長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■過ぎし日の記憶
遠い、遠い、いつかの出来事。
今は語る者もいない過去。
魔女が気まぐれで仕えた国の、滅びの始まり。
きっかけは不老長寿の与太話。
王は
その行為が何を意味するか、火を見るよりも明らかで、理解していないのは王と奸臣ばかりだった。
魔女は北征の任を跳ね除けた。
もとより彼女は戦闘に向かない超級職である。竜を相手に何ができると方便を宣った。
食い下がる官吏どもを追い払い、さりとて王命に背いた以上は代償を求められた。
従軍する兵士に与える呪具の作成。それすら無視して出奔する選択肢もあった。だが魔女は残った。
さしたる理由はない。
ただ、その国を愛した男を知っていた。
男が愛した人々を、景色を、日常を知っていた。
魔女にとっては仮の宿に過ぎないが。
彼はおそらく悲しむのだろう、と。
たったそれだけの話だった。
本心では馬鹿らしいと思っていた。
有象無象をかき集めたところで神話には勝てない。
自分から死に向かうようなものだ。
だから作製した呪具は使い手を考慮しなかった。
そして、ひとりひとりに徒花を贈った。
古くより雪星草は服毒自決に用いられる。
死後、地竜の糧にならないようにという合理。
肉体と魂が有する
手にした兵士達は涙した。魔女は理解できなかった。
数ある献花のうち、たったひとつ。
彼の騎士に贈る花だけは別の呪詛を込めた。
深い眠りに誘う罠。三日三晩の間昏倒する呪い。
男が国に殉ずる気でいるのは理解した。
しかし彼を
説得に応じなければ男を騙して呪いをかける。
密かに国を抜け出し、二人は森で暮らすのだ。
出立前夜。魔女は男を呼び出して。
(それから……それから……どうなった?)
その先の記憶はない。
魔女は何を告げたのか。男は何と返したか。
気がつけば魔女は故郷の森にいた。
風の便りで仕えた国が滅亡したと知り。
(……私は、彼と逃げたはず)
――否。
理性が、記憶が、魔女の願いを否定する。
目覚めた時、手に残っていた花飾り。
姿の見えない騎士。過ぎる最悪の可能性。
魔女は真実に触れる事を恐れた。
結末を覆す手段を探して研究に没頭した。
記憶の抽出及び魂の物質化。
幸い被検体には事欠かなかった。忌み嫌われる魔女を討伐して名を上げようとする輩は数多い。
望む結果は得られず、いたずらに時は過ぎる。
記憶に連なる心労を取り除いて、己を削り続けた魔女の精神は摩耗しきっており。
ある日、とある訪問者が遺した書籍が致命となる。
題して【地竜王】事件と後世に語り継がれる人と地竜の戦争……未満の悲劇にして御伽話。
記された内容は、結末は、もはや語るまでもなく。
今、魔女の眼前で再演がなされている。
◇◇
□【高位従魔師】サラ
戦いは一方的だった。
万を超える地竜が、人の大軍を押し潰す。
息も凍る極寒と恐怖で満足に動けない兵士たちは一人、また一人と雪の中に倒れていく。
戦力差は明らかで、それでも兵士が逃げ出さないのは、最前線で戦う六人の背中を見ているから。
二足歩行する土の竜に斧使いが突撃した。
攻撃の度に竜の体は欠けている。まるで届いていないと竜は笑うけれど、男の人は斧を振る手を止めない。
攻撃は通じている。攻め続けたら、いつかは必ず倒せると信じるように。勝利の可能性を行動で示す。
崩れた土の塊が、竜の姿で襲いかかるまでは。
『んなの反則だろ!?』
『面倒増やすな馬鹿ヴォルフ』
土の竜が斧使いをすり抜けて兵士に噛み付く寸前。
光の柱が竜を拘束して足止めした。参戦した女の人は、動けない竜を一匹ずつ槍で砕いていった。
『代わりな。こっちで受け持つ』
『あ? オリビアは遊軍じゃないのか』
『だから来たんだよ。私の穴はオットーとヘイゼルで埋めてるんだ、さっさと他所に回るんだね』
オリビアさんは二箇所をあごで指す。
右は荒々しく暴れる竜。距離を取って忍者と踊子が逃げ回っている。
左のほうは氷の竜。味方を寄せつけず、ユリウスさんが一人でにらみ合う。
『俺達で【竜王】を抑える、ってことか』
『……逆だろ。私らが遊ばれてるのさ』
人間側で飛び抜けて強いのは超級職の六人。普通の地竜を相手にしたって簡単に負けない人たち。
それは地竜もわかっているから、【竜王】対超級職の形に持ち込み、配下の戦闘にお互い邪魔をさせない。
ステータスを含めた実力は地竜が上だ。兵士がまだ隊列を保っているのは、的確な砲撃の支援と、数の差を埋める天使の召喚モンスターのおかげ。それがいつまで続くかどうか。
『ま、助かった。帰ったら一杯奢るぜ』
『秘蔵の樽を用意しときな』
『こんの籔エルフがよぉ……』
ただ一秒でも長く生き延びるため、二人はそれぞれの相手に向かって走り出す。
オリビアさんは土の竜と向き合う。斧使いのヴォルフラムさんは暴れる竜に切りかかる。
「…………だめだ」
離れる背中に、すがる声は届かない。
『兄上。私が片して構わんな?』
氷の竜が首をもたげて、
『《
周囲の空間が凍りついた。
戦っていた兵士と、天使と、地竜。
みんな体が氷になって、砕けて光の塵になる。
暴竜から逃げていた踊子も凍結して粉々に。
驚いて足を止めた忍者は、避けられないタイミングの攻撃に、とっさの判断で身代わりを出して……分身ごと、おなじように凍って砕ける。
『黒鶴! 十蔵! よくも……』
ユリウスさんの攻撃は氷の竜に弾かれて、横合いから暴竜に吹き飛ばされた。ヒポグリフから転落したユリウスさんが地面に叩きつけられる。
斧を捨てたヴォルフラムさんと、天使を連れた男の人が助けに入る。別格らしい天使と暴竜は組み合って、その隙に三人は体勢を立て直す。
『オットー。勝算はどのくらいある?』
『皆無でしょう。天使は喚んだ端から凍結した。唯一動ける神話級天使は【暴竜王】に勝てない』
『スキルならオリビアがいる』
『……彼女は、今し方【塊竜王】に』
『ッ、畜生……!』
天使が倒れて、三体の【竜王】が包囲網を作る。
『待て【凍竜王】。まずは私が相手だ』
『威勢がよいな【流浪騎士】。なるほど確かに、汝は我の凍気にさえ耐性があろう』
進み出たユリウスさんはなにかバフをかけている。
寒さのなかで十分に動けるみたい。
『だが、味方はそうもいかぬようだ』
『……っ』
傷から流した血と体温を失ったのが原因だろう。
弱ったヴォルフラムさんとオットーさん、二人は【凍竜王】のスキルで凍りついていた。
『不遜にも我々の領域を犯した咎人よ。抗う力無き弱きものよ。汝には感謝している』
『……なぜ?』
『ここは食いでのある獲物に欠ける不毛の地でな。汝らの流した血は、我々にとっての糧になる。想定より些か物足りぬが……まぁ
【凍竜王】は南の方角を見つめる。
『私の国に攻め入るつもりか?』
『先に始めたのはそちらだ。大義名分は我々にある』
『そうだね。その通りだ』
ユリウスさんはフッと笑う。
返す言葉がないと肩をすくめた。
決めたのは王様。でも実行したのは自分だから。
『だけど、大人しく死ぬつもりはないよ』
ユリウスさんは折れた剣を捨てて槍を構える。
『行かせない。大切な人達がいるんだ』
『惜しいな。もう少し強ければ楽しめた』
空間の
「――【
銀色の世界のなか――ユリウスさんは凍らない。
脚本にない出来事で物語が止まる。
空間にザザッとノイズが走った。
たぶん、本来はみんな凍っておしまいの流れ。
その結末に反対する人がいた。
「あまり大魔女を舐めるなよ。
粉々に砕けたかけらが集まって形になる。
「弱者を選別する凍結の法則。なら先に肉体を凍らせてしまえばいい。砕けた肉体を再生できる形で」
次々と人間の体を再構成する。
【おいサラ。いったい中で何が起きている? ワンダーランドがエラーを吐いて再演算を始めたんだが】
「えっと、なんかだいじょうぶそうです」
登場人物の視線がたった一人に集中する。
ものすごい量のMPを貯めたマジックアイテムを、フルパワーで起動する【大魔女】に。
本人の配役を与えられて、ありえなかった『もしも』を再現したクラリッサさんに。
「試作品だけどね。本物ならまだしも、影法師が相手だったら十分だろう?」
「ここ一〇〇〇年で初めて他人に感謝したいと思えたよ。胸糞悪い光景を見せてくれてありがとう。おかげさまで私の人生史上最低最悪の気分だとも」
「ついでに一つ
「たとえ夢でも、もう、ユリウスを失いたくない」
「
鬼気迫る鋭い目で、わたしは命令を受けた。
千年で研ぎ澄まされた恨みと、怒りと、悲しみと。
ほんのちょびっとの喜びを添えた声。
どろどろの気持ちに以前のすり減りは消えていた。
今、全盛期の精神でクラリッサさんが復活する。
「そうだな。報酬にいいことを教えてやろう」
クラリッサさんの全身から《竜王気》とそっくりなオーラがあふれ出す。
「
ジェイドに実演してみせるように。
「だけれどもね。ご覧の通り、誰だって、この力を扱う可能性を秘めている」
オーラは手のひらで固まって杖になる。
「《魔神装》――決戦術式:
クラリッサさんが杖をついた途端、【竜王】がまとうオーラがバラバラになって崩壊する。
崩れた《竜王気》はそれぞれ強力な呪いになって本
「さあ、『竜退治』を始めようか」
◇◆◇
それは魔法と呪術の双方に長け、長命種ゆえの叡智を有している。
それは暗き森の深奥にて、無数の呪具を製作し保管している。
悠久の歳月を経て尚、使途のない竜殺しの技を研鑽する死に損ないである。
クラス:
“亡国の残響”【
To be continued