長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□タカクラ邸・二階東 【高位従魔師】サラ
「立ち話もなんですから、中にどうぞ」
「おじゃまします!」
ポラリスさんのあとに続けて部屋に入る。
廊下に並ぶ個室はどれもおんなじ造りみたいで、わたしの部屋との違いは家具と窓の位置くらいだ。
ガチャリという音にびっくりして振り返る。……ああ、なんだ。ポラリスさんが扉の鍵をかけた音だったらしい。
「お茶とコーヒーとミルク、どれがお好みですか?」
「……結構。すぐに済む話よ。鍵を閉める必要もないわ」
「用心に越したことはありません。それに私からもお話があります。長く喋ると喉が渇いてしまいますから」
「そう。ならお茶をいただくわ」
「わたしはミルクでお願いします」
ポラリスさんは眼帯をしたまま、器用に飲みものを用意している。両目を隠して周りが見えているのかな?
「私の目が気になりますか」
「はい。そのおしゃれな眼帯って透ける布ですか?」
「お洒落……ですか。はは、ありがとうございます。これは光を通さない希少素材を使ったオーダーメイドです。これっぽっちも見えていませんよ」
なにも見えていないとは思えないくらい正確に、わたしたちの前に飲みものが置かれる。
アリアリアちゃんは口パクで「飲むな」と伝えてきた。
部屋を訪ねるときに話し合った注意事項だ。ポラリスさんが犯人かもしれないから、毒を警戒して出されたものは食べない、飲まない、フリをする。
まあ、見えてないならだいじょうぶだよね。
「それで、話とはどちらですか」
「どちらって?」
「私とあなた方の共通点はタカクラ夫妻に招かれたゲームの参加者であること、殺人事件の渦中にいることの二点です。どちらかに関連する内容だとお見受けします。私には見えていませんがね」
最後の一言はジョークかな。
茶目っ気のある笑顔を浮かべるポラリスさん。アバターが整っているからそんな振る舞いがキザに感じない。
「ンンッ」
あ、いけないいけない。気を抜かないように。
「部屋が乾燥してますね。加湿器を出しましょう」
「結構です。私たちが聞きたいのは後者「両方です!」――ンンッ!?」
いきなりアドリブを入れてごめんね。
せっかくお話が聞けるなら聞いておきたいと思ったんだ。ポラリスさんから話題を出してくれたし。
お話したらどんな人かわかる。どんな人かわかったら、なかよくできるかもしれない。
あとは雑談で手に入る情報が犯人を見つけるヒントになったらいいなーって感じだ。
「本当に大丈夫ですか? たしか生姜とカリンの蜂蜜漬けが一壺余っていたはず」
「結構! ……喉は平気よ。お気遣いありがとう」
あなたって人は、という目で見られてしまった。
だけどアリアリアちゃんは切り替えが早い。すぐポラリスさんとの話し合いに意識を集中する。
「よければ、あなたがゲームに参加した理由を教えてほしいのだけど」
「ゲンジ氏に何を望むか、という意味でしたら……私が欲しいのは情報です。超級職の転職条件ですよ」
「超級職? ポラリスさんのジョブって」
「私は【高位占星術師】です。占星術師系統の超級職【
「へー! いいですね、わたしも好きです!」
田舎や山に行くと、空気がきれいだから星がたくさん見えるんだよね。
昔、どこかで満天の星空を見て感動したことを覚えている。……あれはいつ、誰と見た景色だっけ。
「目が見えないわけじゃないのね」
「こちらの世界では。デンドロのアバターは五感を忠実に再現するそうです。ただ、私は昼間が苦手といいますか、太陽や強い光が直視できないのですよ。なので普段は眼帯で光を遮っています」
「困ることはないんですか?」
「私にはこれが当たり前で、慣れていますから。ああ……でも、一度でいいので現実の夜空を見てみたいと考えたことはあります」
そっか、今まで知らなかったことを知って、ポラリスさんには夢ができたんだろう。
むずかしいかもだけど、いつか叶うといいな。
「ゲームに参加した理由はこんなところです。ゲンジ氏は独自の情報網をお持ちなので超級職について知っていることでしょう。ぜひとも入手したいですが、このような事態になってしまいましたからね」
「それでもゲームは続いているわ。あなたが様子見を提案したから、誰かが吊し上げられることはなかった。逆に言えばお互いを疑った膠着状態のままになっている」
アリアリアちゃんは本題を切り出す。
大事なのはここからだ。そして危ないのも。
わたしはいつでも戦えるように準備を整える。
「単刀直入に聞くわ。あの場で犯人を突き止めなかったのはなぜ? 考えがあっての行動だったのかしら?」
「…………」
ポラリスさんはじっと様子をうかがっている。
口を開くべきか、そうでないか迷っているようだ。
「……困りました。私が疑われているのですか。信用してもらうため、正直にお答えしたつもりなのですが」
「なら今回もそうなさいな。やましいところがないなら答えられる質問のはずよ」
「疑念を抱いた者に、私の言葉を正しく聞き入れてもらえるとは限りません。私はあなた方を信用します。ですから、あなた方も私を信じていただきたい」
お互いに信用して初めて話せるのだとしたら、よっぽど大事な内容だね。たとえば犯人に聞かれたら困るもの?
戸締りを念入りにしたのは襲われるという理由のほかに、廊下から盗み聞きをされるのがいやだったんだろう。
アリアリアちゃんはポラリスさんをまだ疑っている。しかたのないことだけど、それじゃあポラリスさんはいつまでも質問に答えてくれない。
相手が信用してくれるなら、今度はこっちが歩み寄る番なんじゃないだろうか。よーしいくぞ!
「いただきます!」
わたしは出されたミルクを一息で飲み干した。
「ん……こ、これは……お、お」
「サラさん!? チッ、やっぱり毒か! 覚悟しなさいポラリ「おいしい!」……は?」
剣を振り上げたアリアリアちゃんは首ギリギリのところで寸止めして、わたしが無事なことを確認する。
「すごいおいしいよこれ!」
「当然です。牛一頭からごく僅かしか取れない初物ミルクという触れ込みでしたから。搾りたてを内部時間停止のアイテムボックスにしまっておきました」
「……ちなみに、私のお茶は?」
「王国の貴族に評判な最高級ランクの茶葉を選ばせていただきました。どちらもクエストの報酬で貰ったのですが、一人で飲むにはもったいないなと」
「っ、紛らわしいのよあなたたち!」
アリアリアちゃんは恥ずかしさと怒りをごまかすように叫んで、武器を納めて、お茶を一口飲んでからポラリスさんに向かって頭を下げた。
「疑ってごめんなさい。あなたを信じるわ」
「ありがとうございます。あなた方の誠意に応じて質問にお答えしましょう。様子見を提案した理由は……お察しの通りです。私には時間が必要だった」
「犯人でないのなら、なぜ? 参加者が疑心暗鬼に陥っている隙に『失われたもの』を探そうとしたの?」
「違います。私からお二人に聞いていただきたいお話と内容がかぶるのですが、まずはこちらをご覧下さい」
ポラリスさんが両手をかざすと、空中に丸い図形が浮かび上がった。
円の内側に散らばった点と点が線で結ばれていろんな形を表現している。
「わたし知ってるよ! 星座早見盤だよね!」
「星位図、ホロスコープかしら。察するに【高位占星術師】のジョブスキルね」
「正解です。占星術師は星を詠み、運命を占う。上級職止まりの私では時間がかかりますが――過去の事象を解き明かすことは可能です」
「そっか! ゲンジさんをデスペナルティにした犯人がわかる!」
「信用しろっていうのはこれか。疑念十割で聞いていたら罪をなすりつける出まかせに聞こえるわ。今だって、本当なのか半信半疑だもの」
過去に起きたことを知れるなら、占うだけでいくらでも情報をゲットできるね。
たとえば煌玉獣や『失われたもの』のある場所、超級職の条件に、ジェイドのお母さんについてだってわかるかもしれない!
「そんなに便利なものではありませんよ。現在から離れた時間軸を占おうとするほど、得られる情報は断片的になります。星の位置や天気、占う対象によっても成功率が左右されます。最高の結果を得るには最適な星空になるまで……下手をすると百年単位で待つ必要がある。なんとも暇人向けのジョブです」
そっかあ、残念。
「条件が整い次第スキルを使います。それまで私は自由に動けません。ですから二人には見張りの仕事を代わってほしいのです。これは信頼できる方にしか頼めない」
「了解したわ。他の参加者には誤魔化しといてあげる」
「そうしていただけると助かります」
誰にも言わずに部屋に閉じこもっていたらみんな心配するし、犯人だと疑われるリスクがある。
ポラリスさんは信頼できる協力者が必要だったわけだ。
見張りの順番を確認したら、ちょうどポラリスさんの次がわたしだった。
時間よりちょっと早めに交代したらいいよね。
「そうです。お礼にあなた方を占いましょう」
「いいんですか! やった!」
「……一応確認するけれど。そのせいで本命のスキルが使えなくなったりしないでしょうね」
「ご安心を。スキルを使わない普通の星占いです。それっぽいでしょう?」
「なおさら私は遠慮するわ」
「なんで? 一緒にやってもらおうよ」
「あんまり占い信じてないのよね。所詮は気休めでしょ」
「ポラリスさん、二人ぶんお願いします!」
「ちょっと」
ポラリスさんはホロスコープを覗きこむ。
本格的な星占いだとプロフィールが必要で、その人の性格や運命がわかるんだとか。
今回はオリジナルのなんちゃってバージョンで近い将来について占ってくれるそうだ。
「まずサラさん。奇特な運命に導かれるようです。様々な思惑はやがて一本の巨大なうねりに収束します。今はひとつひとつの出会いを大事になさると良いでしょう。それがあなたの求めるところに繋がるはずです」
なんだかむずかしい部分があるけど、今はできることをやっていこうってことかな。
「あとは、火気と高いところにお気をつけなさい」
「カキ?」
火事に巻き込まれたりするのかな。高いところは煙?
さっぱりわからない。まあ占いってこういうものかな。注意して、でも気にしすぎないようにしよう。
「次にアリアリアさん。凶兆が現れていますね」
「え」
「大きな壁にぶつかり、挫けそうになるかもしれません。裏を返せば自分を見つめ直す良い機会です。己を知り、足りないものを見つけたとき、あなたはこれまで以上の躍進を遂げるでしょう」
「ふ、ふーん。そう。まあ心に留めておくわ。ちなみになんだけど、私は注意した方がいいことってあるのかしら」
「象とゴリラ」
「……何ですって?」
「象とゴリラですね。気にかけてみてはどうですか」
「んなわけないでしょ!? やっぱりインチキだわ!」
気にしない気にしない!
当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うからね!
◇
見張りを交代する時間になったので、わたしは一人で書斎に向かった。
散らばっていた本や壊れた家具は片付けられてきれいになっていた。さすがに壊れた扉と室内の傷はそのままで、修理が間に合ってないみたいだ。
ホウキで床を掃くメイさんに手を振って、わたしは見張りの人を探す。
「あ、いたいた」
壁に寄りかかって本を読んでいるのはネイサンさん。近くの椅子にユウコさんが座っている。
しかし、字に集中していて見張りになるんだろうか。
「交代の時間です!」
「次の見張りはポラリスじゃなかったか」
「えーっと……今はちょっと、手が離せないみたいです」
「ふうん? まあいい。退屈してたところだ。変わってくれるなら誰でも構わないさ」
パタンと閉じた本の表紙には『少数部族の歴史①〜吸血鬼、魔女、人狼〜』という題名が書いてある。
ところどころ文字がかすれていて読みづらい。
レジェンダリアは獣人や妖精みたいな種族がたくさんいるらしいから、彼らについて書かれた本かな。
「俺が小難しい本を読むのが意外か」
「ち、ちょっとだけ」
「うはははは! そうかそうか。素直でよろしい。アバターの見た目通り、俺は活字を読むより身体を動かす方が好きだからな。これはたまたま目についただけだ」
ネイサンさんは本を棚に戻して大きな伸びをする。
「監視するだけとはいえ、想像以上に疲れるぞ。適当に手を抜いた方がいい。ゲームの趣旨は謎解きなんだからな」
「油断したら危ないですよ」
もしかしたら犯人がいるかもしれないんだから。
「お前、《看破》は使えるか?」
「? 覚えてないです……あ、装備なら!」
バイトで使う虫眼鏡のアクセサリーを取り出す。
「俺を見てみろ」
わたしは言われた通りにのぞいてみた。
◇
ネイサン・ハンター
職業:【血戦騎】
レベル:100(合計レベル:500)
◇
「ごひゃく!」
「そういうことだ」
なるほど。カンストしているなら納得だ。
戦いなら負けない自信があるんだろう。
するどい犬歯は【血戦騎】の特徴かな? たしか吸血鬼っぽくなるんだよね。
「『失われたもの』を見つけたら気をつけろ? 参加者の中で一番レベルが高いのは俺だ」
「無理やり奪うのはダメなんですよ!」
「手に入れる前に横から掻っ攫うのはセーフ……冗談だ、冗談。代わりに、何か分かったら俺にも教えてくれ」
帽子の上からわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でたネイサンさんは、そのまま部屋から出て行く。
わたしは広い背中に声をかける。
「そうだ、ネイサンさんはどうしてこのゲームに参加してるんですか?」
「一言で答えるなら仕事だな」
仕事……?
どういうことか聞き返そうとしたときにはもう、ネイサンさんはいなくなっていた。
「ところでユウコさん。他の人たちはどこですか?」
アリバイがない人はあと三人いたはずだ。
「それがねえ。全員探索に行っちゃったのよ」
「全員!?」
「探偵さんは調査をすると言っていたわ。カフカさんは気がついたらいなくて、ムカダテは二人を探しに飛び出してしまって……」
なんてこった。これじゃ見張りの意味がない。
ネイサンさんはまじめに見張りをしていなかったようだし、犯人探しは一苦労だ。
あとはポラリスさんの占いにかけるしかなさそう。
それできっと、事件はぜんぶ解決するはずだ。
◇
夜になった。これで二日目が終わる計算だ。
このゲームが始まってから、やけに時間の進みが早い気がする。一日ってこんなに短かったっけ。わたし一時間も寝れていないよ。
書斎には十一人が揃っている。犯人の有力な手がかりを掴んだと言って、ポラリスさんがみんなを集めたんだ。
「お集まりいただきありがとうございます。お伝えした通り、犯人の特徴が判明しました。これで真相が明らかになることでしょう」
「勝手なことを……だいたい占いだと? 論理性の欠片もないじゃないか! そんなものより私の推理をだね」
「いえいえドイル氏。これは特徴のひとつに過ぎません。つまりは手がかりです。これをもとにして推理を進めるのがあなたの役割ですよ」
「そ、そうか。ならいい! さあ発表したまえ」
ポラリスさんはおもむろに一枚の紙を取り出す。
どうやらあれに犯人の特徴が書いてあるようだ。
みんなが緊張するなか、ポラリスさんは紙に書かれてある内容を読み上げようとして。
――いきなり目の前が真っ暗になった。
「な、なにこれ!?」
「くそ、何も見えん!」
「落ち着け! 明かりが消えただけだ!」
混乱したみんなが叫んでいる。
誰がどこにいるのかもわからない。顔の前に上げた自分の手すら見えない完全な暗闇。
隣にいるはずのアリアリアちゃんを探そうと、伸ばした手は空を切った。
どれくらいの時間がたっただろう。
暗闇になったのとおんなじくらい突然に、書斎の明るさが元通りになる。
「何だったのかしら」
「……停電か」
「それを言うなら」「停魔じゃない」
顔を見合わせたわたしたちは最初にほっとして、次になにかおかしいことに気がついた。
不安げな表情を浮かべる顔は十。何回数えても十だ。
一人、足りない。
「……ポラリスさんがいない」
わたしのつぶやきでみんながハッとする。
暗い中で動き回ったからだろう、みんなの立ち位置はさっきまでと違っていた。
そしてポラリスさんがいた場所には誰もいない。
ただ、そのすぐそばに立っていた人物が、散らばったアイテムの山から眼帯を拾い上げる。
片手に黒い剣を持ったままで。
「アリアリア、ちゃん?」
アリアリアちゃんの足元には、犯人の特徴が書かれた紙がビリビリに破かれていた。
かろうじて読むことができた切れ端には、
――『
To be continued
サラのノート
ゲームのルール
・『失われたものを探し出せ』
→参加者の全員が正解とわかるもの
→力づくで奪うのは×
・屋敷の中だけ、中庭はあり
→外への出入口に鍵、破壊できない
・制限時間は『七度、日が沈むまで』
→タイムオーバーは勝者なし
・ログイン・ログアウトは自由
→ ログアウトできない
→鍵つきの寝室が使える
・タカクラ夫婦は答えを知っている
→質問できる、部屋から動かない
犯人の手がかり
・『Wolf』(“New!”)
参加者リスト
・わたし(サラ)
・アリアリア
・ゲンジ・タカクラ
→夫婦、書斎(2F東)でデスペナルティ
→【大商人】
・ユウコ・タカクラ
→夫婦、書斎(2F東)で待機
→屋敷の出入り不可を解除できる
・ネイサン・ハンター
→【血戦騎】(“New!”)
→カンスト、参加者で一番レベルが高い(“New!”)
→参加目的は仕事?(“New!”)
・ポラリス
→【高位占星術師】(“New!”)
→参加目的は超級職の転職条件(“New!”)
→犯人の手がかりを占った(“New!”)
→ 書斎(2F東)でデスペナルティ(“New!”)
・赤井ドイル
→【名探偵】、推理小説マニア?
→嘘を見破る<エンブリオ>
→第一の事件のアリバイなし
・ブラン・ゴーシュラム
→双子、白髪
・ノワル・ドロワラム
→双子、黒髪
・カフカ
→嘘つき?、誰かをかばっている?
→ 第一の事件のアリバイなし
・ムカダテ
→タカクラ夫婦に雇われている
→ 第一の事件のアリバイなし
・メイさん(ドラゴンメイド)
→TYPE:ガーディアンの<エンブリオ>、ステータスは亜竜級より低い
→屋敷のマスターキーを持っている
→ 第一の事件のアリバイなし(襲われた)
→ 書斎(2F東)で待機