長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
「少しは休めたか?」
「はい。助けてくれてありがとうございました」
ジェイドを抱えて宿屋の一階にある酒場に降りると、ひよ蒟蒻さんは飲みものを注文して待っていてくれた。
目が真っ赤に腫れていることには気づかれたと思う。知らんぷりは彼なりの優しさだった。
<風竜山>を下山したわたしはカルチェラタンの街に逃げ帰った。運んでくれたのはひよ蒟蒻さんだけど。
前にギデオンで会った偽者とは違う、本人だ。クランの先輩でグリオマンPさんのこともよく知っているらしい。
「あいつの悪巧みでないならひとまず安心だ。【風竜王】が追ってくる心配はない」
「……追いかけてきたらよかったのに」
ぽつりと口から本音があふれる。
今ここで【風竜王】が謝ってくれたら。
なにかの間違いだって、そう言ってくれれば。
ちょっとはジェイドだって救われる。
ジェイドをぎゅっと抱きしめる。
止まったはずの涙がポロポロとこぼれた。
泣き出したわたしをジェイドは見上げる。
とても悲しそうな顔をしていた。わたしと一緒に泣きそうになるのを、ジェイドは必死にがまんしている。
そして、そっとわたしの涙をぬぐった。
『なかないで』
「え……ジェイド、あなたしゃべって」
バベルで翻訳された声とは違う。
風を操作して、ジェイドは言葉を発音していた。
『なかないで。サラがなくの、ぼくはいやだ』
「だってあんなことを言われたんだよ。わたしはなにもできなかった。ジェイドがお父さんと会えてよかったと思ったのに、こんなのってないよ! あなただって……」
もしもジェイドが受け入れられていたら、<風竜山>に残る選択肢もあったはずだ。
お父さんとドラゴンの仲間と一緒に暮らして、協力してお母さんを探す。
そうしたら、きっとさびしい思いはしない。
だって家族と一緒にいられるんだから。
でもそうはならなかった。
『うん、かなしいよ。おとうさんも、どうぞくもこわい。とべないぼくをみんなはみとめてくれない』
飛べないからなんだっていうんだろう。
それだけで親子じゃいられないの?
仲間はずれにしていい理由になるの?
たしかに小さな翼が空をつかむことはないけれど。
ジェイドがドラゴンであることは変わらない。
おんなじ種族なのに、あっちにいけと追われるなんて……そんなのおかしいじゃないか。
『でも、サラがいる』
悩むわたしをジェイドは覗き込む。
『ぼくはもうひとりぼっちじゃない。だからへいきだ』
そう言ったジェイドは涙目で、本当はさびしい気持ちをこらえているのがわかった。
あのジェイドが泣かずに前を向いている。それは喜ぶところかもしれない。
……だけど、ダメだ。このままジェイドがお父さんと離れ離れになるのはよくない。
「やっぱり、もう一度お父さんに会いにいこう」
「いや待て。今の流れでどうしてそうなる」
隣で聞いていたひよ蒟蒻さんが首をかしげる。
「だって納得できないですよ! ジェイドも【風竜王】も本当はなかよしでいたいと思ってます! ああやって突き放したのはぜっっったいに許せませんけど、きっとなにか理由があるんです!」
「あー、その根拠は?」
「さっき【風竜王】と意識を共有しました。お父さんは、ちゃんとジェイドのことを大切に思ってるよ」
わたしがジェイドのことを伝えたとき、【風竜王】から伝わってくる思いがあった。
それは嬉しさと迷い、決意と罪悪感がごちゃまぜで。
ぜんぶわたしたちのためだというささやきはきっと嘘じゃないんだろう。
だからってあんな言いかたはないけど!
「【風竜王】が本当のことを話すまで諦めません。何度でも会いにいってやるんだから!」
「一回落ち着け。それじゃ二の舞になるだけだろ。従魔を危険に晒すつもりか?」
「じゃあわたし一人でいきます!」
「なおさら無茶だ。仮に戦力が用意できたとしても、【風竜王】が本音を明かすとは限らない」
うぐっ。ひよ蒟蒻さんの正論が突き刺さる。
「気持ちは分かるが冷静にな。俺は少し用事ができたんで手伝えないけど」
「うう……でも」
「頼むからくれぐれも一人で突っ走るのはやめてくれ。助けた相手に死なれたら寝覚めが悪い。……そうだな、気晴らしになるかは分からないけど広場で演奏をやってたぞ。行ってみたらどうだ」
「ここの会計は持つからさ」と言うひよ蒟蒻さんの手で、わたしは宿屋から追い出されたのだった。
◇
歩いて広場を目指す途中、わたしはたくさん考えた。
どうしたら【風竜王】とお話できるのか。
考えて考えて、それでも答えは出なかった。
そんなわたしにジェイドは質問する。
『おとうさん、ぼくのこときらいじゃないの?』
「当たり前だよ。家族だもん。だから諦めないで。お父さんも、お母さんも、きっとあなたに会いたいと思ってる」
『そっか。サラがいうならぼくはしんじる』
「約束だよ。わたしはあなたの味方でいるから」
『うん、やくそく。……
よし、いつまでもくよくよしていられない。
難しいのはわかってる。だからって、それで諦めるわけにはいかないよね。
わたしたちは一緒にがんばるんだ!
「ひよ蒟蒻さんの言う通り、まずは気分転換して落ち着こう。たしか広場はあの辺りだよね」
耳をすませばメロディが聴こえる。
思わず足を止めてしまうような美しい曲が流れたかと思うと、ステップを踏みたくなる軽快な音楽が。そしてアニメ調のオープニングテーマにと次々に切り替わる。
曲調はバラバラで統一感はない。でも、どの演奏もこれまでの中で一番と言えるくらいにすごい。
人だかりの向こうに演奏する楽団が見える。
おじいさんの指揮棒に合わせて、ファンシーな動物の音楽家が楽器を奏でている。
ハーピーとコボルド、ケンタウロス。この組み合わせは前に見たことがあるような?
たぶん<超級激突>のときギデオンにいた人かな。
ああ、あのときはハーピーじゃなくてケットシーがいたんだっけ。今は猫ちゃんの姿は見当たらない。
「……ちょっと物足りないかも」
『
リクエストに応えて、楽団は演奏を続けている。
すごい腕前なんだけどね。
オーケストラで例えるなら、鍵盤と打楽器と弦楽器があるのに、管楽器のパートが欠けている感じ。
おじいさんが上手にカバーしているから、注意していても違和感はない。ほんのちょっぴりの不足だ。
「あ、この曲は知ってる」
次に流れたのはリアルで有名な作曲家の曲だ。
わたしも練習したことがある。
「たしかこうやって」
わたしは【萌芽の横笛】で譜面をなぞる。
すると、
「……!」
指揮者のおじいさんがこっちを見た。
そして二重に流れていた管楽器パートのメロディが一つになる。動物さんたちがカバーを止めて、それぞれの楽器に集中したんだ。
ぐぐんと演奏の迫力が増して鮮やかになる。
一曲が終わり、続けて二曲目。
って、これフルートのソロがあるやつだよ!?
びっくりしておじいさんを見ると、アイコンタクトで「こっちに」と誘われている。
これはつまり合奏だね? 上手な人と一緒はちょっと緊張するけど、とってもおもしろそうだ。
もやもやした気分をすっきりさせるにはちょうどいい。
お客さんの隙間を通って楽団の隣に立った。
おじいさんの指揮に合わせてわたしは演奏する。
ジェイドもわたしの肩の上でリズミカルに体を揺らして、鼻歌なんか歌ってる。
曲を吹き終えたとたん、ものすごい拍手がわたしたちに浴びせられた。お客さんは興奮した様子でそれぞれ褒め言葉と感想を口にしている。
おじいさんの真似をしておじぎをすると、より大きな拍手が起きた。
「すごかったー! 急に入ったのに合わせてくれてありがとうございます!」
「いや、こちらこそ助かった。やはり管楽器なしでは無理があったのでな。御主のお陰で良い演奏ができた」
アンコールをするお客さんに会釈をして、おじいさんはわたしと向き合った。
「はじめまして! わたしはサラっていいます。この子はジェイドです! おじいさんは?」
「私はベルドルベル。流れの作曲家だ。こやつらは私の<エンブリオ>でクラヴィール、パーカッション、ストリングスという」
鍵盤楽器のハーピーがクラヴィール。
打楽器のコボルドがパーカッション。
弦楽器のケンタウロスがストリングスだね。
じゃあ姿の見えないケットシーが管楽器かな?
「本来ならばここにホーンが加わるのだが、先刻から行方知れずでな。探しに行こうにも観客が集まってしまい、無碍にもできず困っていたのだ。御主達は見かけていないだろうか?」
「えっと、見てないです」
「そうか……あやつは好奇心旺盛でよく迷子になるのだ。さて、どうしたものか」
ベルドルベルさんの<エンブリオ>は四体一組だ。
みんな揃っていたほうが演奏するのに具合がいいよね。
「あの、よかったらお手伝いします!」
「御主が? 申し出はありがたいが、見たところこの街は初めてであろう?」
「だいじょうぶですよ、わたし探しものは得意なので! すぐに終わります!」
わたしは空を飛ぶ鳥さんと街の動物に呼びかける。
「みんな、この子たちとそっくりな猫ちゃんを知らない?」
集まってくれたみんなにたずねると次々に答えが返ってきた。ふむふむ、なるほどね。
「あっちみたいです!」
「驚いた。従魔師とはこのような芸当ができるのか」
感心するベルドルベルさんと一緒に北を目指す。
どうやら迷子の猫ちゃんは街の外に出たらしい。近くにいるようだけど、モンスターに襲われたら大変だ。
できるだけ早足でフィールドに出る。道なりに進むと、草むらに隠れるケットシーを見つけた。
怪我はしていないみたい。ベルドルベルさんに気づいた猫ちゃんは慌てて駆け寄った。
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、わたしたちになにかを伝えようとしている。指差しているのは……上?
見上げた空には二つの影が飛んでいる。
ひとつは一体のドラゴン。
そしてもうひとつはヒポグリフと騎士。
「あれは……」
フル装備のひよ蒟蒻さんが凶暴な【ウィンド・ドラゴン】と戦っていた。
ドラゴンは街に向けてブレスを吐く。それを受け止めたひよ蒟蒻さんはドラゴンに剣を振っている。
「街の周辺に天竜種は生息していないはずだが……いや、あの青年に加勢する方が先決か」
ベルドルベルさんと四体のレギオンは身構える。
もしかして戦えるタイプの音楽家さんかな。
わたしも従魔を呼び出そうとすると、ひよ蒟蒻さんからストップがかかる。
『待ってくれ! こいつは<風竜山>のやつだ。できれば殺さずに追い返したい』
ついさっきの出来事を思い出す。
わたしたちは【風竜王】に見逃された。それなのにこのドラゴンを倒したら<風竜山>のドラゴンたちが仕返しにくるとひよ蒟蒻さんは考えているんだろう。
「じゃあ、わたしがお話して説得を」
「無駄だ。お前の言葉は届かない」
後ろから声がした。聞いたことがないのに知っている。
ひよ蒟蒻さんともベルドルベルさんとも違う。
振り返ると、知らない男の人が立っていた。
「火に油を注ぐだけだ。狙いはお前達なのだから」
その人の言う通り、ドラゴンはわたしを見つけると急降下して襲ってくる。他の人には目もくれない。
ドラゴンはわたしを、そしてジェイドを傷つけようと風のブレスを放った。
――そして、暴風のバリアがわたしたちを守る。
「他愛無い。この程度で、よく我に逆らおうと考えたな」
片手でブレスを防いだ男の人は、ギョロリと縦長の瞳でドラゴンをにらみつけた。
ドラゴンはびくりと体を震わせる。男の人を怖がって、翼を広げて空に飛び上がった。
まるで絶対に勝てない相手から逃げるみたいに。
「……誇りすら失ったか。殺して構わん。我が許す」
男の人の言葉で二人が動いた。
『《黒渦》』
「《
ひよ蒟蒻さんが手のひらをかざすと、黒い重力の球ができてドラゴンを吸い寄せる。
もうドラゴンは逃げられない。空中でバタバタもがいているけど一センチも前に進まない。
そしてベルドルベルさんの攻撃。
コボルドを中心にケットシー、ハーピー、ケンタウロスが合体してひとつの楽器になる。
指揮に合わせて奏でられたメロディは広場の演奏よりもパワーアップしていた。大音量の衝撃波が純竜クラスのドラゴンのHPを一気に削り切る。
ドラゴンは倒される瞬間、最後の最後に大声で叫んだ。
はっきりとした言葉にはなっていなかったけれど、伝わった気持ちを言葉にするなら『どうしてお前が存在している』って感じだろうか。
単なるケンカのレベルを超えた怒りと憎しみ、疑問という強い感情。むき出しの敵意をジェイドにぶつけて、ドラゴンはそのまま力尽きた。
わたしからするといきなり襲われたようなもの。まだジェイドも軽いパニックから抜け出せていない。
びっくりしたし怖かった。ただ、それ以上に。
「悲しい」
あのドラゴンとジェイドは仲間のはずだ。
どうしてジェイドを嫌うんだろう。
でも、きっとなにか理由があるんだ。
それを解決したら、なかよくなれたかもしれない。
お話をしたら友だち……は難しくても、仲間と認めてもらえたかもしれない。
その可能性がなくなってしまったことが悲しい。
「感傷は不要だ。あれは天竜種の矜持を忘れ、境界を踏み越えた。如何なる理由があっても許されはしない」
男の人は目を閉じて黙祷する。
口にした言葉とは反対に、悲しんでいることを感じる。
ドラゴンを追い詰めた責任を感じているのか。
あるいは王様としての役割かもしれない。
本当のところは分からない。
だからお話をしよう。
だいじょうぶ。今のわたしは落ち着いている。
ひよ蒟蒻さんとベルドルベルさんのおかげで気持ちを一回リセットすることができた。
相手も時間を置いて冷静になったみたいだし。
「説明してくれますか? どうしてドラゴンが襲ってきたのか。ジェイドを突き放すような嘘をついたのか。わたしに教えてください、【風竜王】」
「……事ここに至って隠し立てをするつもりはない。お前の疑問に答えよう、従魔師の娘」
人の姿のまま【風竜王】は語り出す。
それは昔の思い出話。
<風竜山>で暮らしていた、あるドラゴンの話だった。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
ベルドルベル
(U・ω・U)<皆さんご存知【奏楽王】
(U・ω・U)<セッションさせたかった