長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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 □【高位従魔師】サラ

 

 芯まで凍る銀世界をみんなが進む。

 クラリッサさんのマジックアイテム――体の凍結と再生を交互に繰り返すデバフ――に守られた兵士たちは、もう【凍竜王】の凍気にやられる心配はない。

 百人や二百人じゃ足りない量のMPを放出する呪具を抱えて、クラリッサさんはあとに続いた。

 

 地竜をばったばったと薙ぎ倒すユリウスさん。

 その後ろで三角形の陣形を組む兵士。

 ピンチを切り抜けるため、戦力を一点に集中して、一直線に地竜の包囲網をめちゃくちゃにかき回す。

 

『…………』

『…………』

 

 敵も味方もしゃべらない。

 ストーリーをはずれた展開では、ワンダーランドの再現に限界があるみたい。

 ただ、戦闘音とおたけびがBGMのように響く。

 まるで昔の映画を観ているようだった。

 

「何をぼうっとしている」

「あ、はい!」

 

 見とれてたら怒られちゃう。

 

 クラリッサさんは言った。

 もうユリウスさんを失いたくない。

 たとえそれが作りもの、物語だとしても。

 二度と悲しい思いはしたくないのだと。

 

 その気持ちはわかる。理解できる。

 自分の記憶と向き合ったクラリッサさんは、ぜんぜん恐ろしい魔女なんかじゃなくて。

 どこにでもいる、わたしとおんなじ人間だ。

 

 おんなじ言葉、おんなじ気持ち。

 ぜんぶ共有することはできないかもだけど。

 きっとわたしたちはわかり合える。

 

 わたしはクラリッサさんの言葉を聞いた。

 そのうえでこう思ったんだ。

 

 クラリッサさんに悲しんでほしくない。

 

 そして……。

 

「いくよ、みんな!」

 

 わたしはジェイドたちに指示を出す。

 ルビーとクロムは純竜級の地竜を相手に。

 ターコイズはジュエルに戻して戦闘のサポート。

 

「ジェイドは【竜王】を止めるよ!」

「まかされた」

 

 最初に狙うのは土の竜、【塊竜王】だ。

 攻撃する限り敵の数が増えたらジリ貧になる。

 

 あの土の塊はクロムの岩の鎧みたいな外殻で、核になる本体は中で隠れているんだろう。

 コアになる本体を見つける必要があるわけだ。

 

『脚部、容易、攻撃、故、否定。頭部、露骨、疑念。我提案、弱点特攻、中間』

「腰のあたりだね。オッケー!」

 

 解析を聞いたジェイドは風を集めて突撃。

 相手の攻撃を避けて、風の槍を撃ち出した。

 がつんとぶつかった魔法が【塊竜王】の表面をガリガリ削って……中身までは届かない。

 

「《りゅうおうき》、だ」

「なら《トルネード・ラム(必殺技)》で……」

「おい大技なら先に言え」

 

 クラリッサさんが《魔神装》を握る。

 モンスターの《竜王気》と似て別ものな切り札。

 クラリッサさんのそれは、よく見ると表面と内側にびっしり文字が書いてある。魔法陣とおんなじで文字がプログラムとして組んであるみたい。

 

 何層も重ねた文字がお互いに反応し合う。

 魔力の通り道が繋がって、ひとつの意味を持つ。

 わたしが読み取った術式(ことば)の効果が発揮される。

 

 それは魔力の分解。

 

『…………!』

 

 すぐに【塊竜王】の体がボロボロと崩れ落ちる。

 かけらがドラゴン型のモンスターになる気配はない。

 巨大な鉱物の鎧から【塊竜王】の《竜王気》がすうっと抜けていって、ただの土の塊に元通りだ。

 

「魂力だけあっても《竜王気》は維持できないだろう? ふふっ、ざまぁないねデカブツが!」

 

 巨大な土の体を失った【塊竜王】は恨めしそうに手を伸ばして、そのまま塵になって消えていく。

 

 あれ? コアが出てくると思ったのに。

 

「所詮は紛いものか。真の複製ではなく、語られた性質を再現するに留まるようだね」

「ハリボテってことですか?」

「地竜どもがこの程度なら愚王はいずれ奇跡の果実を手に入れていただろうさ……そら次だ」

 

 こっちに突撃してくる【暴竜王】めがけて、クラリッサさんは【呪酒】とラベルが貼られたビンを投げる。破裂したビンからは毒々しい色の液体が広がった。

 頭から液体をかぶった【暴竜王】は速度と攻撃力がものすごい下がっているようだ。ふらふらとしながら片膝をついて、たまらずにお腹の中身を吐き出した。

 

 その隙を見逃す人はいない。

 

『……』

 

 忍者が印を結ぶ。

 太陽のレーザーが両足を貫いた。

 

『…………』

 

 踊り子が舞う。

 花吹雪に包まれた鱗が削れていく。

 

『……ッ!』

 

 そして、渾身の力で斧が振り下ろされた。

 

 倒れた【暴竜王】の体がヒビ割れて粉々になる。

 残りは【凍竜王】だけ。ひょっとしたら、ユリウスさんが生き残る結末を迎えることができるかも。

 それは後悔を晴らす助けになる。準備した最高の結末に繋がるハッピーエンドだ。

 

「そんな……」

 

 でも物語は思い通りになってくれない。

 

 世界がいやな音を上げて振動する。

 ねじれた空間の割れ目から、影がはい出る。

 倒したばっかりの【竜王】。それが何体も、何体も。

 地竜の軍勢が【竜王】の群れに置き換わる。

 

 ワンダーランドが持つ修正力。

 無理やり本来の結末に戻すための介入だ。

 ちょっとは空気を読んでほしい。違う終わり方になったってみんな困らないのに!

 

「上等だ。いくらでも相手になってやる」

「待ってクラリッサさん!」

「ここで私は死なないんだろう。なら……ユリウスだけは、私が……!」

 

 魔力を散らす《魔神装》とマジックアイテムで、次々と【竜王】の影を倒すクラリッサさん。

 ワンダーランドの死と現実の死はリンクしない。かといって、クラリッサさんが死んじゃうのは困る。

 

 わたしは戦闘に参加しながら考える。

 なにか方法はないだろうか。

 周りを見回したらユリウスさんと目が合って。

 登場人物なのに、わたしに()()()()()()()()

 

「ほえ?」

 

 ヒポグリフがふわりとこちらに飛んでくる。

 

『やあクラリッサ。会えて嬉しいよ』

「ユリ、ウス……?」

 

 目を見開いたクラリッサさん。

 その問いかけにユリウスさんは微笑む。

 

『でもここは危険だ。早く離れた方がいい』

 

 指差した先にはひとつの扉。

 いつの間にか、次の物語に繋がる出口ができていた。

 

『さあ、あそこに。君はここにいてはいけないよ』

「何を言っている。それともなんだ、ユリウスも避難するのか。なら考えてやらなくもないが」

『……分かっているだろう?』

「いいや、分からないね。私は残るぞ。最後まで張りついてやるからな。絶対にユリウスを死なせるものか。私を逃がすならついて来い。それ以外は認めない」

 

 クラリッサさんは強情に居座る姿勢だ。

 困ったユリウスさんがこちらを向いた。

 

『お嬢さん。君はどう思う』

 

 物語の登場人物は役を通してわたしを見る。

 ただ、これは……わたしに対してお話してる。

 

「たぶん説得は無理です」

『なぜかな?』

「ユリウスさんのことが大事だから」

『そうか。うん。了解した』

 

 ユリウスさんは手を伸ばして、クラリッサさんを鞍に引っ張り上げた。

 

「な、おい待て……!」

『行こうか。援護を頼むよ』

 

 ヒポグリフが羽を広げて飛び立つ。

 わたしたちは扉に向かう二人を追いかける。

 もちろん途中には【竜王】の影がたくさんいて、わたしたちに攻撃をしてくる。

 できる限りジェイドとみんなの力で対抗するけれど、ぜんぶはカバーできない。

 

 その穴を――他の人が埋めてくれる。

 

『今度はまともな酒を寄越せよ』

 

『お達者で。さらばでござる』

 

『シャーナシナ。カシイチヨ』

 

『結構好きでしたよ。貴女の魔法』

 

 四人が敵を防いでくれたおかげで、わたしたちは一直線に走り抜けることができた。

 ヒポグリフから降りたユリウスさんは扉を開けて、わたしたちに中に入ってほしいとうながす。

 

「ユリウス、先に入れ」

『これでいいかい』

 

 ユリウスさんが扉の向こうで手を伸ばす。

 出入りに数歩かかる距離だと確認して、後ろの戦場に見向きせず、クラリッサさんは扉をくぐる。

 次にわたしと従魔が通ったあと……すれ違うようにユリウスさんはUターンして扉を閉めた。

 

「え?」

『すまない。また……次で会おう』

 

 取手は固く押さえられていて、飛びついたクラリッサさんの力だと開けられない。

 そうして地竜と人の物語は幕を閉じた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■???

 

 軽い酩酊と浮遊感に襲われたクラリッサは、地に足がついたことを確認してゆっくり瞼を開いた。

 

 精緻な石の造作。華美な装飾を片付けた痕跡。

 夜の闇を照らす暖かな燭台の灯火。

 視界に映る内装に記憶が刺激される。

 

「ここは……私の部屋、か」

 

 かつて仕えた国から与えられた一室だ。

 森の洞窟に設置した工房と異なり、家具と装飾は人並みに文化的な水準をクリアしている。怨念に塗れた魔道具が転がっているということもない。

 既に存在しない光景に、未だ物語の世界に囚われているのだと理解する。小さな泥棒猫と連れ合いの従魔は姿が見えなかった。脱出したか、別の空間に飛ばされた可能性。いずれにせよ気を揉む義理はなかった。

 

 机上には見慣れた筆跡の図面。マジックアイテムの作成手順をまとめた指南書、レシピである。

 基本的にクラリッサの呪具はそれぞれが複雑な調整を施した一点物。入手困難な素材やその場の閃きを過程に組み込むため、同一の品を複製する機会は少ない。

 

 例外は消耗品の薬や【魔杖】の補充時。

 そして、軍隊に配備する呪具の生産だ。

 

 これ見よがしに置かれた材料箱には、摘まれたばかりの瑞々しい生花が一輪置かれている。

 小さな白い星の花。手折った茎から仄かに青臭さをかもすリーベシュネー。

 

「《マルチプル・マギカ》」

 

 クラリッサは【大魔女】の奥義を使って、形を整えた花弁に多重の魔法陣を刻みつける。

 魔法・呪術・薬学・錬金術。複数分野のジョブを修める才能が前提の複合上級職こそが【魔女】(なお性別は就職条件に影響しない)。故に、魔女系統の術師が道具に付与できる性能やスキルの幅は段違いだ。

 

 それこそ、超級職が昏倒する呪詛すら付与できる。

 

 丁寧に。丹念に。病的に。

 いつかと同じく呪詛を込めて時を待つ。

 最後の仕上げに劣化防止の保護をかけて。

 

「こんばんは。いい夜だね。クラリッサ」

「呼び出してすまない。ユリウス」

 

 互いに、かつてと寸分違わぬ言葉を口にした。

 

「構わないよ。明日は出立だけれど、妙に目が冴えてしまってね。眠れないものだから厩舎でビアンカと語り明かすつもりだったんだ」

「あの畜生、霞だけじゃ足らずに時間も食うのかい?」

「なんだか辛辣だなあ」

「他の女の話をするなと言ってるんだ」

「女……いや牝馬だけども。愛馬だけども」

 

 出陣の前日。彼と過ごした最後の夜。

 呼び出した側は上手い言葉を見つけられず、いつものように、呼び出された側が他愛のない話をする。

 

「それで、私に何の用だろう」

「……気持ちは変わらないのか」

 

 絞り出したのは確認の形をした懇願だ。

 <厳冬山脈>に侵攻する命令が降った日、クラリッサはユリウスに内心をぶつけた。

 

「君は言ったね。国を捨てて逃げ出そうって」

「君は言ったな。聞かなかったことにしておくと」

 

 最後の機会だった。この時はまだ間に合った。

 クラリッサの呪具で姿をくらまして、どこか遠い国で二人は平穏に暮らすことができた。

 

「すまないね。何度問われても答えは変わらない」

 

 しかし男は忠義を選んだ。

 今ならば少しは理解できる。単なる同僚で、一線を超えることができなかった女より。美しい国と、そこに生きる民と、共に戦う仲間を彼は愛していた。

 滅びが待ち受けていることは明らかで。だからこそ、愛するものを守るため剣を取った。

 

 魔女が惹かれたのは馬鹿な男だった。

 

「……茶番はここまでにしないか」

 

 そして、それは。

 

「お前、()()()()()()()()だろう」

 

 眼前の似姿とは別人である。

 

「……いつから気付いていた?」

「ついさっきだよ。というか、シルエット(再現体)と入れ替わったタイミングですぐに分かったさ。模倣にしたって演技が下手過ぎる。ユリウスなら私が戦場に現れた時、第一声は必ず心配してくれるからね」

「あまり辛辣な言葉を使うなよ。それ全て自分に返ってくるぞ」

 

 彼……否、彼女はクラリッサの後悔。

 分割した記憶がモンスターと化した存在。

 長らく【リグレット】として活動した欠片である。

 

 サラが提案して<VOID>が主導した計画。

 それはクラリッサと【リグレット】に対話と未練を晴らす場を設けることだった。

 サラが時間を稼いでいる最中、あだしのはこれまで得た文献と知識から考察して、魔女にとっての最高のストーリーを(やっとの思いで)形に仕上げ。

 

 その間に【リグレット】は工房内に散らばる記憶の欠片を吸収。クロスバイの<エンブリオ>で、ユリウスとして振る舞うアバターを獲得した。

 あとはノベルスが完成した原稿でスキルを使い、【リグレット】を本の中に入れるだけでいい。配役はもちろん【流浪騎士】ユリウスだ。

 

 ちょうど【地竜王】事件の途中から、ユリウスの中身は【リグレット】だった。

 

「連中の言葉もお前の仕業だろう。あいつらが、あんな殊勝なことを言うはずない」

「参照元はお前()の記憶だが」

「うるさいな……で? お前達のせいで非常に不愉快だ。しょうもない話だったら骨の髄まで祟るぞ」

 

 クラリッサの向かいに【リグレット】は腰掛ける。

 

「やり直したい」

「過去と向き合えといいたいのか。それでコレか。そうか、そうか……ふざけるのも大概にしろよ」

「本気だ。気付いているだろう。私は、お前だ。お前が抱える最も強い後悔が形になったモノだ。記憶を切り離したとして忘れられるはずもないんだよ」

 

 枯れた白い花飾りが置かれた。

 クラリッサの手元にある花飾りと同一の品。

 魔女が、たった一人のために製作したアイテム。

 そして終ぞ渡されることがなかった思い。

 

「……無意味だ」

「ああ」

「…………ユリウスは、もういない」

「そうだな」

「………………私は、最後に……彼を見送ることも、できなかったんだ」

 

 夜半に呼び出して連れ去るつもりだった。

 そのために花飾りに呪いをかけた。

 

 だけど渡すことはできなくて。

 騎士は全てお見通しで。

 魔女が目を覚ました時には三日三晩が過ぎていた。

 

 呪いを逆に利用されたのだと気付き。

 昏倒する自分を連れ出した彼の愛馬を詰り。

 古巣に戻って、昔のようにひとりぼっち。

 

 いくらでも後悔は浮かび上がる。

 

 出征を拒否しなければよかった。

 

 後からでも追いかければよかった。

 

 彼を行かせなければよかった。

 

 彼を閉じ込めておけばよかった。

 

 もっと魔法を研鑽しておけばよかった。

 

 もっと話しておけばよかった。

 

 もっと一緒にいたかった。

 

 もっと、もっと、もっと。

 

 過ぎた後悔。いずれも叶わぬ夢だ。

 だからせめて。

 

「なあ、ユリウス」

 

「君に……伝えたいことがあったんだ」

 

「だいぶ遅くなってしまったけど」

 

「私を連れ出してくれてありがとう」

 

「私は……いや」

 

「君に、幸運がありますように。そして――」

 

 To be continued




第十四話 さようなら
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