第六天魔王の死神生活   作:七瀬一五

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猫またぎさん誤字報告ありがとうございます


第十六話 二番隊の日常じゃ!

 瀞霊廷の一角。 

 そこにある広いだけのボロ屋敷。

 ある没落貴族がずいぶん前に売ったこの屋敷は、今日も朝から騒がしかった。

 

「ノブー!ノブノブ!!」

「…ぐぅ」  

 

 グッスリと眠ったまま起きる気配がない美少女は、この家の主である織田信長(借金あり)。そこそこ綺麗な布団にくるまっており、ちびノブの呼びかけに全く気づいていない。

 

「ノブブ!!ノッブ!!!」

「…ん…?…なんじゃもう朝か?」

「ノブ!ノブノッブ」

 

 ようやく起きた彼女は、とりあず時計を見た。

 

「ふむ…これは遅刻じゃな!」

「ノブ」

「やっちまったのう!」

 

 信長は急いで布団をほっぽり出すと、身支度を整えるために走り出した。ここから全速力で急げば間に合う。そう判断した彼女は、洗面台にて自身の姿を確認した。

 

「…ボッサボサじゃのう」

 

 例えるなら杉の木。

 櫛では力不足であり、彼女の髪は水ぶっかけた方が早いレベルでボリューミーな事になっていた。

 

「しょうがない縛るか…ちょっと髪持ってくれ」

「ノブ」

 

 バサバサの髪を無理やり後ろに纏め、後は帽子で誤魔化す。普通にバレそうだが、信長は自前の雰囲気でカバーできると踏んだ。

 

「よし!行ってくる!」

「ノブー」

 

 ほんの数分で身支度を終えた彼女は、玄関ではなく縁側から出ていった。そして、瞬歩と『咎の鎖』を併用して空中を飛ぶように走り出す。

 

「(間に合うか?いや、行けるはずじゃ)」

 

 日々の過酷な任務によって、信長の速さは向上した。

 瞬歩も身につけ、鎖との併用によって新人の中ではトップのスピードを手に入れた。最も、彼女以外の新人は入隊してから半年ほどで半分は殉職。もう半分も先日の任務で全滅した。

 

 ただ、そんな事を気にするほど信長は殊勝な死神ではない。墓参りくらいはしようという仏心はあるが、残念ながら同期の本名すら知らないので簡単に済ませた。

 ちなみに、諜報やら暗殺が主な任務なせいで夜遅くまで仕事するが当たり前となっている。信長が寝坊したのも、数日間の過酷な監視が深夜にようやく終わったからであった。

 

「(くそ!ここはブラックじゃ…!早いとこ別の隊に移りたいのう!)」

 

 ただ、労働環境はともかくとして彼女ほど二番隊が似合っている死神もいないだろう。なぜなら信長には同期は死んだと伝えられているが、何人かは蛆虫の巣に送られているからだ。

 心が壊れて凶行に走る死神はいくらでもいる。

 二番隊の死亡率はかなり高く、生き残った死神がいない年も珍しくない。それは幼い頃から訓練を積んだ家系であっても同じだ。

 であれば、真央霊術院を卒業したばかりの新人死神が病んでしまうのも仕方のない事だろう。

 最も、寿命の長い死神にとって特に憂慮すべき事柄ではないのは事実である。真に信長が気にする所は、二番隊は彼女のような優秀な死神を逃さないという事だ。

 

「(絶対に二百年以内に別の隊に移ってやる!)」

 

 故に、信長の目論見は外れる。

 彼女が二番隊を抜けるのは今より五百年ほど後である。当たり前の話だが、不可視の攻撃の出来る存在は隠密機動隊にとって優秀すぎたのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 頑張ったが朝は普通に遅刻した。

 そんで減給代わりにまた任務である。

 しかも、また深夜じゃ。3日くらいは寝なくても平気なことがバレてから、遅い時間帯の任務が回される事が多くなったわい。

 

「いやはや仕事は辛いのう」

 

 で、その任務というのは虚と取引した死神の処分じゃった。

 楽な仕事ではあるが、その虚の居場所も自分で調べろと上司から言われた。どうやら、わしが仕事に慣れたので新しい業務が追加されたようじゃ。

 …もしや結構期待されておるのか?

 

「じゃ、じゃあ俺の事は見逃してくれよ!」

 

 そして、目の前にいるのが件の死神じゃ。

 四肢を鎖で貫いておるのによく吠える。足の一本でも捥いでおけばよかったのう。

 

「それは無理じゃ。だが、お主と繋がっている虚について答えれば悪いようにはせん」

「だから答えただろ!俺はアイツに脅されて従っただけで、住んでる場所は知らないんだよ」

「そうか。それは仕方ないのう」

 

 この男が言っている事は嘘である。

 既に信長には彼の身辺情報が伝えられており、この男が酒と賭博で借金までこさえている事を知っていた。おまけに素行も悪く、同期から評判も悪いことも調査済みである。

 そして、そんなクズに関わった人間のほとんどが虚によって殺されている。それだけなら疑う理由にはならなかったが、どうにも最近の彼は羽振りが良かった。

 

「だろ!だから!」

 

 瀞霊廷を抜け出す頻度も多く、控えめに言って彼はクロだった。

 

「であれば足は要らぬか」

「…は?」

 

 故に、彼女は刀を抜いた。

 その数瞬後、一切の逡巡なく彼の両足は切り落とされた。

 

「があぁぁぁぁ!?お、俺の足!!」

「喚くな。耳に響く」

 

 迅速な拷問。

 本来であれば指から切り落とすが、どうせ殺すので喋る機能以外は不要だと考えた。あと、真面目に働いて借金返済をしているのにカスみたいな手段で稼いでいる事に腹が立ったのも理由である。

 

「痛ぇ!痛ぇよぉ…し、死んじまう!」

「であれば答えよ。なに止血はしてやる『破道の三十一・赤火砲』」

 

 無詠唱での破道。

 威力は絞られ、傷口のみを焼く小規模な炎。一瞬で流れ出る血は止まり、断面は黒く炭化する。それにより酷い匂いが室内に広がるが、信長は眉ひとつ動かさない。

 

「っ…!?が!はぁ…!はぁ…!」

「答えよ。次は眼と腕じゃ」

「やめろ!やめてくれ!」

 

 彼の心はもう折れていた。

 ほんの少し誤魔化しただけで両足を失った。そして、自身を見つめる瞳には何の感情も浮かんでいない。

 望む答えを言わない限り、この地獄のような拷問は続く。そこに躊躇はなく、嘘を言えば耳鼻を削ぎ落とされた無様な達磨に早変わりだ。

 

「に、西七十八区の戌吊(いぬづり)だ!」

「本当か?」

「ぐあああっ!い、戌吊の山奥!そこにある小屋で待ってるはずだ!」

 

 一言目で全て言わなかったため、彼の眼球は抉り抜かれた。

 拷問が効果的とわかれば、正確な情報のために肉体を切り刻まれる。下手に誤魔化そうとした哀れな男の末路だ。

 

「面倒な場所を待ち合わせ場所に選んだものじゃ。夜が明けるまでに済ませたいが…西七十八区は遠いな」

 

 何度か刀を振るった後、確認のように呟く信長。

 さっきまで叫んでいた男は、伽藍堂の眼窩から血の涙を流したまま死んでいる。およそ人間がやったとは思えない死体だが、虚と繋がった死神としては妥当な終わり方だ。

 

「檻理隊」

 

 そして、死体処理は信長の仕事ではない。

 彼女は隠密機動の刑軍に所属する死神だ。この場所ごと消す事はできるが、この部屋を元に戻すような器用な術は持ち合わせていない。

 

「は!」

 

 故に、信長は周囲に潜んでいた別部隊に指示を出した。

 彼らの主な仕事は瀞霊廷内の犯罪者を投獄する隊だが、業務の一環として『蛆虫の巣』に送られた死神の証拠隠滅も行っている。

 

「処理は頼んだ。わしは討伐に行く」

「御意!」

 

 慣れたような手つきで死体を片付ける檻理隊。

 それを確認すると、信長は血生臭くなった部屋から出た。そして、西へと移動を開始する。

 

「うーむ…」

 

 いつものように瞬歩と鎖を使って移動するが、瀞霊廷の外ではそうもいかない。流魂街の建物は脆いので、『咎の鎖』を引っ掛けては屋根を破壊してしまう。

 

「(何とかならんかのう)」

 

 まあ、本気出せば一瞬で着けるんじゃよ。

 代償として足の骨がバキバキに折れるだけで。

 

「(記憶を知る度に微妙に強くはなっているんじゃがなぁ)」

 

 信長の身体能力は別世界の記録を体験する事によって上昇している。ただ、いかんせん上昇幅が貧弱すぎた。

 読んだ記憶の数は百年かけて二割。

 それでようやっと第十一席くらいの実力である。見るだけで強くなると言えば聞こえはいいが、実態はマイナスをゼロに戻しているだけなのだ。

 

「(高められるのが技術だけというのは歯痒いのう)」

 

 自身の体質を考えながら信長は飛ぶ。

 そうして一刻の半分ほどの時間。一時間ほどかけて戌吊の山に到着した。

 

「あの廃屋か」

 

 彼女の目線の先。

 およそ山の中腹あたりに放棄されたであろう廃屋があった。遠目から見ても人が住める所ではなく、支柱が腐っているのか山小屋全体が傾いている。

 だが、確かに虚の気配がした。  

 

「(ふむ。面倒じゃし山ごとやるか)」

 

 人の気配がなければ全力で殺せる。

 そう判断した信長は、偽の解号を告げる。

 

「集え『魔王剣』」

 

 その声に従うようにして、彼女は虚空から錆びついた鎖を出現させた。誰が見ても始解にしか見えない能力だが、信長本人の能力である。

 

「行け!」

 

 数十本の鎖が、生物的な動きで廃屋に殺到する。

 ボロボロの屋根はいとも容易く破れ、中にいる虚は串刺しになるはずだった。だが、怪物はすんでの所で山小屋を脱出。信長に視線す移さずに逃走を開始した。

 

「遅いわ!」

 

 死神と取り引きする知能もあり、迎撃ではなく逃げを選択する頭脳。蛇のような頭を持った蜘蛛型の虚は、実に狡猾な怪物であった。

 されど、迫る鎖に胴を貫かれた。

 

「グギャァァ!」

 

 強引に地面に縫い付けられ、苦悶の声を上げる虚。

 それだけで終らず、追撃の鎖が怪物の手足を容易に千切り飛ばした。一瞬にして逃走能力を失った虚は、前方に倒れ込んだ。 

 

「ふむ。少し頭が回るようじゃが…普通の虚じゃな」

「ガァァァ!ニゲレン!ハナセ!」

 

 …こんな虚の誘いに乗るとかアホじゃな。

 金に目が眩んだとはいえ、その金もそこらの村から盗んだ物じゃろうに。それに、あの男が借りた金は50年くらい真面目に働けば返せる程度の物じゃった。

 

「答えよ。金のために何人殺した?」

「シネ!シニガミ!シネ!」

 

 拘束されているという状況なのに、首を必死に動かして抵抗する虚。悪知恵は働くが、それ以外は不得手なのだろう。できれば流魂街の住人が何人死んだか知りたかったが、この分では殺した数さえ覚えていない。

 

「…『破道の四・白雷』」

 

 そう判断すると、信長は指先から雷を放った。

 無詠唱かつ一桁の破道でありながら、それは一瞬で頭蓋から胴をを真っ直ぐに撃ち抜いた。

 

「ガッ…」

 

 虚は一瞬だけ呻くと、力なく地に伏した。

 あっさりと目的は達成したが、まだ仕事は終わりではない。虚が消えるのを見届けると、信長は倒壊した山小屋に向かった。

 

「一、二、三、四…」

 

 彼女が数えているのは虚の犠牲となった者たちの衣服や草履である。いくら流魂街に戸籍やらが存在しないといっても、死神は虚による被害を報告しなくてはならない。地道な作業だが、また次にこのような事件が起きた時は有用な情報となるだろう。

 

「二十一、二十二、二十三…」

 

 子供や老人、女に男、合わせて二十四人。

 これに犠牲となった死神の数を足せば三十一。

 どう考えても後先を考えてなさすぎじゃ。おおかた死神と取り引きできてしまった事で、自身が賢いとあの虚は勘違いをしたのじゃろう。

 

「因果応報…いや悪因悪果か」

 

 信長は弔いのために家屋へ火を放った。

 ほぼ残骸のような廃屋が燃え尽きるまで見届けると、彼女は瀞霊廷へと帰って行った。既に日の出まで一刻もないが、これから上司に報告である。

 悲しいことに二番隊は上から下までブラックなのだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「…以上が報告となります」

 

 空が白み始めた頃、信長は自身の上司への報告を終えた。 

 とは言っても、長々と話すほどの内容でもない。彼女の説明は、虚の情報と犠牲者の数ぐらいな物であった。

 

「そうか。報告ご苦労」

「はっ!」

 

 彼女の目の前にいるのは、顔面に無数の傷痕がある死神。

 彼は信長に指示を出す上司にして、二番隊第四席の老齢な男であった。

 

「短慮な手段に走る死神がいる事は憂慮すべき事態だが、規則からあぶれる者がいるのは致し方ないか」

「はい。善悪を理解していながらも楽な方向に向かう愚者ほど、自らの行動の醜悪さには気付かぬものです」

 

 彼は基本的に部下の顔を合わせる事すらしない。

 暗部を担う死神にとっては、本当の顔すら弱みとなるからだ。事実、信長も自身の上司と会ったのは今日が初めてである。

 

「その通り。護廷十三隊は清い組織であらねばならぬ。故に、名を汚す者は処分するしかない」

 

 何故そのような死神が信長の目の前に姿を見せたのか。

 それは彼女が今回の任務に忠実であったからだ。二番隊は護廷のため、時には苛烈な手段をもって同胞を殺す。その際に慈悲を与える者は不要なのだ。

 

「存じております」

 

 その点、織田信長は優秀だ。

 無間帰りという事で監視はつけているが、見た目とは裏腹に驚くほど冷酷な処刑を行っている。初任務において、一切の逡巡なく死神の首を斬り落とした時は彼も感嘆したほどだ。

 

「2日ほど休息を与える。下がれ」

「はっ!有り難く暇をいただきます!」

 

 そうして部屋から去った信長は、隊舎から出ると上機嫌に歩きだした。深夜テンションでおかしくなったわけではない。

 

「初めての連続した休みじゃ!京楽に酒をたかりに行こう」

 

 ただ単に初連休で喜んでいるだけなのだ。

 この一年、彼女の休日はたった2日しかなかった。上司はもちろん0だが、信長は上司が働いていれば自分も働くなどという殊勝な心は持っていない。むしろ、それとなく休みが欲しいと伝えていた。

 

「(仕事内容は楽じゃし上司も良いんじゃがなぁ)」 

 

 護廷十三隊での粛正は多い。

 普通に殉職もあるが、こんな感じで殺される死神もいる。もっとも、数百年前までは各々の隊長が処刑を執り行っていた。今は瀞霊廷を守る集団ということで、クリーン路線を目指しているのでわしらが頑張っているわけじゃ。

 

 秘密裏に殺してる時点で言うほどクリーンじゃないって?信長基準だとこれでも大分マシなのだ。何せ彼女は生前に自身を暗殺しかけた人間を、鋸挽きの刑という残虐な方法で処刑している。それに比べれば、死体を衆目に晒さない時点で絵に描いたような立派な組織だ。

 

「(まぁ、仕事は成功したしわしからの要望も通りやすくなるじゃろ。目指せ週一休み!)」

 

 なお、逆に仕事が完璧すぎて信長の仕事は増えた。

 これまで彼女の上司がやっていた一部の部下への任務の振り分けや裏切り者への尋問。それらが一気に信長の新たな仕事として追加されたのだ。

 その結果、信長は一年どころか五年ほど休みが貰えなかった。ちなみに彼女の上司は五十年くらい休んでないらしい。二番隊が人手不足なのもあるが、滅私奉公もほどほどにして欲しいと信長は思った。




【傷痕だらけの死神】
 二番隊第四席の老齢な男。
 ほとんどの傷痕は200年前の戦争で滅却師によって付けられた。一部は死神…というか隊長格の巻き添えである。
 本人は全く恨んでない。
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