。蒙古の野営地にあった壺の匂いだ。奪い、殺した後に油をかけて燃やしたのだろう。

 

「惨い事を……」

 

真っ黒な炭になった骸を検める。恐ろしい力で潰され砕かれた頭や、身体。

大きな熊か、いや、鬼に千切り裂かれたのかと思うほどに。

 

「一体、何が……」

 

死臭に顔を顰めていると、微かに声が聞こえた。

 

「う、うう」

 

視線を巡らせれば、紅い雪に埋もれ蠢く身体。誰かいる。

 

「おい! 大事ないか!」

 

駆けよれば、片腕と腹を無惨に潰され、息も絶え絶えにあえぐ男。抱き起してみれば、今にも吹き消されそうな命の灯から必死に抗っていた。

 

「お侍……さま」

「何があった」

「行ってはなりませぬ……あの窟には……鬼が……」

「鬼?」

「鉄の頭をした恐ろしき鬼です……山のような大男で……」

 

恐らくテンプル騎士だろう。サイードから聞いていた三兄弟の二男、イライジャではないだろうか。

 

「お主らの仇は必ず取る」

「何卒……我が子達を弔うてくだされ……」

「わかった、もう眠れ……」

「ありがとうございまする」

 

そう言って、男は事切れた。冷たくなった掌を強く握る。必ず、その屈辱を晴らしてやると決意しながら。

 

―――――――

 

洞窟は外と違い湿り気のある冷気が頬を刺す。野営の骸を粗方葬ってからの出発だったので、夜半になってしまったが、光すらない洞窟では意味など無かった。

 

「せめて松明か何かあればな」

 

片手を壁に付いたままゆっくり進む。愛馬は洞窟から少し離れた場所へ繋いだ。心配そうに鼻を摺り寄せる風の首を一撫ぜして「必ずもどるからな」と言い残した。賢い相棒だ。己の身に何かあっても自力で生き延びられるだろう。そう信じている。

一寸先すら見えない闇の中を進む。人が一人通れるくらいの洞窟だが、かなり通りやすくできており、恐らくは人が作った物だろう。

不意に、ぼんやりと赤く揺らめく光が見えた。

 

「灯りか?」

 

念の為に用心して、身体を低くして移動する。風が動くのが肌に感じていた。出口が近い。

 

――オオォオオオオ!

 

獣のような咆哮が微かに聞こえた。いや、獣というには生ぬるい。まさに、山に棲む人食い鬼の如く、悍ましき咆哮。

 

「何だ……あの声は」

 

じわりと背に汗が滲む。ゆっくりと進んでゆくと、唐突に洞窟が開け始めた。外に出たのだ。風と雪は止んでいて、煌々と真白い月が天上に輝いている。

地上には、至る所で松明が灯されて、月明かりと相まってその姿が良く見える。数人の蒙古兵が松明を持ち、人足として攫ったのであろう民たちの作業を監視していた。彼等は何かを掘り出しているようだ。

 

「これは、鉱山か」

 

あの洞窟は、鉱山に続くものであったのか、と仁は得心した。

上県には鉱山がいくつかあるとかつて伯父からも聞き及んでいた。だが、今はほぼすべてが閉山しているはずだ。

 

「彼奴等は何を探しておるのだ……」

 

高台に移動し、辺りを見回す。幸い弓兵はいないようだった。

中央の開けた場所に蒙古の天幕がいくつか並んでいる。大きく焚かれた篝火の前で、数人の兵が集まっている。

その中に一際大きな兵がいるのに気づいた。地面に力なく横たわる銀色の騎士の前で首を垂れているようにも見える。

何かを叫んでいる。風に乗ってくるその音を捉えた。

 

――おお、レイナード! 我が弟よ! 誰がこんな事を! 必ずお前の仇を討ち、異端者共のはらわたを引き摺りだして磨り潰してやる!

 

【知恵の果実】に触れたからか、男の言葉が仁にも理解できた。だが血の滲む如く放たれたそれはあまり歓迎されていない事を現していた。傍らに男の得物らしき武具が置いてある。先に夥しき鋭い棘の付いた鋼の棍棒。それで野営の民達を蹂躙したのだろう。

まさに鬼畜の所業と言っても等しかった。

 

「あれが、次男か……まさに獣畜生だな」

 

恐ろしい慟哭を放つ大男を見つめながら、仁は夜闇の中へ飛び込んでいった。

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