長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□タカクラ邸・二階西 【高位従魔師】サラ
助けに来てくれたアリアリアちゃん。
その横顔は明らかに疲れていた。ずっと屋敷の中を逃げていたからだろう。身体と頭の両方をいっぱいに動かしてヘトヘトなはずだ。
でも、戦う気力はみなぎっているみたい。大狼を見つめる目はギラギラと輝いている。絶対に倒してやると言いたそうな気迫がすさまじい。
「状況はだいたい把握したわ。お二方、いける?」
「……問題ない」
「わたしだって! がんばるよ!」
「そ。私が前に出るから隙を見てぶち込みなさいな」
そう言うと、アリアリアちゃんは駆け出した。
片手で大鎌を振り回して大狼に切りかかる。
わたしがびっくりしたのはそのスピードだ。これまでとは比べものにならない動き。
アリアリアちゃんのレベルが上がったからなのか、わたしだと目で追えない。
体感だと、たぶんネイサンさんとおんなじくらいの速さになっているんじゃないだろうか。
「不思議かしら? どうして私が超級職のあなたとまともに戦えるのか。それはね、こういうこと」
爪と牙の反撃を避けながら、アリアリアちゃんはくるくると踊るように大鎌を振るう。
「《
大鎌、マーナガルムの刃が狼の頭に変形する。
がぱっと口を開けたそれはネイサンさんに噛みついて、切った傷ごと肉を食い千切った。
『グルァ!?』
「マーナガルムは捕食の獣。あなたのようなお相手を取り込めば同じだけの強さを得る。強者を糧にして、私はどこまでも強くなれる」
内部に取り込んだ装備とモンスターを強化する力。
装備したアリアリアちゃん自身を強化する力。
この二つがマーナガルムの能力になる。
そして《咬み殺し》は攻撃しながらアリアリアちゃん自身を強化するスキルだ。
前はモンスター由来の固有スキルを使っていたけれど、今回は超級職の高いステータスを獲得したのだろう。
もちろん効果は制限時間付き。それでもクールタイムごとにスキルを使ったら、ほとんど途切れずに強化状態のままでいられるそうだ。
さっきのアッパーと回し蹴り、そして大鎌。
合わせて三回の攻撃でアリアリアちゃんは十分に強化されて、タイムリミットを気にする必要はない。
「
戦いはアリアリアちゃんが押している。大狼にぴったりくっついてのヒットアンドアウェイ。
おんなじステータスで勝負するなら、大きな体のネイサンさんより、小柄で身軽なアリアリアちゃんが有利だ。
おかげでネイサンさんの注意はアリアリアちゃん一人に集中している。今のうちに……!
「ムカダテさん、だいじょうぶですか?」
「……ああ」
ムカダテさんは食べられた手首を支えにして、器用に猟銃を構える。でもふらふらして狙いは定まらない。
肝心の猟銃も半分に折れていた。先っちょがぶら下がって揺れている状態だ。
銃について詳しいことはわからないけど、これじゃ弾が飛ばなかったり、暴発したりしそうだよ。
「……一発は撃てる。それで奴を倒す」
「なら、わたしが動きを止めます!」
「……できるのか?」
「えっと、たぶん。危ないし使うなって言われてるんですけど……やれるみたいなので!」
きっと嬉しいことじゃないはずなのに、わたしを信じて力を貸してくれる子たちがいる。
だったら、わたしがみんなを信じないと。
「……タイミングは任せる」
「わかりました!」
準備を整えてチャンスを窺う。
あ、でもその前に。
「アリアリアちゃん!」
「何!? 今忙しいのだけれど!」
「ユウコさんをこっちに! 巻き込まれちゃう!」
「確かにそう……っていうかよく無事だったわね!?」
姿勢を低くしたアリアリアちゃんは大狼の足元をくぐり抜けて、座り込んでいるユウコさんの手を取る。
運がいいことに怪我はしていないみたい。ネイサンさんが他の人を優先してターゲットにしていたからだ。
攻撃が止まった瞬間を見逃さず、アリアリアちゃんはユウコさんを抱えてこっちにジャンプする。
『グルル……』
様子を窺うネイサンさん。背中を見せたアリアリアちゃんを襲うかと思ったけれど、目で追うだけだ。
「……違う。狙われているぞ!」
「でしょうねッ」
空間に発生する噛みつき攻撃。
振り向いたアリアリアちゃんは大剣をかざして、必殺スキルの一撃をガードする。
ふんばれない空中で衝撃を受けたアリアリアちゃんは、ユウコさんをかばって背中から落下した。
「でも生きてる! Ms.タカクラ、お怪我は?」
「おかげさまで無事よ。私よりあなたの方が……」
「慣れてるわ。いいから下がってなさい」
ユウコさんはできるだけ後ろにいてもらう。わたしたちで視線をガードすることを忘れない。あの必殺スキルは見えている場所にしか使えない……と思うから。
大狼はじっとこちらを見つめていた。
かと思うと、肺いっぱいに空気をためて、屋敷のどこにいても聞こえるくらいの声で吼える。
『ウルォォォォォォォォォォォォォォォォォン!』
わたしはとっさに耳を押さえる。
さっきの咆哮は大音量の振動を使った攻撃だった。敵意がこもっていて、聞いたら身体が震えてしまった。
だからできるだけ対策をしようと思った。
でも、これは違う。
敵意がない。わたしたちに向けた声じゃない。
わたしにはわかる。バベルを通してネイサンさんの気持ちが、考えが、伝わってくる。
「これ
「合図って……誰に? いえ、それより何の?」
答えはすぐにわかった。
遠吠えが響いた直後、周りが暗闇に包まれたからだ。
窓の隙間から差し込むお日さまと廊下の明かり、光という光が失われて、わたしは何も見えなくなってしまう。
みんなのそばにいたほうがいいと思って足を止める。目以外の感覚に頼って状況を確認する。
耳をすませるとアリアリアちゃんのムカダテさんの息づかいや衣ずれの音が聞こえる。
二人の音に混じって、ひたりと近づく足音も。
『ガルゥ!』
「……ッ、この」
空気が揺れる。
爪と武器がぶつかる音がした。
大狼の不意打ちをアリアリアちゃんが防いだんだ。
この暗さでどうしてわたしたちの場所がわかったのかと考えて、犬は人間より鼻がいいことを思い出す。狼だっておんなじくらい鼻が効くんだろう。
このまま暗闇で一方的に攻撃されたらやられちゃう。
なら、奥の手を切るのは今だ!
「アリアリアちゃん、三つ数えたら後ろに下がって!」
「了解! さん……」
荒い息と足音が聞こえる。つまり、ネイサンさんはそこにいる。必殺スキルは使っていない。
だったら暗闇でもだいじょうぶ。
ネイサンさんからもわたしのことは見えないはず。
「にぃ……」
聞こえる音を頼りに狙いをつける。
ちょっとズレたらアリアリアちゃんを巻き込んじゃう。
だから慎重に、そして気づかれないように。
「いっちぃ!」
「お願い、
爪をパワーで弾いて、アリアリアちゃんが飛び退く。
その瞬間、大狼の足元に青色の液体が絡みついた。
『!?』
スライムが飲み込んだところから、ネイサンさんの身体がどろどろと溶けていく。
ターコイズの体積だと大狼を丸ごと包むことはできない。だけど、外に出ている部分もターコイズが放つ冷たい空気で凍りついている。
ターコイズはフランクリン製のモンスター。
触ったら危ないのと、<マスター>を攻撃する特性からいつもは【ジュエル】の中で眠っている。
でも強さのランクは純竜級?になるらしくて、こうして戦ってもらうと頼りになる子だ。彼女一匹でわたしの従属キャパシティをオーバーするのはご愛嬌。
『ウォォ……』
「させないよ! ジェイド、《サイレントカーム》」
『
吼えようとしたネイサンさんを防音結界で囲む。
中にいる限り、音は絶対に外に漏れない。
これで合図も攻撃もできないよ。
ふふーん、どう? おっかなびっくりで泣いちゃうジェイドだってやるときはやるんだから。
敵が見えてるとまだ怖がっちゃうけどね。
「ルビー、《リトルフレア》」
小さな火の球が暗闇を照らす。
大狼はもがいているけれど、スライムからは抜け出せない。もちろん物理攻撃じゃ倒せない。
「ごめんなさい。でも全力であなたを倒します!」
『……、……!』
「新技その二! いくよ、ターコイズ!」
スライムの表面に『了承』の文字が浮かぶ。
わたしの指示で、ルビーは《リトルフレア》をターコイズに――液体酸素の塊である【オキシジェンスライム】目がけて発射する。
するとどうなるか。わたしは結果を知っている。
前に、ギデオンでおんなじ光景を目にしたからだ。
あの【大教授】は言っていた。
――液体酸素に火を近づけるバカは理科実験できんよ?
魔法が命中して、大爆発が巻き起こった。
◇◆
□■ タカクラ邸・一階西
爆発により床が抜けて階下に落ちたネイサン。
青い炎に包まれながら、彼は未だ健在だった。
全身に火傷を負い、両足が溶けている状態を健在と言えるのであればだが。
無論<マスター>なら重傷には慣れている。痛覚を切っているので不快な感覚を耐えれば問題はない。
(いや、あんなの読めるか)
笑いながら超級職と互角に打ち合うルーキーに、おとなしい顔をして奥義レベルの隠し球を持つルーキー。
信じられないが、どちらも愛娘と同年代である。
言い訳のしようもない完敗だった。
(おいおい。床と天井が貫通してるぞ。視線を通せば必殺スキルは使えるが)
起き上がる気力は既にない。
そも、死力を尽くして戦う場面ではない。
これはゲームの一環なのだから。ムキになるのは、それこそ大人気ないというものだ。
(
脱力したネイサンは砕けた【ブローチ】を投げ捨てる。
「……
そして、接近していた人物から包装済みのプレゼントボックスを顔面に落とされた。
途端にステータスが軒並み低下し、狂化で制御を失っていた肉体の操作権が元通りになる。
まるで《狂狼憑依》の効果が逆転したかのように。
視線を動かせば、そこには麻袋の特典武具を担いだ全裸の男が立っていた。
爆発に巻き込まれて装備は燃え尽きたのだろう。ただ、五体満足で傷一つないことは不可解ではあった。
男の顔に見覚えはない。しかし面影は参加者の一人に酷似している。
「恩恵は束縛に。常識は反転し、君の論理は破綻する」
『……?』
その発言が引っかかったネイサンは、男を《看破》して納得する。
なるほど、別性同名の他人ではなかったのかと。
『グルル……死体蹴りかよ<超級>』
「君【死兵】持ちみたいじゃん。十分楽しんだからログアウトしたいんだよね。ほら上、さっさと死んじゃえ」
悪口と一つのスキルを置き土産に、カフカは部屋を出ていった。噂に聞く彼の能力ならば屋敷の封鎖も出力差で容易く突破するだろう。
しかし上とは、と首を傾げて頭上を見やる。
「あア■■■■■■ッ!」
アリアリアがまさにちょうど落下する最中だった。
まだ決着はついていない。どちらかが斃れるまで勝負は終わらないのだと、闘志と殺意に満ちた刃を携えて。
道理である。アリアリアは散々な目にあった。しかもネイサンには打ちのめされた借りがある。それを返さずにはいられまい。
(いいだろう。どうせ仕事は終わりだ。エキシビジョンに付き合ってやる!)
『グウォォォォォォォォォンッ!!』
死に体の獣が猛り吼える。
手足が届かずとも、彼の可能性は遠方を望むもの。
ネイサンは照準を合わせて顎門を開いた。
互いに狙うは首筋。
一撃で噛み砕かんと、両者は必殺の牙を剥く。
「《
『《
決着は一瞬。
どちらも手負い。ならば自力に勝るものはない。
勝敗は明らかで、一匹の獣が膝をついた。
「ごふ……」
吐血したのはアリアリア。
単純な話だ。一対一で切り札を撃ち合うなら、より速く、より致命的な傷を負わせた方が勝つ。
《咬み殺し》は接触して発動する捕食攻撃。
対する《彼方望ム待人》は中距離の座標攻撃。
ネイサンは近づかれる前にスキルを発動すればいい。
結果として、重傷を負ったアリアリアの攻撃は紙一重で届かない。ネイサンの<エンブリオ>を破壊し、顔を薄く切りつけるに留まった。
「耐えられると、思ったのだけれど……?」
『直前の咆哮な。《インサニティ・ロア》って【狼王】の奥義だ。ターゲットした相手に対する次の一撃の攻撃力を十倍にする』
「……ふざけんじゃないわよ」
真顔で悪態を吐いたアリアリアはその場で崩れ落ち、
「まあ、今回は
後詰めにとどめを託す。
赤い外套の狩人がすぐそこまで迫っていた。
ネイサンは飛び起きて変身の度合いを調整する。
狂化が反転しているため、獣十割の大狼から釣り合いの取れた狼頭の獣人に。
溶けた足に力を溜めて飛びかかる。速度はネイサンが上だ。喉笛に噛み付いて食い千切らんとする。
だが、口内には猟銃が突き出されていた。
ムカダテが何かするより速く、外套で補強した猟銃自身が獲物を捕捉したかのように。
(自動追尾。条件は……血液か)
ムカダテの外套は傷口に引かれている。
焼け焦げた身体でなく、頭部に照準を合わせたのは新鮮な流血に反応してのこと。
外套と猟銃の二つがムカダテの<エンブリオ>。
「マタギの孫を舐めるな」
『……
ムカダテは躊躇なく引き金を引く。
「――《
弾丸がネイサンの脳を撃ち抜いて即死に至らしめる。
頭部が破壊されては【死兵】も意味をなさず。
こうして、悪い人狼は退治されたのでした。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<今回のタイトル
(U・ω・U)<狼=ネイサン、赤ずきん=ムカダテですが
(U・ω・U)<実はサラとアリアリアにも当てはまります
Ψ(▽W▽)Ψ<どこがドラ?
(U・ω・U)<サラは帽子と【血塗木乃伊の聖骸布】を装備していて
(U・ω・U)<アリアリアは言わずもがなマーナガルム=狼
Ψ(▽W▽)Ψ<あー……んー?
新技その二
(U・ω・U)<自爆スライム
(U・ω・U)<ただでさえ強い禁止カードを奥の手たらしめるコンボ(なんで滅多に使えない)
(U・ω・U)<でも自爆の指示に素直に従うのは信頼関係を築いているからだよね
Ψ(▽W▽)Ψ<ポ〇モンとかでも言えることドラ
(U・ω・U)<……作者は図鑑タスクを埋めるため、捕獲直後のアグノムを何度もじばくさせたことをここに懺悔します
ロクロクビ
(U・ω・U)<皆さまお分かりかと思いますが
(U・ω・U)<「首を長くして待つ」
(U・ω・U)<そういうことです
ムカダテ
(U・ω・U)<ガチなマタギの孫
(U・ω・U)<祖父にちょっとした畏怖と憧れがあり、アバターとジョブを設定
(U・ω・U)<なお狩猟の才能は/Zero
Ψ(▽W▽)Ψ<ないんかい
(U・ω・U)<じゃなきゃ血を追跡するような<エンブリオ>にはならない
レッドキャップ
(U・ω・U)<銘は【紅鬼頭礼 レッドキャップ】
(U・ω・U)<狩猟補助のスキルを持つ
(U・ω・U)<モチーフはイギリスの民間伝承にあるアンシーリーコート
Ψ(▽W▽)Ψ<まんま赤ずきんではないドラ
(U・ω・U)<ちなみに赤ずきんを英訳すると『Little Red Riding Hood』になるそうです