ーークラス対抗戦一週間前ーー
【Bクラス】
放課後、ファウラは自分の席の周りにバキやギャレオを始めとしたBクラスの群れの仲間を集めていた。
「成程な、初戦がAクラスか………」
彼女は対抗戦の詳細が書かれた用紙を片手でひらひらさせながら、物憂げに呟いた。
「獅子堂さんがいるんスよね?でもドッジボールなら身体能力がモノを言うでしょうし、俺らのパワーでゴリ押せば」
「馬鹿言うんじゃねぇ、バキ。その敬にギャレオがデコピンでぶっ飛ばされたんだろ?どう言う理屈か分からないが、あいつは獣人を遥かに超える身体能力を持ってる」
「そ、そうでした。人類が持ってる能力、確かネオスってやつでしたっけ」
「それで間違い無いだろう。恐らく筋力の超強化だろうな」
実際、敬の持つ能力は身体能力強化などという枠に収まるモノでは無い。だが遠巻きから見た入学式の騒動と、ギャレオを一撃で気絶させた事実の二つしか情報の無いファウラが勘違いするのは仕方ない事であった。
そして今度はギャレオがファウラに問う。
「姉御、何か獅子堂さんに勝てる良い策はありませんか?」
「正直、難しいな」
「「「えぇ!?」」」
彼女を取り巻く獣人全員が目を剥いて驚いた。腕っ節一つで群れのボスにまで上り詰めた姉御の弱気な言葉など、今まで一度も聞いたことがなかったのだ。
「だが敬に一方的にやられる事はないだろう」
「そうなんですか?一体どうすれば?」
「単純だ。極力敬と戦わなければいい」
その一言に全員が首を傾げた。
「戦わないって、獅子堂さんも確実に参加するんですよね?コートに入ったらそうも言ってられませんよ」
「本当に言葉通りだ。恐らく敬は対抗戦で本気を出してこないだろう」
「それって手加減するって事ですか?」
「そうだ。だがそれはあたし達に配慮してのことじゃ無い。あいつの心の問題だ」
「???すんません、話が見えてこないです……」
「悪い悪い、説明を端折りすぎたな。あくまであたしの憶測だが、敬は能力のせいで他人から恐れられる事を恐れている可能性がある」
ファウラがその予測に至った理由は、カツサンドを振る舞う直前に彼に言われた一言だった。
『ファウラは、俺の事が怖いか?』
その時の敬からはほんの一瞬だけ、人類最強の男とは思えない怯えの様なものを感じたのだ。その時の事を皆に話すと、
「あ、あの獅子堂さんがそんな事を!?想像できないです!」
「だろうな、正直あたしも驚いたよ。恐らく過去にトラウマか何かを抱えてるんだろうさ。だからあいつは多分、ゲームを一人で傾ける程のパワーを出す事は無いと考えている。あいつの投げるボールは死ぬ気で躱して、必ず敬以外の、それも敬から出来るだけ離れた生徒を狙う」
「でも獅子堂さんが手加減しなくなったらどうするんですか?」
「まぁ、負けそうになったら間違いなく本気を出すだろうな。だが試合終了まで3分以内、何とかそこまで持っていければ……あいつに対抗できるかもしれない策がある」
ファウラは席から立つと教室全体を見渡し、クラスメイト全員に聞こえるように言った。
「このクラスにいるのは獣人だけじゃないだろ?相談したい事がある!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
AクラスとBクラスそれぞれの面々がコートに着くと進行係のアナウンスがなされた。今度のアナウンスはAクラスのミリエル先生だ。
『それでは第二回戦、Aクラス対Bクラスの試合を開始します。お互いのクラスから一人ジャンパーを指定し、センターラインに来てくださーい』
「あたしが行こう」
Bクラスからは代表としてファウラが名乗りを上げた。
対してジャンパーを指定していなかったAクラスは誰にするかとざわめき始める。が、クラス中の視線は敬に向いていた。
「え?俺?」
「どう考えても貴方が適任ですわね」
「頑張って、敬くん」
「パーフィルにクルルまで……わかった、行ってくるよ」
敬は渋々コートの中央に移動し、そこで待つファウラと対峙する。
「よう、やっぱり選ばれたか。敬」
「少しはクラスの役に立たないとな」
「人類最強様が何を言ってんだ。やろうと思えばお前一人でも勝てるだろ?」
「これはあくまでクラス対抗戦だ。俺ばかり活躍しても意味がない」
「一人で勝てるってとこは否定しないんだな」
「…………」
「ま、お互い頑張ろう」
『それでは試合、開始!!!』
開始のブザーと共にボールが十数メートルと高く打ち上げられる。
「っらぁ!!!」
ファウラは体中の筋繊維のバネを稼働させて飛び上がりボールを追う。
それに続いて敬は軽く地面を足先で突き、得た反発力を爆発的に増幅させてファウラの倍以上のスピードで上昇する。
離陸はファウラが先だったものの、結果としてボールを取ったのは敬であった。
「先行もらい」
「はははっ。やっぱり化け物だ」
敬が弾いたボールは人類の女子生徒の手に渡った。
「え、え!?私が投げるの!?え、ええぃ!」
彼女の投げたボールは勢いなく放物線を描き、容易く相手に渡った。
「ボールが甘いな、そらぁ!!!」
「ぎゃん!」
犠牲になったのはたまたま近くにいたタヌキがベースと思われる女獣人であった。
『Aクラス、1アウト』
「ううっ、こういう時いつも自分が最初にやられるっす。つくづく運が悪いっす……」
その女子はぶつぶつ文句を言いながら外野へ向かった。
その後ラリーは続いていき、人類、獣人、魔族、天使それぞれが得意な方法でアウトを取り合っていく。
ファウラ達の作戦により、できる限り敬以外を狙う事で彼にボールが回る回数を減らして人数的にもなんとかイーブンに持ち込んでいた。
そしてコートの人数が半分に近づいた時、
「獣人ばかりに活躍されてたまるか!魔族の力を見せてやる!」
Bクラスの魔族がありったけの魔力をボールに込め、一般人なら目で追えない速度で獣人めがけて投げつける。
「取れるか?いや、無理だ!」
受けるのが不可能と判断した獣人はギリギリでそのボールを躱すことに成功する。しかし、
「っ!しまった!!!」
「………え?」
その射線上にいたのは、運動が得意では無い為コートの後ろにいたパーフィルであった。
彼女は反応が追いついておらず、ボールが顔面に真っ直ぐ吸い込まれていく。
「パーフィルさん!!!!」
Aクラスの誰かがそう叫んだものの、もはや助けられる猶予は無かった。
ただ一人を除いては。
(ボールは時速400km、パーフィルの顔面直撃まであと0.11秒。当たったら病院送り、最悪即死だ。流石に助けよう)
コートの最前線にいた敬は地面を蹴ると即座にボールに追いつき、パーフィルの鼻先5ミリのところで掴んで直撃を阻止する。
「お返しだ!」
そしてボールの威力を一気に上げて投げ返した。
「獅子堂!?いつの間に!?ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ボールを腹に受けた魔族は後方の生徒五人を巻き添えにして場外まで吹っ飛んだ。
『えー、Bクラス六人戦闘不能。再出場は……え?無理そう?無理そうなので6アウトとしまーす』
場外で転がる生徒達が救護班によって担架で運ばれていく。
「あの、敬?」
「パーフィル、怪我は無いな?」
「えぇ、貴方のお陰で無傷ですわ。一瞬走馬灯が見えましたの……」
「ワンチャン死んでたからな、無事ならよかった」
「獅子堂」
敬がパーフィルの無事を確認すると、先程ボールを避けた獣人が近寄り、頭を下げた。
「ボールを防いでくれて助かった。危うく彼女に大怪我をさせる所だった。ありがとう」
「気にすんな。クラスで協力するのが対抗戦だろ?」
「ーーそうか、どうやら俺はお前の事を誤解していたらしい」
敬を含めAクラスの面々が安堵する一方で、Bクラスは今の出来事に戦慄していた。
「ファウラの姉御。今の見えましたか?」
「いや、あいつの動きもボールも目で追えなかった。底が知れないし、残り人数もごっそり減った。これは切り札を早めに出さなきゃダメだな」
「残り五分ですけど、持ちますか?」
「持たせるさ、やるしかない」
『それでは試合を再開してください、Bクラスボールからです』
「お前ら!集合だ!」
係員からボールを受け取ったファウラは残った獣人の群れメンバーを計六人集める。彼らは一人一人が左右の手を取り合い、円陣を組んだ。
「何をする気だ?あいつら」
その謎の行動に敬は首を傾げる。
するとその円陣の中央に一人の女魔族が入った。
「ファウラさん、皆さん、本当に宜しいですか?」
「構わない。やってくれ」
「姉御の力になれるなら、どんな苦痛も耐えてみせるっす!」
「いつも我らは姉御と共にある。それを体現するのだ」
全員の意思を確認した後、彼女は円陣の下に魔法陣を組み上げる。
「うまくいくか分かりませんが、やってみます!術式展開、収束、開始!」
「うっ、がぁぁぁぁぁ!!!!」
魔法陣が光輝き始めると、獣人達が全員苦痛に顔を歪める。
「まだだ、耐えろ!耐えるんだ!!!」
「あぁぁぁぁ!!!」
「姉御の、為にぃ!!!!」
するとファウラ以外の獣人が一人、また一人とその場に倒れていく。
「もしかしてこの術式って生命収束じゃない?」
「嘘だろ!?それを獣人で、しかも七人分でやってるのか!?」
「め、メチャクチャじゃねぇか……」
今彼らに何が起きているのか分かっているのか、他のクラスの魔族達の顔が青ざめていく。
「姉御、あとは、頼みます……」
そしてファウラを除く最後の一人が倒れた。
「術式収束、解除。せ、成功しました……すごい精神力……」
「ハァッハァッハァッ………」
一人コートの中央に立つファウラは、肩で息をしながら地面に落ちたボールを拾う。
「敬、お前と同じステージに立つには一人の力じゃ足りなかった。だから集めた、みんなの力を」
ファウラの全身の毛が逆立ち、目が赤く光り輝く。
離れていてもビリビリと感じる重圧感がAクラス全員を襲う。
「ファウラ、お前………」
「安心しろ、倒れてるみんなは重度の疲労になってるだけだ。じきに目を覚ます」
「いやいやいや!そこまでしなくてもいいだろ!」
「そこまでするさ。どんな勝負でも、勝つ為には出来る事は全てやる。これが獣人の意地だ」
『え、ええと、Bクラス六人戦闘不能、アウトとみなします……あれ?これ逃げた方がいい?』
倒れた獣人達が運ばれた後、ファウラは投げの態勢を取る。
「こっちは全身全霊だ。避けたりはしないだろ?」
「っ!全員俺から離れろ!!!!!」
彼女の手からボールが離れた。
『ズガァァァァァァァァァァァァァァン!!!!』
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ギャーーーーー!!!!」
ミサイルが着弾したのかと疑う爆音と共にコートの砂が舞い上がる。衝撃に耐えられなかったAクラス数名が場外に転がっていく。
他のクラスが固唾を飲んで見守る中、砂埃から現れたのはボールを片手で掴む敬の姿であった。
彼の手中では未だボールが回転を続け、摩擦による煙が上がっていた。
「驚いたな、中々の威力だ」
「片手で……まだ足りないのか!?」
「いやいや、ここまで威力を出せれば十分凄いぞ」
敬はボールを強く掴んで回転を止める。
「全身全霊、獣人の意地、ね。流石にここまでされたら、答えないわけにはいかないか」
敬がお互いのクラスの生徒にコートの端に移動するよう促すと、外野を含め皆即座に左右端の後ろに集まった。
「け、敬?大丈夫ですの?」
「敬くん、私達死なない?」
「大丈夫大丈夫。出来るだけ衝撃行かないようにするからさ」
敬はボールを構え、ファウラに狙いを定める。
「それっ!」
『パァン!』
甲高い破裂音とともに敬の手から放たれたボールは真っ直ぐにファウラへ向かった。
その初速、実にマッハ1.5。
「!!!!!!!!!!!」
ボールを視認したファウラが胴に直撃する前に両手で掴むと、先と同等の衝撃が発生する。
「ぐっ!!!うぉぉぉぉぉ!!!!」
ファウラの体は掴んだボールに押され、コートの後端ギリギリで耐えた。
「くはぁ!ハァッハァッハァッ………」
彼女の掌からは血が滴り、体操服のあちこちが破れかけていた。
「マジか、本当に耐えた。その身体能力はもう物理限界を超えてるぞ。ネオスなら間違いなくS級だ」
「まだ………まだだ!!!」
ファウラがコートの端から助走をつけてボールを投げる。その威力は落ちるどころか先ほどよりも更に上昇していた。
「衝撃反転」
敬は自分に迫るボールに触れ、刹那の内に運動エネルギーのベクトルを反転。エネルギーロスによる周囲への衝撃を最小限に留めてボールを弾き返した。
「返しが早過ぎる!?くっ!!!」
ファウラは即座に体勢を立て直し、両手で捕球する。
もはやこの時点で彼女は手の痛みなど気にしていなかった。
ファウラが投げ、敬が反射し、ファウラが後退りながら受け、また投げる。
それを十数回繰り返した時、ついに限界が訪れた。
「あっーーーーーー」
敬がボールを返す直前、疲労に耐えられなくなったファウラの精神の糸が切れた。
彼女がその場に倒れたのを確認した敬はボールを反射せずに掌に収めた。
『び、Bクラス、一人戦闘不能。1アウトとみなします……』
そのアナウンスの後、係員が即座にファウラに駆け寄る。
「き、救護班、救護班!急いで!!!」
「これは酷い……すぐに担架を!!!」
「い、いらねぇよ。自分で立てる………」
「ファウラさん!?」
意識を取り戻したファウラは係員の肩を借りてゆっくりと立ち上がり、医務室へ移動する。その途中、
「敬」
「なんだ?」
「自分の力を恐れる必要はねぇよ。お前は、本当に凄い奴だ」
ファウラはそう言うと運動場の外に消えていった。
『えーと、試合時間があと1分ぐらい残ってます。Bクラスの残り三人、まだ続ける?』
「「「降参しまーーーーーーーす!!!」」」
『Bクラスが降参したので、第二回戦勝者はAクラスとなります。次は決勝戦、Aクラス対Cクラスです。………学園、崩壊しないと良いな』
ちなみに運動エネルギー(ボールの威力)は速度の2乗に比例します。
なのでボールの速度が2倍になると威力は4倍になるんですね。