長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
カルチェラタンの街は復興作業の真っ最中だった。
壊れた建物と焼け落ちた木々。
それは見ているのがつらい事件の爪痕だ。
本当なら、石畳と草花が調和したきれいな街並みを楽しむことができただろうと思うと残念でしかたがない。
それでも、街の人たちはこれまでの日常を取り戻そうとがんばっている。
その証拠に、建てられたばかりの新しい家がある。庭先には小さな芽がぴょこりと顔を出していた。
時間があったらなにかお手伝いしたいところだ。
わたしが乗った馬車は復興用の物資を卸したら、次の目的地に向かうらしい。
わたしのお仕事はカルチェラタンまでの護衛なので、報酬を受け取ってパーティから抜ける。
リーダーさんたちはそのまま護衛を続けるそうだ。
「<境界山脈>に向かうんだって? やめた方がいいよ。あそこは命がいくつあっても足りない」
「どうしても行かなくちゃいけないんです。……わたしがもっと強かったらよかったんですけど」
「なら幸運を祈るよ。君は山登り、僕はソーマの街まで、どちらも無事に目的地に辿り着けるように。それじゃ、また会おう」
野良パーティとさよならして支度を整える。
といっても、この街でやることは大してなかった。
なにせみんな工事や探しものに忙しくしている。
それにお店は壊れていたり、商品がなかったりで買い物ができないからだ。
セーブポイントを設定したわたしは、もう一度マップを確かめる。
カルチェラタン伯爵領の北がドライフとの国境。
その国境に重なるようにして<境界山脈>がある。
「よし、いこう<境界山脈>!」
緊張しているらしいジェイドを励まして、わたしは北を目指す。えいえいおー!
◇◆
□■???
「ん? あれは」
カルチェラタンの街を歩く少女に意識を向ける。
ガッツポーズをして気合を入れているが、先程の言葉は聞き間違いだろうかと耳を疑う。
気になって少女のステータスを見ると、まだ駆け出しの域を出ないルーキーだ。
肩に乗せている天竜は従魔か。そちらの練度も低い。
少女が右腕につけた装備は既視感を覚える造り。
自然と、ある男から聞いた話を連想する。
「まさか……いや、いくらグリオでもそこまではしない……はず」
不安を抱いた青年は迷いに迷った後。
「……一応な」
光学迷彩付きの外套を羽織り、少女の後を追った。
◇◆
□■ <風竜山>
王国北部と皇国南部の国境に連なる<境界山脈>は、三大竜王の一体【天竜王 ドラグへイヴン】が君臨する<天蓋山>を始めとして、その系譜に連なる天竜種の【竜王】と数多の純竜が生息する山々の総称である。
中でも東端の<風竜山>を治めるのは【風竜王】だ。
【天竜王】の第二子にして神話級<UBM>。
疾風の如く飛翔し、咆哮一つで嵐を招く空の王者。
彼は絶対的な強さを以て侵入者を退け、純竜を統制し、山脈の秩序を守る番人だ。
対になる東の【雷竜王】と並んで恐れられてはいるものの、山を降りて他の生物や国境を行き交う人間を襲うことはない。ティアンをはじめとする多くの人々に取っては危険性の低い<UBM>であり、まさに「触らぬ神に祟りなし」という扱いを受けていた。
しかし、否、だからこそと言うべきか。
“境界”を越えるものに、竜は容赦をしない。
戦技を磨き上げたティアンの武芸者や、エンドコンテンツを求めて訪れる<マスター>など、己の力を過信して、無謀にも竜殺しを為そうとする者達。
彼らを待つのは
翼を持つ竜は剣の届かない遥か上空から襲い来る。
特に【ウィンド・ドラゴン】は天竜種の中でも飛行に長けた種族であり、高高度を長時間、高速で飛翔することなど造作もない。加えて、高度を保ったまま放たれるのは空気を圧縮した不可視のブレス。
この地では、狩るものが狩られるものに逆転する。
故に<マスター>が増加した近年に至っても、竜の山脈を攻略した者は未だいない。
今日繰り広げられる
山に一歩足を踏み入れた瞬間から竜の群れに襲われ、戦闘を余儀なくされたサラは既に追い詰められていた。
そう、狩りだ。戦いですらない。一方的な加虐である。むしろここまで生き延びていることが奇跡だった。
「お願い、話を聞いてください! わたしはただ……」
サラの言葉を遮るように風の刃が飛来した。
かろうじてターコイズがサラをかばう。体積が二割ほど消し飛ぶが、相手の攻撃と大気中に含まれる酸素を糧にしてスライムは再生する。
しかし、刻まれた「<マスター>を攻撃する」本能に抗いながらでは本来の性能を発揮できない。
ルビーは火の魔法で竜を牽制しようとするが、そもそも射程が足りない上に命中したところで竜の鱗に阻まれる。
打開策もなく、このままでは削られていくばかりだ。
竜たちに対話の意思は見られない。サラの呼びかけに答える竜は一匹とて存在しない。
ここから出ていけ、と暗黙のうちに告げている。
「教えてほしいことがあるだけなんです! 用事が済んだら帰ります、から!」
『――それは誠か』
初めての返答は上空から。
地上に舞い降りるはひときわ大きな竜。
全身に旋風とオーラを纏い、近づくことすら許されない威圧感を放つ山の主人。
『答えよ。如何なる理由で我らの土地に踏み入った?』
【風竜王】が少女の前に現れた。
◇
□【高位従魔師】サラ
びっくりしたー!?
急に攻撃が止まったと思ったら、空からものすごいきれいなドラゴンが下りてきたよ。
頭の上に表示された名前を見る限り、この人(竜?)が一番偉い【風竜王】さんだろう。
なにせ目配せひとつで、他のドラゴンが一斉にどこかへ飛んでいってしまうくらいだ。
緊張が解けてホッとする。あのままだとわたしか従魔の誰かはやられちゃっていただろうから。わたしならいいけど、もしも……ううん、考えるのはやめよう。
とにかく話が通じるドラゴンがいてくれて助かったよ。わたしに敵意はないみたい。これで一安心かな。
『なぜ安堵する? お前は我を見て何とも思わんのか』
「えっと、大きくてかっこいいなあーとは」
『おかしな娘だ。山に踏み入った人間は凡そ我に挑むというのにな』
そういうものだろうか。わたしは勝てると思わないし、特典武具はいらない。お話を聞いてくれたら十分だ。
それに、【風竜王】さんの見た目をかっこいいと思う人は絶対にいるよね。ゲームのボスか、強い味方キャラとして出てきそうな感じ。
「勝手に山に入ってごめんなさい。わたしはサラっていいます。この子たちはジェイド、ルビー、ターコイズです」
とりあえず自己紹介をした。
三匹は【風竜王】さんのオーラに圧倒されているみたいだ。ジェイドは泣いちゃいそう。ルビーはわたしの後ろに隠れて震えているし、ターコイズは降参のつもりなのかぐてーと地面に溶けている。
「わたしたち、ジェイドのお母さんを探してるんです。知ってることがあったら教えてくれませんか!」
『……成る程。事情は理解した』
【風竜王】さんは目を泳がせて、
『だが、我は何も知らぬ』
わたしにもわかる嘘をついた。
「なんで嘘をつくんですか?」
『繰り返させるな。我は知らぬと言った』
「違いますよね。あなたはなにかを知っている」
『くどいッ! いい加減に』
【風竜王】さんは大声を出す。
突然の風がわたしを吹き飛ばそうとする。
でもやめない。わたしの口は止まらない。
最初はちょっと不思議に感じただけだった。
だけど話してみてわかった。
だって、このドラゴンは……
「だって――あなたはジェイドのお父さんでしょ」
『
ジェイドは意味がわからないという顔でわたしと【風竜王】さんを交互に見る。最強のドラゴンと自分が親子だとは信じられないんだろう。
わかったのは二体の声が似ていたから。いかめしい話しかたの中に、ジェイドの鳴き声とおんなじ響きがした。
『……』
そうだとは言わない。でも違うとも言わない。
ジェイドはわたしの肩から降りて足を踏み出す。
まさに感動の対面だ。
それにしても、お母さんを探しに来たらお父さんが見つかるなんて思ってもみなかった。
もしかしたら【風竜王】さんはジェイドのことを知らなかったのかもしれないね。
そうじゃなかったらジェイドはこの山で暮らしているはずだ。だって【竜王】の子どもってことは王子様だもん。
あれ、でもどうしてジェイドは親とはぐれたのかな?
それに【風竜王】さんが嘘をついたのは……。
『
おそるおそる近づいたジェイドは、
『お前は我の子ではない』
――勢いを増した風圧に押し返された。
「ジェイド!?」
わたしはあわててジェイドを抱きとめる。
つうと流れる血。風のせいで翼が傷ついている。
遅れて痛みがやってきたみたいで、じわじわとジェイドの目に涙がにじむ。
どうしてこんなことを!
『飛ぶことすらできぬ竜を我らは同胞と認めない』
……え?
『早々に立ち去れ。二度と我の前に姿を見せるな、出来損ないの恥晒しが』
冷たい言葉を告げた【風竜王】はそっぽを向く。
わたしはジェイドを寝かせてポーションをかける。
からっぽになった頭では、今起きたことを何回も何回も繰り返していた。
我の子ではない?
でき損ない?
……ふざけないで。
さすがに。
いくらなんでも。
それは、お父さんが子どもに言っていい言葉じゃないだろう――!!
「うああああああああああああ!」
気がついたら、わたしは笛で殴りかかっていた。
『何のつもりだ。その程度で我を殺せると思ったか』
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! そんなのはどうでもいいんだ!」
笛で叩いても【風竜王】はびくともしない。
硬い鱗とオーラに守られているからだ。
逆にわたしの手は旋風で傷だらけになっていく。
だけど知ったことか。わたしの体はどうでもいい。
「謝って! 今すぐジェイドに! ひどいことを言ってごめんなさいって謝れぇ! 《
裏返るくらいの大声でわたしは叫ぶ。
だって許せるわけがない。いくら親子でも、ううん、親子だからこそ、それはダメだ。
わたしはジェイドの主人として、【風竜王】に言わなくちゃならないことがある。
意識を共有して、伝えなきゃいけないことがある。
「ジェイドがどんなにさびしい思いをしたのか知らないくせに! ひとりぼっちで、お母さんもいなくて! 自分が嫌われたんだって、いらない子なんだって、泣いてたことも知らないくせに!」
はじめて、王都の従魔師ギルドで会ったとき。
彼は風に閉じこもって泣いていた。
たったひとりで捨てられて。
泣いているだけの子どもだった。
それでもジェイドは成長した。
はじめはモンスターを見るのも怖がっていたのに、戦闘のサポートができるようになった。
ぜんぶぜんぶ、ジェイドががんばったからだ。
「がんばってここまで来たんだ! やっと家族に会えた! それなのに……お父さんなのに突き放すの? なんでジェイドを傷つけて平気そうにしていられるのッ!? 【風竜王】の大バカやろう!」
そうだ。わたしは怒っている。
ここまでのことをして顔色を変えない【風竜王】に。
そして、わたしはわたし自身に対して怒っている。
わたしは守ってあげられなかった。
もう傷つきたくないと言っていたジェイドを外の世界に連れ出したのはわたしだ。
わたしはジェイドの傷を癒やすどころか、こうしてまた、彼を傷つけてしまった。
「謝って……謝ってよぉ……」
目が熱い。涙で前がよく見えない。
わたしは叩く手を止めてへたり込む。
無傷の【風竜王】は顔を近づけると、
『……悪く思うな。これがお前達のためなのだ』
わたしにだけ聞こえるようにささやいて、大空に飛び上がる。
【風竜王】が羽ばたくと風が起こる。
そよ風が激しい突風に、突風は渦を巻いて。
晴れ渡る青空はみるみるうちに雲がかかり雷雨が降る。
嵐を呼んだ【風竜王】の周りに空気が吸い込まれる。
『再三の忠告に従わぬ報いだ。我が一撃を手向けとして受けるがいい、小娘! 《トルネード・ラム》!』
集まった風は【風竜王】の口から竜巻のブレスになって放たれる。超級職が使う奥義の魔法くらい強力な。
わたしはぼうっとそれを見上げていた。
竜巻が近づいてくる光景と。
空中で竜巻を受け止めた人のことを。
『む、新手か』
『ああくそったれ! 間に合わなかった……!』
機械のヒポグリフに乗った騎士だった。
大盾でブレスを防いだその人は、なんと空を飛ぶ【風竜王】を相手に空中戦を挑む。
槍を振りながら、ものすごい速さで【風竜王】の爪と打ち合っている。
『お前は【征伐王】だな。我が配下をいいようにあしらってくれたようだ』
『言っておくが一体も殺してないからな。襲われたから応戦しただけだ』
『侵入者は其方だが?』
『分かってる。だからこの場は引かせてもらうぞ。それで文句はないはずだ』
『いいだろう。その小娘も連れて行け』
騎士さんはうなずいて武器をしまった。
そのまま地上のわたしを抱えて飛び上がる。
「待ってください! まだ話は終わってません!」
『勘弁してくれ。
兜の奥から聞こえる声は震えていた。
今の【風竜王】は手加減しているってこと?
あれだけ強い騎士さんが怖がる相手。戦ったらわたしに勝ち目はない。そして、【風竜王】にお話するつもりはもうないみたいだ。
……くやしい。
わたしは従魔を【ジュエル】に戻して、騎士さんの言う通りに山を下りたのだった。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
【風竜王】
(U・ω・U)<断っておくと、彼を下げる意図は全くありません
(U・ω・U)<そしてジェイドは間違いなく彼の血を引いています
【征伐王】
(Є・◇・)<カルチェラタンの遺跡で【煌騎兵】に転職した帰りに
(Є・◇・)<新入りを見かけたもんだから心配でついてきた
(U・ω・U)<そこ、ストーカーとか言わない