長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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【狼王】

 ■とある父親について

 

 彼が<Infinite Dendrogram>を手に取ったきっかけは、たった一人の愛娘のためだった。

 単身赴任中の身では妻子と頻繁に会うことはできない。しかし、ゲームの中なら簡単に会うことができる。

 妻は健康被害の危険性からVRゲームに難色を示したが、娘が興味を持ったこともあり、最後には彼の熱意と説得に折れた。

 

 一足早くゲームを始めたのは、先にレベルを上げておいて娘にいいところを見せたかったから。

 誤算だったのは、娘の開始時期が遅れたこと。

 それでも構わないと、彼はレジェンダリアを転々としながらゲームをプレイしていた。

 

 あるとき、彼は辺境の集落に足を踏み入れた。

 そこには犬人種の少数派閥が暮らしており、他部族との交流もなく、自給自足の生活を送っていた。

 外からの旅人を物珍しげに迎えた彼らの好意に甘えて、彼はしばらくの間、集落を拠点に活動する。

 

 滞在を決めた理由のひとつに、集落にあるジョブクリスタルの存在があった。

 集落の人々は【狼戦士(ライカンスロープ)】というジョブに就いていた。ティアンではごく一部の亜人のみが適性を持つ、いわゆるレアジョブである。

 彼は興味本位で転職し、そのまま上級職の【人狼(ウェアウルフ)】まで一飛びで解放した。

 

 同じジョブに就いたことで仲間意識が強まったのか、集落の人々は一層彼を慕うようになった。

 特に子供からの人気は絶大なもの。不死身の<マスター>は子供にとっての憧れである。

 彼の方も、同じ年頃の娘がいることもあって、頻繁に面倒を見るようになった。

 じゃれる子供と遊ぶ彼の姿は、集落にとって当たり前の光景になりつつあった。

 

 数ヶ月が過ぎた頃。

 ようやく娘が<Infinite Dendrogram>を始めることを、彼はメールで知った。

 所属国家はアルター王国にするという。

 彼は王国に移籍することを決め、集落から旅立つことを伝えて回った。

 人々は残念がり、あるいは彼を引き止めようと言葉を尽くしたが、彼の心は決まっていた。

 

 旅立つ前日の晩。

 集落の人々は盛大な宴を開いて、彼に別れを告げる。

 卓に並べられた皿は豪勢な肉料理で、どこにこれだけの食材があったのかと言わんばかりの量だった。

 決して豊かとは言えない集落で、質素な生活を営む彼らにとっては貴重な食糧。

 彼らなりの餞別と受け取り、彼は料理に口をつけようとして、ふと手を止める。

 

 宴もたけなわ。滅多にない馳走に集落の人々は歓喜して、肉を貪り、酒を呷る。

 夜も遅い。酒が酌み交わされる席である以上、何もおかしなことはない。

 席に座るのが大人ばかりでも、おかしくはない。

 そのはずである。

 

 彼は知らず冷や汗を流して、集落の長に質問した。

 

「もう子供たちは寝てしまいましたか? あいつらに挨拶するのを忘れちまって」

 

 集落の長は不思議そうな顔で答える。

 

「何を仰る。きちんとこの場におる(・・・・・・)ではないですか」

 

 全くの善意から齧りかけの肉を差し出して、

 

「さあどうぞ。我が一族では、旅立つ者に最大の敬意と祝福を捧げるのがしきたりなのです。貴方が口にするのが、あの子らも一番喜ぶでしょう」

 

 言葉の意味が分かったときには、もう手遅れだった。

 卓ごと料理を叩き捨て、集落の長を手にかけた。

 驚愕する大人の喉笛をまとめて食い千切った。

 厨房で歓談する女たちを切り裂いた。

 散らばる小さな骨から目を背けて、その場の大人を一人残らず皆殺しにした。

 

 静かさが満ちる宴の場から離れて、彼は住居を一軒ずつ見て回った。

 最後の一軒でようやく生存者を見つけた。

 女だった。咽び泣く一人の母だった。

 

「……頭で理解はしているのです。ですが、ああ……私の坊や……会いたい、もう一度会いたい……!」

 

 女は彼に気づいて、縋りつく。懇願する。

 

「……お願いします。どうか、どうか……私をあの子と同じ場所に連れて行ってください。あの子と一緒に、貴方の旅路について行くことを許してください……!」

 

 夜闇に浮かぶ血染めの月。

 生命死に絶えた集落で、彼はただ天に吼える。

 何が正解だったのか。どうすれば良かったのか。

 自分が集落から旅立つと決めなければ、この悲劇は起こらなかったのかもしれない。

 彼らの思いを尊重するなら、打ち捨てずに料理を口にするべきだったのかもしれない。

 分からない中で、ひとつ言えるのは。

 

 彼らとは、もう二度と会えないということだった。

 

 

 ◆

 

 

 その後しばらくして、彼はレジェンダリア議会から指名手配された。

 表向きの理由は大量殺人。

 しかし本当の理由は、亜人差別運動への加担。

 レジェンダリアの各部族が制定する独自の掟やしきたりといった決まり事を制限し、『人間らしい』画一の基準を設けることを議会に訴えたからである。

 当然ながら、亜人が大半を占めるレジェンダリアでそのような要求が通るわけがない。

 

 彼はレジェンダリアを追われ、亡命を図った。

 目指す先は王国。指名手配犯の彼が移籍するには、有力者から紹介状を受け取るのが最も手っ取り早い。

 

 そのために、彼は伝手を持つ人物に協力を仰ぐ。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■タカクラ邸・二階西

 

(しかし、子供相手に戦う羽目になるとはな)

 

 巨躯に変じたネイサンは相手を睥睨する。

 ブランとノワルの双子に関しては脅威ではない。<エンブリオ>の能力が割れている以上、注意を払うべき隠し玉は残っていない。同様に赤井ドイルはただの的だ。

 サラは連れている従魔の竜が怯えている。遠吠えが威圧として働いており、戦闘には参加できない。

 

 まともな戦力はムカダテとカフカの二名。

 

(だからこそ、雑魚から潰す)

 

 変身により身体の自由が奪われ、本能的な行動が優先される状態では標的を絞るのが先決だ。

 

 狼戦士系統の特徴は、己の肉体を魔獣に変化させ、身体能力を爆発的に引き上げる点にある。

 下級職では頭部と上半身まで。

 上級職は全身を二足歩行の人狼に作り替える。

 ステータスの伸びは著しいが、その代償に変身の度合いに応じて肉体の操作権は失われ、精神が汚染される。

 要するに変身と狂化の複合スキルである。

 

 【狼王】の固有スキル、《狂狼憑依》レベルEXでは自在に狼へ転じることができるようになる。

 全身が狼に変化した今、ネイサンのステータスは戦闘系前衛超級職の中でも上位クラスにまで達していた。

 

 当然、強化率に比例してデメリットは大きい。

 まず、通常時なら『メインで就いている狼戦士系統のジョブレベルを省いた合計レベルが表示され、狼戦士系統以外の就職済みジョブのうち最も高いレベルのものがメインジョブとして見える』という常時発動型の偽装スキル《化けの皮》が効果を失うこと。

 そしてもう一つは、視認した敵対者を攻撃する以外の行動が取れなくなるということ。常に最高火力の攻撃を選択するため、ただでさえ激しいSPの消費が加速する。

 

 的の数が多ければ多いほど狙いは分散し、長期戦にもつれ込む可能性が高い。故にネイサンは速攻を仕掛ける。

 

『ルガァウ!』

 

 力任せに前足を振り下ろす。標的はブラン。

 鋭い爪は生半可な業物を凌駕する切れ味だ。彼女は即座に引き裂かれてデスペナルティになる。

 

『ガァッ! ウォォォォォン!』

 

 と、思いきや背後からの不意打ちを受ける。

 致死攻撃を【ブローチ】で耐えたブランが突き出した刃、背後からの一撃を軽くいなし、別方向の死角から接近するノワルごとまとめて尻尾で薙ぎ払う。

 双子に追撃、そして残りの面々を牽制する目的でネイサンは再度咆哮した。鼓膜を抑えずにはいられない大音量の塊が衝撃波として双子に襲い掛かる。

 

「口輪していてこれね」「これは無理ね」

「待て! 私を囮にする気かね!」

 

 戦意喪失した双子は、逃げ出そうとしていた赤井ドイルを突き飛ばして離脱を試みる。

 それは最善に近い一手だ。ネイサンは巨体故に自由な身動きが取れない。屋敷の廊下が狭いため、全速力を出すには壁と天井が障害になるのである。

 

 三人の背中を視線で追い、ネイサンは照準をつけると、口輪が許す範囲で顎を開いた。

 

 ――その隙に、過たず弾丸が撃ち込まれる。

 

『グルォ!?』

 

 側面からのヘッドショット。

 たたらを踏んだネイサンの目に、燻る銃口を向けたムカダテが映る。

 

「……やらせん」

 

 二発、三発と続けて射撃が命中するが、全身を覆う毛皮と筋肉に遮られて弾丸は内臓にまで届かない。

 傷は増えるが出血量は微々たるもの。これといって特殊なスキルが付与されているわけでもない。

 防御や回避をするまでもなく(もとより狂化した状態では難しいが)、ネイサンは銃口に狙いを定めた。

 その視線と身じろぎが何らかの予備動作であると察知したムカダテは後退して距離を取ろうとする。

 

 しかし、遅い。

 回避するならもっと速く。後退するならもっと遠く。

 たった数メートルの距離を離したところで、ネイサンには何の支障もないのだから。

 

『《彼方望ム待人(ロクロクビ)》』

「……!」

 

 ムカダテの猟銃が、添えた手首ごと食い千切られる。

 まるで空間の裂け目に巻き込まれたように。

 あるいは、見えない顎門に噛み砕かれたように。

 

 両者の距離は離れていた。

 物理的な攻撃ではない。

 ムカダテの手元は何もない空間だ。事前に設置するタイプの罠なら、《危険察知》が反応する。

 判明している情報とモチーフの知識を合わせて、<エンブリオ>の能力を考察するムカダテ。

 

「……間合いの拡張か?」

 

 ネイサンは答えない。語るまでもないからだ。

 口輪内での咬合に合わせて、先程まで敵が立っていた虚空に血塗れの嘲笑(三日月)が浮かぶ。

 

 ムカダテの推測は当たっている。

 TYPE:アームズ、【蛮頭隠 ロクロクビ】。

 面頬……あるいは口輪型に変形する<エンブリオ>。

 妖怪のろくろ首には首が伸びるタイプと、首が胴体から分かれて飛翔するタイプの二種類が存在するが、ロクロクビのモチーフとなっているのは後者だ。

 能力特性は『頭部の射程距離拡張』。

 噛みつきや頭突きなど頭部による行動の当たり判定を広げる<エンブリオ>であり、本来急所である頭部を相手に近づけることなく攻撃することができる。

 

 必殺スキルは同様に、ネイサンが視認した座標に攻撃が発生するスキルである。

 あくまで起こる現象を再現するのみであり、実際にネイサンの頭部と空間が繋がるわけではない。

 そのため空間系スキルと比較してコストが軽く、攻撃発生時に反撃を受けるリスクがないメリットもある。

 

 銃を使うムカダテは距離がアドバンテージになると考えていたが、実際は間合いを離す行為こそ、視認不可能な中距離攻撃の引き金になる。

 必殺スキルの連打でSPの枯渇を誘うなら良い作戦だろう。超級職のAGIで繰り出される攻撃を回避しきれるなら、という但し書きが付くが。

 

「ムカダテさん! 後ろ!」

「……む」

 

 咄嗟に身を翻したムカダテの背中から鮮血が散る。

 回避した先に遠隔発動の咆哮。

 ネイサンは敵が自分側に吹き飛ぶように位置を調整。

 身体を浮かせたムカダテを、無抵抗のまま、蠅叩きの要領で床に叩きつけた。

 

「ごふっ……」

「だいじょうぶですか!? 回復しなきゃ!」

 

 サラが駆け寄ってポーションを振りかける。

 それだけでは足りないのか、彼女は【萌芽の横笛】を取り出して奏で始めた。

 ムカダテの傷口がわずかに治癒する。演奏を聴いているネイサンも例外ではなく、先の攻防で減ったHPは微量ながら回復している。

 

(つっても、棒立ちにはならないぞ)

 

 懸念材料のカフカに意識を向けると、

 

「何? 僕は戦うつもりはないよー。だって君の事情とかどうでもいいし」

 

 彼女は観戦気分で手を叩いていた。

 ネイサンから見ても得体の知れない相手であるため、その言葉を鵜呑みにする気はさらさらない。

 接近されるか、何かのアクションを起こした場合は即座に仕留める。だが現状の優先度はムカダテが上だ。

 

『グルルルル……』

「やらせない! 《喚起》、ルビー!」

 

 サラは赤毛の魔獣を呼び出して、傷ついたムカダテを庇うように立ち塞がる。

 勝算がないことは理解しているのだろう。サラは従魔が自分より前に出ないように、いつでも【ジュエル】に戻せるようにと気を配っている。

 強者と対峙する今、それは明確な隙だ。

 命を顧みない特攻なら、万が一あり得たかもしれない勝ち目。一矢報いる可能性がゼロになる程度の躊躇。

 

(だが、それでいい。お前みたいな子供が命懸けの博打なんてしなくていい。所詮は遊戯、ただのゲームだ。……従魔は狙わず、一瞬で(PK)してやる)

 

 ネイサンは眼前の人物と愛娘の姿を重ねて、

 

「――シィッ!」

 

 間に飛び込んできた金髪に目を奪われた。

 丁寧に巻かれたそれは疾走の勢いで激しく揺れる。

 華美な戦装束に身を包んだ少女が、身の丈をゆうに超える棍棒を振りかぶる。

 その光景に何かを思うより先に身体は動いた。ネイサンは新手の攻撃に合わせて、真正面から牙を剥く。

 

「腕の一本、くれてやるわ」

 

 しかし少女は左腕を犠牲に致命傷を回避。ネイサンの懐に潜り込むと同時に、漆黒の棍棒は手甲に変形する。

 

「お返しよッ!」

『!?』

 

 掌底で突き上げるアッパーカット。

 的確に顎を打ち据えられたネイサンは脳震盪を起こして無防備な脇を晒す。狼の巨体がほんの僅かだが宙に浮かんだ瞬間、少女は渾身の回し蹴りを鳩尾に叩き込んだ。

 のけ反ったネイサンは即座に跳躍して後退、からくも追撃を免れる。

 

「腹パンと左腕の二発分……には足りないか。覚悟なさい? 熨斗つけて十倍に返してやるから」

 

 腕の傷口を縛り止血する少女。彼女は蠢く影の如き大鎌を担いで報復を宣言する。

 冤罪と逃走劇、二重に募った鬱憤を晴らすかのように、アリアリアは狂悪な笑みを浮かべた。

 

 To be continued




(U・ω・U)<ぜんぶ アルセウスの せいです
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