第一話:クラス対抗戦
ーーAM6:00ーー
劫魔界の姫君の朝は早い。
学園寮の一番奥には、とある一人の生徒の為に特設された20畳程の部屋が存在する。
内装は豪華絢爛。部屋中の家具は一つ残らず最高級品で揃えられている。
「起床のお時間です、姫」
キングサイズのベッドに横たわるソフィアは、メイドモードのメロウの声で目覚めてゆっくりと上体を起こす。
「おはよう、メロウ」
「おはようございます。体調は如何ですか?」
ソフィアは頭の後ろで腕を組み、軽く伸びをする。
「絶好調よ。よく眠れたわ」
「それは何よりで御座います。それではまず、身嗜みを整えさせて頂きます。チコ!」
「ガゥ!」
チコが制服や化粧道具などが載せられたカートをベッドの近くへ運び出す。ソフィアを椅子に座らせたメロウは櫛やアイロンを巧みに使って紅髪を整えていく。
「ねえメロウ、今日はとても良い夢を見た気がするの」
「気がする、ですか?」
「ええ、敬が夢に出ていたのは覚えているのだけど、詳しい内容までは思い出せないの」
「獅子堂敬が……」
メロウの手が一瞬止まる。
「どうしたの?メロウ」
「いえ!なんでもありません!夢を忘れてしまうと言うのはよくある事で御座います。オホホ……」
実の所、メロウは敬の事を良く思っていない。
魔族は純潔こそ至高という価値観を持つ彼女にとっては、ソフィアが敬と仲良くするのが許せないのだ。
しかしその思いは届かず、ソフィアは口を開けば敬の事ばかり。更には夢に出る始末だ。
おそらく今のところは良いお友達感覚なのだろうが、もしも恋愛に発展してしまったら……と思うと気が気で無いのである。
「本当に勿体無いわ。彼の顔を見れば思い出すかしら」
「そ、そうかもしれませんね……」
「ガゥ?メロウ、なんだか顔色がわるいぞ」
「そうねぇ。体調が悪いなら休んでもいいのよ?」
「ご心配なく!問題ありません!」
「そう?それならいいのだけど」
それから3人はメロウの作った朝食を取り、食堂で食事を済ませた敬と伊織を寮の出入り口で待ち伏せる。
「おはよう、敬。今日もいい天気ね」
「おはよう。今日も律儀に待ってんのな」
「私がそうしたいからそうしてるのよ。迷惑だったかしら?」
「迷惑っつーか、なんつーか」
「私にとってはいい迷惑よ、全く……」
敬の後ろからひょこんと現れた伊織が溜息と一緒に言葉を吐き出す。
「おはよう伊織。伊織は最近とやかく言わなくなったわね」
「言っても無駄だと分かっただけ。貴方と揉めるとこっちが一方的に疲れるのよ」
「うふふ。その調子で教室でも仲良くしてくれると嬉しいのだけど」
「うっ」
伊織は入学から一ヶ月以上経った今でも、他のクラスメイトのいる教室では頑なにソフィアと関わろうとしていなかった。
やはり初対面のインパクトが悪すぎたのか、彼女への嫌悪感が拭いきれないのだ。
「確かに第一印象は最悪だったかも知れないけれど、これでもいい子にしてるつもりなのよ?」
「まぁ、これといった問題は起こして無いけども……」
「今日はイベントもある事だし、クラスメイトとして協力しましょう?」
「ぐぬぬ……」と伊織は苦い顔。
ソフィアの言ったイベントとは、「ドッジボールクラス対抗戦」である。
一学年4クラスの勝ち残り方式で、初戦で勝ち上がった2クラスで決勝戦を行って勝つと優勝となる。
優勝候補は人類最強の敬が所属する1-Aか劫魔界最強のソフィア率いる1-Cである。
ちなみに獣人のファウラは1-Bで、彼女の群れの多くがそのクラスだ。
1-Dには際立った面子は見られないが、各種族バランスよく所属している。
対戦カードは既に決まっており、1試合目はC-D、2試合目はA-Bである。
優勝したクラスには景品があるが、詳細は明かされていない。1-A担任のミリエルによれば「皆が羨むような超豪華な景品」との事である。
「姫様がいれば百人力、いえ百万人力!1-Cの優勝は決まったも同然でございます!このメロウも全力を尽くします!」
「ガゥ、チコもがんばる」
どうやらお付きの二人はやる気のようである。
「ありがとう二人共。そうね、敬には一度負けているから、優勝を賭けて挽回するいい機会かしら」
「おいおい、Aクラス対Cクラスで決勝やる前提かよ。他のクラスとも戦うんだぞ」
「他は有象無象よ。私が貴方以外に負けるわけないし、貴方が負ける姿なんて想像できないもの」
「自信満々なこった。今回は他の生徒もいるんだから、くれぐれも本気を出すなよ?冗談抜きで死人が出る」
「ええ、善処するわ」
「それ一番信用ならない返事だからな?」
ソフィア一行が前向きな姿勢を示す傍ら、伊織は浮かない顔をしていた。
「ドッジボールやりたくないなぁ」
「あら、どうして?」
「気が乗らない。参加するとしてもじっとしてた方がマシ」
「ーーそう言えば貴方、体育の授業ではいつも隅にいるわよね。もしかして運動が苦手?」
「苦手っていうか、運動そのものが嫌いなの」
「ちょっと獅子堂伊織、姫様のクラスメイトとして、貴方は優勝に貢献する義務があるのよ?ミジンコのように非力でも、壁になる位はできるでしょう?」
「たとえ壁役になってもあんた達を守るのは御免よ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
敬が教室に入った時には既にクラスは対抗戦の話で持ちきりであった。入学後初の大型イベントである事も相まって皆浮かれているのだ。
「はいはいあんた達。楽しみなのは分かるけど、ホームルーム始めるわよ」
そんな彼らをミリエルが窘めて着席させる。
「えー知っての通り、今日の午前中はドッジボールクラス対抗戦よ。優勝したクラスにはご褒美があるから、皆気張って試合に臨みなさい。運動が苦手な人もいるだろうから、そこは得意な人がカバーしてね?」
続いて彼女は対抗戦のルールを説明した。
内容をまとめると以下のようになる。
試合開始時にお互いのクラスから外野が一人選出される。
試合ごとに10分の制限時間が設けられ、どちらかの内野が全滅するか、時間切れまでにアウトになった人数で勝敗が確定する(アウト数が同じ場合は延長)。
攻撃手段は原則ボールのみ。ただし魔力や能力でボールの威力を強化するのは有りになっている。もしもボール以外の手段で相手を攻撃及び妨害した場合は即刻退場になる。退場人数は1アウトとしてカウントする。
「使用するボールはガイア界の特殊な技術によってとても頑丈に作られているから、能力や魔力を込めても割れる心配はないわ。思う存分体動かして優勝を目指しなさい。まぁうちのクラスには最終兵器がいるし、負ける事は無いでしょうけどねぇ?」
ミリエルが意味深に言うとクラス全員の視線が敬に集まる。
「確かにそうだ。普段は怖いけど、味方なら頼もしいかも………」
「俺らのクラスでC組のソフィアに対抗できるのってあいつだけだよな?」
「獅子堂君だけで優勝できるんじゃない?」
クラスメイト達が淡い期待を抱き始めると、クルルが敬の肩をポンと叩いた。
「責任重大だね、敬くん」
「お前も頑張んだよ、クルル」
「全部敬くんにお任せだよ」
「それじゃクラス対抗の意味が無いだろ。おい、パーフィルからもなんか言ってやってくれ」
「良い機会じゃありませんの。A組の優勝と人気向上の両立、まさに一石二鳥ですわ。諦めて尽力なさいな」
「そんな御無体な」
「私は運動苦手ですの。ファイト、ですわ」
敬一人で戦う事になりそうな雰囲気になった所で、ミリエルが「パン」と手を叩いて場を制した。
「はいはい、敬の言った通り一応これはクラス対抗戦だからね?勝つ事も重要だけど、一番は楽しむ事よ。敬にいいとこ全部持って行かれないように一人一人が頑張りなさいよ?」
彼女のその一言でホームルームは終了した。その後はすぐに体操服に着替えて運動場に集合となっている。
「この対抗戦で敬くんの人気が上がれば、計画のメンバーも集めやすくなるよ。どうやって敬くんをより活躍させるか、それが問題だね」
「お前先生の話聞いてたか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一限が始まる時間となり、運動場にクラス毎に並んだ一年生を前に先生からの開会宣言や注意事項などのお話があった。生徒の前に立つのは1-Cの担任である女魔族の先生である。
『それではこれより第一戦を開始します。CクラスとDクラスはグラウンドの中央のコートに集まってください』
出場する生徒はコートへ、それ以外の2クラスは周囲に設置された簡易テントの観客席へ向かう。
『試合はジャンプボールで開始します。お互いのクラスから一人ジャンパーを指定し、センターラインに来てください』
Cクラスからはスレンダー体型の男魔族が、Dクラスからは身長2メートル以上ある筋骨隆々の熊の男獣人が選ばれた。
「おい、Cクラス。劫魔界の姫がいるからといって、簡単に勝てるとは思わない事だな。我々は勝利のためにクラス一丸となってコンビネーションを磨いてきた。勝つのは我々だ」
「勝手に言ってろ。お前達の努力が如何に無駄であったか、姫様が直々に教えてくださるだろう」
『それでは試合、開始!』
開始のブザーが鳴ると、獣人がボールを自陣に渡すために飛び上がる。しかし、
「なに!?」
対するCクラスの魔族はボールを追う事なく自陣に帰っていった。
「先手はやるよ。そう言う指示だからな」
「貴様ら………舐めやがって!!!」
ボールはDクラスに渡り、人間の男が受け取る。
するとボールの色が次第に薄くなり、終いには見えなくなってしまった。
「ふふふ……俺にボールが渡ってしまうとは不運だったな。俺は触れた物体を能力で透明にできるんだよ。劫魔界最強と言えど、見えなければ避けようが無いだろ!くたばりやがれ!!!」
男は大きく振りかぶってソフィア目掛けて全力投球した。ボールは視認できないが、フォームからして中々の速度は出ている筈である。
「馬鹿ね、貴方」
ソフィアが片手で何かを掴む仕草をすると、そこには能力が解けて見えるようになったボールが握られていた。
「なに!?ボールは見えない筈だろ!?」
「折角見えないのに狙いを言ってしまったら意味が無いでしょう?」
「あ…………」
「それに、ボールの位置を確認する手段は視覚だけじゃ無いのよ?空気の流れ、音、貴方の視線や体の動き、あらゆる情報がそれを教えてくれるわ。避けるまでも無いの」
そう言うとソフィアはボールに魔力を込め始める。
魔力を感知できない種族でも視認できるほどの禍々しいオーラがボールを纏っていく。
「貴方達程度では不十分よ。さっさと終わらせて敬と戦いたいの」
ソフィアはお世辞にも綺麗とは言えないフォームでボールを投げた。
「「「ギャーーーーーー!!!!!!」」」
もはや兵器と化したそれは周囲に衝撃波を撒き散らし、Dクラスの生徒全員を場外にふっ飛ばしながら運動場の端まで直進していった。
ボールが通った後に残ったのはグチャグチャになったコートと死屍累々の生徒達であった。
「あら?十分に手加減したのだけど、強すぎたかしら。手加減って難しいわね」
「お前、卑怯だぞ………!」
辛うじて意識を保っていた一人の生徒がソフィアに抗議する。
「卑怯?何のことかしら」
「一体、ボールにどんな細工をした!」
「人聞きが悪いわね、細工なんてしてないわよ。魔力を纏って単純に強化しただけ。ルールの範囲内よ?」
「なんだと?それだけでこの威力……俺達の、努力は……」
そう言い残すと彼も意識を手放してしまった。
『えー、Dクラスが全員戦闘不能となったのでC組の勝利とします。処理班は倒れた生徒を医務室まで運んで、コートを再整備してください。終わり次第次の試合を開始します』
試合時間は実に20秒。Dクラスは1アウトすら出せないまま即敗北が決定した。
その光景を目の当たりにした観客席は騒然としておりお通夜モードで、敬はというとソフィアの傍若無人っぷりに頭を抱えるしかなかった。
「ソフィアの奴、手加減しろって言ったのに……」
「あれでも手加減してるつもりのようですわね。恐ろしいものですわ」
『只今準備が終わりました。続いて第二戦、Aクラス対Bクラスとなります。出場選手はコートへ移動してください』
「はぁ、やるしかないか」
生徒達の混乱を無視して、先生は淡々と進行していく。短時間ですっかり元通りになったコートに向かうため敬は重い腰を上げた。