長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
「やりすぎはダメ」
ジェイドの追撃に待ったをかける。
後衛魔法職のクラリッサさんにさっきとおんなじ攻撃をしたら死んでしまう。本の中は現実空間じゃないから平気とノベルスさんは言ったけれど。
「倒すための戦いじゃないよ」
「でも、サラ」
「わたしはだいじょうぶ。あなたと、みんなが守ってくれるって信じる」
「……わかった」
どうにか落ち着いてくれたみたい。
ジェイドは集めた風を散らす。強化状態のこの子ならクラリッサさんと十分に戦える。
だけど今回の目的は時間稼ぎ。準備が整うまで足止めすることだ。敵をやっつけて倒すのとは違う。
それに、まだわたしはあきらめてないよ。
「教えてください。クラリッサさんのこと。ユリウスさんのこと。あの花飾りのこと。とっても大事なものなんですよね」
花飾りと【リグレット】の記憶を目にしてから、クラリッサさんは明らかに変わっている。
どこか気持ちの方向と視線のピントがズレている風だったのが、しっかり今のわたし本人を捉えている。
だったら、ちゃんとお話できるはずだから。
「知ったような口を聞くな」
「どれだけつらかったのかはわからないけれど、悲しい思い出だっていうことはわかります。ぜんぶ忘れてしまいたくなるくらい」
「黙れ。しつこいぞ」
クラリッサさんは新しい杖を支えに立ち上がる。
「あれは偽り、幻だ。私は認めない」
「……それでいいんですか」
「何……?」
「気づいてるはずです。記憶は本物だって」
忘れていたことを気づいてしまった。思い出させたという表現がより正しいだろう。
わたしは【リグレット】を手伝った結果、クラリッサさんに思い出したくない記憶を突きつけた。
今まで『ユリウスさんは生きている』と信じて過ごした長い時間を丸ごと否定したんだ。
認められないのは当たり前だよね。
「つらいときに逃げちゃうことはあると思います。大切な人に関することなら、なおさら」
たとえば嫌われるのがこわいとか。勇気が出ないから、一歩を踏み出せないことはあるだろう。
悲しい結末は受け入れられないだろう。
しょうがないことだと思う。わたしだって、もしパパやママ、ジェイドたちがいなくなったらと思うと……現実を受け入れる自信はあんまりない。
あり得ない夢だって信じてしまう。
幸せな思い出に浸っていたいと思うかも。
だから現実逃避は責められない。責めたくない。
でも、これだけは言わせて。
「その思いは
「……」
「あなたはつらい記憶を切り離した。心を守るための行動だったのかもしれない。だけど……切り離した方はどうなるの? 悲しみに潰れてしまいそうになりながら、ずっと後悔し続けるの?」
「なぜ……そんなことを気にする」
「だって――離れた【
つらい思い出を【リグレット】は背負い続ける。
抱えた未練が晴れることはない。鍵になる記憶はクラリッサさんの方が持っている。
クラリッサさんは幸せな夢を見続ける。
これまで目を覚ますことはなかった。現実を認めるピースは手放してしまっている。
それじゃあどっちも救われない。
身代わりの【リグレット】はもちろん。クラリッサさんは知らないうちに自分を傷つけることになる。思い出の一部を忘れたまま、大切な人を見間違うんだから。
未練を晴らしてクラリッサさんを助ける。両方やるって決めたもんね!
「だからお願い。あなたの話を聞かせて」
「――っ…………余計な、お世話だ――!」
クラリッサさんは唇を噛み締めて、泣きそうな、怒ってそうな、激しい気持ちを声に乗せた。
新しい杖をぐるりと回して地面に立てる。展開した魔法陣を中心に土の壁を作る魔法。迫り上がる壁でわたしの視線はふさがれちゃう。
ドスンドカンとモンスターが体当たりする音。本の中の魔獣の群れは、壁を越えることができず、街の安全が守られる……あ、物語が終わっちゃった。
景色がゆらゆら、ほどけて溶ける。
小さな街と魔獣の群れが消えて再構築される。
見覚えのある平原地帯と南に建つ都市。
あれはギデオンだ。なら舞台は<ネクス平原>?
早送りで太陽が沈んで、夜空にお星さまが流れた。
きれいな星は……燃える隕石になって降り注ぐ。
たくさんの流星群。月を背に、百の頭の竜が吼えた。
『<UBM>……タイミング悪ぃな』
二本の剣を持った女の人が空を見上げている。
『明日は決闘があんだ。帰れ』
そう言って、女剣士は隕石を真っ二つにした。
切った隕石を足場にジャンプして駆け上がる。
自動でわたしも上昇する。透明なエレベーターで空中に立っている感じ。本の場面が上空だからかな。
今回の登場人物は一人と一匹らしい。
女剣士と<UBM>の一騎打ちだ。クラリッサさんは戦闘に割り込んで物語を進めるはず。
「……いた!」
女剣士の後ろ、剣と隕石の破片が当たらない位置。
クラリッサさんは手の形をした燭台に火を灯した。
光が当たった女剣士はピタリと動きを止めて、わたしの視界は真っ暗になる。
たぶんクラリッサさんのマジックアイテムだ。
視界のステータスに【呪縛】【盲目】【吸魔】【吸魂】の状態異常が表示されている。
体は動けない。なにも見えない。でも《始まり》で繋がっているジェイドから空気の動きが伝わってくる。その感覚を頼りに周りを把握できる。
「ジェイド、《ウィンド・カッター》!」
呪いの燭台を狙って、風の刃で攻撃。
ロウソクの火をスパッと消したら体は元通り動かせるようになった。
『チィ……洒落くせぇ。空間系の障壁かよ』
女剣士は大怪我を負っていた。噛みつかれた傷から血がドバドバと流れている。剣で反撃をするけれど、それはバリアのような力場に防がれて届いていない。
『お前はここで死んでおけ』
女剣士は片方の剣を捨てて、両手で蒼い剣を握る。
『《
剣が悲鳴を上げたような音がした。
あるはずの刀身は何もないように真っ暗だ。
すうと剣を動かすと、空間に切り傷が刻まれる。
一目見て、近くにいたらあぶないと感じた。
わたしはジェイドに手を引かれて距離を取る。
クラリッサさんも、これ以上なにかする必要はないと考えたのか、遠くで結末を見守っていた。
『――《ソード・アヴァランチ》』
一瞬で百の首が落ちる。
消えない傷が空に残って、竜は隠していた最後の首を守って逃げ出して、女剣士は力を失って落ちていく。
星の降る夜。綺麗な髪の色が抜けて白になっていくのと合わせて、物語の舞台が崩れていった。
◇◆◇
□■ワンダーランドについて
ノベルスの<エンブリオ>、ワンダーランドの必殺スキルは現実に影響を持ち越さない。
眷属として職能の器を与えられても。
始まりを刻む聖剣が癒えない傷をつけたとしても。
《
現実に持ち出せるのは体験と記録だけ。
所有者は主に創作活動の一助として使用するが、隔離空間での足止めや、戦闘経験の蓄積など、複数の用途を見出せる<エンブリオ>である。
再現する出来事が事実とは限らない。
恣意的に歪められた歴史。脚色された物語。
本を媒介に発動するスキルである以上、構築する内部空間は文章の記述に沿ったものになる。
故に……新たに言の葉を綴るなら。
望む結末を手繰り寄せることができる。
◇◆◇
□■<魔女の森>・工房内部
物語の進行と連動して本の頁が捲られる。
想定以上の速さに、ノベルスはリミットを告げる。
「ワンダーランドが半分を過ぎたぞ。進捗はどうだ? あだしの
「ヴェ!? もう!?」
奇声を発するあだしの、手元の原稿は白紙だ。
書き殴った線の残骸は丸めて床に投げ捨てられている。与えられた時間を精一杯費やして、生まれた成果物は燃えるゴミ。典型的な締切前の作業場であった。
「も、もう少し! もう少しだけ時間をちょうだい! そしたら形にしてみせるから!」
「嘆願する相手を間違っているぞ。誰がお前の作業時間を稼いでいるか、ゆめゆめ忘れるな」
「うぅ……」
ワンダーランド内部で奮戦するサラだが、どうやらクラリッサの方が一枚上手のようだ。
既に今回の物語は佳境に差し掛かっている。
歌劇場で天使を庇うサラと従魔達。しかし魔女の呪具が肉体を縛り、その隙に天使は捕えられてしまう。
舞台は暗転して次の本に。
一人洞穴で機械と向き合う男の独白。
榛を手始めに、贋作を濫造する制作風景が展開される。これは話を進めようがない。もう暫くは保つだろう。
「ところでクロスバイは?」
「モンスターの付き添いだ。核を失っていたからな、有り合わせで体を繋ぎ合わせている」
「ああそう、擬人化……」
「周囲に漂う記憶の欠片を取り込めば回復するだろう。まだ消滅されると困る」
瀕死の【リグレット】はエンキドゥのスキルで仮の肉体を与えることで一時的だが延命した。現在は工房内の魔女の記憶を吸収して存在を補強している最中だ。
サラの提案は【リグレット】の協力と、あだしの作の脚本ありきで成立する。
加えて《夢か現の物語》のタイムリミット……全ての物語が結末を迎えるとワンダーランドは自壊する。その前に物語を書き上げ、スキルに追記しなくてはならない。
「そうこうしているうちに残り二つだ。とにかく口と同時に頭と手を動かせ。だが妥協はするな」
「フンギャローっ! こんの鬼、悪魔!」
◇◇◇
□【高位従魔師】サラ
何度目かの再構築で景色がリセットされた。
今度は森の中にある小さな空き地だ。
傷ついて座り込んでいるのは長い耳のエルフたち。女の人と子ども、おじいちゃんおばあちゃんが、汚れた服を着てうつむいている。
『“天秤の化身”に続いて“獣の化身”まで』
『隠れ里が見つかるなんて』
『おのれ“化身”め……ッ』
悔しい。恨めしい。怖い。痛い。苦しい。
いやな気持ちのせいでみんな暗い雰囲気だ。
どうしようと思ったとき、足元に石が投げられた。
それは、わたしとおんなじくらいの男の子で。
『お前のせいだ!』
「え、わたし……?」
『お前、強いんだろ? どうして里を守ってくれなかったんだよ! どうしてみんなを……父ちゃんを! 助けてくれなかったんだ!?』
『こらやめなさい!』
男の子はお母さんに腕を掴まれて引きずられていく。
直接は関係ないはずなのに。ひどく胸が痛い。
「さら。ここ、はなれよう」
「……うん」
空き地にクラリッサさんは見当たらない。
ジェイドの気づかいに甘えて、わたしは人がいない森の奥に向かう。なんとなくで進むと、木立の間にちらと虹色の髪が見えた。
「クラリッサさん……?」
急いで後を追いかける。
木の葉を揺らす風に重なって歌声が聞こえた。
音の出所を前に、クラリッサさんが立ち止まる。
植物の竜。大きな牙の象。燃える羽の鳥。
エルフの人たちから離れた場所で、隠れるように、三体のモンスターが体を休めている。
傷だらけの竜はクラリッサさんじゃなく、わたしに気づいて顔を上げた。
『……ソーマ。頼みがある。最期に、一曲聞かせてくれないか』
竜はボロボロでほとんど力が残っていない。
もう長くないと自分で理解しているようだった。
象と鳥は、竜ほどじゃあないけれど重傷だ。疲れ切っているのかピクリとも動かない。
『お願いだ。僕の友達。君の歌で眠りたい』
竜のお願いは物語を進める条件だろう。
時間を稼ぐなら動かないでいい。だけど……。
「いいよ。ちょっと待ってね」
わたしは頷いて準備する。
本の中で受け取った【天穹の竪琴】は、弦が切れて本体はひび割れてしまっている。
アイテムボックスに本物が入っているけど……一番慣れている楽器で演奏したかった。
腰の【萌芽の横笛】を持って苔石に座る。
楽譜を思い浮かべて、歌口にふぅーと息を吹き込む。
卒業式で演奏される定番の追走曲。落ち着いて、どこかおごそかな曲調がわたしは好きだ。
演奏するわたしの隣にクラリッサさんが座る。
警戒するジェイドを、わたしは視線でなだめた。
今わたしを襲う理由はないはず。早く物語を終わらせてこの空間から脱出したいんだから。
単純に嫌いだって気持ちで攻撃する可能性は……あり得るかも……? ただ、その様子はなさそう。
「馬鹿な奴らだ」
ぽつりとクラリッサさんはつぶやく。
「命懸けで戦って。傷ついて。守った大衆からは感謝もされず、逆に恨み言を投げられる」
「お人よしが過ぎるんだ。誰彼構わず手を差し伸べて、いいようにこき使われて。人間性の一片まで、顔も知らない誰かのために消費する。そんな生き方をよしとする」
「最後はろくな死に方をしない。英雄なんて――自分の人生を売り払った愚かな人種の呼び名だよ」
曲が終わるとクラリッサさんは口を閉じた。
「……ただの独り言だ。忘れろ」
物語が終わり、空間が崩れていく。
最後に竜が伏せていた場所には、消えた竜の代わりに、小さな苗木が植わっていた。
◇
次の舞台は戦場だった。
吹雪が空を覆う果ての山脈に地竜の軍勢。
最初の舞台と少し似ていて、違うところは人間の味方がたくさんいることだろうか。
「――――――え」
――クラリッサさんが硬直する。
視線を辿ると理由はすぐにわかった。
おんなじ鎧を装備した兵士たち。それを率いる隊長クラスの六人が先頭に立って指揮を取る。
その中の一人。【
『私に続け! 【地竜王】までの道を拓く!』
記憶で見たままのユリウスさんが剣を掲げる。
最後の物語は【地竜王】事件。
その結末を、わたしたちは知っている。
終わりの条件は――
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<夢ならば〜どれほど〜よかったでしょう〜♪
Ψ(▽W▽)Ψ<人の心……
マジックアイテム
(U・ω・U)<魔法と呪術を組み合わせて道具を作成するスキル
(U・ω・U)<《クリエイト・ウィッチクラフト・オブジェクト》
(U・ω・U)<【大魔女】はこれをレベルEXで保持しています
(U・ω・U)<回数制ジェムと言っていい【魔杖】や
(U・ω・U)<ENDと体重が低下する代わり飛行できる【鷹翔の羽衣】
(U・ω・U)<暗所でのみ四種の状態異常を付与できる【
(U・ω・U)<多彩なアイテムを駆使するのが【大魔女】クラリッサの戦闘スタイル
五百年以上前の【剣王】
(U・ω・U)<【聖剣姫】と【超闘士】に就いてた
(U・ω・U)<【剣王】の試練は《聖剣の継承者》で三倍返し
(U・ω・U)<決闘で勝ち上がり一位に
(U・ω・U)<しかし適性は低く、奥義で寿命を吸われ
(U・ω・U)<一つの約束を果たせず没した
【アルター】
(U・ω・U)<この後で牧童に拾われる
“化身”
(U・ω・U)<魔物をなだめた伝説も
(U・ω・U)<彼らの前には無力だった