長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
After Franklin's Game(またの名をガチャ)
□決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ
ギデオンのテロ事件から一日がたって。
わたしは変わらずデンドロにログインした。
昨日はいろいろなことが起きて、なにがなんだかって感じだったんだよね。いろんなできごとをぎゅっと濃縮したみたいな……なぜか体感で半年以上すぎたような。
だから日記を書いて振り返ろうと思う。
ノートとペンを用意して、と。
モンスター探しのクエストを受けたわたしとアリアリアちゃん。そのときに会った『ひよ蒟蒻さん』(あとで聞いたことだけど偽名だったらしい)から、あるイベントのチケットをもらった。
その名も<超級激突>!
アルター王国決闘ランキング第一位、【超闘士】フィガロさん。
黄河帝国決闘ランキング第二位、【尸解仙】迅羽さん。
二人の<超級>が勝負する一大イベント。
おたがいに全力を尽くすバトルは見ているわたしたちもドキドキが止まらなかった。
そして、戦いに決着がついたとき。
ドライフ皇国の<超級>、【大教授】Mr.フランクリンが現れた。
第二王女エリザベート・S・アルターさまの誘拐。
ギデオンの街にしかけられたモンスター。
王女さまを助けて、<フランクリンのゲーム>と呼ばれたモンスターテロを止める方法はひとつ。犯人のフランクリンを見つけて倒すこと。
でも、ギデオンにいるほとんどの<マスター>は<超級激突>を観戦していた。フランクリンは結界機能を使って彼らを闘技場に閉じこめたんだ。結界を攻撃したら街中にモンスターが放たれるというおまけ付きで。
つまり、結界を通り抜けられるのは合計レベルが50以下のわたしたちルーキーだけ。
闘技場から脱出したわたしたちは四方にわかれて、敵と戦いながらフランクリンを探した。
わたしはアリアリアちゃんと北側を担当したんだけど……うん、戦闘ではあんまり役に立てなかった。
でもでも! 別のところで活躍したもんね!
そしてゲームのクライマックス。街中に映し出された中継映像でわたしはそれを見た。
フランクリンが呼び出したモンスター【RSK】と戦うのは近衛騎士団と【聖騎士】レイ・スターリングさん。
完璧にレイさん用の対策がされたモンスターだったのに、レイさんはボロボロになっても諦めないで見事! 【RSK】を倒しちゃったのです!
モンスターを呼び出すスイッチも壊れて、テロは失敗した。フランクリンの悪だくみを食い止めることができた。
わたしたちはそう思って安心したんだけど、それは間違いだった。
フランクリンの<超級エンブリオ>、【魔獣工場 パンデモニウム】から出た五万体を超える改造モンスターがギデオンに攻めてきた。
使役するんじゃなくて、逃がしてしまったからフランクリンを倒しても止められない。一体一体がすごく強いのに、フィールドを埋め尽くすくらいの数。
でも結界を壊しても大丈夫になったから、闘技場にいる人たちが来てくれたらなんとかなるかもしれない!
わたしたちはレイさんや他の<マスター>と一緒になって時間稼ぎのために戦った。
だけど、どんどん味方は減っていって。
もうダメだと思ったとき。あの人が来てくれた。
“正体不明”と言われていた王国の<超級>。
【破壊王】シュウ・スターリングさん、その人だ!
あのときは本当にびっくりしたよ!
前に話したことはあるけど、クマの着ぐるみ姿しか見たことはなかったからね。
ちらっと見えたけど、かなりイケメンだ。どうして顔を隠しているのかなあ? やっぱり着ぐるみ好き?
あとはシュウさんとレイさんの二人が兄弟ってことも初耳だったけど……ちょっと話がそれるからこの辺で。
シュウさんはモンスターをちぎっては投げ、ちぎっては投げて無双する。
そしてシュウさんの<エンブリオ>、陸上戦艦の砲撃でモンスターはあっという間に倒されていく。
パンデモニウムは攻撃を受けて撃沈。
フランクリンは突撃したレイさんの手で倒された。
直前に黒いもやっとした影が王女さまを助け出してくれたみたいで一安心。
王女さまの無事とフランクリンたちの全滅が確認されて、ようやく事件が終わったことをギデオン伯爵が宣言したのだった。
…………
「こんな感じかな」
思いつきで書いてみたけど結構いいかも。これからも起きたことはノートにまとめていこうかな?
ペンを置いて顔を上げると、ちょうどアリアリアちゃんがやって来るのが見えた。
わたしは噴水のへりから立ち上がって手を振る。
あ、気がついたみたい。
「遅くなってごめんなさい。急いだのだけど、随分と待たせてしまったみたいね」
「だいじょうぶだよ! わたしが早かっただけだから!」
ちょうど待ち合わせの時間ぴったり。つまり時間によゆうをもっていたんだろう。さすがだね。
別々にログアウトしたアリアリアちゃんと合流できるかはちょっと心配だったけど、あらかじめ時間と場所を決めておいてよかった。
フレンドリストでログイン中かはわかるし、わたしはバベルがあるから探し物は得意な方。とはいえ、すれ違いになったらたいへんだ。
「不覚だわ……三十分前に着いていようと思ったのに」
「なにかあったの?」
「実は、間違えて三時間早くログインしちゃったのよ」
つまり現実だと一時間前ってことになる。
なのに遅刻しちゃったから落ちこんでるのかな。
ぜんぜん気にしなくていいのに。
「かといってリアルに戻るのも癪じゃない? 時間を潰そうと思って闘技場に顔を出したの」
「たしかにギデオンと言ったら決闘だね」
「そうしたら、なぜか決闘ランカーが集まっていたから、つい模擬戦を挑んじゃって」
うんうん……今なんて?
「【超闘士】に完膚なきまでボコボコにされたわ」
「フィガロさんに!?」
「いい経験になったわ。次こそは一撃お見舞いしてやれるはずよ。いえ、必ず当てる」
闘志をメラメラと燃やすアリアリアちゃん。
決闘チャンピオンと戦うなんてすごいなあ。たぶんまた挑戦するに違いない。
さすがに今は手も足も出ないのかもだけど、レベルが上がっていけばもしかしたら……? だってアリアリアちゃんは戦うのが上手だからね!
「そんなわけだからサラさん、今日は効率の良い狩場でも巡らない? 新しいジョブのレベルを上げたいのよ」
「オッケー! どこに行く? 外?」
「そうね……でも、まずは買い物かしら。昨日バカみたいに消費したからポーションを補充しないと」
「たしかに」
もっともな正論にうなずいて、わたしたちはギデオン四番街、通称“マーケット”に足を向けた。
◇
実は、わたしはお金持ちである。
とてもリッチなのだ。初心者とは思えないほどにお財布の中身がぎっしり詰まっている。
理由は簡単。テロ事件の解決に協力したので、ギデオン伯爵から恩賞をもらえたから。
特に大活躍したレイさんやシュウさん、そしてわたしたちみたいに闘技場から脱出したルーキーはすごい額のお金が支払われた。
そして、わたしも活躍が認められて特別ボーナスが上乗せされた。
モンスターの声を聞いてみんなを案内したり、隠れてた【ジュエル】を探しただけなんだけど……こんなにもらっちゃっていいのかな? いいよね! やったー!
合わせるとその額は一千万リル以上(おこづかい何年分だろう?)。ポーションとジェイドたちのご飯を買って、装備を新しくして、かわいい服をいーっぱい買ってもぜんぜん使いきれないくらい。
バザーで魔法のアイテムを衝動買いしても、おいしそうなおやつをみんなで食べ歩きしてもへっちゃらだ。
ふふ、なんだか悪い子になった気分だよ。
せっかくだからジェイドとルビーを連れて、アリアリアちゃんと商品を物色することしばらく。
たまたま入ったお店にあったものが――ガチャだ。
店員さんに聞いてみると、このガチャは<墓標迷宮>から出土したレアアイテムなんだって。
お金を入れると投入額の一〇〇倍から一/一〇〇の価値でランダムにアイテムが出てくるらしい。
入れる金額は百リル〜十万リルなら自由。
ガチャの景品にはS〜Fのレアリティがあって、Cランクで入れた金額とおんなじ価値のアイテムが。
Fランクが一番下、そして最高のSランクからは百倍以上の価値になるアイテムが出てくることもあるとか。
くりかえすけど、今のわたしはお金持ち。
「だからいいよね? 回してみよう?」
「やめときなさい。当たりなんてそうそう出ないわ」
アリアリアちゃんからストップがかかる。
わたしの腕をしっかりと掴んで離さず、ガチャを回そうとする人たちの行列を指差した。周りをよく見てみろってことかな?
ふむふむ、ガチャに入れる金額は人それぞれだね。
一千リルと手堅い人がいれば、最高額の十万で勝負に出る人もいる。
というか、あの悪役っぽい人はレイさんだ。必死に祈りながらガチャを回して……あ、膝ついた。黒い女の子に慰められながら、ふらふらとお店を出て行ってしまう。
その後ろ姿は“不屈”のヒーローとはほど遠い、ただ夢敗れて傷ついた男の人のものだった。
「今のを見てどう思う?」
「……ああはなりたくない、かなぁ」
ごめんなさい、レイさん。
でもやっぱりカッコ悪いです。
『
『
どうやらジェイドとルビーは興味津々みたい。
気持ちはすごいわかるよ。わたしも引きたいもん。
うーん、どうしようか?
「ならこうしましょう。私も付き合うわ。代わりに一人一回まで。どう?」
「そうだね、運試しと思ってやろう!」
ガチャを引くためにお店の商品をいくつか買って、列の一番後ろに並ぶ。
順番を待っている間も、前から悲鳴や叫び声がちらほらと聞こえてくる。……ちょっとドキドキしてきたかも。
ゆっくりと列が進む。
前の人はすごく時間をかけて回していたけど、目当てのアイテムは出なかったみたい? 店員さんに注意されて泣く泣くガチャの前から離れた。
そして、ようやくわたしたちの番になる。
「まずは私ね。ま、あっさりSランクが出たらごめんあそばせ?」
アリアリアちゃんは一万リルを入れる。
はたして結果は……?
「ふーん、そう。【解毒薬】か。いいじゃない」
Fランクのカプセル。
中身はお店で買ったばかりの消耗品だった。
「ワンモアよ」
「え、一人一回じゃないの?」
「今のはルゥの分。次が本命よ」
その理屈はありなんだろうか。
ともかく二回目。一万リルを入れるアリアリアちゃん。
「【聖水】だね」
「……そうね」
Eランク。これも消耗品。でもふつうの薬よりは高いし、入手方法が限られるけど役に立つアイテムだ。
「じゃあ、次はわたしが」
「待ちなさい。まだガチャの検証は終わってないわ。こういう博打はね、最低でも十連くらいは回さないと勝ちを拾えないものなのよ」
そう言ってガチャに張りついたアリアリアちゃんの横顔は熱く、正気を失っていた。
でもわたしは止められなかった。十万リルが入れられるのを見ていることしかできない。
だって「ここで引き下がってたまるか」という火がついたアリアリアちゃんの迫力がちょっと怖い。
そして、残りの結果はこんな感じだった。
F:【よい子の童話集】
C:【適職診断カタログ】
F:【フルーツ盛り合わせ】
D:【サウダ・ファントムシープの肉】
D:【ミスリル】
F:【薬効包帯】
C:【テレパシーカフス】
E:【麻酔網】
「フゥゥゥゥ…………」
アリアリアちゃんは一周回って穏やかな笑顔に。
こめかみにピキリと浮き出た血管。両手でカプセルを握りしめて、どうにか怒りをがまんしているみたい。
十回引いてB以上はひとつもなし、アリアリアちゃんが使える武器はゼロ。なのにハズレとは言いづらいCが二つ出ているから……どうやって励ましたらいいだろう。
「【テレパシーカフス】一個でどうしろって言うのよ」
「で、でもほら。【カタログ】は便利だよ」
「転職したばかりだけどね」
「よーし狩りに行こう!」
これはまずい、と話をそらすけど、
「まだあなたが引いてないでしょう……?」
逃げられなかった。
「もちろん十万リルで回すのよね?」という圧力が……視線が、突き刺さる……っ!
「ジェイドたちも引こうね!」
『
ごめんね、後でおいしいご飯あげるから。
びくりと羽を震わせたジェイドはプレッシャーで涙目になりながらガチャを回す。
コロンと出てきたのは『C』のカプセルだ。
「……C」
『
「あ、開けるのはみんな引いてからにしようか」
続いてわたし、ルビーの順番でガチャを回す。
わたしのカプセルはジェイドとおんなじ『C』だ。そしてルビーのカプセルはというと、初の『B』だった。
これにはアリアリアちゃんもニッコリ。
「そういえばカーバンクルは幸運を呼ぶモンスターだったわね。ときにルビー、少しばかり撫でさせてもらえるかしら? 別に他意はないのだけど」
『
「何ですって?」
「いったん落ち着こうよアリアリアちゃん! こらルビー! あっかんべーしないの!」
二人の間に入ってアリアリアちゃんをなだめる。
でも、ルビーはおてんばなところがあるだけで悪い子じゃないんだよ?
しばらく経って冷静になったアリアリアちゃんと仲直りをして、わたしは三つのカプセルを開けてみた。
「Cは両方とも【墓標迷宮探索許可証】だね」
たしか王国の神造ダンジョン<墓標迷宮>に入るために必要なアイテムだったはずだ。
一枚はわたしが使うとして。従魔用のアイテムじゃないから、二枚持っていてもしょうがない。
「一枚はアリアリアちゃんにあげるよ」
「良いの? 売れば元が取れるのに」
「こうすれば一緒に行けるからね!」
「サラさん……!」
せっかくダンジョンに行くなら、一人よりみんなで楽しめる方がいいもんね。
最後にルビーが引いたカプセル。
「お、おお? これは」
出てきたのはわたしの身長より大きい棍棒だった。
トゲトゲが付いた金属製のそれは見た目通りの重さがあって支えられずに落としてしまう。わたしだと数センチ持ち上げるだけで精いっぱいだよ。
床に置いたまま説明文を読んでみる。
【鬼の金棒】
魔を祓う化生が携える鋳鉄の武具。
尋常ならざる膂力を要求するため、これを振るうことができる者は一握りである。
十全に扱えるならば使い手は一騎当千の猛者となり得るだろう。
・装備補正
攻撃力+500
・装備スキル
《両手持ち》Lv1
《鈍重》Lv4
《魔性特攻》Lv2
※装備制限:合計レベル50以上
スキルの内容を見てみると、《両手持ち》は武器装備枠を二つ使う代わりに攻撃力が10%上昇。
AGIにマイナス補正がかかる代わりに最終的なダメージを二倍化する《鈍重》。
そして《魔性特攻》は鬼、アンデッド、キメラ、妖怪、悪魔の種族に与えるダメージが4%増えるという効果だ。
強い武器だけど……わたしは使わないかな。
「これもアリアリアちゃん行きかも」
「ちょ、待ちなさい。ただでさえ【許可証】を貰ってるのよ? さすがに受け取れないわ」
「有効活用できそうなのにー。それともいらない?」
「そりゃ私だって欲しいわよっ」
そうだと思った。アリアリアちゃんが武器をたくさん買っていたのは知っている。
強い武器を持っているだけステータスを底上げできるのがマーナガルムのメリットだからね。
「じゃあ交換しようよ。当てたのはジェイドとルビーだから、この子たちが欲しいもの二つでどうかな?」
「……まあ、それで良いなら」
『
『
ジェイドは迷った末に童話集を、ルビーはフルーツ盛り合わせを選んで物々交換は完了する。
「やっぱり、どう換算しても私が貰い過ぎじゃない?」
「うーん……これからもよろしくねってことで」
「ああもう! なら【カタログ】は二人の共有財産! 次に出たレアアイテムはサラさんが優先的に選ぶこと! 以上、異論は認めないから!」
ビシッと人差し指を突き出して、不公平にならないようにするアリアリアちゃんはやっぱり優しい。
この提案だってそう。これからも一緒のパーティで遊んでくれるということだ。異論なんてあるはずがない。
「せっかくだから、今日は<墓標迷宮>に行きましょう。狩りのついでに宝箱とレアドロップを狙うわよ」
「さんせーい!」
お買いものは済んだし、今度こそレベル上げとお宝探しにゴーゴー!
お店を出て、王都までの移動手段をどうしようかと考えていると、さっきガチャの列でわたしたちの一つ前に並んでいた女の子が近づいてきた。
「お二人とも、ごきげんいかがでしょうか〜」
「……どちら様かしら」
「その様子だと忘れてますねアリアリアさん。昨日お互いに自己紹介したんですが」
「昨日? ああ、闘技場の」
そこまで聞いてわたしも思い出した。
テロ事件で一緒に行動したルーキーの人だ。
服装がぜんぜん違うから気がつかなかったよ。たしか魔法使いみたいなローブ姿だったはずだけど、今は寒色系のフリフリなアイドル衣装を着ている。
たしか名前は、
「ショウガさん?」
「そうそう、よく蕎麦とかに付いてる薬味の……いやそれ生姜ッ! 私の名前はショウカ!」
ノリツッコミをしたショウカさんは、コホンとせき払いをしてから話を切り出す。
「お話が聞こえてきたもので。もしよろしければ、<墓標迷宮>にご一緒させてもらえないでしょうか?」
それは、ひさしぶりに受けるパーティのお誘いだった。
To be continued