波間を抜けて(IF作品/姉シリーズ)   作:夢枕 七変化

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共通(家族編)
新たなる始まり


 考えてみれば、酷い話だと思う。自我を持ったのは多分1歳になるかならないか位の頃で、掴まり立ちができるようになった時だった。

 その少し後に産まれた妹と、朧気にしか覚えてない両親と、私は多分平和に生きて来た。それから1年経つかどうかって時に……私は人生が終わろうとしているのを感じた。

 せめて、妹だけでも助けたい。この子は、生かしたい。

 私は良いのよ、2度目だし。でも、この子は何も知らない無垢な命だから。

 その時妹が笑った。太陽のような、向日葵のような笑顔で。

 それにより、焼けている家から必死で妹を引きずって表に出ると、少しだけ年上に見える女の子が居た。互いに見つめあって、それから笑ってる妹を見て、そっとその子は妹に手を伸ばした。

 優しく、けれども力強く妹を抱きしめてくれたその子は、少し先を歩き出した。私は妹からはぐれないように、その後ろに着いていく。

 互いに言葉は無くて、その時知らない女の人が声をかけてきた。それに視線を向けると、女の人はやはり妹に反応して、私達を見て訪ねた。

 

 「姉妹?」

 「うん」「違う、知らない子達」

 

 重なったのに正反対な私達の言葉に、その女の人は困ったような顔をして、太陽のように笑い続ける妹を見て女の人が泣き出すとつられたように少女も泣き出す。結局2人は美しい涙を流し続けて、私の天使により生きる活力を得たのだった。

 何も知らずに明るく笑う太陽のような幼女、私の最愛の妹にはその時〝ナミ〟と言う名が与えられた。私もろくに言葉を話せなかったから、その前の名前なんて伝えられなかったのでちょうどいいだろう。

 波間を抜けて故郷へと帰り着いた原動力であるから、そんな理由でその名前になったんじゃないかと思ってる。ナミを抱いていた少女は、ノジコと自分で名乗って、私は自分の名を問われた時〝おねぇちゃ〟と名乗った。

 それにより私はネムと名付けられた。私は自我を持った直後から怪しまれない為に、2歳の子供として振る舞う事に慣れていたし、実際自分の名前なんて覚えてなかったから、それで構わなかったし実際嬉しかったので結果オーライ。

 ただ、私も含めた3人を引き取り育ててくれるという女性を見て、私は何か引っかかるものを覚えていた。それが確信に変わったのは、怖い顔のおじさんが妹の笑顔見たさに顔を近付けて、それに恐怖して妹が泣いた直後に、その人が頭に風車を乗せて妹の気を引いてくれたその時だった。

 その時私は、ここがどこの世界でこの先何が起きるのかを理解して、イレギュラーな自分の存在は何の為にあるのかと自らの身を抱いて小さく震えた。ナミと、ノジコと、ベルメールさん……そして、この人がゲンさん。

 私はその直後、閃いた。守れるかもしれない、運命を変えられるかも知れないと。

 だって私は居ない筈の人間で、ならば喪われても何も問題なんてないんだもの。なら……護りたい、大切な人達を。

 ナミはまだ1歳でノジコは3歳、ベルメールさんは20歳で私は2歳。今ならばまだ、運命を変えられる。

 そう思ったら笑えて来て、何が出来るかなと考え始める。だってね、残酷な運命が定まっているとしても、その運命への道を知っているのならば、それを回避する事も不可能では無い筈だもの。

 いつでも投げ出せる命1つ。優しい母と、美しくなると分かっている姉と、可愛い妹。

 この時、私の世界は、それだけだった。それが……私の世界の全てだった。

 細かい時間軸は記憶しきれていないから分からないけど、今分かっている知識を全て洗い出して書き出して、年表にしておきたい。私にいつの日か死神が鎌を振りかざして襲い掛かって来る時には、今から更に何年もの時が過ぎてしまっているだろうから。

 まずは文字の読書から正確に覚える必要がある。分かっているのは、英語、ひらがな、漢字が使われている事。

 漢字は主に衣服にプリントまたは刺繍、染物などで使われているだけで、日常的に使われている様子はない。それに対してひらがなは子供文字として扱われているようで、児童書等はこれで書かれている。

 そしてそれ以外の文字は全て英語だ。となれば日本人は英語苦手だからーなんて逃げてもいられないと、全力で取り組んだ。

 この時の私は2歳であったにも関わらず、全力で英語に取り組んでいた。けれどもそれが、普通に考えた時どれ程奇異な事であるのか自覚出来ていなかったのだ。

 勉強以外に関しては、その位の歳の子に見せかける術を心得ていたからこそ、余計におかしな事になっていると言う真実に、私は気付けずにいた。それくらいは、私も余裕が無かったのだと思う。

 そんな私を不思議そうには見ても嫌がらない姉のノジコと、勉強好きなんて変わってるわねと笑って受け入れてくれた優しい母のベルメールさんがいて、何も分からずにねーね?と私を呼び慕ってくれるナミがいたから、私は私として育つ事が出来たのだろう。

 私は3歳になる頃には本屋さんで立ち読みをして情報を集めていた。ナミちゃんの姉ならば、多少の能力の恩恵はあると踏んだのだ。

 読書を続けて知識を得て行く。時間は限られている。

 図書館なんて無かったから、読むだけで何とかなりそうなものは立ち読みで誤魔化していた。そんな私に時々ゲンさんが欲しい本を買ってやるからと言ってくれたので、図鑑とか参考書、専門書を買ってもらっていたけど、ゲンさんもそれを嫌がらなかったのだから、相当に甘やかされていたと思う。

 ドクターからは、使わなくなった古い医学書を譲ってもらったりして、3歳の内に簡易的な医療知識と、薬学知識、海図や地図を描けるようになっていた。それは勿論日本での学生生活があったからこそ、ここまでの知識を素直に吸収出来たのだろうと思う。

 紙やインクはそれ程高くは無かったというのもあり、私はベルメールさんに頼んでそれを用意して貰い、けれども海図や地図は何とかわかる程度の物しか描けなかったので早々に諦めると、記憶にある曲を歌詞を書き出して、それから主旋律の譜面を書いて行くと、わかる範囲でドラム等の譜面もそれに書き足して完成させる。

 それを可能な限り続けて、覚えている限りの童話や児童書も書き出して行く。文字を覚える為と言うのもあって、それは有効に作用したと思う。

 それに混ぜてはあるけれど、この世界について覚えている事は全て書いて積み上げて置いた。ドクターを含めて貰う事は出来なかったけど、借りられた医学書とか農業系の本も写本して積み上げて、料理の方法も記憶にある限りレシピとして書き出して行く。

 書いて行く間に思い出す事もあって、4歳になる頃には私の机周りには多くの紙が積み上げられていた。そんな中で航海術等も含めて勉強を続けて行く。

 私はただ……大好きな家族を、喪いたくなかった。

 それによって例え、原作から遠ざかるのだとしても、私はベルメールさんに死んで欲しくはないし、ナミやノジコを泣かせたくはない。可能な限り、守りたい。

 死なないでほしい。傷つかないで欲しい。

 苦しまないで欲しい。幸せでいて欲しい。

 甘いと言われても構わない。皆が苦しむ未来なんて、私はいらないと心から思っていた。

 勿論3歳になった頃から私も蜜柑を育てるのも手伝ってはいたし、そのついでに蜜柑の皮でシャンプーとかの洗剤を作っていたのだけど、大切な事を家族にも何も話さずにいた私は4歳のある日、ノジコに問い詰められる事になってしまった。

 

 「ネムは凄いね。でも、何をそんなに焦ってるの?何を目指してるの?」

 「何を、言ってるのか「ネムは、私を騙せると思ってるの?」」

 

 ノジコは私の言葉を遮り真剣な顔でそんな事を言うから、私は苦笑した後言い訳を考えたけどノジコに嘘は通じない。ノジコもまたナミと同じように、普通に考えて天才だと思う。

 まだ5歳なのに、大人顔負けの判断力と自制心を持っていて真面目に農家の手伝いをしていて……。それにノジコは何よりも可愛い。

 この時点で既にネムは相当なシスコンであり、マザコンである。その為か2人には持ち前の演技力も上手く発動出来ずに、全て見透かされているのが現状であるのは言うまでもない。

 ここで〝2人には〟となり、ナミが加わらないのはまだ幼いからに他ならない。大好きな3人ではあるが、その中でもネムから見ればナミは世界の中心だったのだから当然の事として、この先ナミがこの家の中心人物になるのはこの時点で決まっていたのだろう。

 深く溜息をついて、私はこうなれば仕方ないかとノジコに全てを話そうと決める。勿論、真実に嘘を織り交ぜてだけれども。

 完全なる嘘はボロが出るけれど、真実に混ぜた嘘はバレる事が無い。だからこそ、少し話を組み立てる為に考える時間も稼ぎたい。

 

 「あのね、ベルメールさんにも1緒に、私の話を聞いて欲しいの」

 

 ノジコとベルメールさんが揃って話を聞くには、少なくともノジコがベルメールさんを呼びに行く時間はかかる。それまでに話を作ればいい。

 予定としては、夢を見るのだと話すつもりでいる。そう言えばもしかしたら、何か変わるのではないかと期待する気持ちもあるから。

 結果的に夢だからと無視されても、原作から変わらないだけ。変わったら、ベルメールさんが生きてくれる。

 それに、最悪の時は私がこの身を投げ出せば助けられるだろうとも踏んでいる。大丈夫、ベルメールさんが生きていれば私1人くらい居なくても何も世界に支障は出ないもの。

 時間が無い。時間が足りない。

 いつ、奴等が来るのか正確な日時が分からない事がこんなにも怖いなんて思わなかった。わからない事が当たり前の筈の未来を、こんなにも恐ろしく思った事は無い。

 あれは、ナミちゃんが何歳の時だったかな。8歳……10歳……それとももう少し先?

 そんな細かいところまでは覚えて無くて、ただ、奴等が来るのがいつなのかと怯えるしかできない。震える私にノジコは少し慌てて、それからぎゅっと抱きしめてくれる。

 その温もりに、体の震えはいっそう大きくなる。本来私は、この温もりを感じられる立場に無かったのに、この温もりを喪いたくないと、この幸せを壊されたくないと願ってしまっていた。

 私には、何もかもが足りない!5歳で航海術を使って海に出て、お金を稼ぎ始める位はしないと間に合わないわ。

 それをしたとしても、どう考えても強さが足りない。奴らに……魚人達に勝てるだけの力が……欲しい。

 本当は今すぐ飛び出したって、間に合わないかも知れないのに……!

 

 「大丈夫。ネムとナミの事は、私とベルメールさんが必ず守るから!だから、ちゃんと話して。今、呼んでくるね」

 

 強い意思を持ったノジコの言葉に、私は頷く事で応える。でも……新聞を見てさえいれば、直前にその悲劇が起きる事を知る事は出来る筈よね。

 ジンベエが王下七武海に加入の記事が出るまでは、大丈夫。それの後で揉めて別れて、ここに来るのだから。

 もしも運命を変える事で、何かを私がその分背負うのだとしても、それは構わないと思えた。だって私は、本来ならば存在しない筈のイレギュラーなモノで、不要な存在なのだから。

 私の命1つで皆が助かるのであれば、こんなに嬉しい事はない。それ程にありがたい事はないわ。

 戻って来たノジコがベルメールさんと共に椅子に座るのを確認して、私はゆっくりと口を開く。運命を変える事に対する恐怖なんて、家族を喪うそれに比べたら何ともない。

 私はその時が来たら、笑顔で喜んで死ねると思う。それ位には、家族を愛してる。

 

 「私はベルメールさんに引き取られてから、同じような悪夢を繰り返し見るようになったの。その夢は日々鮮明になっていて、それを回避したくて……私は勉強を始めたの。何かしてないと気が狂いそうになるから」

 

 私の言葉に2人は何故か納得したような顔をするけど、何故こんな突拍子も無い事を信じてくれるのだろうと思う。でも、正直都合は良い。

 漫画の世界と似てるのなんて、言える筈も無いのだから。これ以外に説明のしようがない。

 私は決意を込めて話を始める。騙す為に、生きて貰う為に。

 その為ならば、私は私の何を犠牲にする事だって厭わない。命を捨てる覚悟は、あの戦場で既に済ませているのだから。

 

 「夢の中の私は9歳か、10歳か、それとももう少し上か分からないけど、多分その位だと思うの。そんな私がナミとベルメールさんが喧嘩しているのを眺めている所からその夢は始まる。家を飛び出して行くナミをノジコが追いかけて行って、ベルメールさんは家でご馳走作って待っててくれて、ナミとノジコは手を繋いで家に帰ろうとする。ある意味で日常としか言えないような穏やかなスタートだと思うわ」

 

 私の話を無言で聞く2人にホッとして、私はその話の続きを口にする。少しでもいいから、備えて欲しい。

 3人に、生きていて欲しいから。それが叶うなら、私は死ぬ事になってもきっと笑っていられると思うから。

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