冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す 作:片栗粉
『レイナードを殺した奴を連れてこい! 俺が嬲り殺してやる!』
その言葉に、兵達が蜘蛛の子を散らすように散開する。天幕の中に彼奴等が探しているものの手掛かりがあるかもしれないと、仁は目星をつけていた。
鉱山は高低差があり、使われなくなった坑道も至る所にある。隠れ場所には不自由しなさそうであった。
高台からひらりと身を躍らせた。受け身を取って、素早く坑道のひとつに身を隠す。重い鎧の足音がすぐ近くに聞こえた。短刀を抜き、呼吸を整える。
視界に蒙古の軽装兵を捉えた。
「──!」
仁の長い左腕が兵士の首に巻き付き、口を塞ぐ。剣を抜かれる前に、脇腹の急所と脇下を突く。くぐもった悲鳴が掌越しに聞こえた。松明を持つ手が地面に落ちそうになったが、それを左手で受け止める。
もう悲鳴は聞こえない。
(まずは、囚われた民達を救わねば)
骸を暗がりに引き摺ってから、松明を手に取る。ふと、何かを思いついたように松明を見つめた。
『火だ! 火を消せ!』
『ダメだ! 獣油を燃やしやがった! 水はかけるな!』
蒙古兵の叫び声が響き渡る。至る所に放置されていた獣油の壺を割り、松明で火をつけたのだ。炎はみるみる回り出して兵士達は浮き足立ち、作業を強制されていた民達はその隙を突いて逃げ出して行く。
バタバタと火を消すために走ってゆく蒙古兵から隠れながら、逃げ遅れた民がいないか見て回る。捕らえられた民達は坑道の中に作られた粗末な寝床で寝起きしていたようだ。既に人はおらず、気配もない。
(粗方逃げ果せたか)
坑道の中は蟻の巣のように複雑で、所々に松明が灯されていなければ出る事すら困難そうである。早々に立ち去ったほうがいいだろうと判断し、出口を探し始めた時だった。
「何だ?」
橙色の松明を辿ってゆくと、明らかに先程までとは違う空間に出た。猫足の卓や腰掛けは蒙古のものとは明らかに違う装飾が施されていて、敷物も獣の毛皮ではない上等な織物だ。卓の上には蝋燭と、白い羽根があり、その上には書きかけであろう書簡のようなものが置いてある。
「これは……」
己が知るよりざらつき、分厚いその紙には何やら書かれている。常なれば読むことさえ叶わぬ異国の文字であるが、知恵の果実に触れたせいなのか、不思議と内容が読み取ることが出来た。
──サジタリウスからレオへ。
──極東の島国にて古きもの達の痕跡を発見した。この島にエデンの果実が存在するのは間違いないだろう。しかし、現在モンゴル帝国の侵略を受けている為、思うように調査が出来ない。
──大都の騎士へ繋ぎを取り、一刻も早く皇帝からのお墨付きを頂きたい。願わくば大規模な兵と調査団の増援を求める。
──我々は引き続き果実の発見を急ぐ。
──追伸、この島国はアサシンの影響すら受けていない。もしもアサシンの勢力下へ置かれれば我々にとって脅威となりうる可能性があるだろう。
──叡知の父の導きがあらんことを。
「古きもの……果実」
聞き慣れない言葉を口の中で転がす。この書簡から見るに、テンプル騎士というものはあらゆる勢力の中に巣食っているのだろう。決して表には出ず、影の中で。そしてアサシンはその陰の勢力と幾千歳にも渡り戦っている。俄かには信じがたかったが、この書簡を見る限りこの対馬でエデンの果実とやらを探しているのは本当だろう。
「奴らより先に果実とやらを探さねばならぬな……取り敢えず、この書簡はサイードへ渡そう。何ぞ分かるかもしれぬ」
さじたりうす、れお。何かは分からないが、恐らくは符牒の類かもしれない。そう考えて仁は書簡を懐へ入れ、用は済んだと其処を離れようとした時であった。
ぶわり、と背に大きな殺気を感じて反射的に卓から跳び退れば、背後から空気を切り裂いて何かが放たれ、洞窟中に響き渡るような轟音が鳴り響いた。破片から咄嗟に眼を守っていた腕をどけると、先程まで仁が居た卓と腰掛けが粉々に砕かれている。
ずしり、と重い足音がすぐ近くで聞こえた。
『ほう。ネズミが一匹紛れ込んでいたようだ。いや、ネズミと言っても子ネズミかな?』
腹の底から不快になる下卑た笑い声に顔を上げる。銀色の鎧兜を纏った大男が、腹を減らした獣のようにぎらぎらとした殺気をみなぎらせてこちらを見ていた。恐らく身の丈は八尺近い。まるで山のような、という表現はあながち間違いではなかったようだ。
手には重そうな棍棒。高台で見た形ではなく、棍棒の先には太い鎖と棘の付いた鉄球が繋がっている。絡繰り仕掛けか、と仁は内心舌打ちした。
「貴様が、次男の『いらいじゃ』か」
低く仁が呟けば、大男はぴくりと肩を動かした。
『貴様……貴様がレイナードを殺したアサシンか!』
イライジャが丸太のような腕で洞窟の壁を殴りつけた。びしりと岩肌に罅が入り剥がれ落ちる。
(何という膂力だ。化け物か)
じりじりと距離を取る。左手で道具袋から煙玉を男から死角になるように取り出した。恐らく正面切って戦っても勝ち目はないであろう。あの分厚い鎧には太刀は通らない。別の手が必要だ。
『このイライジャ・ド・ボードワンが弟の仇として貴様を討つ!』
声高に叫ぶイライジャをひたりと見据えた。
「罪無き民に惨い仕打ちをしたな。この冥人がお主の首、貰い受けようぞ」
『ハハハ。子ネズミが。手足を潰し、生きたままはらわたを引き摺りだしてやる』
鉄球が唸りを上げて襲い掛かる前に、仁はありったけの力を込めて煙玉を叩きつけた。
戦闘シーンまで行きつけませんでした……orz