誤字報告ありがとうございます
「──ここは…?」
眼が覚めると、そこには知らない天井があった。いや、厳密には知ってはいる。確か、ここは烈さんの職場の四番隊の隊舎のはずじゃ。定期検査とやらで、何度かここと似たような場所に来たことがあるからのう。
にしても…
「あれは幻聴ではなかったんじゃな」
意識が飛ぶ寸前に聞いた浮竹と京楽の声。それと雀部隊長の声。あれが聞こえた時は、遂に死ぬのかと思ってしまったわい。ただ、少々来るのが遅かった気もする。まぁ、生きてたし是非も無いか。
「よいっ…あだだだだだ!」
とりあえず起き上がろうとしたのだが滅茶苦茶痛い。というか包帯の巻きすぎで起きられぬ。肉体が完全にロックされてるんじゃが!
「ふんっ…あばばばばば!」
反動つけて起きようとしたら骨が痛すぎる。初めて霊力使って大怪我した時よりも痛い。
というか、わしって今どんな状態になっとるんじゃ?周りを見回しても鏡どころか、わしが寝てるこの布団以外特に見当たらぬ。窓も小さいし殺風景じゃなあ。
「うーむ」
飯を食べたいのう。現世にいたのは数時間ほどじゃというのに、実家の味とやらが恋しいわい。
「入りますよノッブ」
そんなことを信長が考えていると、病室のドアが開き、この隊舎の長である卯ノ花烈が入ってきた。
「あ、烈さん。おはよう」
信長が挨拶をすると卯ノ花の動きが止まった。
次いで、彼女の顔を確認するように覗き込んでき来た。烈は不思議そうというか、驚いたような表情をしている。
「……久しぶりですねノッブ。身体の具合はどうですか?」
「凄く痛いのと包帯のし過ぎで動けない以外は健康そのものじゃ!」
卯ノ花烈は信長の言葉を聞いて、何故かホッとしたような顔をしていた。
「そうですか。痛いのはしょうがないですが、包帯はもう少し緩くしましょう。
「くっついた?」
「はい。あなたの身体が発見された時、それはもう酷い事になっていました」
死なないように回道はちゃんと発動させていたはずなんじゃがなぁ。おかしいのう。
「心臓が動いているだけの肉人形、と言う言葉がしっくり来るほどの損傷具合。その怪我の惨状から私の部下は何人か吐いてしまいました」
「…そんなに酷かったのか」
「えぇ、拙い回道を大量の霊力に任せて短時間に何度も行ったせいでしょう。内臓同士の癒着や骨と筋肉が異常結合していたせいで、治療にはかなりの時間を必要としました」
信長はそんな酷い状態になっていたとは思わず、自身の包帯だらけの身体へ視線を落とした。起きた時には気づかなかったが、血の滲んだような跡がいくつも残っている。既に乾き切っているようだが、治療を施した時は相当のものだったのだろう。
「ちなみにどうやって治したんじゃ?」
「癒着している部分を無理やり切り離して元の形に整えました。手術記録があるので読んでみるといいですよ」
「…結構力業じゃな。記録は後で読むとして、今は飯を食いたい気分じゃ。どこか飯屋でも…」
「残念ながらそれは出来ません」
信長が言葉を言い終える前に、卯ノ花は冷たい声でそう言い放った。雰囲気もまるで別人のようになり、不穏な空気が漂う。
「織田信長」
愛称ではなく名前で呼ばれ、冷たい汗が背中を流れる。
「中央四十六室から強制捕縛令状が出されています」
そして信長は気づいた。確かにこの部屋は四番隊の隊舎ではあるが、病室ではない。
「御同行願います」
布団以外の一切の物が置いていない殺風景な部屋。閉塞感を漂わせる小さな窓。少し考えればわかったことである。
「(ここ牢屋じゃ!)」
織田信長。
彼女の人生初の入院は、同時に初めての収監を意味していたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
『中央四十六室』
尸魂界全土から集められた四十人の賢者と六人の裁判官で
構成される尸魂界の最高司法機関。
死神の犯した罪は全てここで裁かれ、その裁定の執行に武力が必要と判断されれば『隠密機動』『鬼道衆』『護廷十三隊』等の各実行部隊に指令が下される。
「中央四十六室か…」
信長がそれについて知っている知識はこれぐらいである。教本に書かれている程度のものだが、少なくとも自身に令状を出された意味がよくわからなかった。
「なぁ、烈さん」
「何ですかノッブ」
「わし何かやったかのう?」
「…罪状は詳しく話せないのですが、あなたに施された拘束が事の重大さを示しています」
「──なるほど」
信長は卯ノ花に押されている車椅子に座っているが、立つことはできない。全身が未だにボロボロなのもあるが、服の上から特殊なベルトのようなものでガッチリと固定されているのだ。恐らくは霊具だと思われるそれは、冷たく金属のような見た目をしながらゴムのような柔軟さで信長を縛り続けている。
「(どう考えても怪我人につけるには過剰過ぎるのう)」
しかもこの霊具、わしの身体から『力そのもの』を奪い続けておる。ただでさえ包帯と怪我でまともに動けぬというのに、これでは指一本すら満足に動かせぬ。
「(拘束の厳重さから考えて、わしの罪はかなり重そうじゃ)」
正直に言って信長には罪を犯した覚えはないが、彼女は『咎人』という罪人なため一概には無罪とは言えなかったりする。
「ちなみに、あなたは一月ほど寝ていました」
「一月か……一月!?ぐおっ…」
世間話で唐突に出てきた衝撃の事実に思わず声を上げる信長。それにより痛みが走り、苦悶の声が出る。
「六日くらいじゃと思ってた…」
「六日頃にノッブが起きていたらバラバラになってしまいますね。起きなくて良かったです」
「えぇ…怖っ」
尚、信長の手術は合計で165時間もかかっている。その間、卯ノ花は一睡もすることなく的確な手術を行っていたらしい。
「着きましたよ」
そうこうしている内に目的の場所へと到着。卯ノ花の声で正面を見れば、荘厳で威圧感のある扉が目の前にあった。信長が着いたことを察したのか、扉がゆっくりと開いていゆく。
「(随分と凝った演出じゃのう)」
罪人に自らの権力を誇示し、威圧感を与えるためであると思われるが、信長はそれ以外の理由も感じていた。
扉が開き切ると車椅子がまた動き出した。中は暗く、移動する音だけがやけに反響している。が、中央に着くと急に明るくなり、信長はそこで初めて四十六室の全貌を認識した。
「(これが尸魂界から集められたという賢人たちか…)」
部屋は八角形をしており、信長を囲むように彼らは座っていた。目の前には数字の書かれた板のような物があり、顔は見えない。あちらからは恐らく見えているだろうが、こちらから噂の賢人を目にすることはできない。
「罪人の移送ご苦労であった。下がってよいぞ」
年老いた男の声が目の前の板から聞こえる。どうやら六人の裁判官は信長の前方にいるらしく、それ以外が賢人だと彼女は理解した。
「はい。かしこまりました」
老人の声に従い、卯ノ花は部屋を出た。
残されたのは厳重に拘束された信長と彼女を裁く46人の賢人。裁判という体裁にはなっているが信長に弁護人がいるわけでもなく、全てが賢人たちによって決まる。
「(さて、どうなるかのう)」
賢人が信長を見る目は苛立ちや怯えなどの負の感情が入りまじっている。それがこの裁判にどう影響するかはわからないが、少なくとも良い方向ではないだろう。
「…質問をしても良いじゃろうか」
とりあえず信長は、相手の出方を見るために軽く話してみた。
「発言許可を与えたかね?査問のために呼ばれたのだ。回答以外で発言すべきではない」
うんダメじゃなこれ。完全に悪人に対する接し方じゃ。わしの見た目は美少女といっても過言じゃないというのに、優しさの欠片もないのう。
「……スミマセン」
「織田信長。君は一月前に真央霊術院の授業の一環として穿開門を通過。そして、君以外の死神が尸魂界へと強制的に戻されるという異常事態が起きた」
「(わしが現世に落ちた時にそんなことになっておったのか…)」
信長視点だといきなり現世に落ちて虚と戦い、死にかけたという認識しかない。そのため、まさか尸魂界も大変なことになっているとは思いもしなかった。
「更に穿開門は数刻に渡り完全に機能を停止。現世での虚討伐が不可能となり、護廷十三隊の業務に多くの支障が出た」
尚、これ以外にも始解時の信長が異常な霊圧を発していたため、それを計測した機器が振りきれて壊れるということも起きていた。最も原因が彼女だとはまだ誰も気づいていない。
「このような事態を二度と起こさぬために、我々四十六室は原因究明にあたった」
「あの、わし関係なさそうなんじゃが…」
「口を慎め罪人」
「………」
そして、信長にとっても椅子に座って事故報告を聞いているだけなので既に帰りたかった。が、当然彼女の呟きは無視される。
「織田信長、君が穿開門の機能を停止させている原因だと我々は確信した」
「!?」
なぜなら、四十六室は信長という存在がこの騒動の原因だと見抜いていたからだ。数百年後には腐敗しきってしまう組織だが、今はまだ有能な者が過半数を占めている。そのため、彼らはちゃんとわかっていた。
「これが君の最も重い罪。そして…」
「裁判官殿!異議を申し立てる!」
確かに四十六室は信長が元凶だと気づいている。しかし、彼女にとってそんなことは関係ない。
そもそも、やってもいない罪で濡れ衣を着させられそうになっているので死に物狂いで抵抗する。というか、穿開門という尸魂界にとってなくてはならない物を停止にするような死神など、誰であっても即極刑である。
「わしに穿開門を機能不全に陥らせるようなことなどできな…できな…」
そんなわけでどうにかそれを撤回させようとしたのだが、信長は言葉に詰まってしまった。
「(……声を挙げたはよいが、十中八九犯人わしじゃね?)」
流石に処刑されるのは嫌なんじゃが、正直言って状況証拠が揃い過ぎておる。実際問題わしが犯人だと決めつけたのは単なる消去法ではあると思うが、ここでは物的証拠はなくても奴らの最終決定が絶対じゃ。
知られてはいないとは思うが、もしわしが咎人だとバレたら裁判なしで即処刑だったじゃろうな。まぁ、このままでも普通に死刑なんじゃけどね。
「はぁ…織田信長。君がどう言い繕うと既に罪を犯したことは避けようのない事実だ。認めたくない気持ちはわかるが、まずは自分が罪人だということを受け入れたまえ」
信長が声を挙げてから黙ってしまったのを見かねたのか、賢人が先ほどよりは優しく声をかけた。あと、彼女の容姿はまだ幼い少女のため、彼らも少しだけ心苦しいと思っているからでもある。
「わしが罪を認めたら罰が軽くなったりは…」
「それはない。それと君には
「…もうひとつ?」
ただし、口調が優しくなっただけで言っている事はさっきと全く変わっていないのである。その証拠に信長にもうひとつ罪があることを無慈悲にも告げた。
「織田信長。君は『始解』やそれに比肩するような力を隠し持っているのではないか?」
そして、次いで賢人から投げ掛けられた問いは信長にとって非常に答えづらいものであった。
「あぁ、持っている」
だが、その疑問を聞かれることを彼女は予想はしていた。
対する賢人も彼女がそれを持っていることを想定いたようで、動揺はなかった。
「ふむ。では、君の斬魄刀の名とどのような能力か教えてもらおう」
「銘は『魔王剣』。能力は無尽蔵の鎖を周囲から出現させる能力じゃ」
「(もちろん嘘じゃがな)」
信長はここへの移動中に自身の斬魄刀について考えていた。彼女の『始解』は今から300年ほど経たなければ、使うだけで瀕死になってしまう諸刃の剣そのものである。そして、そんな変な条件の『始解』は信長の知る限り存在しない。
「……それが君の『始解』の能力か?」
未熟者の例外は異常であり、恐怖にもつながるという考えで信長は発言した。だが、賢人の回答は芳しくない。というか、どこか困惑しているようにも感じる声色だった。
「(ありゃ?)」
疑問や恐怖ならわかる。学院に入ってまだ三年の子供が『始解』を習得するなど信じられぬからな。じゃが、なんで困惑しとるんじゃ?反応がおかしいじゃろ反応が。
「そうか…そうか……どうするべきか……」
「極刑でしょうなぁ…」
「ですが裁判官、奴が嘘を言っている可能性も…」
「
「しかし、本人に自覚がないとすれば…」
「『双極』を使うしかあるまい…」
顔が隠れとるとに表情がわかるくらい声色に出とるし、学院の休み時間くらい賢人たちがザワザワしとるんじゃが。
というかアレってなんじゃアレって。わし自分の知らん情報で死刑になりかけてるよね?
しかも、さらっと言ってるけどわし双極で殺されるの?あの刑かなり重い罪人専用じゃよね?わしまだ死神にもなってない子供みたいものなんじゃが、たった一言で絶体絶命の危機になるとか不幸すぎない?
賢人たちのざわつきは数分ほど続いたが、すぐに静かになった。どうやら彼女の処遇が決まったらしい。
「織田信長。まず前提として、君が目覚めるまでに我々は二十日に及ぶ議論を行った」
が、結論を言う前に賢人は彼女に対して説明を始めた。
「穿開門の停止は君が関わっていることは明らかだった。だが、我々も鬼ではない。学院生ということを考慮し『第一地下監獄"等活"』にて500年の投獄刑に処す予定であった」
「え」
信長のやったことを考えると投獄刑は千年を優に越えるため、これはかなりの温情であった。思わず彼女も声が出る。
「しかし事情が変わった。…アレを持ってきてくれ」
賢人の声で運ばれきたのは布を被せられた檻であった。大きさは信長の身長の半分ほどであり、くぐもってはいるが中の生物の鳴き声も聞こえる。
「この中にいるのは、ある意味で虚よりも面倒なものだ」
その鳴き声を聞いた信長は、檻に入れられている生物の正体を思い出した。それと同時に、なぜ自分がそれの原因だとされているのかも理解してしまう。
「この生物は十日前に出現してから
その生物を信長はよく知っていた。
「貴族街を襲い、
知っているというか、生み出したというか、事故で誕生した予期せぬ生物。
「普通の死神が倒すのに少し面倒な強さを持ち、倒してもどこからともなく現れ、知能も高い。それ故、我々は頭を抱えていた」
どういう仕組みなのかわからないが雰囲気で自己増殖、自己再生、自己進化する
「しかし、解決の糸口が見つかった。織田信長、この生物を見てくれ」
その言葉と共に檻に被せられていた布がどかされた。
「ノブノブー!」
鮮明に聞こえる気の抜けるような鳴き声。
姿を見るまでは信長も否定したかった。
「(そうじゃよなぁ…見たらわしと結びつくじゃろうな、これ…)」
信長をデフォルメしたようないい加減な姿。全てを見通しているようで何も見てない眼。そして、彼女のトレードマークである輝く木瓜紋をあしらった軍帽。
「君を処刑することに不確定要素もあったが、見ればわかると思うが確信もあった」
10人中10人が織田信長に関係があると断定する生物が
そして、恐らく原因であろう人物に目星はついている。
ならばどうするか。
「我々は君が死ぬことにより騒動が沈静化すると考え、織田信長の処刑という結論に至った」
当然こうなる。
「若くして散る君の心を推し量ることはできない。だが、納得してくれ。君を処刑することは我々もできればしたくはなかった」
一人で巨虚を倒すことのできる死神をここで終わらせるにはあまりに惜しい。だが、それはそれである。彼女を生かし続けている事による利は現時点においてないのだ。
「君の死刑は明日正午に執り行う。それまで
「………」
「これにて織田信長の査問を終了とする」
信長は無言だ。
流石に彼女も自分が処刑されるというのは応えたのだろう。賢人もそれを察してか何も言わない。
査問は完全に終了し、賢人が呼んだのか卯ノ花が信長の車椅子を押して退出。その間、どちらも喋らず車輪の音だけが通路に響いていた。
「……烈さん」
先に口を開いたのは信長だった。
いつものような態度ではなく、自身の感情を無理やり押さえているようで苦しそうであった。
「なんですかノッブ」
そんなことは別に気にせずいつものように接する卯ノ花烈。信長とは三年ほど一緒に暮らしているためそれなりに情はあるが、性根があれなので別に彼女が死ぬことに特に悲しんだりはしていない。
「今からわし叫ぶから耳を塞いどいてくれぬか」
が、信長からの唐突な要望に思わず足が止まる。
「彼らへの罵詈雑言を言っても伝えたりはしませんよ?」
というか今の時代の賢人は煽られても処刑時刻を早めたり、懲役を延ばしたりするようなくだらない真似はしない。なので、あの場でもし信長が彼らを罵っても彼らはそれを甘んじて受け入れるだろう。
その旨を彼女に伝えようとする。
「頼む烈さん」
だが、信長はこれまでにないぐらい真剣な声で卯ノ花に頼んでいる。拘束がなければ頭を下げているも思わせるぐらい真摯な声色だった。
「…わかりました」
卯ノ花もそれを聞き入れ自身の耳を塞いだ。
それを確認した信長を大きく息を吸い、叫んだ。
「なんで『ちびノブ』がここにいるんじゃ!?」
ちびノブ。
別世界において信長が聖杯爆弾を作ろうとし誤ってその中に落下。その結果生み出されたナマモノ。
そして、今現在
「これで処刑とか納得できるか!」
尚、信長の叫び声は普通に卯ノ花に聞こえていた。
【ちびノブ】
信長から生まれたナマモノ。
可愛い外見とは裏腹に情け容赦なしの無慈悲な心を持つ恐ろしい生物。偵察もできるし、武器もそこそこ扱え、おまけにまあまあ強い。
敵に回すと面倒であり、味方だと意外に役に立つ。