破壊神クルルの襲撃から2日。
敬の部屋はすっかり元通りになった。
そしてとある放課後。
友達の少ない敬には特にその後の予定などあるはずもなく、一人寮の食堂で夕食を食べていた。
もちろんそこにはその他多くの学生が居るのだが、例に漏れず敬は『熱い』視線に晒されていた。
「いただきます」
両手を合わせて夕食にありつこうとしたその時、
「相席、いいかな」
そう言って向かいの席に座ったのはクルルだった。片手に数枚のフリップを抱え、何やら自信に満ちた表情をしている。
「構わないが、晩飯食わないのか?」
「今はそれどころじゃないんだよ敬くん」
クルルが一枚のフリップを敬に向ける。
そこにはお世辞にも綺麗とは言えない文字で、
『はかい神クルルの人るいめつぼう計かく』
と大きく書かれていた。
「人類滅亡計画?」
「そう、私の抱える計画のアドバイスをもらおうと思って」
「あ?あー、そんな約束したな。ここじゃなきゃダメなのか?」
「今すぐ敬くんに聞いてもらいたいの」
クルルは鼻息荒く敬に詰め寄る。
「わ、分かった分かった。飯食いながらでいいなら聞いてやるよ」
「ありがとう。ちょっと準備するね」
彼女は脚立を机の前に設置し、紙芝居風にフリップを乗せた。
「まず最初に敬くん、生物が生きるために最も必要な物って何だと思う?」
「そうだなぁ、パッと思いつく物なら食料だろうな」
「そのとおりだよ敬くん。どのような生命体であっても、食事からエネルギーを供給できなければいずれ死に至る。五界のあらゆる種族に刺さる弱点だよ」
「世界中の食料を枯渇させて滅亡を狙おうってか?あまり現実的には思えないな」
「心配ご無用だよ。それを実現させるための崇高なる計画を既に練ってあるんだよ」
「へぇ、そりゃあ気になるな」
自信満々に胸を張るクルル。
彼女は五界統合政府や各界政府全てを相手にしてなお、滅亡に追い込める手段があるというのだ。
立場上五界のあらゆる裏事情に詳しい敬にとっては興味をそそられる内容であった。
「これを見て欲しいんだよ」
クルルがフリップを一枚めくると、
「………なんだこの絵は」
フリップ一面がクレヨンか何かで雑に緑色に塗りつぶされており、その右下では青いバケツ(のような物)を持ったクルル(と思われる絵)が水を撒く様子が描かれていた。
「見てわからない?」
「すまん。さっぱりだ」
「これはね、毒を撒いてるの」
「どこに?」
「田畑(たはた)だよ」
「田畑?そんなの絵のどこにある?」
「緑色で書いてるよ」
「………」
訳の分からない説明に思考停止した敬を他所に、クルルは指示棒を取り出しビシッと絵を叩いた。
「食料を枯渇させるには、今ある食料を無くすよりも先に収穫できないようにするのが確実だと思ったんだよ。だから田んぼや畑など食料が取れる場所に毒を撒いて、二度と収穫できないようにすればいずれ食糧難に陥るという作戦だよ」
フリップをさらに一枚めくると、今度は茶色一面に塗りつぶされた場所で「お腹が空いたよー」と苦しむ敬の姿が描かれていた。
「そうして食料が少なくなると、愚かな人々は残った食料を求めて戦争を起こし、殺し合う」
次のフリップでは剣や銃を持った敬とその他の棒人間が、灰色の世界で殺し合っていた。
「そこまでいけば愚かな人類は勝手に数を減らし、人類滅亡を達成することができるんだよ」
最後のフリップには地面に大量に建てられた十字架の前で嘆く敬の姿があった。
「どうかな?良い作戦だと思わない?」
褒めて褒めて、と言わんばかりにキラキラとした目で敬を見つめるクルル。
「はぁ。まぁ、こんな事だろうと思ったよ……」
計画のあまりの杜撰さに肩を落とす敬。
一応適当にアドバイスはくれてやる事にした。
「まず、クルルの計画には大きな二つの欠陥がある」
「ふむ」
「まず一つ目は資金だ。クルル一人で世界中の田畑に毒を撒くのでは、どう考えても時間と労力がかかりすぎる。機械帝国にでも頼むなりしてロボット等を用意する必要がある。また、そもそも大量の毒を購入するお金も必要だ。さらに言えばその計画が政府にバレて妨害されない為の隠蔽工作にもお金がかかる。幾ら挙げてもキリがないぞ。お前にこれだけの資金が調達できるか?」
「バイトでなんとか」
「なる訳ないだろ」
「うぅ、敬くんが辛辣だよ」
「二つ目は人類滅亡を成し遂げる目的だ。なぜ人類を根絶やしにしたいのか、人類を滅亡させる事でクルルにどんなメリットがあるのか。その目的がはっきりしていない」
「私は破壊神。人類滅亡こそが目的であり、私の生きる理由だよ」
「じゃあ仮に人類滅亡を成し遂げたとして、その後クルルはどうするんだ?」
「その後?」
「誰もいない一人ぼっちの世界で生き続けるのか?人類と一緒に死を選ぶのか?他の世界を見つけて滅ぼしに行くのか?そういう事を一度でも考えたか?」
それを聞いたクルルは「うーん」と暫く考え込んでいた。
「分からない、分からないよ敬くん。私に残った記憶は世界に終わりを告げるという目的だけなんだよ」
「ならばまず最初に最終目標を考える事をお勧めする。この五界が滅びれば飯は食えなくなるし、友達もいなくなる。そういうデメリットも併せて考えると尚良しだ」
「確かに盲点だったよ。目的がはっきりすればやる気が出る気がするよ。ありがとう敬くん」
「おう」
すると周りの生徒達が、
「おいおい聞いたか今の」
「人類滅亡計画ですって。私たち滅亡されるのかしら」
「しかもあの女、どうやら破壊神らしいぞ」
と、恐れ慄いた目で二人を見つめていた。
「あ、やべ、他の生徒いるの忘れてた」
「やったね敬くん。これで私たち一蓮托生だよ」
「別に俺は人類滅亡させる気はないぞ!?」
「同じクラス、隣の席、そして人類滅亡計画の正式メンバーの獅子堂敬くん。これからよろしくね」
この瞬間、ヴァレロン国際学園に後に「獅子堂勢力」と呼ばれるグループが誕生する事となった。
そもそもソフィアの件で悪名が広がっていたにも関わらず、人類滅亡を企てているという事で敬の株は更に落ちたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここに来るのも久しぶりか」
無理矢理人類滅亡計画のメンバーにされた次の日、敬は人工島南端のとある施設を訪れていた。
大型野球ドーム二個分の広さを誇るその施設の名は『サン・ヴァレロン超常研究解析機構』。
Neo’sを始めとする五界のあらゆる超常現象に関する研究を行なっている国際組織である。
敬の通う国際学園にも研究者が数人派遣されており、生徒から収集したデータを元に能力の開発を手助けしている。
この施設では公に出来ない極秘な研究が多く行われており、たとえ人工島住民であっても一般人は立ち入りが固く禁じられている。
そのため施設の周囲は巨大なコンクリートの壁で隙間なく囲まれ、一つの門からのみ出入りが可能となっている。
その様相は研究所と言うより刑務所、というのが敬が初めてここを訪れた際の所感であった。
「休日だけど、誰かいるかな?」
敬が門に備え付けられたインターホンを押すと、女性の受付が音声で対応する。
『どちら様でしょうか?』
「獅子堂敬と言います。見学に来ました」
『見学ですね?こちらに手をかざして頂けますか?』
インターホンの左にある手形が書かれた装置が赤く点滅し、敬はその上に掌をかざした。
『生体情報一致、ようこそいらっしゃいました。獅子堂敬様。解錠いたします』
ガタンと大きな音を立て重厚な二枚扉がゆっくりと開いた。
「もうそろそろ来る頃だと思ってたよ、獅子堂君」
「お久しぶりです、水瀬所長」
門を潜ってすぐに出迎えたのは、白髭を蓄えた白衣姿の初老の男性であった。
名は水瀬博(みずせひろし)、超常解析研究機構の現所長である。
Neo’s研究の世界的権威でありながら、敬が能力を発現した時から担当研究員としてずっとお世話になっていた先生でもある。また、「一方通行(アクセラレータ )」の名付け親である。
「所長自らお出迎えですか。驚きました」
「まあ、用件が用件だからな。運悪くあの場所に入れる権限を持つ者が私しかいなかったのだよ。お陰で休日出勤だ」
水瀬は「年寄りは労ってほしいね」とわざとらしく腰を叩く。
「埋め合わせは今度させてもらいますよ」
「それは楽しみだ。ではさっさと済ませてしまうとしよう。今日は『第二位』に会いに来たのだろう?」
「はい。遥(はるか)に会わせてください」