長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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(U・ω・U)<り、リハビリ……


巨象の章②

 □【詩聖】サラ

 

 待ち合わせをした焚き火跡まで逃げてきた。

 ここまで【ハイエレファントン】は追いかけてこないみたいだ。体を包んでいた重圧もさっぱり消えて、わたしは元通り自力で動けるようになった。

 さっきまでいた方角からはズガンドガンと激しい音が響いている。しばらくすると静かになって、ひょっこりアタラクシアさんが顔を出した。

 

「チッ、無傷じゃないの」

「当然でしょう。アレに手も足も出ないあなたとは土台が違うのですよ、猿真似娘」

 

 アタラクシアさんは立ったまま踊り出す。

 ダンスというより舞って感じ。わたしのことは風景の一部として見られている。

 

 そんな我が道を行く姿を無視して(「お互い様でしょ」だって)、アリアリアちゃんは丸太に座る。

 

「にしても詩人ソーマに<VOID>。少し見ないうちに大変な事になっているみたいね?」

「それはもう……」

「私の状況も話しておくべきかしら。サラさんの目的と重なる部分があるでしょうし」

 

 わたしの目的は、ソーマの仲間に味方してもらえるよう頼むことなんだけど。

 

「サラさんも会ったでしょう。あの【ハイエレファントン】を討伐する事が私の目標よ」

 

 そのためにここに来た、と。

 彼女は言った。

 

「私は周辺一帯のモンスターを狩ってレベル上げをしていたの。もう頭打ちだけれど」

 

 この森のモンスターはいくつか群れを作っていて。

 アリアリアちゃんは一つの種族を除いたすべてのモンスターを倒し尽くした。あんまり人が来ないから狩場を独占できたんだそう。

 おかげで合計レベルは五〇〇になった。わたしの二倍ってことだ。すごい差が開いているね。

 

「色々と鍛え直して、あとルゥが進化したわね」

『Wofwof(二階級特進ですな)』

 

 影をまとう体と尻尾が大きくなってる!

 ルゥの種族名は【セージ・ウルフ】。強い肉体に魔法も使えるオオカミの魔獣だ。

 元の【ティール・ウルフ】から特殊な条件で進化する種族なんだって。ちなみに頭のよさが関係してるとか。

 

 なるほど二階級特進。さすがだね。

 

「それでも<UBM>は倒せないのだけど……」

 

 近くにあるのに届かないもどかしさ、力不足を感じる悔しさ、ふたつが混ざった声はどこか弱々しい。

 

「拙い技量では致し方ないでしょうね」

「うっさいわね! 黙りなさい!」

 

 口をはさむアタラクシアさんに対して、ぴしゃりと言い返す口調のほうがいつもと近い。

 ただアリアリアちゃんのイライラが強め。怒りを元気に変えて振り絞っている感じだった。

 

「アタラクシアさんはお友だち?」

「違うわよ。<UBM>狙いで鉢合わせたの。もっとも、こいつは討伐する気がないようだけど」

「そうなんですか? 戦ってたのに」

「俗物と同列に語らないで欲しいものですね。私は修行の場として<UBM>を利用しているのです」

 

 俗物とか利用とか言い方がきつい人だ。

 本人は悪気がない……ってことはなさそう。

 でも敵意とも違う。ライバル心、かな?

 

 わたしたちをちょっと下に見ていて。

 絶対に負けたくない、すごい自分でいたいって気持ちが伝わってくる。周りのすべてと競争するような。それってものすごい厳しいことだよね。

 たぶん、そこまで悪い人じゃないと思う。

 

「せっかくだから一緒にお話しませんか! 修行の邪魔はしないので!」

「いえ結構」

「お茶とお菓子もありますよ」

「……既に喧しいと分かりませんか?」

「放っておきなさいサラさん。こいつが知ってる事はだいたい私が答えられるわ」

 

 むう。離れていっちゃった。

 情報を聞ければいいなとは思ったけど。

 なかよくしたかったのにな。

 

「さてと。サラさんのお目当ても【ハイエレファントン】で間違いないのかしら」

「うん。あのひとがソーマの仲間だと思う」

 

 伝説の詩人と旅した仲間達。

 わたしは物語の世界で彼らを見た事がある。

 だいぶ姿は変わっていて、なんというか、全体的に丸うく大きくなっている。それでもきっとそうだ。

 あの大きさと迫力。味方になってくれたらとってもとっても心強い。

 

「話すだけでも一苦労よ。不用意に近づいたら潰されるもの。さっき実感したでしょう?」

「むむむ」

「大丈夫。皆で作戦を練りましょう」

 

 わたしを手伝うというのはつまり、【ハイエレファントン】の討伐を止めるということだ。

 もっと強くなりたい、絶対に特典武具を譲りたくないって気持ちが声から伝わってくる。だからわたしの用事を優先してがまんしているはずで。それでもアリアリアちゃんは不満ひとつ口にしなかった。

 

「困っている友達を見捨てるわけないじゃない」

「ありがとう!」

 

 やっぱり、アリアリアちゃんはかっこいい!

 

「ひとまず手持ちの情報を共有するわ」

 

 これまでの挑戦で【ハイエレファントン】が使うスキルはわかっているらしい。

 

「まず最大の特徴、《加獣権威(プレッシャー)》。周囲の重さを増やす範囲型のスキルよ」

「え! わ、わたし太ってないよ!」

「影響を受けるのは質量じゃなくて重量だと思うのだけれど……まあ細かい話は置いておきましょう」

 

 少し体重が増えても変わらず魅力的よ、って……そう言ってくれるのはうれしいけど!

 そういう問題じゃないんだよアリアリアちゃん!

 女の子にとっては一大事だからね!

 

「効果は実感した通り。体を思うように動かせなくなるわ。致命的ではないにしろ厄介なデバフね。本体に接近するほど効果が強まるから、サラさんのような後衛職のステータスだと骨折してしまうかも」

「あわわ……」

 

 たしかに周りの木や地面が潰れていた。

 すばしっこい【亜竜群猿】はぺしゃんこになっていたから、ちょっと近づいて逃げるのもむずかしそう。

 わたしが近寄るのはやめたほうがいいね。

 ジェイドや他の従魔は……がんじょうなクロムとスライムのターコイズなら、なんとか?

 

「お話するのは遠くからだね」

「そうね。【バベル】のスキルがあるでしょ」

 

 わたしには《聲よ響け高らかに(アクロス・ザ・シー)》がある。

 これで離れた人に声を届けられるから、近づいてぺしゃんこ問題はクリアだ。

 

「やつは空き地から動かない……というより、あの巨体だと立ち上がれないんでしょうね。距離を取ることは簡単よ。鼻が長いから振り回しには気をつけて」

「空き地のはしっこにいるね!」

「オーケー。じゃ、ここからが本題よ」

 

 アリアリアちゃんはホワイトボードを取り出した。

 なんでホワイトボード?

 

 キュキュッとペンでわたしたちの顔を描いたあと、二重丸した半目の象さんをコンコン叩く。

 

「あれと会話できる?」

「……たぶん?」

 

 わたしはうーんと首を傾げてしまう。

 自信たっぷりに言えないのは、

 

「あのひと、こっちを見ていないよね」

 

 さっきの一瞬で感じたことが理由だ。

 

 ぼんやり遠くを眺めているみたいな。

 声から伝わる気持ちはどこかずれていて。

 スキルを使ったのも敵意からじゃない気がした。

 

「同意見よ。ただ近づく相手、危険な攻撃から身を守る反射的な行動と捉えるべき。だから戦闘の駆け引きが通用しない。……そもそも意識があるのかどうか」

「それはだいじょうぶ」

「どうして?」

「悲しそうだから」

 

 もし意識がないなら、あんなふうに声を上げない。

 今この時を見ていないのだとしても。

 それは気持ちが少し閉じこもっているだけだ。

 心のまんなかに声を届けたら、きっとシャキッと目を覚ましてくれるはず。たぶんそう思う!

 

「なるほど。理解したわ」

「わかってくれた?」

「ええ。気を引いてやればいいのね」

「うんうん」

「つまり――ぶん殴って気合いを入れろと」

「うんう……ん?」

 

 急におだやかじゃない!?

 

「いいわね。役割分担がはっきりしたわ。私が【ハイエレファントン】をぶっ飛ばす。その後でサラさんが話し合いをする。完璧な作戦じゃない」

「えーっと」

「ああ、私の事なら心配無用よ。ちょうど新しい策を考えついたところだったの」

「……うん! よろしくね!」

 

 力強さになんだか安心して頷いちゃう。

 アリアリアちゃんがこう言っているってことは、きっとすごい切り札があるんだろう。

 だったら信じてお願いしよう!

 

 あとは、わたしの準備だね。

 お話することを整理しなくちゃ。

 

 ところで袖を引いているのは誰?

 

「なあに? いま考え中……」

「サラさん後ろ!」

「ほへ?」

 

 後ろを向くと、アリアリアちゃんの攻撃をひらりとかわすお猿のモンスターがいた。

 

『ウキッキ(おい人間。ツラかしな)』

 

 なんだか真剣な顔の【亜竜群猿】は、襲ってくることもなく、わたしにおいでおいでと手を振った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■けもののおうについて

 

 獣は偉大な王であり、皇であった。

 なぜなら彼は大きかったからだ。

 

 野生の論理において巨体とは力である。

 質量に比例した膨大な生命力(HP)を宿す。

 質量を支えるための身体能力(ステータス)を備える。

 消費エネルギーを賄うだけの食事が取れる。

 ただ大きな的、狩られるだけの獲物に甘んじることのない力(スキル)を有している。

 

 トールであり、ファットであり。

 なによりビッグである。

 

 まだ世界の理が塗り替わる前の時代。

 原始の獣に信仰対象として崇められるのは、彼にとって至極当然の結論であった。

 

 貢物で腹を満たす。それだけの生活に疑問を抱くことはなかった。ともすると、生涯それを変えることはしなかったであろう。

 

 かの詩人と竜に会うまでは。

 

 彼は食事と、間接的に日々の糧をもたらす信仰以外を必要としていなかった。

 生きることが彼の目的だった。

 寿命が尽きるまで漫然と日々を過ごす。

 

 嗚呼、それだけで。

 ただそれだけでよかったのに。

 

 詩(ウタ)を知り、彼は友誼を結んだ。

 友のためならばと戦に馳せ参じた。

 ……結果はどうだ。何が残った。

 

 傷つき、老いた彼は微睡みの中で夢を見る。

 かつてと同じ。貢物を貪り、怠惰に溺れながら。

 かろうじて、微かに胸でこだまする調べを繰り返し、繰り返し、思い返して浸る。

 最後に掴んだこれだけは決して手放すまいと。

 

 そんな、壊れたプレーヤーのような祈りを捧ぐ。

 

 

 ◆

 

 

 ――みつけた。

 

 

 ◆

 

 

『……?』

 

 変化があった。

 調べの背景で揺れる音。

 

 不協和音というには透き通った声だ。

 

『……やめろ』

 

 自分のものではない感情が流れ込む。

 閉じた聖域が侵されていく。

 色褪せた心が、鮮やかに染まる。

 

『やめろ、やめろ、やめろ……!』

 

 切り崩される。

 かつてと同じ旋律で、かつてと異なる旋律で。

 

『それを、聞いてしまったら……』

 

「ごめんなさい。でも、あなたの心は叫んでる」

 

『お、オオ…………!』

 

「お願い。アリアリアちゃん!」

 

 内なる世界の防壁は心の中から揺れ動き。

 

「目覚めの一発、喰らいなさい」

 

 続く外からの衝撃が、彼の安寧を打ち砕いた。

 

 To be continued

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