ーークラス対抗戦前日ーー
「また会おうって言ったけど、こんなに早くボクに会いにきてくれるなんて!嬉しいなぁ!」
ドッジボール大会を明日に控えた夜、敬は遥の元を尋ねていた。
「ちょっと頼み事があってな。明日のドッジボール大会の件だ」
「大会がある事は知ってるけど、もしかしてソフィアと戦う時加勢してほしいって事?敬って不正とかする性格してたっけ」
「早まるなよ。頼みたいのはそんな事じゃない。もし俺とソフィアが一騎討ちになった時ーー」
敬が頼み事の内容を伝えると、
「うん、それくらいならできると思うよ。ボクの知覚範囲だし、建物や島に影響出ても困るしね」
「全部俺が対処できれば良いんだけど、ソフィアと戦いながらそこまで気を配れないわ」
「いいっていいって、他ならぬ敬の頼みだもん。寧ろボクは島より敬の方が心配かな」
「そこはなんとかするよ。死ぬ事は、無いと思うけどね」
「一番心配していることをサラっと言わないでよ。もし危ないと思ったら止めるからね?」
「おう、その時は頼むわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは、結界かしら?」
敬と一緒に紫の結界に閉じ込められたソフィアは、物珍しそうに辺りを見回し、結界の端まで歩いて手を添える。
「なんて濃密な、強固な結界………私でも破れるか分からないわ。敬、貴方がやったの?」
「いや、ちょっと知り合いにな。これなら気兼ねなく戦えるだろ?」
遥に頼んだのは、コートを囲む次元障壁。
ただの物理的な壁ではなく、7次元以上の空間を何層にも重ねて圧縮することで生み出されている。
遥の人類最高の演算能力と次元干渉能力があるからこそ成せる技である。
「こんな事ができる人間がいる事にも驚きだけど、私と戦うためにこんな場を作ってくれるなんて。嬉しいわ」
「お姫様には定期的に息抜きしてもらわないと。フラストレーション溜まって暴れられるのも困るしな」
「ありがたいわね。なら、遠慮なく!」
ソフィアがボールを投げた。
『投げる』というより寧ろ『打ち出す』に近い形で放たれたボールは、初速マッハ10を超え、敬との間を一瞬で詰める。
「倍返しだ!」
敬がボールに触れると、運動エネルギーを増大させ、ベクトルを逆向きにして弾き返す。
「貴方の力はそんなものじゃ無いでしょう?」
対するソフィアも難なく捕球し、受け取った以上のエネルギーを込めて投げ返す。
マッハ30、マッハ40、マッハ50。
ボールが往復するたびに速度が上がっていく。
観客はボールや高速で動く二人の姿を視認できず、結界の中から聞こえる炸裂音をBGMに見守ることしか出来なかった。
「ボールがそろそろ壊れそうね、反則だけどちょっと細工しようかしら」
ソフィアはボールの周囲に結界を張り、強度を底上げした。
マッハ80、マッハ100、マッハ120。
まだまだボールの速度は上がる。
「あははは!私、今とっても楽しいわ!」
「そーですかい。余裕そうで何より、だ!」
敬もソフィアに負けじとボールを返し続けるが、マッハ150を超えた辺りから運動エネルギーの反射にロスが出始め、敬の掌に鈍い痛みが走る。
マッハ150は時速換算で約18万km/h。
20メートルのコートを0.0004秒で横切っていた。
(演算に遅れが出ている。マッハ300ぐらいが限界だな。それまでにソフィアが力尽きてくれると嬉しいんだが……)
「どうしたの?動きが鈍っているわよ、敬!」
その期待も虚しく、嬉々として調子を上げるソフィア。彼女の顔には未だ余裕が見える。
そしてボールの速度はマッハ200を超え、既に敬はボールを目で追えなくなっていた。
頼みの綱はソフィアが投げるモーションから予測される軌道と速度。この情報から瞬時にボールの到達地点を割り出さなくてはならない。
(一騎討ちなんてやるんじゃなかった。下手したら負けるな……俺)
ゼロコンマ数%のズレも許されない極限の世界で、ソフィアと敬は踊り続けていた。
「流石の敬も限界が近いみたいね。ラストスパートと行こうかしら!!!」
ソフィアが纏う魔力が更に増大し、速度威力共に大幅に上昇する。
「嘘だろ!?まだギアが上がるのかよ!?」
「正真正銘の全身全霊よ。受け取って頂戴!」
ついに速度はマッハ300に到達した。
(速い!重い!同じ威力で弾き返すので精一杯だ!)
何百回と繰り返した高速演算の代償により、脳の演算回路がショートし始める。
これ以上はジリ貧だと、体が訴えているのだ。
(仕方ないか。まぁ頑張ったよな、俺)
相手は刧魔界最強のお姫様。
その彼女が全身全霊だと言ったのだ。
(ここで俺が負けたとしても、文句を言う奴はいないだろうさ)
敬はキリのいいところで負けるため、力を抜こうとした。その時、
「頑張れ!!!獅子堂!!!」
結界の外から、誰かの声が聞こえた。
「ソフィアを倒せば優勝だ!頑張れ!」
「あと少しだ!獅子堂!」
「魔族に負けるな!」
「何が起きてるかよく分からないけど、ファイト!!!」
それは敬が予想もしていなかった、クラスメイトからの声援であった。
「人類滅亡計画メンバーの意地を見せよう、敬くん」
「ここまで来たなら勝ってしまいなさいな!獅子堂敬!」
(クルル、パーフィルまで………)
Aクラスの声援が結界の壁を超えて敬に届く。
(期待されてる、という事でいいんだろうか)
ちょっとだけ、嬉しかった。
声援に後押しされる様に、敬の視界と演算回路が次第にクリアになっていく。
「応援してるAクラスには悪いけれど、これで、終わりよ!」
ソフィアが本試合最大級の魔力を込めてボールを放つ。その速度はマッハ400オーバー。
敬の反応速度を超え、勝敗を決める必殺の一球。
勝敗は決したとソフィアは確信する。だが、
「なっ!!!」
ボールを投げた直後、まだ体勢が傾いているソフィアの眼前には既にボールが迫っていた。
「嘘、速すぎる……」
ソフィアは咄嗟に顔の前を両手で覆って受け止めるが、足の踏ん張りが効かなかった為にボールに押し込まれ、結界の壁に衝突する。
「かはっ!!」
ソフィアは背中を強打し、肺から乾いた空気が押し出される。
ボールは落とさずに済んだものの、彼女の両手は赤く腫れ上がり、衝撃によって全身が痺れていた。
「まだ、限界では無かったと言うの?敬」
コートの中央に佇む敬の周囲の空間が、蜃気楼の様に歪んでいる。
「限界だった。でも、ちょっとばかし頑張ってみようと思ってな。皆が負けるのを許してくれないらしい」
「応援のお陰って事ね」
「そうだな」
「うふふ、貴方は期待に応えられるかしら?」
先程と同じ威力のボールが敬に再び迫る。
(速く、とにかく速く。あのソフィアが反応できないくらいに。強く、とにかく強く。ソフィアが補球できないぐらいに)
自分で無意識のうちに定めていた限界を超え、弾き返した最高速度は、マッハ940。
真の意味で敬が出せる限界であった。
「ダメね、これは流石に取れないわ」
ソフィアが自身にまっすぐ向かって来るボールを紙一重で躱す。
ボールは結界に衝突して壁の一部にヒビを入れ、数秒高速回転した後に地面に転がった。
『Piーーーーーー!!!!』
ここで試合終了のホイッスルが鳴った。
『し、試合終了です!両クラス残り人数、アウト数ともにイーブンです。この場合、ルールによりサドンデスが適応されますが………』
司会進行のミリエルが他の先生と話し合う。
サドンデス制となった場合、お互いどちらかのメンバーに1アウトが出た時点で勝敗が決まる。
だが既に試合は1対1。今更サドンデスにしても何も変わらないのである。
「ちょっと、敬」
司会席に注目していた敬にソフィアが話しかける。
「どうした?」
「結界を解いて頂戴、言いたい事があるの」
「?……わかった」
『遥、解いてくれ』と敬が念じると、コートを覆っていた結界が消え、ソフィアはミリエルの元へと向かった。
「ちょっといいかしら」
「あ、あら、何かしらソフィアさん」
「この勝負、私の負けでいいわ」
ソフィアがそう言い放った瞬間、観客席が大きくざわめいた。
「先生は貴方がボールに当たったかどうか分からないし、他の先生も判断できていないわ。棄権しなければ試合を続けられるのよ?それでもいいの?」
「構わないわ。敬のボールを受け止めずに逃げてしまった時点で負けた様なものよ。悔いはないわ」
ソフィアは少しも悔しがる様子はなく、清々しい表情をしていた。
「………そう、わかったわ」
ミリエルは司会席に戻り、アナウンスを再開する。
『先程、ソフィアさん自身から棄権の申し出があり、それを受理しました!試合終了!!!クラス対抗戦優勝は、Aクラスです!!!』
運動場が歓喜の渦に包まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
間も無くして、閉会式が開かれた。
第一学年全員がクレーターだらけの運動場に並ぶ。
『対抗戦優勝、Aクラス。代表、獅子堂敬』
司会のミリエルに呼ばれて敬は表彰台へと上がった。
「よくやったわ獅子堂。優勝おめでとう。間違いなく対抗戦MVPね」
「ありがとうございます」
「何よ、ちょっとは喜びなさいよ」
「すみません、疲れてそれどころじゃなくて」
「まぁいいわ。とにかく受け取りなさい。賞状と景品よ」
敬が賞状と一緒に受け取ったのは、大きめの紙封筒であった。数十枚のチケットの様なものが入っている。
「先生、これは?」
「景品は一ヶ月食堂利用無料券よ。人数分あるわ」
それを聞いた瞬間、Aクラスの生徒が沸いた。
「マジかよ!!!」
「一ヶ月食べ放題ってこと!?」
「太っ腹すぎるだろ!」
「獅子堂ありがとう!」
皆口々に喜びの言葉を述べていた。
「食堂利用券、ですか」
「あら、あまり嬉しそうじゃないわね」
「嬉しいですよ。でも食堂殆ど利用しないので」
「そうなの?勿体無いわね。折角だから使い倒しなさい?」
「はい、そうさせて貰います」
敬が表彰台から降りるとクラスメイトが集まり、敬を讃えた。中には「今まで怖がってごめん」と謝る者もいた。
こうして、ドッジボールクラス対抗戦は敬の大活躍で幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うふふ。また負けてしまったけれど、今日は本当に楽しかったわ♫」
放課後、ソフィアはメロウとチコと一緒に寮の部屋へ向かっていた。
「姫様、申し訳ありません。私共の力足らずで、最後までご助力できませんでした」
「ガゥ。敬、強かった」
「別に気にしていないわよ。貴方達がいつも全力で私に尽くそうとしているのは知ってるもの。これからもずっと私のそばに居てくれれば、それでいいの」
「姫様……ありがとうございます。全力でお仕えさえて頂きます」
「チコも、がんばる」
そして部屋に辿り着き、メロウが手早く着替えの準備を始める。すると、
「ガゥ?これ、てがみだぞ」
チコがソフィアに青い封筒を手渡した。
「あら?どこにあったの?」
「ドアのちかくにおいてあったぞ」
「気づかなかったわ。誰からかしら」
「姫様?どうかなさったのですか?」
支度中のメロウが近づき、三人で封筒を確認する。
「もしかして、敬からのお手紙かしら」
「獅子堂なら手紙を使わずとも直接言いに来ると思います」
「何よメロウ。釣れないわね」
「も、申し訳ありません」
そしてソフィアが封筒を裏返すと、糊付け部分に水色の蝋のシールが貼られていた。
鷲の様な鳥が両羽を広げ、その周りに幾つもの稲妻が放射状に走っている、特徴的な模様。
「姫様、こ、この家紋は」
「ロイセス家……」
対抗戦の余韻で緩み切っていたソフィアの表情は瞬く間に陰り、眉間に皺が寄る。
ロイセス家とは、刧魔界前魔王であるギルヴァス=ユースティ、もといユースティ家に代わり、魔王の座に着いた一家である。
「一体、姫様に何の用が?」
「とにかく、開けてみましょう」
ソフィアは封を開け、便箋を取り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
親愛なる姫君 ソフィア=ユースティへ
君が刧魔界を旅立ち、二ヶ月の時が経った。人間界での暮らしは如何だろうか。慣れない土地で、苦労していると思う。
君を守る為とは言え、まさか実の父親が刧魔界から君を追い出すとは思わなかった。僕がその事を知ったのは、あの事件から一週間後だった。
君の居ない日常はとても寂しく、静かで物足りない。ふと赤い空を見上げては、思い浮かぶのは君の事ばかりだ。
何故僕達はこんな思いをしなければいけないのだろうか。狭く、退屈な世界で日々を浪費していくであろう君を思うだけで胸が張り裂けそうだ。
更に此度の件で、現魔王派と旧魔王派の軋轢が深まってしまった。議会は完全に二分化しており、混乱が広がっている。
事は一刻を争う。この問題を解決するには、僕と君が二つの勢力の架け橋となる他無い。
近いうち、君を迎えにいく事が決まった。すぐに連れ出すのは難しいから、少しそちらに滞在する事になる。詳細は後で追って連絡する。
刧魔界に戻って、婚約を果たそう。今度は僕が君を守って見せる。
メレク=アーク=ロイセス
第一章、本編スタートです。