長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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東方の風は血飛沫と共に ①

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

「うまい! うまいでーす!」

 

 露店の前で急に倒れた女の人。彼女は今、両手に持った焼き鳥をほおばって涙を流している。

 もしかしたら間に合わないかと思ったけど、元気になってよかったね。

 

 女の人が倒れたとき、わたしは見ていられずに彼女を助け起こした。

 どうやらこの人はお腹が空きすぎて【飢餓】状態になっていたみたい。これはゲーム内でご飯を食べない限り、ずっとお腹が空いたままになるという状態異常だ。何日も飲まず食わずでいるとなっちゃうみたい。

 

 なので、わたしは焼き鳥をごちそうした。

 もちろんおごりだよ。焼き鳥、一本十リルだし。

 

「マコトにカタジケナイでござる」

 

 女の人は焼き鳥を食べ終わると、ピシッと正座して頭を下げた。

 

「名乗るモノのほどではござらぬが。シャロは“ロック”のシャロエモンいいまーす」

「わたしはサラです。この子はジェイド。よろしくお願いしますね、シャロエモンさん!」

「ノンノン。“ロック”のシャロエモン、です」

 

 もしかして名前を間違えちゃった?

 

「シャロエモンさんで合ってますよね」

「『“ロック”』のシャロエモンです」

 

 えっと、名前の前についている通り名(?)とセットで呼んでほしいのかな。

 なにか強いこだわりがあるのだろうか。よくわからないけれど、長いから少し言いづらいかも。

 でも、呼んでほしいというなら練習しよう。“ロック”のシャロエモンさん、“ロック”のシャロエモンさん……

 

「難しかったらシャロで構いませーん」

 

 構わないんだ。じゃあシャロさんって呼ぼう。

 

「シャロさんはどうしてお腹を空かせていたんですか?」

「それは話すと長いです」

 

 シャロさんは焼き鳥の棒で地面に絵を描いた。

 大きな丸がひとつ、その左右に小さい丸がひとつずつ。

 大きい丸は縦に三等分して、右から『黄河』『カルディナ』と国の名前を書きこむ。一番左は横に三等分して、上から『ドライフ』『アルター』『レジェンダリア』。

 左の小さい丸は『グランバロア』。そして右の小さい丸に『天地』と書いた。

 これはデンドロの七大国家を書いた世界地図だね。

 

 シャロさんは右の小さい丸を棒で指した。

 

「シャロは東の国、天地からムシャシュギョに来ました。立派なサムライ=ニンジャになるためです!」

「さむらい、にんじゃ……?」

「です! サムライのブシドー、ニンジャのニンポー、二つが合わさり最強になります!」

 

 その二つは天地だとメジャーな組み合わせなのかな。王国でいう【聖騎士】と【暗黒騎士】みたいな。

 そう考えるとちょっと強そうに思えてきたかも。

 

「天地から西方三国、とても遠いです。シャロはカルディナを越えて来ました。ですが、途中でチリメンドンヤのゴイッコウとはぐれて遭難しました……」

 

 カルディナは砂漠が広がる国だ。目印になるものが少ないのと、厳しい環境のせいで旅をするのは大変らしい。

 だから、砂漠を一人で越えられないときは商人のキャラバンに乗せてもらうのがふつうなんだって。決まったルートを通るから迷子になりにくいし、オアシスのある街に寄ってアイテムを補充できる。

 キャラバンとはぐれて、それでも砂漠を越えてきたというのはかなりすごいことだよね。

 

「食べるもの、なくなりました。水もです。それでも頑張って砂漠を抜けました。『街に着いたらご飯いっぱい食べます!』とギデオンをめざしたのですが」

 

 シャロさんは怒りに任せて、膝にげんこつを落とす。

 

「クセモノに襲われてアイテムボックスを壊されたのでーす! 中身は全部盗られました! オノレ!」

「だから食べものが買えなかったんですね」

 

 手持ちのお金と、お店で売れるような素材をまとめて盗まれてしまったわけだ。

 砂漠を抜けて【飢餓】になっていたから、クエストを受ける力すら残っていなかったのだろう。

 

「あのままではお腹と背中がひっくり返るところでした。一腹いっぱいのオンギ、シャロは忘れません」

「どういたしまして。困ったときはお互いさまです!」

「なんとゴリッパな。何かお礼したいです。……でもシャロは一文なしです」

 

 ムムム、とシャロさんは腕を組む。

 わたしが助けようと思っただけだから、とくにお礼はいらないのに。

 

「そうです! シャロ、ムシャシュギョのついでにお仕事ありました。その報酬が振り込まれたらご飯、好きなだけご馳走しまーす。では、また会いましょう!」

 

 お互いにフレンド登録を済ませると、シャロさんは「フテーローシをセイバイするです!」と宣言して走り去ってしまった。さっそくお仕事をしに行くのだろう。

 話を聞いた限りだとギデオンに到着するより前から受けていた依頼みたいだ。冒険者ギルド経由ってわけじゃなさそうだけど、討伐系のクエストかな。

 

「あれ、ジェイド? だいじょうぶ?」

 

 一言もしゃべらなかったことを不思議に思って話しかけると、ジェイドは羽毛を縮ませて震えていた。

 すごく怖がってる。はじめてランカーの人たちに会ったときだって、こんな真っ青にはならなかったのに。

 頭をなでてあげると少し安心したみたい。ジェイドはぎゅっと体を寄せてしがみついた。

 

Rrrrr(ぼくでもわかるよ)

 

 たった今シャロさんが去ったほうの道から顔を背けて、ジェイドはささやく。

 

Rrrrrrrr(あのひと、においがした)

 

 ――とてもこい、にんげんの、ちのにおいが。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■???

 

 月明かりに照らされた夜半の街。

 住民は寝静まる時刻ではあるが、市街地は未だ人の往来が盛んだった。

 

 理由の一端には昼夜問わず活動する<マスター>の存在がある。

 一般人に比較的近い感性を持つ者ならば、ゲーム内とはいえ睡眠の重要性を理解して就寝する。

 だが、世の中には躊躇せずに睡眠時間を削る人種がいるのである。その代表例がゲーマーと呼ばれる者たちだ。

 彼らはレベル上げのため、夜しか出現しないモンスターやクエストのフラグに遭遇するため。寝る間も惜しんでフィールドに繰り出し、稼ぎを手にして街に帰還する。

 戦闘職を相手に商売する生産職や商人系プレイヤー、彼らの奇特な習性に商機を見出した一部のティアンまでもが二十四時間営業に踏み切り、街からは静謐がついぞ失われた……とは、流石にいささか誇張が過ぎるだろうか。

 

 とはいえ。決闘都市ギデオンにおいても、夜間の喧騒からは逃れられない。

 むしろ決闘というイベントは夜に開催されることが度々あり、他の街より活気があるほどだ。

 

 大通りから一本奥に入った細道を歩いている一団も、例に漏れず全員が<マスター>だった。

 狩りで消費したアイテムの補給とドロップの換金を済ませた彼らは、再びフィールドに赴こうとする最中である。

 人気のない路地は街の外に繋がる門への近道。深夜特有の高揚感に急かされ、彼らは足早に通り抜ける。

 

「相変わらず何か出そう(・・・)だよな、ここ」

「やめてくれます? 縁起でもない。自分、お化けとかそういうの駄目なんですって」

「ゲームの中だぞ。ゴーストがいるとしたら、そういうアンデッドだろう」

「そもそも街中だから。フランクリンじゃあるまいし、モンスターが何体もいてたまるか」

 

 一人の軽口に各々が反応する。

 もちろん本気にする者はいない。普通、街中はセーフティゾーンとして認識されている。

 直近のテロ事件は例外だ。あれは人為的な災害で、原因は明らか。レイ・スターリングを筆頭とする面々によって脅威が払われた以上は繰り返されることではない。

 

 が、軽口を叩いた男は仲間の雑な対応に不満を感じた。全員とは言わずとも、せめて一人……密かに思いを寄せる女性が怖がる姿を見たかった。

 

「そういえば、これは聞いた話だけどな。近頃このギデオンじゃ“怪人”が出るらしい」

 

 彼は声のトーンを一段下げ、いかにもといった雰囲気を醸し出して、仕入れたばかりのとっておきを語り始める。

 

「また出所の怪しい噂? 怪談のつもりならセンス無いよ、あんた」

「とりあえず聞けって。<DIN>の記者が言ってたんだ、間違いない。実際に襲われたやつもいるって話だ」

 

 他のパーティメンバーは辟易して、あるいは慣れた様子で口をつぐむ。

 それを静聴の姿勢と勘違いした男の気分は一層盛り上がり、饒舌に件の噂話を披露する。

 

「最初の目撃者は一人の斥候だった。深夜に、彼は薄暗い路地を歩いていたそうだ。今の俺たちのようにな」

 

「パーティの補給物資を抱えて、フィールドで待つ仲間のところに向かっていると、なぜか背中に寒気を感じた」

 

「振り返って見ても、誰もいない。覚えているスキルにも他者の反応はない。気のせいか……彼はそう結論づけた」

 

「だが、寒気はつかず離れずに付き纏う。気味が悪いと感じた彼は急いでその場から離れようとした」

 

「ふと気がつくと、足元には靄が立ち込めていた。徐々に、ゆっくりとそれは濃さを増していた。そのことを彼が認識した途端に視界は霧に覆われてしまう」

 

「上も下も、自分がどちらから来たのかも分からない。彼はおぼつかない足取りで霧を抜けようとして、奇妙な音を耳にした。カチン、カチン……段々と音は近づいてくる」

 

「音に気を取られていた彼は何かにぶつかった。目の前に立っていたのは黒い人影だ。彼は頭を下げて謝ったが返事がない。不審に思った彼は、しかしそのまま脇を通り過ぎようとして……」

 

 男は結末に相応しい演出を施すために息を溜め、仲間の表情を順繰りに眺めた。

 普段こうした怪談を間に受けない仲間は一様に恐怖で顔を歪めて冷や汗を流している。

 どうやら今回は成功らしい、と男はほくそ笑む。最高のタイミングで男が声を張り上げようとしたとき。

 

「な、なあ!」

 

 仲間が発した声に出鼻を挫かれた。

 

「何だよ。今いいところ……」

「それどころじゃない! 周りを見ろ!」

 

 切迫した様子の仲間に、さしもの男も異変を察して視線を動かす。

 

 ――彼らは、深い濃霧の只中に囚われていた。

 

「なっ……!?」

 

 一寸先すら見通せない、薄汚れた灰色の霧。

 そばにいた仲間の姿は霧の向こうに溶けていく。

 自分が地面の上に立っているのかすら不確かで曖昧模糊とした、非現実的な自然現象。

 

「おい、どこだ? そこにいるのか?」

 

 呼びかけても返事はない。

 手を伸ばしても虚空を掴むだけ。

 

 男は視界の隅に黒い人影を捉えた。まるで錯覚であったかのように霧の中へ消えてしまったが。

 そして次の瞬間。

 

「うわああああああ!?」

 

 悲鳴と同時に、仲間の一人がデスペナルティになったことを知らせるシステムメッセージが表示された。

 続けて二回、三回と同様の文面が流れる。最後には、パーティメンバーは男を除いて誰も残らなかった。

 

「じ、冗談だよな……俺をからかってるんだろ」

 

 男は現在置かれている状況が理解できない。

 仲間はタチの悪い冗談やドッキリを仕掛ける性格ではないし、システムメッセージを偽る方法など思いつかない。

 

 だが、これでは。

 

 まるで、先程の怪談そのままではないか。

 

 興味本位で語った噂話。その結末は、

 

『アト一人』

 

 仲間の誰とも違う声。

 近づいてくる足音。

 霧をかき分けて姿を現すは、黒装束の人影。

 目深にかぶった編笠。

 腰にやった手は一振りの太刀へ。

 カチン、カチンと鯉口を切る音がする。

 

「か、かいじ」

 

 恐怖に震える男の隣を、人影はゆっくりと通り過ぎた。

 

「え」

 

 人影は男に目もくれない。

 これは好機だと男は判断した。今なら逃げられると。

 しかし、

 

『――開ケ』

 

 男の右腕が宙を舞った。

 

「……? あ、あああああああああ!?」

 

 数秒遅れて、断たれた肩口から血が吹き出す。

 

『……』

 

 人影は手にした太刀を血振りして鞘に納めた。

 

 パニックになった男は人影から逃げようとした。

 ぎりぎりまで人影を視界に収め、距離を取ってから背を向けたのはかろうじて残っていた理性によるもの。

 どのようにかは分からないにしても、人影の太刀で斬られたことは自明の理だ。間合いを離せば刃は届かない。

 

 しかし、首筋に何かが触れたと感じた瞬間に男は身体が痺れて動けなくなった。

 視界に点滅する【麻痺】の状態異常。それも全身の自由を奪う高レベルのもの。

 人影が何かをするには遠く、しかし男の周囲には他に誰もいないのに。

 

(だが……これなら、いけるっ!)

 

 男は自らの<エンブリオ>を使用する。

 それは受けた状態異常を、そのまま相手に押し付けるというカウンタースキル。

 奇しくも王国に所属するある人物の<エンブリオ>と酷似したそれは男を癒し、代わりに男を害した対象は跳ね返った【麻痺】に襲われる。

 

 走り出した男が、振り返って見たものは。

 

『……切リ捨テ御免』

 

 変わらずに男を見つめる人影だった。

 返したはずの【麻痺】で倒れていない。

 なぜか人影が逆立ちをしていたが。

 それが最期に目にした光景となった。

 

「ぁ、は?」

 

 両断された胴体が斜めにずれ落ちて、男の上半身は逆さまに地面へ落ちた。

 アバターが光の塵になって消えるまで……男は何が起きたのか理解できなかっただろう。

 

 こうして、今宵の犠牲者が狂刃に斃れた。

 

 

 ◇◆

 

 

 霧の中、人影に近づいて拍手をする人物がいる。

 

「素晴らしい手際だ。流石はかの天地より来たりし剣士。この国の<マスター>など相手ではないな」

 

 その男はティアンだった。上級職にも就かない貧弱な男ではあったが、人影は腰の太刀を振るうことはしない。

 ただ一言を男に返すのみである。

 

「当然だと? そうか。それなら俺も雇った甲斐があるというものだ。やはり常識を外れた化け物には同じ化け物を当てねばな」

 

 化け物呼ばわりされた人影だが、雇い主の言動に対して怒りを露わにすることはない。

 金さえ貰えるのなら、それが聖人だろうが外道だろうが、ゴブリンだって良い顧客になる。

 逆に言えば、支払いが滞った際には腹いせとして千切りにするつもりではあったが……それも今は脳内で考えるだけだった。

 

「腕慣らしは十分だな? よし、それなら次はこいつらを狙ってもらう。特徴はこれだ」

 

 男は三枚の人相書きを人影に手渡す。

 そこには『小さい竜を連れた少女』『巻いた金髪の少女』『目つきの悪い少年』が描かれている。

 

「手段は問わない。我々に刃向かったことを後悔するまで殺してやれ。どうせ不死身なんだ。……だが、そいつらが連れている従魔だけは生け捕りにしろ」

 

 不可解な命令に人影は疑問を呈する。

 それは非現実的な条件であるからだ。

 脅迫行為や窃盗スキルで【ジュエル】を奪うこと自体はデンドロの仕様上不可能ではない。しかし、実際にそれが容易にできるかと問われたら人影は首を振る。特に自害システムの存在が最大の障害となるのである。

 PKと従魔の強奪は異なる領分だ。どうして余計な手間をかけなければならないのかと人影はわずかに苛立ちを見せる。慣れないことをすれば標的を取り逃がす確率が高まる。問答無用で殺せば良いのだ。

 

「なぜか、だと? 失態を取り返すために決まっている。既に我々ギデオン支部の有様はボスに伝わっている。恐らく数日のうちに幹部クラスが来るはずだが……せめて手土産を用意しなければ俺の首も危うい」

 

 ほんの数週間前まで<VOID>王国ギデオン支部の支部長だった男は、再度人影に念を押す。

 

「従魔は生け捕りだ。頼むぞ、東国の剣士」

 

 人影は頷いて、しかし否定するように首を振った。

 命令は理解した。貰った金額の分は働いてみせよう。

 そのような旨の言葉を告げた後、人影は支部長の足元に太刀を突き刺した。

 

 だが勘違いをするな、と。

 標的を生かすか殺すかは自分次第だと。

 そして最後。自分は剣士ではない。

 

 自分は――辻斬りであると。

 

To be continued

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