ヴァレロン国際学園の学生寮は1・2階が男子寮、3・4階が女子寮となっている。
2・3階間の扉にはセキュリティーロックがかかっており、女子のみが持つカードキーが無ければ上がる事ができない仕様になっている。
「パーフィルの奴、遅いな」
早食い競争を行った日の放課後、敬は学生寮2階のロビーでパーフィルを待っていた。
男子が女子寮に入るにはパーフィルが持つカードキーが必要なのだが、彼女を待つ間敬は気が気では無かった。
「はぁ……女子寮ねぇ」
この獅子堂敬、生まれて此の方伊織以外の女子の部屋に入った経験は皆無であり、柄にもなく緊張しているのであった。
そして暫くするとパタパタと足音が鳴った。
「申し訳ありませんの!遅れてしまいましたわ」
扉の向こうから現れたのは私服姿のオフパーフィル。ピンクと白の横縞パジャマである。
「掃除でもしてたのか?」
「貴方、デリカシーというものを一から学び直した方が良いですわよ?」
「伊織にも似たような事言われたな……」
「面識はありませんが、その妹さんの苦労が伺い知れますわね。こっちですわ」
パーフィルの部屋は3階の一番奥に位置していた。
「さぁ、上がってくださいまし」
部屋の広さは敬と同じく1Kであり内装は至ってシンプル。そして机や椅子など必要最低限の物以外は一切置かれていない。
「物が少ない、と思ったでしょう?無駄なものは置かない主義ですの」
「シンプルイズベストってやつか。あ、もしかしてあの棚は?」
敬の指差した唯一の大きめの棚にはゲームハードとソフトが所狭しと並べられていた。
「私のコレクションですわ。そしてこれが今回の勝負内容ですの」
「なるほど、得意分野ってそういう事か」
「ゲームなら貴方に負ける気がしませんもの」
パーフィルは自分が最も得意なゲームで敬に勝負を挑むことにしたのだ。
「古い物から最新の物までジャンルも選り取り見取り。好きなハードとゲームを選んでくださいまし」
「俺が選んでいいのか?」
「得意分野で戦うんですのよ。ある程度のハンデは必要ですわ」
「そうか、それじゃあ遠慮なく」
敬はパーフィルの棚を端から端まで物色する。
「そういえば敬、貴方はゲームをよくするんですの?」
「俺はあんまりした事ないな」
「そうですの?男子でゲームしない人って珍しいですわね」
「まあ、な」
そして敬はとあるゲームを発見する。
「あ、『ブヨブヨ』だ。懐かしいな」
「有名なパズルゲームですわね。色を揃えて消すだけのシンプルなルールですが、意外と奥が深い面白いゲームですの」
『ブヨブヨ』は敬が生まれる前から存在しているパズルゲームである。二対一組の『ブヨ』と呼ばれるブロックを上から落として並べていき、四つ以上同じ色が並ぶと消滅する。また上に乗っていたブヨが落ちてきて、色が揃って消える『連鎖』を起こすことも可能だ。
ブヨを消して相手にお邪魔ブヨを送り、相手の盤面を埋め尽くせば勝ちである。
「へぇ、最新のハードでも出てるんだな」
「プレイしたことがあるんですの?」
「小さい頃に何度かな」
「どうします?それにしますの?」
「おう、これにしよう」
敬は『ブヨブヨ』のソフトをパーフィルに手渡す。すると彼女は「ふっふっふ……」と不敵な笑みを浮かべた。
「な、なんだよ」
「選択を誤りましたわね獅子堂敬。『ブヨブヨ』は私が最もやり込んでいるゲームの一つですのよ。これは勝機が見えて参りましたわ」
二人はコントローラーをとり、パーフィルのベッドに座りソフトを起動する。するとディスプレイから『ブヨブヨ』の懐かしいロゴと音楽が流れ始めた。
「ルールはお分かりですの?」
「問題ない」
「わかりましたわ。ルールは公式戦に則り5色、2ストック制、フィーバー無しで参りますわ。準備はよろしいですわね」
そして『スタート!』の文字が現れブヨが降り始める。
「もたもたしてるとすぐゲームオーバーですわよ!5連鎖!続いて6連鎖ですの!」
「あ、消そうと思ったのにお邪魔が」
「まだまだ行きますわよ!7連鎖!」
あれよあれよという間に敬の盤面はお邪魔ブヨだらけとなり、ゲームオーバーの上限まで後3列となった。
「勝てる!このままいけば勝てますの!」
「もうそろそろ、かな」
「あら、奥の手でもありますの?良いですわ、見せてご覧なさい!」
「別に奥の手って訳じゃないが……」
敬は自分の盤面を見て現状を把握。
一方通行の維持に使用している演算能力を目の前のブヨブヨにつぎ込んだ。
今の盤面とこれから降ってくるであろうブヨの色と置き方、消し方の全てのパターンを予測。そして現時点からパーフィルに勝利できるルートを導き出す。
「よし、そろそろ本気出すか」
「今までが本気では無かったと?」
「まあな。やっとこのゲームの全てが見えた。悪いがここからは俺の独壇場だ」
敬は先程までとは変わって高速でブヨを落としていき、次から次へとお邪魔を消し去っていく。
「なかなか粘りますわね。ですが押しているのは私ですわ!ラストスパートですの!」
「それはどうかな」
「なっ!!!8連鎖!?」
敬はお邪魔が大量に乗った盤面を物ともせず、神業とも言える連鎖を組み上げた。
「お邪魔を大量に相殺しながらの大連鎖!?貴方本当に初心者ですの!?」
「初心者だよ。ブヨブヨは両手で数えるぐらいしかやった事はない」
「あり得ませんわ!あっ!発火点がお邪魔で潰されましたの!」
「発火点が何かは知らんが、そろそろ逆転のお時間だ」
いつの間にか敬の盤面のお邪魔ブヨはなくなり、ゲームオーバースレスレの高さまでブヨが積み上がっている。
「パーフィル、このゲームの最大連鎖数は?」
「確か18、画面外まで使えば理論上20連鎖……まさか!?」
「そのまさかだ」
敬が画面外右上に落としたブヨから連鎖が始まる。
「13、14、15、16……」
パーフィルはすでに戦意喪失し、敬の連鎖をただただ見守るのみ。
「それ、理論上最大20連鎖。ついでに全消しだ」
「そんな……」
敬の盤面に『全消し』の文字が現れ、パーフィルには処理不能のお邪魔が降り注いだ。
「この私が負けた?得意分野で、初心者に?」
パーフィルはコントローラーを地面に置き、ガックリと膝をついた。
「敬」
「なんだ?」
「まさかとは思いますが、これも貴方の能力による物ではありませんわよね?」
「まぁ、正解だ」
「一体どんな能力を?」
「俺が持つ能力は一方通行と呼ばれてるが、そもそもそれを制御するための演算能力が備わってる」
一方通行の本質は『自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す』事である。
身の回りの物理現象や未知の現象を解析・再定義し、能力で実現可能な法則に落とし込む事で干渉及び再現する。
それを可能にしているのが彼のスーパーコンピュータを遥かに凌ぐ演算能力なのだ。
「本来一方通行の制御に割いているそれをブヨブヨに転用した訳だ」
「なるほど、単純な脳の処理能力の差。初めから私に勝ち目などなかったという訳ですわね」
「………悪い」
それを聞くとパーフィルは姿勢を直し、2ゲーム目が始まろうとした画面を一時停止する。
「悪いなんて事はありませんわ。ただ、一つ気になる事がありますの」
「気になること?」
「貴方、あまりゲームを楽しんでいらっしゃらないように思えますの」
「………」
図星であった。
敬にとって殆どのゲームはシステムを理解して仕舞えばただの作業。圧倒的な演算予測により確率論すらねじ曲げるため、同格以上の演算能力を持つ者以外に負けた事は一度もないのである。
故に能力を使えば「チート」と言われ、使わなければ「手加減」と言われる。そんな状態でゲームを楽しめる筈もなかったのだ。
「わかりましたわ獅子堂敬。残りの1試合、能力を使って全力できなさいな」
「いや、でもさ」
「負けるに決まってる、でしょう?確かにそうかもしれませんわ。ですが、私はゲーマーとして勝負を投げ出すつもりはありませんし、手加減される気もありませんの」
パーフィルはコントローラーを再度手に取り、ゲームを再開する。
「そうかよ。全力でいいんだな」
「天使に二言はありませんわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほい、20連鎖だ」
「お邪魔一つ送れませんでしたわ……」
パーフィルのストックは0になり彼女の敗北が決定した。
「はぁ、負けましたわ。ここまで完敗だと逆に清々しいですわ」
パーフィルはパタン、とベッドに横たわる。
「俺が勝っちまったが、これからどうするんだ?」
「このまま勝つまで挑むつもりでしたが、貴方がゲームを楽しめていないのはゲーマーとして由々しき事態。予定変更ですわ」
パーフィルはブヨブヨのソフトを停止し、棚から新たなゲームを取り出した。
「ゲームでの勝利がほぼ不可能と分かった以上、無駄に時間を割くわけにも参りませんわ。ならこれからの時間は貴方にゲームを楽しんでもらいますの」
彼女の手にあるソフトは「人生逆転ゲーム」。
人が生まれてから死ぬまでの一生を双六(すごろく)で決める、運100%のゲームである。
「人生逆転ゲームか。名前は知ってるが一度も手を出した事はないな」
「そうだと思いましたわ。運以外が介在する余地のないゲームなら問題ない筈。始めますわよ」
ゲーム開始と同時に初期ステータスが決まり、双六のスタート地点に二つの駒が置かれて互いにサイコロを振って進めていく。
「げっ!『車が事故を起こした!被害者への慰謝料と車の修理費で1000万円支払う』だと!?もう金は残ってないぞ……」
「人生とは得てして上手くいかない物。手形を発行するしか無いですわね」
「いよいよ借金か。仕方ない」
初めは淡々としていた敬も、ゲームが進むにつれて少しずつ良い反応が出るようになった。
「サイコロの目は6ですわ。やりましたわ!『購入した宝くじが当選!2000万円もらう』ですって!」
「くっ、調子がいいみたいだな。なら俺も……目は3。おっ、『会社の業績が好調。ボーナスとして1200万円もらう』だ。悪く無いな」
そして双六は続いていき、人生の終わりがやってくる。
「サイコロの目は2、『沢山の家族に見守られながら最後の時を過ごす』。やっとゴールだな」
「私もゴールですわ」
最終的な所持金額はパーフィルが2億3500万円、敬が2億1000万円。僅差でパーフィルの勝利となった。
「僅差ですが私の勝ちですわね。敬、このゲームをやって見てどう思いました?」
「まぁ、運ばかりで勝敗が決まるのはちょっと尺だけど、面白かったのは確かだよ」
「そう言ってもらえてなによりですわ。っと、もう時間ですわね」
部屋の時計を見ると時刻は夜10時前。
男子は女子寮に夜10時以降居てはならない決まりがある為、敬はそろそろ帰らなくてはならない。
素早く帰る支度をした敬は玄関へ向かった。
「勝負は負けてしまいましたが、ゲームの楽しさが少しでも伝わったのであれば本望ですわ」
「ああ、ありがとな。それじゃあまた明日な」
「ええ、また明日」
敬は踵を返し玄関を出た。しかし二、三歩離れたその時、
「け、敬!」
パーフィルが敬を呼び止める。
彼が振り返るとパーフィルが玄関のドアを開いて、少し顔を赤らめながら立っていた。
「今日は、その、勝負云々を抜きにして私も楽しかったですの。だから、また一緒にゲームで遊んでくださいませんか……?」
なんとか言葉を捻り出したパーフィルは真っ赤になって下を向いていた。
「おう、俺も楽しかった。また誘ってくれればいつでも相手するよ」
「ほ、本当ですの!?約束ですわよ!」
そう言うパーフィルの輝くような笑顔は、敬の目には少し眩しく映った。
パーフィルの良さを分かってくれると私も本望です。