翌朝、無事能力の制御に成功した伊織は敬を起こし、一緒に登校していた。
しかし寮の入り口で待っている筈のソフィア一行の姿はそこに無かった。
「今日はソフィアさん達居ないんだ。珍しい」
「なんだ伊織、寂しいのか?」
「まさか。居なくて清々するわ」
「毎朝一緒だったのに辛辣だな………」
「あの人達と一緒にいると疲れるの。というか昨日ソフィアさん達と登校したの?」
「一人で登校したぞ」
「そう?どうせ寝坊して置いていかれたんでしょ」
「いやいやそんなことは」
「本当に?紗織さんに確認しても良いんだけど」
「すんません、寝坊しました」
「はぁ、兄さん相変わらず朝には滅法弱いんだから」
伊織の言う通り、敬はとにかく朝に弱い。
目覚ましをかけてもアラーム音を無意識に不快な物として反射してしまい、全くもって役に立たないのだ。
そのため子供の頃からずっと伊織は敬の目覚まし変わりになっている。
「もう子供じゃ無いんだし、いい加減一人で起きれる様になってよね」
「善処します」
「それ絶対治らないやつだから」
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その日の放課後、寮の食堂で夕食を済ませた敬は一人自室のベッドで横になっていた。
「こんな所伊織に見られたら、『ご飯の後に寝たら豚になる』って言われるな」
そう敬が呟いた瞬間、
『ドカン!!!!』
という破壊音が部屋に響き渡った。
「ガゥ?とれた。なんじゃくなドアだ」
「獅子堂敬、いるんでしょう?出てきなさい」
玄関のドアを根元から剥がして現れたのはメロウとチコであった。
「待て待て!何の用だお前達!ドアぶっ壊すなよ!」
「鍵をかけてるからよ。中に入れないじゃない」
「中に入れない様にかけてるんだよ!」
「かかってたのか?ちょっとひねったらあいたぞ?」
チコはそう言いながら右手に持ったドアを玄関外に放り投げる。
「ドアごと壊せば鍵は関係ないだろうよ……」
「しっかし、質素でつまらない部屋ね。人間の男の部屋って全部こんなものなの?」
いつの間にか土足でリビングに上がり込んでいたメロウは、舐めるような視線で部屋中を見渡していた。
「余計なお世話だ。あまり物を置かない主義なんだよ。で?もう一度聞くぞ、何の用だ?」
「姫がお呼びよ。今から私達と一緒に来てもらうわ」
「ソフィアが?何処に?」
「姫のお部屋に決まってるじゃない」
「お部屋って、女子寮かよ」
「何か問題でも?私達が同行すれば寮則には引っかからない筈よ」
学生寮では寮間の移動は異性か寮長の同行が原則となっている。そのためメロウとチコが同行するのであれば問題はないのだが、行き先はあのソフィアの部屋である。敬はどうしても気乗りしなかった。
「問題大ありだ。俺だって忙しい」
「嘘ね、さっきまで寝転がってた癖に」
「俺に拒否権は無いのかよ」
「無いわ。これは姫の勅命よ。死んでも連れて行くわ」
目の前の二人はーー特にメロウはソフィアに対して狂信的な程の忠誠心を示している。敬はそれをこれまでの学園生活でよく知っていた。
ここでソフィアの誘いを断ったとしても、メロウは敬を連れて行くまで部屋に居座り続けるだろう。
「あ〜分かった分かったよ。行けばいいんだろ?」
「最初からそう言いなさいな。さぁ、行くわよ」
「れっつごー」
そうして敬は二人に同行、もとい強制連行され、ソフィアの部屋に向かうのだった。
その道中、
「姫と敬が?納得できない………」
メロウが苦虫を噛み潰したような顔で、小さくそう呟いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんな遅くにごめんなさいね。よく来てくれたわ、敬」
案内された扉を開けると、そこには敬の質素な部屋とはまるで真逆の、豪華絢爛な空間が広がっていた。
キングサイズのベッドやカーペット、カーテンは赤を基調とした色で統一され、絵画や装飾品が所狭しと並べられている。そしてリビングの中央には高そうなテーブルセットが置かれ、ソフィアが既に向かいに腰掛けていた。
「なんかこの部屋広くないか?」
「学園に頼んで増築してもらったのよ。さ、座って頂戴」
促されるまま椅子に座り、目の前にソフィア、左右のすぐ後ろにメロウとチコが立っている構図となった。
「私は周りくどいのは嫌いなの。だから単刀直入に言わせてもらうわ」
一体何を言われるのかと身構えた敬であったが、開口一番ソフィアから飛び出したのは予想外の言葉だった。
「敬、貴方の事が好きよ。私とお付き合いして欲しいの」
ソフィアの鋭い眼光が敬を真っ直ぐに貫く。
部屋にはとても告白シーンとは思えない、謎の緊張感が漂っていた。
「ええと、どこまでお付き合いすれば?」
「惚けないで頂戴。私は真剣なの」
「わ、悪い。それは恋人として付き合うということか?」
「そうよ」
突然の、人生初の告白に驚く敬とは対照的に、照れる様子一つなく真顔で彼を見つめ続けるソフィア。敬の額に一滴、冷や汗が流れる。
敬はこれまでソフィアに対し好かれる様な事をした覚えは無く、彼女がその様な素振りを見せた事は一度もなかった。
敬は確信した。間違いなく裏がある、と。
「………何が目的だ?」
「あら、いきなり冷たいじゃない。これでも初めて殿方に告白したのよ?私、結構優良物件だと思うのだけど、どうかしら」
「どうって言われてもな」
その後十数秒の沈黙が続き、それに耐えかねたソフィアが口を開いた。
「はぁ、これで頷いてくれれば楽だったのだけど、流石にそう上手く行くわけないわよね」
「どう言う意味だよ、ちゃんと説明してくれ」
「うふふ、ごめんなさい。ちょっと先走りすぎたみたい。メロウ、チコ、敬にお茶を出して」
「「かしこまりました」」
ソフィアが指示をすると二人は即座にキッチンへ引っ込んだ。すると直ぐに紅茶の良い香りが部屋に漂い始める。
「何処から話そうかしらね」
ソフィアは両肘を机に付き、組んだ手で口を隠す様にして思案する。普段のソフィアからは想像もつかない、少し憂鬱な表情をしていた。
「改めて言うわ。私と付き合って欲しいの。いえ、付き合う『振り』をして欲しいの」
ソフィアの話を簡単にまとめるとこうだった。
彼女はとある理由により、父親に刧魔界からガイア界に追い出され、この学園で三年間を過ごす事になった。
しかし、刧魔界には勝手に決められた婚約者がおり、その婚約者が自分を連れ戻しに学園へやってくるのだと言う。
ソフィアはその婚約者をあまり気に入っておらず、自分との婚約を諦めさせるために恋人役をやってほしいとの事だった。
「ちなみに、その婚約者ってのは誰なんだ?」
「名前はメレク=アーク=ロイセス。現魔王の息子よ。9年前、私のパパが五界大戦を起こした責任をとって魔王の座を降りた後、後任に選ばれたのがロイセス家と言う貴族の当主なの。その時魔王が勝手に私と彼の婚約を決めたのよ」
ーー『五界大戦』
当時刧魔界大統領、通称魔王であったギルヴァス=ユースティが、魔族軍を指揮して他の四界に攻め入った事件。
大型魔獣や強力な魔術師を連れて各地で暴れ回り、あわや刧魔界vs四界の全面戦争になりかけたとんでもない黒歴史である。
その終戦後に結ばれた平和条約によりギルヴァスは失脚。ソフィアも魔王の娘という立場を失う事になったのだ。
「別に好きでも無い相手と結婚なんてしたくないでしょう?殿方を好きになった事はないけれど、もし結婚するのであれば結ばれる相手ぐらい自分で選ぶわ」
「それが刧魔界のトップが決めた政略結婚でもか?」
「当たり前じゃない。まぁ、立場上我儘を言ってるのは理解してるわ。元々ユースティ家とロイセス家は何世代にも渡って犬猿の仲だったから、家同士の橋渡しの意味も込められていたのでしょうね」
「その魔王の息子がどんな奴かは分からんが、刧魔界では相当良いとこのお坊ちゃんだろ。一体何が不満なんだ?」
「彼、私より弱いもの」
敬は空いた口が塞がらなかった。
ソフィアはどうやら男の価値を強さで測っているらしい。まるで獣人である。
「じゃあ何か?もし結婚するならお前より強い奴がいいってか。条件キツすぎだろ」
「自分を棚に上げておいてよく言えるわね。私に二度も勝った男が」
「いや、まぁ、確かにそうだけどさ……….」
「姫、お茶をお持ちしました」
敬が返答に困っていたところで、メロウとチコが丁度良く紅茶を運んできた。口に含むと、芳醇な香りと微かな甘味に包まれていく。
そして束の間のティーブレイクを挟んだ後、ソフィアが切り出した。
「勿論タダで協力しろとは言わないわ。もし彼を諦めさせた暁には……そうね。何でも一つ、言う事を聞いてあげる」
「姫!!!」
ソフィアが報酬を提示したその瞬間、カップを回収していたメロウが会話に割って入った。
「姫!そのような事、冗談でも!!!」
「黙りなさいメロウ。私は彼と話をしているの」
「しかし、やはり私は納得できません!姫は刧魔界一、いえ五界一高貴な御方。ギルヴァス様の意志を継ぎ、未来の魔王と成られる方で御座います!それが、このような異界の猿と仮とは言え恋人など!」
「そう、それなら敬に負けた私は猿以下と言うことね」
「そ、そのような事は申しておりません!ただ、我慢ならないのです!姫にはこの男より相応しい方がいる筈で御座います!」
「貴方の意見は聞いていないわ。下がりなさい」
「しかし姫ーー」
「メロウ!!!」
突如ソフィアが声を荒げたと思えば、部屋の温度が急激に低下し、メロウの後ろにある陶器が幾つか粉々に砕け散った。
彼女の放つ怒気をまともに受けたメロウは青い顔をして汗を滝のように流し、足をガクガクと震わせていた。
「三度目は無いわ。下がりなさい」
「はぃ………」
メロウは震える手をなんとか抑えながらカップを二つ回収し、チコに支えられながら千鳥足でキッチンへと下がった。そしてリビングに残ったのはソフィアと敬のみとなった。
「………」
「………」
二人の間にまるで永遠のような無言の時間が流れる。敬は気まずい状況で上手い事を言えるほどのコミュニケーション能力を持ち合わせていない為、ただソフィアの言葉を待つ事しか出来なかった。
「メロウが失礼な事を言ってしまったわね、ごめんなさい。主人として謝罪するわ」
「このくらい構わないさ」
「優しいのね」
「いや、悪口は言われ慣れてるから」
「そう………」
ソフィアは一息ついて、言葉を続けた。
「話のまとめだけど、メレクが学園にいる間、私の恋人の振りをして欲しいの。彼が私を諦めたら、何でも一つ言う事を聞くわ」
敬は両腕を組み、しばらく思考する。
そして十秒ほど経った後、結論を口にした。
「悪いが、その話を受ける事はできない」
「………理由を聞いてもいいかしら」
「俺がソフィアと仮の恋人になった場合、間違いなくユースティ家とロイセス家の関係性は悪くなる。当然だ、息子の婚約を邪魔されたんだからな。そしてその怒りの矛先は間違いなく俺に向かうだろう。これは刧魔界への内政干渉となり、最悪ガイア界と刧魔界の関係性悪化に繋がる可能性がある。俺も政府預かりの人間で、ネオスS級序列一位という肩書きがある以上、下手な真似は出来ない」
「確かにそうね、私自身の利益だけ考えて、貴方の世界に及ぼす悪影響を考慮していなかったわ。私とした事が、情けないわね」
「あくまで可能性だが、そんなリスクを犯してまで恋人の振りをするのは得策ではないと考えてる。折角の申し出だけど、断らせてもらう」
「ええ、貴方の考えを尊重するわ。話を聞いてくれてありがとう」
「いいんだ。あと誤解があったら不味いから念のため言っておくが、メロウの事は断る理由に含まれて無いからな。もしメロウに仕置きをするつもりなら、やめてやってくれ。もう十分反省してる筈だ」
二人がキッチンの方を見ると、メロウが震えながら入り口から顔を覗かせていた。
「分かったわ。貴方に免じて、この件に関してメロウへ罰を与えないと約束するわ」
それを聞いたメロウは、ヘロヘロとその場に崩れ落ちて大きく息を吐いた。
「あら、もうこんな時間」
ソフィアの視線の先にある時計は既に九時半を指していた。異性の部屋にいられる時間は寮則により十時までと定められている。
「長くはここに居れないな。自分の部屋に帰ってもいいか?」
「ええ。チコ、敬を女子寮入り口まで案内して頂戴」
「ガゥ、わかった」
敬はチコに連れられてソフィアの部屋を後にした。部屋に残るのはソフィアとメロウの二人だけである。
「メロウ」
「!」
ソフィアが名を呼ぶとメロウの体がビクッと跳ね上がる。
「何か言う事は?」
「も、申し訳ありませんでしたーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
メロウはソフィアの前に即座に移動し、膝をつき、額を床に擦りつけた。
「貴方の行為は私を思っての事だと思うわ。でもね、もう少し節度というものを持ちなさい」
「はい…………!!!」
「本来ならキツく躾けるところだけど、敬に宣言した通り、今回は御咎めなしとするわ」
「姫の寛大な御心に感謝申し上げます!本当にありがとうございます!!!」
「その言葉は私じゃなくて敬に言って。貴方を赦したのは彼よ」
「はい、明日改めて謝罪に向かわせて頂きます!」
「そうして頂戴。それにしても、残念ながら断られてしまったわね」
メレクがソフィアを迎えに来るために学園へ来るのは二日後、しかも教育実習生という立場で急に決まってしまった。
「しかもわざわざ私のクラスに赴任するなんて。彼、本気みたいね」
ソフィアはメレクから送られた便箋を手に取り、ロイセス家の紋章をじっと眺める。
「パパは権力を失って隠居、私はその代わりに成って旧魔王派の操り人形。更には政略結婚なんて。本当に面倒臭い、もう刧魔界も魔族も纏めて滅ぼしてやろうかしら」
彼女の掌から炎が上がり、便箋が灰に変わる。
「何もかも五界大戦から狂ってしまったわ。私は一体これから、どうすればいいの」
ソフィアの呟きは煙と共に虚空に消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ、一時はどうなる事かと思ったわ」
一方自室に戻った敬は再びベッドに横になっていた。
「しかし五界大戦か、久しぶりにその言葉を聞いたな」
事が起きたのが九年前と言うこともあり、その時の事はまだ敬の記憶にも新しい。
「………そうか、多分俺の所為だ」
正確には敬と『もう一人』だが、間違いない。
「あの時俺とアイツが魔族軍を壊滅させたからだ。だから責任を取ってギルヴァスは失脚した。ソフィアは政略結婚するハメになった」
別に魔族に悪いとは思ってないし、後悔はしていない。
人類を守るため、仕方なくやった事だ。
そしてその事を恐らくソフィアは知らない。
知っていたら恨まれてもおかしく無いからだ。
「俺が落とし前つけろって事かよ、神様」
次回、ちょっと過去編入ります。