私は2度目の人生である今回は、後悔しない生き方をしようと決めている。この世界において、唯一〝存在しなくても問題のない存在〟が私なのだから、主要人物を守って何が悪いのだろう。
ナミと、ノジコと、ベルメールさんが生きていてくれたなら他に何を望めばいいのだろうかと思ってしまうの。それくらい、私の世界には〝家族〟しか存在していない。
「そこに魚人達で構成された魚人海賊団が攻め込んで来るの。そして、大人1人10万、子供1人5万ベリーの支払いを命じてくるのよ。最初は特別だから、払えなかった奴だけ殺すと言って……」
心は、妙に凪いでいる。この未来だけは、どうしたって回避してみせると心に誓っているからかも知れないけれど。
それでも何度も見たあのシーンは、鮮明に覚えている。どうしても主要人物の壮絶な過去だから、描かれる事の多かったシーンでもあるのが理由だろう。
「村から離れてたのに、この家は見付かって……でも貯金は10万しか無かったから、ベルメールさんにゲンさんが大人1人分支払えって言うの。ドクターがナミとノジコに島を出て逃げろって言うの。でも……ベルメールさんはそのお金をナミ達の分だと言い切って、殺されてしまう」
「待ってネム、それだと1人分足りないわ」
「……その分は、ナミの持つ能力で補って貰えたのよ」
ナミの海図を描く能力の高さは、揺るぎないものだろうと思うから、そういう事にしておく。私が存在しない正規のルートの情報だなんて言える筈無……いや、そう言った方が伝えやすいかも知れないわね。
「ネム、もしかしてその敵を探る為に、本を読み漁っていたの?」
私は無言で頷いた。それに対してベルメールさんは、成程ねと呟くと真剣な表情で私を見る。
それに私も真剣な表情で向き合えば、ベルメールさんは言いにくそうに問い掛けてくる。それは私への気遣いなのか、たかだか夢に怯えるなんてと思っているのか、その判断はつかないけど。
「その先は、分からないの?あんた達は、その後どうなったの?」
「ナミは夢を抱いていたの。その夢を叶えられるだけの実力をナミは持っていた。その為にナミは魚人に連れ去られてしまう。ノジコやゲンさんはナミを取り戻そうと頑張るんだけど、取り戻せなくて……ナミは、誰にも頼れなくなる」
「……ネムは?」
「私ね、自分の事だけ、見えなかったの。まるで、初めから私なんて存在しないみたいに」
こう言えば、おかしくはない。自分の未来は見えないタイプってのは、案外多いって聞くし。
何より嘘は吐いてないわ。だって私は本来、存在しないのだから。
だけど何故か私の言葉を聞いて、ベルメールさんとノジコが青ざめる。それにより、疑う事無く受け入れてくれてるのだと分かり、その優しさに涙腺が緩みそうになってしまう。
どうしてこんなにも優しいのだろう。私は何も出来ていないのに。
「ナミは、ノジコや皆を守る為に……悲しい決断をするの。その海賊の1味になり、皆の命を繋ぎ止める代わりに、裏切り者として生きる事っていう」
「……ネムは、その時生きてるの?」
「たぶん、ね。……正直ね、私は居ないような状態の夢だから、よく分からないの。でも、私はベルメールさんを死なせるつもりは無いし、ナミを人身御供に出すつもりも、ノジコを独り苦しませるつもりも無いの。……だから、海に出る許可を頂戴」
「海にでて、どうなるの?」
ノジコが不安そうに言うのを聞きながら、私は笑う。大切な愛しい姉に、心配なんてかけたくない。
「趣味で書いてた小説とか、歌とか、写本した医学書とかを出版して、蜜柑の皮で作った洗剤を販売するつもり。そうすればお金は手に入るし、今の世界情勢も知る事が出来るでしょ」
いけない事だとは分かっているけど、譜面と童話を机から持って来てテーブルに乗せると2人に視線で確認するように促す。これはどんな理由があろうと、他人の作品だから明らかなる盗作である以上、許される事じゃない。
それでも、お綺麗なままで全てを守るなんて私には出来ないと知ってるのよ。守りたいものがあるから、良心の呵責なんて言っていられない。
私には海図を描いたり、地図を描く才能は無い。それは実際、ナミの足元にも及ばないと知ってるの。
天候はでも、読めるのよね……。何なのかしら?
そんな事を考えていたら、その間に2人は真剣に私の用意した物を見て、溜息をついた。それから、困ったように笑ってくれる。
「ベルメールさん、これ、私は売れると思う」
「そうね、なら、海に出ても大丈夫なように、戦い方を教えないとね」
2人の言葉に自然と笑顔になった私を見て、2人は微笑んでくれた。それからベルメールさんが決意を込めた瞳で私を見据えるから、自然と私も真剣な表情になる。
「明日から……2人に戦い方を教えるわ。私ももう少しだけ、体を鍛えてみる。そうしたら、ネムもノジコも不安にならないでしょう」
「待って!どうしてノジコまで!?」
慌てて声を出した私に、ベルメールさんは呆れたような視線を向けて来た。そして、言う。
「女の子だって強くなくちゃいけない。不条理な現実が襲いかかってくると分かっているなら、自衛くらい出来るようにならなきゃ困るでしょ。だから当然……ナミにも叩き込むわよ」
「「ナミにも!?」」
私とノジコの声が重なると、二人共ナミに甘いわなんて言いながらベルメールさんはケラケラと笑った。その明るさにつられるようにして、私とノジコは笑い出す。
そうして私達三姉妹の、ベルメールさんによる特訓の日々がスタートしたのだった。そうして分かったのは、この世界の人達は基本的に体の造りが普通じゃないという事。
鍛えれば鍛えた分、常人を辞めてしまえるのだ。成程これなら、悪魔の実を食べてなくても強い人達がうじゃうじゃいるのも分かろうというものだわ。
私の知る範囲のナミちゃんよりも今のナミの方が明らかに強くなったのを、僅か数ヶ月で認識する。これがどうこの先に影響するだろうと考えたら少し怖いけど、何故かナミはめげずに私やノジコについてくるのだから、流石は原作の主要人物と思わざるを得ない。
体感した全てを、経験した全てを吸収して、私達三姉妹はこの村でベルメールに次ぐ強さを有してしまっただろうとわかる。これは……大丈夫なのかな。
殺気にも慣れて、何だか……戦場で産まれただけでなく、育ったかのようになってしまってる私達状態に少し笑ってしまう。いくらこの世界でだって、僅か5歳にして弓、剣、棒、槍、体、鞭、となんでも扱えるような人物なんて多くないと思うから。
ベルメールさんは、毒の耐性や薬の知識、応急処置の方法も叩き込んでくれたし、サバイバルにおいて必要な知識を実地で教えてくれた。これなら突然蜜柑農家として生きられなくなっても、野垂れ死ぬ事だけは無いだろうなと思えば笑えてくる。
三姉妹揃ってお揃いで貰った武器は3つ。それぞれが1般に知られた物ではなく、どちらかと言えばマニアックな物で暗器や護身用の隠し武器扱いされる物だったりする。
1つは
勿論飾りが重たいので、頭などに当たればそれなりの威力もあるし、普段は女の子が腰に巻いていても腰紐とか飾り紐にしか見えない。ベルトの代わりのように使えば武器を装着するベルト隠しにもなり、武器を身に付けていると判断されにくいのが特徴。
収穫したい蜜柑の少し上を狙って投げれば、蜜柑と枝を離して簡単に高いところにある蜜柑を取れるようになり、生活が少し楽になったのもこれの利点だと思う。
歴史では消えたこの武器を三姉妹揃って普通に扱えてる現実が少し怖いけど、そこはまぁ姉妹だからと思って流しておく。血の繋がりが無いとかこの場合関係無いから。
私達には血よりも深い絆がある。私の妄執という絆が……ってダメ?
そして話を戻すけど、2つ目は
事実歴史上で使われていた鉄扇の八割強は、畳まれた扇の形をした単なる鉄の塊だったのだけれど、これは希少な開いて使えるタイプだったりする。こちらの方が威力は低くなるけど、骨が鉄で出来てるこれは他の部分は普通の扇と同じなので、日常使い出来るので武器を持ち込めないような局面でも役立つ。
これを日常使いするのは正直三姉妹の中で私だけだけど、ナミは普通に鈍器として使ってるんだから凄いと思うし、ノジコも暑い時とかに扇いでるから猛者だと思う。だって、これの重さ5kg以上あるのよ?
余談だけど、鉄の塊タイプは15~30kgの重さがあり、開くタイプは5~18kgの重さがある。私達が使ってるのは10kg程度だとは思うけどね。
最後の1つが
これを使って3人で歌ったり演奏したりするのは、私達も楽しかったし、子供がそれ程多くもない村だからこそ、大人達はそれを微笑ましそうに眺めたりしてくれていた。これが後に、平和な時代の記憶として大人達の心に強く刻まれる事となるのは、この時私とベルメールさん以外の誰にも予想さえ出来なかった事案だ。
これらが武器である事は、例えゲンさんであっても言うなとベルメールさんに言われていたので、私達三姉妹は素直に従っていた。そして、それぞれの戦い方の特徴を見てベルメールさんは別々の武器をくれた。
ノジコには弓を、ナミには
ヌンチャクの棒の部分が多く存在する物をそう呼ぶ。ナミが使ってるのは鎖が中に収容出来るので、基本的には分解出来る棒って扱いだけどね。
そんな武器の為に蓄えが全くできなくなるのではないかと、私とノジコは考えたが、ベルメールさんはあっけらかんとした様子で話す。こういう所、本当にベルメールさんって逞しいなって思うのよね。
「アンタ達が蜜柑畑の仕事を手伝ってくれてるし、作れそうな物は私が作ったんだから大丈夫よ。流星錘なんて家にある物で簡単に作れるのわかるでしょ?」
そう言って抱き締めてくれるベルメールさんに、私達三姉妹は泣き笑いの表情を見せるしか出来ない。ただ、家族も蜜柑畑も、訓練も、皆大切であると言う真実だけがそこにあった。
私はこの大切な人達を喪いたくないと、その温もりと愛情に包まれながら祈るように願っていた。本来、存在しない筈の私なのに。
贅沢にも、愚かにも、望んでしまっていたのだ。この幸福が何時までも続きますように……と。
ともすれば子供の見た怖い夢でしかない筈の、妄言にも近いそれを信じて、共に生き抜こうとしてくれるベルメールさんとノジコがいる。夏の日差しを浴びて、元気に育つ蜜柑がある。
いつも優しく見守り、楽しげに過ごしてくれるゲンさんやドクターがいて、村の人達も笑っているのを見て私は今日を幸せに生きていると感じた。そんな普通ならば当たり前としか言えないような日常に、私達は感謝して今を生きて居る。
そしてとうとう、私は5歳になった。当然、ノジコは6歳、ナミは4歳、ベルメールさんは24歳になっていた。
商品を積み込み、必ず帰ると約束して海へと出た私はナミの為にもなるからと、1応島の測量をしたりしながら簡易的な地図を描いていく。子供の落書きにしか思えないけど、これをナミが直せばそれなり以上の価値が出るのだからやるべきだろう。
ナミが自分の目で見た物では無いけど、私の見た物なら練習には丁度いい筈だからとナミの為にデータを集めながら進む。けれども、初めは苦難の連続だった。
海に関して、本から得た知識だけではどうにもならない事も多くて、人のいる島に自在に行けるようになるのには少しばかり時間がかかった。けど、そのお陰で経験は嫌でも積めたので、それは大きな成果だと思う。
そうして人のいる島に行けるようになり、そこで出版の契約をしたり蜜柑や蜜柑洗剤の販売を行うようになった。それに伴い、それなりに積荷を乗せられて1人で扱える最大サイズの船へと乗り換えて、生活の基盤を作って行く。
売上から原価等の経費を差し引いて、残った純利益の4割を家に入れて、1割は自分の活動資金として、他は貯金しておく。原価等の準備資金は別枠で計算してあるので、何とかやって行けるだろうと思えたのは海に出るようになって3ヶ月程経過した辺りだった。
ペンネームは愛しい家族をイメージして〝宝玉〟としてあるけど、その売上は今の所まだ手元に入って来てはいない。生き抜かなくてはと、私は強い意志を持って海をいくつも超えて旅をしていた。
同じ島からは出版しない。そうする事で、何処の島に作家が居るのかを分からなくしていたけど、途中見兼ねた編集社が笛をくれた事で、いつでもどこでもクーちゃんを呼び出して原稿を渡す事で出版できるようになったのは、本当にありがたいと思っている。
ニュースクーだからクーちゃんねと言ってカモメと仲良くなったおかげか、クーちゃんは頼むと手紙を人に届けてくれるようになった。なので天候の関係で中々帰れそうにない時等は家族に手紙を書いて送れるので、助かっている。
そんな生活の為か、お金は思ったよりも順調に貯まり、半年もしたら家族全員分の首代は貯金出来た。所謂25万ベリー以上の余力があると言う事。
たった?とか言わないで欲しい。だって、子供が洗剤と蜜柑でそれだけ稼いだって、それも半年でって考えたら脅威よ。
それも純利益の半分だけでそれなのよ?
色々と軌道に乗れば、もう少し貯められる筈。もし、魚人海賊団が攻めてきた時に1億溜まっていれば、戦う事無くナミを解放出来ると思えば、守銭奴になるのも致し方ないだろうと思うのよ。
そんな生活が続き、私は6歳になった時欲を出してしまった。それがどんな結果を招くかなんて、想像もしていなかったけれど。
「今回少し遠出するから、帰り遅くなるわ」
「ネム……大丈夫なの?」
心配そうにノジコが問い掛けてくれた直後、弾丸のような勢いで飛び付いてきたのは愛しい妹だった。ノジコとナミはショートカットに近い髪型で、本当にそれがよく似合う。
ああ、私の天使!可愛い愛しの姉妹達!!
「ネムのばか!どうして!?今度こそ私も連れてってくれると思ってたのに!ネムは5歳で海に出たなら、私も海に出たい!」
「ナミ……海は危ないの。世界一可愛いナミがこの島から出たら、あまりの可愛さに誘拐されちゃうかもしれないでしょ。世界にはね、人を売り買いするようなのも沢山居るのよ」
想像するのもおぞましい。私の天使に笑いかけてもらおうだなんて、それだけで万死に値するわ!
かすり傷ひとつでもつけたら、その時点で産まれてきた事を後悔させてやるんだから。そう思って愛しの天使を宥めようとするけど、膨れっ面のまた愛らしい事!
「でも、ネムは出てる!」
「私はナミと違って目立たないもの。……ナミはね、世界一可愛いの。だからダメ。危ないから」
真剣に言う私の後ろで、ベルメールさんが髪の長さと身長以外コピーしたみたいに同じな癖にとか言ってるけど、それは目の錯覚だ。私はナミ程可愛くはない。
無邪気に向日葵みたいに笑うナミと、無表情がデフォの私を1緒にしないで欲しい。あぁ……膨れてても泣きそうでもナミは可愛い!
「ナミ、諦めな。ネムは極度のマザコンでシスコンだから。今度私と隣の島に行ってみようね」
「ノジコ……うん、ありがとう」
「ノジコは世界一美しい姉なのよ!?ノジコも危険だから出ちゃダメよ!」
「あー……。ハイハイ。ナミ、連れてってやるから、これをそういう意味で頼るの辞めな」
そんな他愛ない会話をしつつ3人に別れを告げた私は、この先に待ち受ける運命を本当に理解しては居なかったのだ。波間を抜けて進んだ先に何があるのか、貰った武器を抱き締めて、私は前を見据えていた。