第六天魔王の死神生活   作:七瀬一五

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【無間】
 闇と柱しかない殺風景かつ広大な牢獄。信長以外にも収監されている人間はいるらしいが、彼女は声どころか気配すら感じる事はなかった。 
 


第15話 出所じゃ!

 時間すら曖昧な牢獄。

 そこで信長は睡眠と刃禅をひたすら繰り返した。

 垣間見た世界は万を越え、自覚できるほど魂の強度も上昇。また、地道な鍛練によって鎖の操作も精密さを増した。

 そして、ちびノブと一緒に脱獄計画を考え始めた頃。

 織田信長の刑期は終了した。

 

「いやーシャバの空気は美味しいのう」

「ノブー」

 

 青い空に白い雲。

 やけに眩しく感じる太陽が瞳を突き刺し、新鮮な空気が彼女の肌を撫でる。見渡せば変わる景色に、彼女は感動すら覚えた。

 

「刑期終了おめでとう。ノッブ」

「久し振りだね信長。はいこれ出所祝い」

 

 しかし、目の前には見慣れぬ人物がいた。

 信長は眼前の2人の顔をじっくり見て、それから首を傾げた。

 雰囲気は知っている。

 声も知っている。

 けれど、何故だから知らぬ者だった。

 

「…誰じゃ?」

「何…だと…まさか!長期間の囚人生活で記憶が…!」

「そんな訳ないでしょ浮竹。どーせ信長のことだから僕らをからかってるんだよ」

「浮竹…はっ!ということは貴様は京楽か!」

「え…本当に忘れてたの?それ地味に心にクるね」

「違うわアホ!」

 

 それもそのはず、彼らは百年の間で大きく成長していたのだった。身長も顔つきもすっかり大人になり、同級生だった頃の面影など微塵もない。

 今の彼らは、誰が見ても立派な死神の姿だった。

 

「お主らデカくなりすぎなんじゃ!」

 

 京楽など無精髭を生やし、色男と言った感じに成長していた。浮竹も昔より病弱そうな雰囲気が消え、元気そうなイケメンに育っている。

 対して信長は全く変わっていなかった。

 

「ノッブは…成長してないな」

「もしくは成長し切った後なんじゃない?」

 

 死神と言っても、成長曲線は人間と似通っている。

 20年ほどで成人となり、そこから個人の資質によって老化のスピードが変わる。また、信長のように100年近くも少女の姿で変わらない者もいるらしい。

 

「今も成長中じゃ!身長は…全く伸びとらんが、いつかはお主らと肩を並べるくらいデカくなってやるわい!」

「お、その意気だぞノッブ!では、そのためには健康的な食事だな。出所祝いに京楽が良い料亭を予約してくれたんだ。今から行くぞ」

「なんと!気が利くではないかお主ら!」

「ノブー!」

 

 ただ、信長の成長曲線は死神とは違う。

 彼女の肉体は再臨という現象によって変わる。そして、織田信長は既に『霊基再臨第二段階』を果たしていた。瀕死という条件を突破し、斬魄刀の銘を知る。それを行った事によって、彼女の魂魄には魔王としての片鱗が現れ始めていた。

 

「喜ぶのが早いよ信長。これ見て」

 

 それはさておき、彼女は高級そうな箱を見せられていた。

 出所祝いで京楽が持ってきた物だが、誰が見ても尋常ではないオーラが漂っている。

 

「ん?これは…もしや酒か!」

「正解。老舗酒蔵『千光』の貴撰品(きせんひん)零天夜華(れいてんよか)』さ」

「最高級品ではないか!」

 

 彼が持ってきたのは、一部の貴族にしか卸されていないと言われる超高級品。100年間(死神基準で10年)で販売されたのは、たった数本のみとされる尸魂界のロマネ・コンティと言われる代物である。

 

「色々あって譲られてね。どうせなら皆で味わった方が良いだろう?」

「持つべき者は友じゃなぁ…というかこれ本当に飲んで良いんか?値段もあれじゃが希少性もヤバいじゃろ」

「もう頼んだ人がいなくなっちゃったからね」

 

 零天夜華を頼んだのは彼の兄。

 京楽春山である。いつか自身の弟と飲むために何十年も前から予約していたが、信長が投獄された何年か後に病死。つい先日に届き、弟である彼の所有物となった。

 

「そうか…では、ありがたく皆で飲むしよう!ほれ早く案内せい!」

 

 きっと百年の間に色々あったのだろう。

 深く踏む込む事はせず、信長はテンション高めに歩き出した。

 

「そういや信長。今更だが酒飲めるの?」

「嗜む程度には飲めるぞ」

「ノブー!」

「え?お主も飲む?お主ごとき安酒で十分じゃろ。この酒はわしら3人だけで飲むんじゃ」

「ノブブノー!」

「駄目じゃ。というか外に出れただけでも有り難く思え」

「ノブー…」

 

 不毛な争いをしながら歩く信長とちびノブを見ながら、浮竹はこう思った。

 

「(…ちびノブって店入れるのか?)」

 

 彼の思った通り、ちびノブは店の外に置いてかれた。変わらない表情から哀愁が漂っていたのは、きっと気のせいではないだろう。リードで繋がれたちびノブの姿は、どこか物悲しい雰囲気を背負っていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 上級貴族御用達の料亭。

 その個室で、信長たちは最高峰の料理を楽しんでいた。

 

「美味すぎる…」

 

 こんなに美味い天麩羅は食べた事がない…

 いや、何十年か前に烈さんが作ってくれた物と同じくらい旨い。これに比べれば無間の食事はカスや。  

 

「ノッブが泣いてる…」

「そんなに酷かったのか」

 

 無間の食事は味がない。

 霞を食っているような感触しかなく、一週間で信長は食べるのをやめた。彼女は食わなくても生きていられるが、それでも食事は配給され続ける。しょうがないので、ちびノブと持ち回りで食べていたのだ。

 

「それに酒も旨い…!」

 

 最高の料理に最高の酒。

 数十年ぶりとも言える完璧な組み合わせに彼女は涙した。

 

「来てない料理が半分くらいあるが…なくなったな酒」

「半分くらい信長が飲んだからね」

 

 ちなみに酒の持ち込みはきちんと許可を取っている。

 まぁ、別に申請しなくても酒ぐらいでは何も言われない。何せ貴族御用達の料亭である。個室で何が起こっても料亭側は一切の責任も負わないし、詮索もしない。ここではそれが暗黙の了解になっている。

 

「ふぅ…で、お主ら何処の隊になったんじゃ?」

「いきなりだね。僕は山爺の一番隊さ」

「俺は十三番隊だ。居心地が良いぞ」

 

 彼らは優秀な死神だ。

 既に席官クラスの実力を持ち、おまけに上官からの覚えも良い。後輩からも慕われ、護廷十三隊でメキメキと頭角を現していた。

 

「うーむ100年の差がすごい」

 

 対して信長は前科者である。

 ついでに最終学歴はない。真央霊術院にまだ籍があればいいが、恐らく無間収容時に消されている。

 

「(経歴が更木からの無間とか終わっとるじゃろ…)」

 

 マズイのう。

 また霊術院に入学すると言っても、わしと学生では実力に差がありすぎる。かといって、真央霊術院を卒業せずに死神となるのは厳しい。

 

「(いや待てよ。もう一回入るのは有りかもしれん…)」

 

 院生という身分じゃから自重しておったが、書類上だけで言えばわしは烈さんの養子。権力としては上から数え方が早く、名声としては強い。これをフル活用すれば、未来において大いに役立つはずじゃ。

 100年も経てば、当時の院生は殉職か死神の二択。

 そして同級生は百年下の子供。対するは無間での修行を経た、四番隊隊長の養子じゃ。繋がりを持つのは赤子の手をひねるよりも楽な作業よ!

 

「やはり…持つべき物はコネじゃな!」

 

 良からぬ事を考える信長。

 それを生暖かい目で見ている二人。

 

「変な事を考えてるみたいだけど…それが実行されることはないんじゃないかな」

「含みを持たせた言い方をしおって。何か良い勤め先でもあるのか?」

「ま、似たような物だね。これを見てくれ」

 

 京楽が差し出した紙。

 それは真央霊術院の卒業証明書だった。

 

「100年前に巨虚を倒した功績だそうだ。死神として高い戦闘力を有している、という事で例外的に修了を認めてくれたよ」

「俺たちは信長の出所後について訪ねようと思っていたのだが、その前にこれを渡された。総隊長であると同時に、真央霊術院の学長であるという事なのだろう。流石だ」

 

 浮竹の思っている事は少し間違っている。

 なぜなら信長がまた生徒となるという事は、総隊長にとって胃が痛くなる案件だったからだ。絡んでくる生徒には一切の容赦は見せず、下級生を従えて統率する。個人としては好ましいが、生徒としては問題児その物だった。

 しかも、信長は卯ノ花の養子。

 便宜上は四番隊隊長の娘である。彼女は聡く、利用できる物は空気を吸うように上手く扱う。100年前は京楽や浮竹と馬鹿をやるだけだったが、1人となれば何を仕出かす分からない。

 

「意外じゃな。山爺であれば、途中からでも通わせるようにするかと思っておった」

 

 それだけなら、まだ許容範囲だった。

 しかし、問題はちびノブである。とりあえず真央霊術院で様々な事を学ばせて死神の補佐として扱う事に決まったが、いかんせん数が多すぎた。

 

「僕もそれは思ったけど、まぁ山爺にも色々とあるんじゃないかな?」

 

 突然だが尸魂界は貨幣経済である。

 あらゆる物には金銭のやり取りが発生し、経済は静かに回っている。そして、信長とちびノブは刑期を終えた。無間という金の必要の無い空間から、尸魂界という人の営みがある社会へと戻る。

 当然だが刑務所というのは罪人が入る場所であり、ずっと住むという事はできない。故に、信長を拾ってきた山本元柳斎にはちびノブをどうするか考える必要が出てきた。

 

「そうかのう…?」

 

 1534体のちびノブ。

 護廷十三隊のおよそ半分という膨大な数に、経理担当の死神は泡を吹いた。飯は与えなくても平気らしいが、嗜好品として食事はする。寝なくても平気だが、それはそれとして家と寝床は欲しい。

 片方でも満たせれば暴れないが、そもそもちびノブには寿命がない。100年経っても特に姿は変わらなかったので、恐らく瀞霊廷にずっと居着くだろう。

 

「それと()()()の入隊届けだ」

「就職先まで斡旋してくれるのか!いやはや急に未来が明るくなったのう」

「あと、ちびノブの住居と100年前に破壊した全て家屋の請求書だ」

「…ん?」

 

 なので、主である信長がちびノブの諸々の費用を受け持つ事が勝手に決められた。

 

「明日から信長も死神だ。おめでとう」

「おめでとうノッブ」

「いや、ちょっと待て。わしが何であいつらの面倒まで見なきゃならんのじゃ!?おかしいじゃろ!」

 

 十五億八千二百四十万九千環。

 それが彼女に課せられた罰金である。かなり高額かと思われるが、これでも当初よりはかなり減っていた。

 

「というか百年前の損害は時効じゃ時効!」

 

 本人は穿開門を機能停止に陥らせ、ちびノブは1ヶ月あまりも瀞霊廷で破壊行動を行なっていた。桁が一つ増えてもおかしくない所を、無間での服役によって九割カットである。その判断に最大限の恩赦と譲歩があったことは想像に難くない。

 

「大丈夫だノッブ。おまえは優秀だからすぐ昇進して返せるはずだ」

「…それって何年ぐらいじゃ?」

「うーん僕たちの今の給料だと二千年くらいだから…昇進すれば五百年くらいで返せるんじゃないかな?」

「意外と早…」

 

 いや長いな。

 というかちびノブの飯やらで絶対に借金が増えるじゃろ。あいつら食べなくても平気なのに、やたらと食にうるさいんじゃよ。全く誰に似たんじゃか。

 

「それに二番隊というのも気になる」

 

 隠密の技能などわしは有していない。

 確かに進路は決めておらんかったが、そこと十二番隊は合わぬから対象外であった。

 

「そうか?むしろ選択肢はそこしかないと思っていたぞ」

「そうそう。現世への立ち入りが禁じられてる信長は、尸魂界外での虚討伐は無理だからね。必然的に瀞霊廷内での仕事が多い二番隊に入れられたってわけ」

「ふむ…道理じゃな」

 

 現世への立ち入り禁止は知らんかったが、まぁ当然の措置じゃな。『咎の鎖』のせいだという事はわかっておるが、これを外す手立ては百年かけても無理であった。

 しかし…二番隊か。

 

「(わし暗殺はともかく諜報は向いとらんからなぁ)

 

 穿開門を機能停止に陥らせない手段を考えつけば、気質が合いそうな七番隊にでも移りたいのう。

 

「ふむ。という事は、今回の出所祝いはわしの卒業祝いと入隊祝いも兼ねていたというわけか」

「そういうこと。あと、信長は明日から極貧生活だからね。しばらくは米も食べられない生活が続くと思ってさ」

「まぁ、そうじゃな」

 

 その点に関して、信長は特に心配に思っていない。

 嗜好品として食事は好きだが、彼女は何も食べずとも生きていけるからだ。

 

「水だけで過ごす日もあると思うが、今日の食事を思い出して頑張れノッブ」

「逆に辛いんじゃが?」

 

 だが、それはそれとして美味い物は食べたい。

 無間に入る前は卯ノ花が食事を作ってくれていたが、明日からはない。何なら、ちゃんとした食事が摂れるまで何年かかるか分からない状況だ。

 

「…考えても詰みじゃな。こうなれば飲むしかないな!京楽!酒と肉を追加注文じゃ!」

 

 故に、信長が今できる選択は食を楽しむ事だけだった。

 どうせ人の金である。彼女の心に遠慮の二文字はなかった。

 

「まだ頼むのか!?ノッブの腹は底無しだな…」

「ハハハ…そろそろ僕らの財布は底が尽きそうだよ。…この店ってツケきくかな?」

 

 こうして彼らは夜通し飲み続け、京楽と浮竹の百年の貯金は半分ほど消えた。どちらも貴族とはいえ、自身の稼いだお金が一気に減ると流石に懐が寒い。おまけに酷い二日酔いに苦しまされた。

 後者は自業自得な気もするが、信長はピンピンしていた。

 酔っても次の日に残さない便利な肉体である。

 




【織田信長(死神)の霊基再臨】
 第一段階は弓ノッブ。
 第二段階は讐ノッブの一臨。
 帽子の形が少し変わったらしいが、それ以外は普通の死神の格好なので変化に誰も気づいていない。
 
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