長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【詩聖】サラ
待ち合わせをした焚き火跡まで逃げてきた。
ここまで【ハイエレファントン】は追いかけてこないみたいだ。体を包んでいた重圧もさっぱり消えて、わたしは元通り自力で動けるようになった。
さっきまでいた方角からはズガンドガンと激しい音が響いている。しばらくすると静かになって、ひょっこりアタラクシアさんが顔を出した。
「チッ、無傷じゃないの」
「当然でしょう。アレに手も足も出ないあなたとは土台が違うのですよ、猿真似娘」
アタラクシアさんは立ったまま踊り出す。
ダンスというより舞って感じ。わたしのことは風景の一部として見られている。
そんな我が道を行く姿を無視して(「お互い様でしょ」だって)、アリアリアちゃんは丸太に座る。
「にしても詩人ソーマに<VOID>。少し見ないうちに大変な事になっているみたいね?」
「それはもう……」
「私の状況も話しておくべきかしら。サラさんの目的と重なる部分があるでしょうし」
わたしの目的は、ソーマの仲間に味方してもらえるよう頼むことなんだけど。
「サラさんも会ったでしょう。あの【ハイエレファントン】を討伐する事が私の目標よ」
そのためにここに来た、と。
彼女は言った。
「私は周辺一帯のモンスターを狩ってレベル上げをしていたの。もう頭打ちだけれど」
この森のモンスターはいくつか群れを作っていて。
アリアリアちゃんは一つの種族を除いたすべてのモンスターを倒し尽くした。あんまり人が来ないから狩場を独占できたんだそう。
おかげで合計レベルは五〇〇になった。わたしの二倍ってことだ。すごい差が開いているね。
「色々と鍛え直して、あとルゥが進化したわね」
『
影をまとう体と尻尾が大きくなってる!
ルゥの種族名は【セージ・ウルフ】。強い肉体に魔法も使えるオオカミの魔獣だ。
元の【ティール・ウルフ】から特殊な条件で進化する種族なんだって。ちなみに頭のよさが関係してるとか。
なるほど二階級特進。さすがだね。
「それでも<UBM>は倒せないのだけど……」
近くにあるのに届かないもどかしさ、力不足を感じる悔しさ、ふたつが混ざった声はどこか弱々しい。
「拙い技量では致し方ないでしょうね」
「うっさいわね! 黙りなさい!」
口をはさむアタラクシアさんに対して、ぴしゃりと言い返す口調のほうがいつもと近い。
ただアリアリアちゃんのイライラが強め。怒りを元気に変えて振り絞っている感じだった。
「アタラクシアさんはお友だち?」
「違うわよ。<UBM>狙いで鉢合わせたの。もっとも、こいつは討伐する気がないようだけど」
「そうなんですか? 戦ってたのに」
「俗物と同列に語らないで欲しいものですね。私は修行の場として<UBM>を利用しているのです」
俗物とか利用とか言い方がきつい人だ。
本人は悪気がない……ってことはなさそう。
でも敵意とも違う。ライバル心、かな?
わたしたちをちょっと下に見ていて。
絶対に負けたくない、すごい自分でいたいって気持ちが伝わってくる。周りのすべてと競争するような。それってものすごい厳しいことだよね。
たぶん、そこまで悪い人じゃないと思う。
「せっかくだから一緒にお話しませんか! 修行の邪魔はしないので!」
「いえ結構」
「お茶とお菓子もありますよ」
「……既に喧しいと分かりませんか?」
「放っておきなさいサラさん。こいつが知ってる事はだいたい私が答えられるわ」
むう。離れていっちゃった。
情報を聞ければいいなとは思ったけど。
なかよくしたかったのにな。
「さてと。サラさんのお目当ても【ハイエレファントン】で間違いないのかしら」
「うん。あのひとがソーマの仲間だと思う」
伝説の詩人と旅した仲間達。
わたしは物語の世界で彼らを見た事がある。
だいぶ姿は変わっていて、なんというか、全体的に丸うく大きくなっている。それでもきっとそうだ。
あの大きさと迫力。味方になってくれたらとってもとっても心強い。
「話すだけでも一苦労よ。不用意に近づいたら潰されるもの。さっき実感したでしょう?」
「むむむ」
「大丈夫。皆で作戦を練りましょう」
わたしを手伝うというのはつまり、【ハイエレファントン】の討伐を止めるということだ。
もっと強くなりたい、絶対に特典武具を譲りたくないって気持ちが声から伝わってくる。だからわたしの用事を優先してがまんしているはずで。それでもアリアリアちゃんは不満ひとつ口にしなかった。
「困っている友達を見捨てるわけないじゃない」
「ありがとう!」
やっぱり、アリアリアちゃんはかっこいい!
「ひとまず手持ちの情報を共有するわ」
これまでの挑戦で【ハイエレファントン】が使うスキルはわかっているらしい。
「まず最大の特徴、《
「え! わ、わたし太ってないよ!」
「影響を受けるのは質量じゃなくて重量だと思うのだけれど……まあ細かい話は置いておきましょう」
少し体重が増えても変わらず魅力的よ、って……そう言ってくれるのはうれしいけど!
そういう問題じゃないんだよアリアリアちゃん!
女の子にとっては一大事だからね!
「効果は実感した通り。体を思うように動かせなくなるわ。致命的ではないにしろ厄介なデバフね。本体に接近するほど効果が強まるから、サラさんのような後衛職のステータスだと骨折してしまうかも」
「あわわ……」
たしかに周りの木や地面が潰れていた。
すばしっこい【亜竜群猿】はぺしゃんこになっていたから、ちょっと近づいて逃げるのもむずかしそう。
わたしが近寄るのはやめたほうがいいね。
ジェイドや他の従魔は……がんじょうなクロムとスライムのターコイズなら、なんとか?
「お話するのは遠くからだね」
「そうね。【バベル】のスキルがあるでしょ」
わたしには《
これで離れた人に声を届けられるから、近づいてぺしゃんこ問題はクリアだ。
「やつは空き地から動かない……というより、あの巨体だと立ち上がれないんでしょうね。距離を取ることは簡単よ。鼻が長いから振り回しには気をつけて」
「空き地のはしっこにいるね!」
「オーケー。じゃ、ここからが本題よ」
アリアリアちゃんはホワイトボードを取り出した。
なんでホワイトボード?
キュキュッとペンでわたしたちの顔を描いたあと、二重丸した半目の象さんをコンコン叩く。
「あれと会話できる?」
「……たぶん?」
わたしはうーんと首を傾げてしまう。
自信たっぷりに言えないのは、
「あのひと、こっちを見ていないよね」
さっきの一瞬で感じたことが理由だ。
ぼんやり遠くを眺めているみたいな。
声から伝わる気持ちはどこかずれていて。
スキルを使ったのも敵意からじゃない気がした。
「同意見よ。ただ近づく相手、危険な攻撃から身を守る反射的な行動と捉えるべき。だから戦闘の駆け引きが通用しない。……そもそも意識があるのかどうか」
「それはだいじょうぶ」
「どうして?」
「悲しそうだから」
もし意識がないなら、あんなふうに声を上げない。
今この時を見ていないのだとしても。
それは気持ちが少し閉じこもっているだけだ。
心のまんなかに声を届けたら、きっとシャキッと目を覚ましてくれるはず。たぶんそう思う!
「なるほど。理解したわ」
「わかってくれた?」
「ええ。気を引いてやればいいのね」
「うんうん」
「つまり――ぶん殴って気合いを入れろと」
「うんう……ん?」
急におだやかじゃない!?
「いいわね。役割分担がはっきりしたわ。私が【ハイエレファントン】をぶっ飛ばす。その後でサラさんが話し合いをする。完璧な作戦じゃない」
「えーっと」
「ああ、私の事なら心配無用よ。ちょうど新しい策を考えついたところだったの」
「……うん! よろしくね!」
力強さになんだか安心して頷いちゃう。
アリアリアちゃんがこう言っているってことは、きっとすごい切り札があるんだろう。
だったら信じてお願いしよう!
あとは、わたしの準備だね。
お話することを整理しなくちゃ。
ところで袖を引いているのは誰?
「なあに? いま考え中……」
「サラさん後ろ!」
「ほへ?」
後ろを向くと、アリアリアちゃんの攻撃をひらりとかわすお猿のモンスターがいた。
『ウキッキ(おい人間。ツラかしな)』
なんだか真剣な顔の【亜竜群猿】は、襲ってくることもなく、わたしにおいでおいでと手を振った。
◆◆◆
■けもののおうについて
獣は偉大な王であり、皇であった。
なぜなら彼は大きかったからだ。
野生の論理において巨体とは力である。
質量に比例した膨大な
質量を支えるための
消費エネルギーを賄うだけの食事が取れる。
ただ大きな的、狩られるだけの獲物に甘んじることのない
トールであり、ファットであり。
なによりビッグである。
まだ世界の理が塗り替わる前の時代。
原始の獣に信仰対象として崇められるのは、彼にとって至極当然の結論であった。
貢物で腹を満たす。それだけの生活に疑問を抱くことはなかった。ともすると、生涯それを変えることはしなかったであろう。
かの詩人と竜に会うまでは。
彼は食事と、間接的に日々の糧をもたらす信仰以外を必要としていなかった。
生きることが彼の目的だった。
寿命が尽きるまで漫然と日々を過ごす。
嗚呼、それだけで。
ただそれだけでよかったのに。
友のためならばと戦に馳せ参じた。
……結果はどうだ。何が残った。
傷つき、老いた彼は微睡みの中で夢を見る。
かつてと同じ。貢物を貪り、怠惰に溺れながら。
かろうじて、微かに胸でこだまする調べを繰り返し、繰り返し、思い返して浸る。
最後に掴んだこれだけは決して手放すまいと。
そんな、壊れたプレーヤーのような祈りを捧ぐ。
◆
――みつけた。
◆
『……?』
変化があった。
調べの背景で揺れる音。
不協和音というには透き通った声だ。
『……やめろ』
自分のものではない感情が流れ込む。
閉じた聖域が侵されていく。
色褪せた心が、鮮やかに染まる。
『やめろ、やめろ、やめろ……!』
切り崩される。
かつてと同じ旋律で、かつてと異なる旋律で。
『それを、聞いてしまったら……』
「ごめんなさい。でも、あなたの心は叫んでる」
『お、オオ…………!』
「お願い。アリアリアちゃん!」
内なる世界の防壁は心の中から揺れ動き。
「目覚めの一発、喰らいなさい」
続く外からの衝撃が、彼の安寧を打ち砕いた。
To be continued