長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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宣戦布告

 □【高位従魔師】サラ

 

 気がつくと、わたしは地面に寝転がっていた。

 元に戻ったジェイドは隣で丸まっている。

 人型の姿は今回限定のパワーアップみたい。

 

 ぱっちり目を開けたら、ヘロヘロでしわくちゃなあだしのさんがわたしを見下ろしていた。

 

「作戦は成功よ。……成功、よね?」

「はい!」

 

 最後の物語で、わたしは別の空間にいた。

 二人きりで話すための配慮というやつだ。

 クラリッサさんは記憶を受け入れて、ちょっとだけ前を向けるようになった。

 そして【リグレット】は未練……ユリウスさんへの別れを聞き届けて、クラリッサさんの内側に消えた。もう二度と後悔が形になることはないだろう。

 

「……結局、私にご都合主義のハッピーエンドは書けなかった。『二人は幸せに暮らしました』。書くことは簡単なのに、どうしても納得がいかなかったわ」

 

 だから最後は過去のやり直しだった。

 もっと他の、たとえば、戦いを生き延びたみんなで幸せに暮らす『もしも』は作れた。

 あだしのさんはそれが最高の結末だと考えた。考えて書いた上で認めなかった。

 

 なんとなくわかる気がした。

 あだしのさんが好きなほうとか。

 どっちがいいと比べるんじゃなくて。

 二人のお話は、こうなるようになっていた。

 

「きっとこれでよかったと思います」

「そう……よね。そうだといいのだけど」

「は? よくないが?」

 

 ずいと会話に入ってくる女の人。

 しかめ面でため息を吐いたクラリッサさんだ。

 洞窟のすみっこで膝を抱えている。

 

「人に最後まで苦味だけ味合わせておいて……あーあ! どうせ夢なら純愛逃亡劇からの新婚生活でも体験させてくれたらよかったのに! ■で■■■■■に■■■■して■■■■■■■■■■■■を」

「ファ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってストップ! その設定メモさせて!」

 

 楽しそうだなあ。

 

「ああ、そうだ。忘れていたよ」

 

 ポンと手を叩いてクラリッサさんは腕を振る。

 手には魔力の塊、《魔神装》のナイフ。それは一直線にわたしの胸に突き刺さる。

 

「え?」

「な……何してるのよ!?」

 

 いきなりのことで状況がつかめない。

 あたふたと慌てるあだしのさんの悲鳴で、逆に少し落ち着くことができた。

 

 ダメージはゼロ。ライフランクは発動していない。

 状態異常もなし。今のわたしは健康体だ。

 攻撃じゃないとしたらいったいどういうこと?

 

「体の具合はどうだい。違和感はあるかな」

「違和感? だいじょうぶです……あれ」

 

 質問に答えた声がさっきより少し高い。

 体重が軽くなって、しっくりくる感じ。

 もしかして、と思ったわたしはアイテムボックスから手鏡を取り出した。

 鏡に映った顔はキャラメイクした通りの女の子。男の子じゃない。

 

「な」

「な?」

「治ったーーーー!!」

 

 カフカさんの呪いが解けて女の子に戻ってる!

 

「え、すごい! なんで?」

「私は大魔女だぞ。薬に頼らず解呪する手法だって持ち合わせているに決まっているだろう。今のは魔力を分解する《魔神装》ありきの力技だがね」

「すごい! すごいすごーい!」

「そうだろうそうだろう。もっと私を崇めたまえよ。下手な術師が真似したら、体内で異なる魔力が反発して爆散するのがオチさ」

びっくりするから先に言ってちょうだい(サラって女の子だったのー)!?」

 

 体の中で悪さをする魔力だけを見つけて、呪いの効果が消えるように分解、取り出したらしい。

 さすがは呪いのスペシャリスト……!

 

 うれしくてピョンピョン飛び跳ねていたら、なんだなんだと幽霊が集まってきた。呼んでないよ。

 ふうー。いったん落ち着いて。

 

「ありがとうございますクラリッサさん!」

「私は借りを返しただけだ」

 

 クラリッサさんはそっと目を伏せた。

 ローブの胸元には花飾り。大事そうにふちをなぞって、ちょっと軽めに指で弾いた。

 枯れた花びらはしおれたまま、崩れることなく、思い出の形を保っている。これまでそうだったように。これからもそうあるように。

 

「まあ散々くたびれたろう。今回の件に懲りたら、もう二度と魔女に関わろうなどと思うなよ。次は性転換なんて目じゃない呪いを受けることになるぞ」

 

 気持ちと正反対の言葉を残して、クラリッサさんは工房の奥に立ち去る。

 

「私は少し眠る――夢を見たいんだ」

 

 

 ◇

 

 

 散らかった工房の後片付けを進める。

 クラリッサさんが<VOID>に命令したお仕事をわたしが手伝う形だ。元気なメンバーが少ないからね。

 ティアンは近くの町に避難している。<マスター>は気絶していたり、怪我していたり。無傷の人はあだしのさんと掃除をサボっている二人ぐらいだ。

 

 あだしのさんは指示を出すのに忙しそう。

 破れた本をご飯つぶでくっつけているのはなんでだろ。すごいベタベタしてるよ。

 

「もったいないでしょ。高いのよこれ」

「そうなんですか?」

「買った時は九桁リルしたわ」

 

 いち、じゅう、ひゃく……一億?

 わぁお。ジェイドたちのご飯何日分だろう。

 一冊でそのお値段なら大事にしたいよね。

 

「好事家が蒐集するから市場に出回らないのよね。あと古書ってレア情報が書いてあるから。ロストした超級職の条件とか、血眼で集める連中の多いこと。殺し合いの争奪戦になったりするのよ」

「おだやかじゃない」

「勝ち残ったらそれはそれで、邪教部族から超級職を譲れって脅迫されるし。断ったら刺客に襲われるし。議会は議会で邪教徒認定してくるし」

 

 ひどい……体験談っぼいのがなおさら。

 王国だとそういう話を聞かなかった。

 レジェンダリアは事情が違うのだろうか。

 

「あ、読みたかったら貸すわよ」

「今の話のあとで!?」

 

 すごい勇気がいるんですけど!

 

「大丈夫。この本に書いてあるのは在位のジョブばかりだから。私の【腐姫】と、【響王】に【狼王】」

「あー、知ってます。戦ったことある」

「戦ったことあるの!?」

 

 さすがは共犯者、と驚かれた。

 勝負になってたかはうーんって感じだよね。

 マインさん元気にしてるかな。

 

 ほかには【甲蟲王】とか【魔弓姫】、レジェンダリアっぽいジョブが書いてある。この辺は知らない。

 

「超級職に就いた<マスター>に難癖つけるティアンは多いのよね。私は口座凍結と村八分で済んだからマシな方。<VOID>に加入したのだって、ほとぼりを冷ますためと資金援助の申し出があったからだもの」

「スカウトですね! <VOID>っていつも悪いことしてるイメージがあったから、あだしのさんたちみたいな人がいるのは意外でした!」

「何してる集団なのかはよく知らないのよね……お金と人手をくれて、好きに調べものさせてくれるから……まぁいいやって……もしかして犯罪組織?」

 

 モンスターを密猟してました。

 あと町の展示物を盗もうとしたことがある。

 雇われリーダーのあだしのさんは物語や漫画を楽しむ目的で活動していたから知らないらしい。

 これは教えないほうがいいかも?

 ジェイドと目配せして、お口チャックを決めた。

 

 沈黙で不安になったのか、あだしのさんは詳しい話を聞こうと身を乗り出した。

 

 そのタイミングで着信音が鳴る。

 

「あら通信だわ。失礼……はい、あだしのです」

 

 電話型の道具を耳に当てたあだしのさんは、一言二言、通信の相手と話した。

 

「……え? えっと……はい、はい……ちなみにそれはいつ頃……イマカラッ⁉︎ 随分、そのぅ……いえそんな!」

 

 あだしのさんの顔がさーっと青ざめた。

 冷や汗をダラダラ流してしきりに頭を下げる。

 誰となにを話しているんだろうか。

 

 どう見ても普通じゃない様子なので、ジェイドに通信の音を拾ってもらった。

 風のイヤホンでこっそり会話を盗み聞きする。

 どうやら通信相手は男の人らしい。

 

『昨日、今日の話ではない。成果はあるのだろう』

「え、ええ! もちろんです! ただ、現在は少々立て込んでいて……よろしければ明日、私の方で資料をまとめてボスにお渡しするのですが……」

『不要だ。私が直接回収する』

「急ぐ理由が?」

『“ソーマの竜”を確保した』

 

 それは聞いたことがある単語だった。

 ソーマの竜。吟遊詩人と旅をした仲間の一匹だ。

 ワンダーランドで見た再現体のオリジナル。大昔のモンスターが、どこかで生きているってこと?

 それに確保って……。

 

『しかし封印の解除に手間取っている。文献を紐解いて、手掛かりを得ることができればベターだ』

 

 通信の向こうでコツコツと足音が反響する。

 

『他のメンバーは詩人ソーマを探している。奴は竜の目を覚ます方法を知っているはずだからな』

「ソーマは一千年以上も昔の人物でしょう? 流石にもう死んでるんじゃ」

『生存を確認済みだ。手隙の人員を捜索に回せ』

「は、はい。すぐにティアンを召集します」

『レベル五〇に満たない雑兵がいたところで話にならん。探索系の<マスター>はどうした』

「う……それは……」

 

 洞窟の<マスター>は全滅している。

 生き残りはわたしたちくらい。他の<VOID>のメンバー……ノベルスさんとクロスバイさんはさっきログアウトした。二人とも現実の締切に追われてるらしい。

 

 返答できないあだしのさんを追い詰めるように、相手の声が二重に響いた。

 

『「何を黙っている」』

 

 通路の陰から背の高い男の人が現れた。

 格好はスーツにメガネでサラリーマンのよう。

 電源を切った通信機をポケットにしまった。

 

「……少ないな」

「そ、そうなんです! 色々あって席を外していて」

「予想はつく。おおかた襲撃を受けたのだろう。理由があるなら責めはしない……が、通路に【征伐王】が転がっていた。今後はとどめを念入りに刺しておけ」

 

 男の人は勘違いをしているみたいだ。

 洞窟にひよ蒟蒻さんが攻めてきて、それと戦ったから<VOID>がやられてしまったと。

 戦闘があったのは本当だから説明が難しそう。あだしのさんは悩んだ結果、わざわざ訂正はしなかった。

 

「資料はどこだ?」

「あ、えー……」

「五分だ。時間が惜しい」

 

 男の人はタイムリミットを伝えて腰を下ろした。

 慌てて奥に走っていくあだしのさん。

 

 わたしは男の人と二人きりになる。

 

「あだしのは良い仕事をした」

「……?」

 

 それはわたしに向けた言葉だった。

 メガネの奥に濁った視線。

 ぞわりと背筋に冷たいものが走る。

 

「君がいるのは嬉しい誤算だ。<VOID>に立ち向かう勇敢な少女。風竜を連れた従魔師」

 

 男の人のプレッシャーが膨れ上がる。

 この感じをわたしは一度経験して知っている。

 ソーマの町で<VOID>のボスと一緒にいた人。

 真っ暗な穴みたいな雰囲気を覚えている。

 

「……<超級>」

「聡明なことだ。では私の用件は理解しているだろう」

 

 穏やかな口調で男の人は語りかける。

 だけど声から伝わる気持ちが、わたしを()()()()()()()()()()()()()、喋りかたと正反対の印象を与える。

 

 わたしは怖くて一歩後ろに下がり。

 異変を察したジェイドがうなり声で威嚇する。

 

「預けていた【天穹の竪琴】を渡してもらう」

 

 思わず首を横に振っていた。

 ぎゅっとアイテムボックスを握りしめる。ソーマの町を襲った人に【竪琴】を渡したらダメだと思った。

 

「そうか。では仕方あるまい」

 

 ――直後、わたしの右手が切り落とされた。

 

「――〜〜っ!?」

Rrrr(さら)!』

 

 痛覚オフの設定だから痛みはない。ただ突然の衝撃と、あるはずのものがない不快感に襲われた。

 

 地面には一本の剣が刺さっている。

 わたしの手を切ったその剣は、すぐ粒子になって空中に溶けて消える。

 

 男の人は座ったまま。

 とても愉しそうにわたしを眺めて、なにもない手元から二本の剣を作り、魔法みたいに撃ち出す。

 魔法の剣は反撃の風を集めるジェイドの翼と、わたしの外套にそれぞれ突き刺さった。

 

「ジェイド……!」

 

 血が流れる傷口を反対の手で押さえる。じりじりと減るHPバー。回復のポーションが入ったアイテムボックスは今の攻撃で落としてしまった。

 右手の【ジュエル】と【P-DX】も使えない。

 

 わたしができるのはジェイドをかばうこと。

 そして男の人から目を逸らさないことだった。

 生きている間は、大事なものを奪われないように。

 

「惜しい、な。時間が足りん。あだしのが戻るまで三分と二十秒。彼女の離叛と魔女が寄越す増援を考慮すると離脱までの猶予がない」

 

 男の人はアイテムボックスを破壊する。

 あふれた中身の山から【竪琴】を取って、それからわたしに魔法の剣を突きつけた。

 

「非常に残念だ。君の顔が歪む姿を見たかった。それとも従魔を殺害すれば、今ここで心が折れるか?」

「ッ……あなたは……」

「ああ、()()()は良い。憤怒は根源的な感情だ」

 

 魔法の剣が手足に刺さる。地面に磔にされたわたしは、無防備に、敵意と暴力で切り刻まれる。

 おんなじ人間なのに、考えていることがわからない。

 どうしてそんなに楽しそうなんだろう。

 

「レジェンダリアには<竜木の房>という隠れ里がある。私はそこで“ソーマの竜”の力を使い、世界を変える」

 

 視界のHPがどんどん削れて端に到達する。

 

「――宣言しよう。悲劇は必ず起こる。君の従魔が! 友人が! 何も知らない人々が! 一夜にして変わった世界に呆然として泣き叫ぶ!」

 

 これは……もうダメっぽい。

 

「私を、このフィル・クロークと<VOID>を止めに来るがいい。義憤、復讐、博愛……理由は何でも構わない。心を奮い立たせ、そして絶望に挫けて沈め」

 

 ジェイドに抵抗しないよう目配せする。

 先にわたしが死ねば、自動で従魔は回収される。

 だいじょうぶ。わたしは<マスター>だから。

 

「ぜひ醜態を晒してくれ。君には期待している」

 

【蘇生可能時間経過】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

 Episode End

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