長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ
霧の中、人影はいつの間にか後ろに立っていた。
わたしの横を通りすぎた……のかな。ぜんぜんわからなかった。それも速くて目で追えないんじゃなくて、動いたことに気がつけない感じ。
カチン、と太刀を納める音。
そうして斬られたという結果が残る。
『ははっ、やられた』
尻もちをついたわたしの目の前。
左腕から血を流したレッドさんがうずくまっていた。
ぬいぐるみはじわじわと赤色に染まっていく。
わたしを突き飛ばして、攻撃からかばってくれたんだ。
「レッドさん!」
『かすり傷ドラ。見た目ほどダメージはないよ』
平気そうにしているけれど、だらりと下がった腕はピクリとも動かない。まるまるとした厚い
レッドさんはすぐにポーションを振りかけると、襲ってきた人影に向きなおる。
『どうやら巷で噂の“怪人”さんで間違いないようだ』
人影はしゃべらない。カチンと太刀を鳴らすだけ。
その仕草はレッドさんなんて相手にならないと鼻で笑ったように見えた。
『……サラちゃん、下がって。思っていた以上に相手が手練れだ』
「わ、わかりました!」
また人影の姿が消える。
周りを警戒するけれど、辺り一面は霧の中。人影がどこから襲ってくるのかわからない。
レッドさんとウルはわたしを挟んで前後に立つ。
そんな二人をバカにするみたいに、人影は死角から飛び出して太刀を抜いた。
「痛っ、くっそ!」
ウルの肌を太刀がかすめる。
傷口は浅い。お返しとばかりにウルは剣を振るけど、一足先に人影は下がって霧に紛れる。
斬ることより傷つけるのを優先する人影を相手に、二人は手も足も出ない。
わたしを守るため自由に動けないこと、霧でどこから襲われるかわからないことの二つが理由だと思う。
しかもレッドさんは片腕だ。右手だけで剣を握る姿はどこかキレがない。
何度か攻撃を繰り返したあと、“怪人”が動きを見せる。
さっきとおんなじ霧の中からの不意打ち。
攻撃を受け止めた直後、ウルが膝をついた。
「え?」
血を流しすぎたんだろうか。
二人ともおんなじだけ攻撃を受けているけれど、全身着ぐるみのレッドさんより、肌が出てるウルの方が傷は多い。ただ、レッドさんは左腕の怪我がひどいから出血量はそんなに変わらないはず。
ひょっとしたらウルにも大きな傷が? 見た感じはだいじょうぶそうだけど。
わたしがよーく目をこらすと、ウルの首すじに、手のひらサイズのサソリがくっついていた。
毒々しい色の針から流し込まれる麻痺毒が体の自由を奪っているんだ。
触るのはちょっといやだけど、そんなことを言ってる場合じゃない。わたしはサソリをつまんで引っぺがす。それからウルの状態異常をポーションで回復して、と。
「この子は従魔……ううん、違う」
足をジタバタさせるサソリ。声は聞こえるけど、視線を合わせても名前の表示はなし。モンスターじゃない。
ということは、えっと?
『起きろウル! 私一人じゃ捌き切れん!』
「ッ……分かってる、けど【麻痺】がまだ」
『だあああ! ナイフ投げまでマスターしてるとか多芸すぎやしないか“怪人”!?』
レッドさんは飛んできたナイフを弾き落として叫ぶ。
同時にナイフと逆方向から現れる人影。
目にも止まらない速さの抜刀を、レッドさんは遅れながらも剣で防御する。
だけど、片手と両手なら勝ち負けは明らかだ。勢いに押されてレッドさんの体勢が崩れる。
『天誅』
今度こそ、人影の太刀がレッドさんの首を狙う。
防御も回避もできないタイミング。しかもナイフの追い打ちが逃げ道を塞いでいる。
人影は一歩踏み込み、両手を使って抜刀する。
……あ、そっか。わかっちゃった。
「ジェイド! 風を起こして!」
『
◇◆
□■【大戦士】レッド・ストリーク
控えめに見積もって、勝算は五分だった。
初撃で持っていかれた左腕。サラを庇うため仕方なかったとはいえ、片腕のハンデは大きい。
なにせステータスに開きがない。素の状態では相手の速度がこちらをやや上回り、それ以外はレッドがわずかに高い。スキルを用いて互角といったところか。
相手の《剣速徹し》、そしてサラという護衛対象の存在から、レッドは防御主体の立ち回りをするしかない。
そのため、防御性能で劣る愛用の白兵戦用装備ではなく、不意打ち防止用の普段着こと【Q極きぐるみしりーず どんらごん】のまま戦っている。
(コレふくよかでめっちゃ動きづらいけど! それでも、この相手に手傷を負うのは得策じゃあない)
回復の兆しすら感じられない左腕。
毒対策を兼ねて【快癒万能霊薬】を使用したが、傷口は未だ治らず、失われた体力も戻っていない。それどころか絶え間ない出血がレッドのHPを今も削っている。
(回復阻害系とみた。不意打ちで倒せないなら
これに認識阻害の霧と毒、そしてナイフ。
一つ一つの効果はそこそこ。上級職カンストレベルだが、組み合わさるとここまでの脅威になる。
(街中だからいつものようにはいかないし。頭数は減らせない、AGIも必要となると現状維持の一択。まあ、縛りプレイはいつものことドラ)
霧に覆われた頭上を見やる。
もう少し開けた場所なら話は変わったかもしれないが、市街地では
幸い、今は日中。
騒ぎを聞きつけた者が救援に駆けつける可能性を信じてレッドは猛攻を凌ぎきる。
だが、
(待って。お前が倒れたらキツいぞウル!)
最も信頼する相棒が毒に伏せる。
念話で返される数々の悪態に、生きてはいると安堵する。しかし戦力が欠けたことは変わらない。
(くそっ、《追風》を《神風》に変更……)
バフを切り替える一瞬の隙に、人影が太刀を振るう。
『天誅』
首に迫る一太刀。ナイフの雨。
重心がブレており回避は不可能。
レッドは無理やりに迎撃を試みて。
「ジェイド! 風を起こして!」
『Rrrrr!』
風が吹いた。それは何人も傷つけることはない。されど力強さに溢れた蒼風。
風は鋼の雨を運ぶ。ナイフの矛先をわずかに逸らす。
風は灰の帳を払う。濃霧を押し寄せ吹き飛ばす。
『ぬうおりゃあ!』
そして、レッドは先ほどまでナイフに塞がれていた、見出された活路に身を投じる。
間一髪と言うべきか。襲撃者の太刀はレッドの鼻先を掠めるにとどまった。
避けられることを見越した反撃で相手を下がらせる。
距離を離し、一息ついてからレッドは周囲を見回す。
視界を覆う霧が消えていた。
正確には霧が風で押しやられて、サラを中心とした空洞が生まれている。
完全に霧を払うことはできず、空洞の外側は霧に包まれたままだったが。それでも、敵の姿は明らかになる。
レッドを囲むは、
『おん?』
なんか増えてない? とレッドは思わず首を傾げた。
◇◆
□【高位従魔師】サラ
ズバリ、“怪人”の正体は! 三人の<マスター>がチームを組んでいたんだよ!
思えばヒントはいくつもあった。
たとえば、能力がバラバラなこと。
一人のジョブと<エンブリオ>でここまでやるのは難しい。<DIN>のリストにも当てはまる人はいなかった。
次に“怪人”の戦い方。
はっきりとは見えなかったけれど、人影は太刀を抜くときに片手で柄を、反対の手で鞘を持っていた。
両手を使うなら、抜刀とおんなじタイミングでナイフは投げられないよね? それも真逆の方向からなんて。
そしてウルを毒状態にしたサソリ。
刺されても霧の中じゃ気がつかないだろう小さな刺客。この子はモンスターのようで少し違う。
名前が表示されないモンスターといえばガードナーの<エンブリオ>。“怪人”だって霧とサソリという二種類の<エンブリオ>を一人で持つことはできないよね。
「あとは声かな。スキルでごまかしてたけど、必殺スキルを使った人と太刀使いの人は声が違ったから」
これはバベルのおかげだ。
伝わってくる気持ちの違い、みたいな?
「だから初撃で殺せと言ったんじゃボケ」
三人のうち、太刀を担いだ男の人が舌打ちする。
みんなが“怪人”だと思っていた人影。編笠に和服と、時代劇に出てくる浪人みたいな格好をしている。
「依頼達成どころか顔まで見られよった。どう責任取るつもりや坊主?」
「……ぼくは悪くない。言われたことをやっただけ」
「こうなれば正面から奪うまで」
浪人の追求に、小柄な暗殺者とがっしりした体格の剣士がそれぞれ答えて武器を構えた。
だけど浪人は仲間を無視して前に出る。
「まあええわ。この程度の護衛、わし一人で十分じゃけえ。ちゃっちゃと片付けておしまいや」
『随分な言い草だね。もしかして舐めてる?』
「当たり前じゃ。ガキを庇って瀕死の雑魚二匹、まとめて三枚に下ろしたるわ。――冥土の土産に覚えとき! わしは天下の辻斬り
八一は太刀を納めて突進する。
地面に倒れるくらい前のめりになった姿勢から、助走の勢いを乗せた居合切り。
それは噂に聞く超音速に迫る速度で(わたしの目ではどれくらいの速さか正確に測るのは難しい)、太刀の残像がレッドさんを真っ二つに、
『いやいや、正面戦闘ならどうとでもなるんだぜ』
することはなかった。
太刀はレッドさんの手前で止まっている。まるで見えない壁があるみたいに、八一の攻撃は届かない。
「なんじゃと!?」
レッドさんの前に一頭の馬が立っていた。つやつやした白い装甲の、彫像みたいにきれいな機械の白馬だ。
いつの間に。さっきまではいなかったよね?
白馬と八一の間にはうっすらと透明な膜がある。
太刀がぶつかったときに膜の表面が揺れて、やっと「あ、なにかあるな」ってわかるくらいの見えづらさだ。
『ふっふっふ。オレ、復活のバーリア!』
白馬は勝ち誇って前足を上げる。
というか、その声はウル!?
気がついたら彼女が倒れてた場所には誰もいない。ここにウルがいなくて、でもあっちの白馬がウルで……いったいどういうこと?
「……女性型。TYPE:メイデンの<エンブリオ>」
「やむを得ん。八一、助太刀するぞ」
小柄な暗殺者はもう一度霧を発生させて姿を消す。
剣士はわたしの手から逃げ出したサソリを掴む。とがった針を自分の首に刺して、身体に毒を流し入れる。
「《
ガードナーと合体してサソリの改造人間に変身した剣士がレイピアを突き出す。
暗殺者が霧の中から不意打ち。
二人の同時攻撃がバリアにぶつかる。
『ウル、そのまま第一形態を維持』
でも壊れない。ウルがスキルで作ったバリアはどれだけ攻撃を受けてもびくともしない。
二人はがむしゃらに攻撃を続ける。レッドさんが手練れと言う相手だ、なにか意味があるのかな?
たとえばバリアを壊すのとは別の目的があるとか。
「背中がお留守じゃのう、着ぐるみ女ぁ!」
霧に隠れて回りこんだ八一が突進する。
前の二人はフェイク。ウルの防御を集中させて、その隙にレッドさんを狙う作戦だ。
八一の考えは読まれてる。先に振り返っていたレッドさんは、着ぐるみの口をカパリと開けて迎え撃つ。
「――お前、一人が怖いんか?」
『ッ』
だけど、一言のささやきでレッドさんは固まり。
「《
斜めに振り下ろされる太刀。着ぐるみを斬って、レッドさんにまで届いた攻撃が【ブローチ】を壊す。
それだけじゃない。傷のないところ、斬られてないところまで、レッドさんの全身から血が吹き出した。
『ぐ、ああ!?』
「ククッ、ふはははは! 一対一でもわしの勝ちじゃのう! ええ気味じゃ、ざまあないわ!」
八一は血だまりに倒れたレッドさんを足で踏みつけて高笑いをする。
「”危機感の産物”ゆうメイデン。臆病者や寂しがりに多いガードナー。自分やのうて仲間を守るバリア。一人になりとうないから味方を大事に大事に守ろうとする……いや、それにしてはどうも最初から本調子やなかった。一人じゃ何もできんから周囲の人間にべぇったり寄りかかる、っちゅうあたりじゃ。違うか?」
『……』
たしかに<エンブリオ>のTYPEにはそれぞれ発現しやすい性格の傾向があるらしい。
だからって、それで<マスター>のパーソナルを推測するのはいくらなんでもマナー違反だ。
『てめえ、レッドから離れやがれ!』
「ええんか? そこの二人を自由にさせたらガキが襲われるだけやぞ」
ウルは相手二人をバリアで食い止めている。つまり二人の攻撃を防御するので手一杯ということ。
足を引っ張っているのはわたし。そして、この状況で一人だけ動けるのもわたしだ。
どうやったらレッドさんを助けられる?
戦って勝つのは難しいとして、相手の能力がわかったら逃げるのも時間稼ぎも楽になるのに。
向こう二人の能力は毒と霧だ。あとは八一。傷が治らないスキルと、必殺スキルの見えない斬撃。
『……古傷だ』
「ダメです! その怪我で動いたら!」
血だらけになりながらもレッドさんは起き上がった。
自分を踏む八一の足をつかんで、一歩も行かせないというように押さえつける。
『この傷はエセ侍にやられたものじゃない……どれも最近に受けたダメージそのままだ。不可視の斬撃とは、よく言ったものだね……要するに「これまで受けたダメージを再発させる」必殺スキルなんだろう?』
「ちぃ、口を閉じんか」
『逃げろサラちゃん! 君は行動不能になるほどのダメージを負ったことはないはずだ! 霧を抜けて、安全な場所でログアウトを……』
「ええ加減にせえよ。こん死に損ないが!」
自分の能力をバラされて腹が立ったんだろう。八一はレッドさんを振り払って太刀を突き出す。
逃げるなら今だ。二人が必死に敵を足止めして作ってくれた最後のタイミング。
レッドさんがやられちゃったらウルもいなくなる。三人が相手じゃわたしは逃げきれない。だから。
「だからって、置いていけないよね!」
こんなひどいことをされたんだ。レッドさんまで巻きこんで……わたし、けっこう怒ってるんだよ!
二人を助けて一緒に逃げる。ついでに八一たちをこらしめてあげるんだから!
「新技その一、いくよ! 《
バチン、と目の奥で火花が散る。
この感覚は知っている。闘技場で試したときとおんなじか、それ以上に熱いかたまりが頭を跳ねまわる。
制御不能になったスキルの暴走状態だ。
『Rrrr!?!?』
ジェイドが苦しそうにしてこっちを見る。
痛いと叫んでいるのか、それとも心配してくれているのか。声は聞こえるんだけど。
なんて言っているのか、
「な、ら……《
ここにいる全員と意識を共有する。
ごちゃごちゃにかき混ぜられてパンクしそうな頭の熱をみんなと分け合う。
「な、なんじゃあこれはぁ!? このガキ何をして……うぷっ……」
「頭が、割れる……!」
『うーん、二日酔いを凝縮したような不快感ドラ』
本当は相手の三人だけを対象にしたいのに。
ごめんなさい。みんな、ちょっとだけがまんして。
共有でわたしにかかる負担は軽減されている。つまり、この中でわたしが一番動ける。あとはレッドさんとウルを連れて逃げちゃおう。
「させんわボケ」
『こっちの台詞だ』
信じられないことに、八一とレッドさんは頭痛を共有した状態でもやる気だった。
怪我をしているレッドさんが止めるより、レベルの低いわたしが逃げるより先に、八一は抜刀の姿勢になり。
「――キンシバリ・ジツ」
――誰もがピタリと動きを止めた。
正しくは止められた、だ。
空中に浮かぶ六つの輪っか。いつの間にか全員の首にはまっていたそれが、自由に動くことを制限していた。
試しに引っぱってみるけどびくともしない。まるでその場に固定されているみたいだ。
「市中でのランボー・ローゼキ。オテントサマが許しても、サムライ=ニンジャが許しません」
霧の中から現れたのは見覚えのある女の人。
その人はサムライでニンジャだった。
派手な着物、はちみつ色の髪にかんざし。
腰の刀と扇子はよく見たら飾り。
海外の人がイメージする「ジャパン」の詰め合わせだ。
「何者じゃワレェ!?」
「これはシツレイちゅか……つかまつりソウロウ。アンブッシュの後はアイサツ、古事記にもそう書いてあります」
彼女は両手を合わせてきれいにお辞儀する。その間わたしたちから目を離すことはしない。
ふざけているようでただ者じゃない。そんな、どこかアンバランスな雰囲気をかもし出しながら、わたしのお友達……シャロさんは名乗りを上げた。
「ドーモ。シャロは【
To be continued
(U・ω・U)<更新が開いて申し訳ありません
余談というか今回の蛇足。
“怪人”
(U・ω・U)<カンスト三人組のPK
(U・ω・U)<ネタばらしする前から予想されていた方もいたはず
(U・ω・U)<もったいないので描写してない<エンブリオ>情報をドン
【死地転抜刀 カマイタチ】
TYPE:アームズ
スキル
《
つけた傷口を任意のタイミングで開く
あえて斬ったまま繋いでおくことも可能
《
つけた傷の治癒を阻害する
《
回復魔法やスキルで治癒したものを含めて相手が今まで受けてきた古傷をすべて開く斬撃
<マスター>の場合はデスペナごとに傷の蓄積がリセットになる
備考
『傷を開く』という特性の太刀型アームズ
どうしてこんな特性になったかは持ち主の言動から推して知るべし
【悪霧地獄 ジャック・ザ・リッパー】
TYPE:ワールド
備考
霧を発生させる<エンブリオ>
自身と味方の気配遮断、攻撃隠蔽に加えて敵の五感や看破系スキルを誤作動させる(別人に見える、ピントがずれるなど)
夜中・対象が女性だと効果上昇
【甲蠍毒賦 ギルタブリル】
TYPE:ガーディアン・アームズ
備考
手のひらサイズの蠍型ガードナー
実はある程度だが肉体の大きさを変化させることが可能
保有する毒は通常・麻痺・出血の三種類
(U・ω・U)<モチーフ被り? 気のせいです(修正済み)
レッド
( P )<ざぁこ♡ 格下に負けてる♡
Ψ(▽W▽)Ψ<お前と交戦したときの傷がなければやられなかったんだが?
(U・ω・U)<フォローすると、意図せず縛りプレイを強いられていた
(U・ω・U)<……それに彼女の真価は他にある