長かった………
「………どうしたもんかな」
とある平日の昼下がり。
昼食の焼きそばパンを片手に学園の屋上にやってきた敬は途方に暮れていた。
これまで昼休みには誰もいなかった唯一のオアシスは、日を追うごとに人が増え、今やベンチが全てリア充共で埋まってしまったのだ。
「場所を変えるか」
出来るだけ人のいない場所を探して彷徨っていると、学園の中庭にたどり着いた。
十数メートル四方の広場に幾つかベンチが置かれ、その中央には広場全体を覆うほど巨大な木が植えられていた。
幸運にも人気はなく、昼食を取るには絶好の場所であった。
木陰に入り幹を背に座ると、微かな木漏れ日と緑の匂いが敬を包み込んだ。
「うん、雰囲気悪くないな。いただきまーす」
焼きそばパンの封を破りかぶりつこうとしたその時。
「おい貴様、何故そこにいる」
いつの間にか敬の周りに数人の影が集まっていた。彼が顔を上げると、頭に獣耳がついていたり、尻尾が生えたり羽が付いている男達が敬を見下ろしていた。
「獣人?俺に何の用だ?」
獣人とは五界の一つ『大自然郷アシリ・ヤ・ワンヤーマ』に住む種族である。獣人と言っても犬の特徴を持つワーウルフ、猫の特徴を持つケットシーなど様々な種族がおり、簡単に一括りに出来るものではない。
その中で敬に声をかけたのは、中央の黒い獣耳の男だった。敬より体格が一回り大きいその男は明確な怒りを持って敬を睨みつけていた。
「そこは俺達のナワバリだ」
「ナワバリ?何それ」
「この中庭と大樹はファウラの姉御率いる群れのものだ。お前の様な余所者が近づいて良い場所ではない。さっさと退け、痛い目を見たくなければな」
本来、無駄な争いを避けたい敬としては大人しく身を引いていただろう。しかし、いかにも自分を見下した言い方に敬はちょっとムカついた。
「どうした。退けと言っている」
「正直獣人のことはよく知らんし、群れとかナワバリのシステムもよくわからん。だけど、この中庭はお前達のものである前に学園のものだろう。であれば俺がここで飯を食う権利はある筈だ」
「だから俺達のナワバリだと言っているだろう」
「そんなこと知るかよ。てか飯食うぐらいでカリカリすんなよ。焼きそばパン食い終わったらすぐ退くからさ」
敬は獣人の事など気にせずパンを口元に持っていく。
「さっさと退けと言っているだろう!」
バシィ!
「は?」
今まさに敬の口に入ろうとしたパンを獣人が蹴り飛ばした。
周囲に焼きそばを撒き散らしながらパンは綺麗に放物線を描き、石畳に無惨に叩きつけられた。
「次はお前の頭を同じようにするぞ。これが最後の忠告だ。そこを退け!」
「…………………………………………」
敬は獣人に蹴り飛ばされた昼食に視線を移す。
一人の時間を邪魔されただけでなく、数量限定早い者勝ちのプレミアム焼きそばパンを失ってしまった。
「どうした!答えろ!」
「なぁ。俺さ、こんな事でキレたくないんだわ」
「何?」
「確かにお前たち獣人にとってはナワバリは重要なものかもしれない。でも俺は人間だ。今お前達は他人に自分の価値観を無理矢理押し付けてんだよ」
「それこそ俺達の知った事じゃない。ナワバリはナワバリだ」
「聞く耳持たず、か。その頭の三角は飾り物か?」
「話をはぐらかすな!退くか退かないか、どっちだ!」
獣人は敬の胸ぐらを掴み上げる。
だが敬は顔色ひとつ変えず、目の前の獣人を真っ直ぐ見つめる。
「退くかよ、断る」
「そうか、ならば死ね!」
獣人は持ち上げた手を離し、敬の頭めがけて回し蹴りを放った。
「オラァッ!!!!」
蹴りは見事に敬のこめかみにクリーンヒット。
しかし、
「何っ!?」
『ガンッ!』という岩でも蹴った様な音が中庭に響き渡り、しかし獣人の足は敬の頭で止まったままだった。
「な、貴様何をした!」
「教えても理解できねぇよ。てかお前今の威力、本気で殺る気だっただろ………!」
「っっっっ!!!!!」
敬が獣人達を睨み返すと、何かを感じたのか彼らは数歩後ずさった。
「ギャレオさん、こいつ、やばいっすよ!俺の本能がそう言ってるっす!」
隣の鳥の様な羽を持った獣人がそう呟く。
どうやら敬を蹴った獣人はギャレオと言うらしい。
「むぅっ……しかしここは俺達の、強いてはファウラの姉御のナワバリ!たとえ命をかけてでも守る義務がある!オラァァァァァァ!」
再び襲いかかるギャレオ。
しかし敬に一度恐れを成したからか、先の鋭さは無くなっていた。
「仕方ない。ナワバリとは関係ないが、お前に一ついい事教えてやる」
敬は迫る拳をヒラリと躱し、指をデコピンの形にしてギャレオの額に当てる。
「他人を殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだ」
パァン!
「ゲボァァァァァァァ!!!!」
ギャレオはデコピンで思いっきり吹っ飛び、そのまま中庭の壁に頭から衝突した。そして彼は地面に倒れ伏し、気絶してしまった。
「ギャレオさん!!!」
鳥の獣人が気絶したギャレオの元へ向かう。
「殺しはしてない。気絶してるだけだ」
「ただのデコピンでこの威力!?お前、何者っすか?」
「何者も何もただの人間だ」
「ふざけるな!ただの人間がギャレオさんに勝てるわけないっす!」
「現に勝ててんだろ」
「この野郎!調子に乗りやがって!」
『お前達!!!!!そこまでだ!!!!!』
「「!!!!!!!!」」
突然中庭に響いた女性の声に、敬と獣人の両者がピタリと動きを止める。
そこに現れたのは狐の様な耳と尻尾を持つ茶髪の女獣人だった。
「フ、ファウラさん!?」
「ファウラって、こいつが?」
ファウラと呼ばれたその獣人はツカツカと敬達の元へやって来る。
「バキ、これは一体どう言う事だ。説明しろ」
ファウラが鳥の獣人に尋ねる。
バキと呼ばれたその男はファウラに向かって、
「こいつが、この男が俺達のナワバリで飯食ってたんすよ!それを俺達でとっちめようとしたら、反撃されたんすよ!」
バキが敬を指差してそう叫ぶ。
しかしファウラは顔色ひとつ変えなかった。
「そうか、で?この男にどうやってナワバリだと説明した?」
「どうって、普通にナワバリだからそこ退けってギャレオさんが言っても聞かなかったんスよ」
「そういうことを聞きたいんじゃない。彼は人間だ。獣人のルールを知らないと考えるのが普通だろ。それを突然、何の脈絡もなく退けと脅し、襲いかかったんじゃないのか?」
「うっ……」
「多種族が通うこの学園では、種族同士の価値観の違いで争いが起きる事がある。だからもしナワバリだと知らずに入ってきた奴がいれば、きちんと説明した上で納得してもらえと言ったのに。難しかったか?」
「め、面目無いっす……」
バキはファウラの前でシュンと小さくなった。
まるで母親に叱られた息子のようだ。
「しかも襲った相手がよりによってこいつかよ。ついてないな」
ファウラは敬を見つめて困った顔をした。
「あ、姉御!こいつの事知ってんですか!?」
「当たり前だ!入学式の日、劫魔界のお姫様が暴れ回った事件を覚えてるか?」
「はい、俺達の仲間をボコボコにして、そのあといきなり来た男ととんでもない戦いしてた……まさか!?」
「そのまさかだよ。こいつは獅子堂敬。あのソフィアとか言う化け物中の化け物とタイマン張ってた人間だ。群れが束になっても敵いっこねぇよ」
「……………………………………」
バキは空いた口が塞がらなかった。
「そりゃギャレオがのされるわけだ。喧嘩売って殺されなかっただけ良かったよ。さてと……」
ファウラはバキから視線を移し、敬を真剣な目で見つめる。
「獅子堂敬、うちの仲間が粗相したみたいだ。群れの長として謝罪する。本当にすまなかった」
ファウラはペコリと敬に頭を下げる。
「いやいや、俺もちょっと熱くなりすぎたっていうか、ん?」
堂々としたファウラの姿に少しの違和感を覚えた敬が彼女の手を見ると、汗が滲み、微かに震えていた。
敬という自分よりも格上の存在に対して本能的に恐怖しながらも、群れの前で面子を保つため必死に表に出さない様にしているのだ。
「獅子堂敬、どうかしたか?」
「なんでもない。とにかく、知らなかったとはいえ無断でナワバリに踏み込んだ俺にも非はある。こちらこそ悪かった」
「いや、お前は悪くねぇよ。きちんとした説明もしないで……なぁ、あの地面に転がってるパンはなんだ?」
ファウラが敬の後ろにある焼きそばパンの残骸を指差す。
「食べようとした焼きそばパンを蹴り飛ばされたんだよ。お陰で今日は昼飯抜きだ」
「………バキ?」
「ちちちちちち違うっすよ!それやったのギャレオさんっすよ!」
「どっちでも一緒だ!後でお前らが片せよ。参ったな。今は手持ちがないんだ。どうするか」
「別にいいよ。昼飯ぐらい我慢するさ」
「流石に申し訳が立たないな……そうだ、獅子堂敬、明日の昼は空いているか?」
「ああ、大丈夫だけど」
元々敬は昼は一人派だ。予定など無い。
大事な事だからもう一度、一人派だ。
「それは良かった。昼休みにここにまた来てくれないか?昼飯を作ってくるからご馳走させて欲しい」
「え、いいのか?」
「もちろんだ。口に合うかどうかわからないけどな」
「獣人の料理は気になるな。お言葉に甘えさせてもらうよ。それと、俺の事は敬でいい」
「そうか、敬。あたしのことはファウラと呼んでくれ」
そのあと教師がやってきて事件の後処理がなされた。
ギャレオが吹っ飛んで壊れた校舎の壁はすぐさま工事がなされて修復された。
クルルの時の様に請求が来るかと敬はヒヤヒヤしたが、学生同士の争いで生じた欠陥なら一定額まで学園が負担してくれるらしく、支払いはなかった。
ちなみにクルルの場合は入学前にやらかしたので対象外だったらしい。つくづく災難である。
そんなわけで翌日の昼飯はファウラと共にする約束となった。家族以外の初の女性の手料理である。
あくまで謝罪の気持ちという事で特別な意図があるわけでは無いが、ちょっと楽しみな敬なのであった。