長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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伝説の詩人の伝説

 □【高位従魔師】サラ

 

 カルチェラタン伯爵領の南、村よりは大きくギデオンよりは小さい面積に石造りの建物が並ぶソーマの街。

 一歩足を踏み出すと、街のいろんなところから詩人の歌声と旋律が響いてくる。耳をすませば英雄譚や冒険劇、恋物語に偉人の功績を褒める詩なんかが聞こえる。

 地面に座って楽器を鳴らす人、酒場で詩を披露する人、みんなが歌っているものだから住民全員が詩人なのかと錯覚してしまいそうだ。

 

 無料でもらえたパンフレットには観光者向けの案内が簡単に書かれていた。

 この街は伝説の詩人ソーマが生まれた場所で、一度は人が離れていって廃れてしまったけど、詩と音楽を愛する人々の手によって再興したんだとか。

 このときに当時の街並みを再現して、街の中心にソーマの資料と遺物を集めた博物館が建てられた。

 

「それが、あの時計塔だね」

Rrrr(たかいね)

 

 時計塔は街のどこにいても見える高さだ。

 どうして博物館に時計塔? と思ったら、ちゃんとパンフレットに理由が書いてあった。

 

「流れ行く過去が忘れ去られぬよう、時計は時間と共にソーマの詩を刻むのです……だって」

 

 毎日決まった時間に時計塔は音楽を奏でる。その短い間はどんな詩人も黙って静かに耳を傾けるらしい。

 せっかくだから聞きたいなと思ったけど、タイミングが悪いみたい。次の演奏は夕方だって。待つだけで時間をつぶすのはもったいないから後回しだ。

 

 ジェイドのお母さんがこの街について話していたということは、来たことがあるって考えていいはず。

 めぼしい観光名所は博物館くらい。手がかりがあるならそこだろう。ジョブクリスタルとセーブポイントも博物館の中にある。つまりいくっきゃない!

 

 というわけでわたしは博物館に向かった。

 石を積み上げて造られているのは街の建物とおんなじ。高い塔を支えるために柱と金具で補強されている。

 入口は映画館のチケット売り場とシアター前をくっつけた感じで、お姉さんが一人ずつ対応している。

 

「入館料をお支払いください。<マスター>お一人で五千リルになります」

「はーい。えっと、お金……」

「その必要はありませンよ」

 

 お財布を探してアイテムボックスをガサゴソあさるわたしの手が後ろから優しく掴まれる。

 振り返ったら、もじゃもじゃのおじさんがいた。

 

「あなたはMr. ジョバンニ?」

「ンンン! お久しぶりデス!」

 

 王都の従魔師ギルドでジェイドをくれた人だ。

 どうやら今回も親切で声をかけてくれたみたいだけど、いったいどうして入館料を払う必要がないのだろう。

 

「このお値段はぼったくりデス。でも観光客は信じてしまうのデスヨ。<マスター>はお金持ちですカラね! さあ、彼女は転職希望デス。通してあげてくだサーイ」

 

 そのままMr. ジョバンニはわたしの手を引っ張る。

 本当にいいのかなと思いながらも、お姉さんが何も言わないので博物館に入館できちゃった。

 ……あとでお巡りさんに突き出されたりしないよね? だいじょうぶだよね?

 

「安心してくださイ。確かに本来は建物を出入りする度に入館料を支払わなくてはなりませン。この街はお金がありませんかラ、数少ない収入になるのでス! セーブポイント等が中にあるので<マスター>は利用せざるを得ないのですネ。ただ、ちょっとした裏技があるのデス」

「裏技? さっきの転職希望ってやつですか?」

「イエス。【吟遊詩人(バード)】系統のジョブに就いているか、転職を希望する場合は入館料が免除されマス。一緒にこの街を盛り上げまショウ! という魂胆ですネ。……お陰でこの街は詩人だらけになりまーシタ。そして収入が減り、入館料が高くなる。なんとも言えぬ悪循環でス」

 

 ものの例えじゃなく、本当に街は詩人でいっぱいだったんだね……なんだか博物館に悪い気がするからあとできちんとお金を払おう。

 

「それにしてもお元気そうで何よリ! 実はわたーし、少し心配していたのですヨ。ですが杞憂だったようデス。あなーたとジェイドの間には確かな絆が育まれていル。あなーたに託して正解でしタ。他の子も元気にしているといいのですが……ンンン、どこで何をしているのでショウ」

 

 そう言うMr. ジョバンニの【ジュエル】からは声がひとつしか聞こえない。残りの二匹は誰かに渡したのかな。

 

「あなーたは何をしにこの街まデ? 用もなく従魔師が訪れる場所ではありまセンが、歴史マニアなのデスカ?」

「わたしたちはジェイドのお母さんを探してるんです。それで、この街に手がかりがあるかもしれなくて」

 

 わたしはこれまでの話を簡単に説明した。

 なかなかお母さんが見つからないこと。

 そして【風竜王】から教わった記憶を頼りに、この街までやってきたこと。手がかりがあるとしたら博物館か時計塔ということまで。

 Mr. ジョバンニはふんふんとうなずいて、

 

「では、わたーしが案内しまショウ」

 

 と言った。

 

「わたーしはこの街に詳しいデス。お役に立てますヨ」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 

 ありがたい提案だ。わたし一人で博物館を回るより百倍いいに決まってるよ。

 詳しい人が隣にいたら展示についていろいろと質問できるし、初めてのわたしじゃ気がつかない手がかりに気がついてくれるかもしれない。

 

 わたしはMr. ジョバンニについて順路を進む。

 最初の展示では伝説の詩人その人について説明をしているみたいだ。壁にはずらっと年表が書いてある。

 透明なケースの箱には詩人が着ていた服、雑貨、旅支度なんかを飾っているみたい。

 かなり古い年代物で、だいたいは色あせて破けているものばかり。よく形が残っているなと思ってしまうくらいボロボロだ。

 

「今より約二千年程前、当時は異なる名前で呼ばれていたこの街にソーマは現れましタ」

 

 Mr. ジョバンニはとても聞き取りやすい声で、唄うように伝説を語り始める。

 

「現れた? 生まれたじゃなくて?」

「ソーマ出生の秘密については明らかにされていないのデス。詩人としてのソーマが産声を上げた場所として、『伝説の詩人が生まれた街』になったのデスヨ。もちろん、きちんとした理由がありマス」

 

 指で示したのは展示の奥のほう。

 ここからでも大きなジョブクリスタルが見える。

 博物館の展示のひとつとして管理されているみたいで、周囲を柵とヒモで囲ってあった。転職で使うときは触ってだいじょうぶそうだけど。

 そして、ジョブクリスタルに触ろうとする詩人の人形がセットで飾られている。こっちの展示は厳重に封鎖してある。どうやら壊れやすいみたいだ。

 

「このジョブクリスタルは【吟遊詩人】に転職可能デス。この地を訪れたソーマはジョブクリスタルに触れて詩人になったと伝えられていマス……人形はイメージ像ですネ」

「なるほど。わたしも転職してみようかな」

「従魔師と詩人はシナジーがありませんヨ? わたーしが言うのですから間違いありまセン」

「お姉さんに転職希望って言っちゃったし……気になるから、ここはひとつ記念で!」

 

 下級職ひとつくらい、とりあえず取っておいて、使わないと思ったらはずしたらいいもんね。

 わたしはジョブクリスタルに触って、出てきた就職可能ジョブの一覧から【吟遊詩人】を選ぶ。

 これだけであっさりメインジョブが変更された。

 

【メインジョブの変更に伴い、使用不能になったスキルがあります】

 

 流れたアナウンスが気になる。

 どのスキルが使えないのかな?

 

 確認すると、従魔師系統で一番大事な《魔物強化》が使用不能になっていた。

 キャパシティを増やす《従属拡張》と《魔物言語》はそのままだ。ただ、わたしはバベルがあるから言語スキルのあるなしはそんなに関係ない。

 

 そのかわり吟遊詩人は歌と楽器に関するセンススキル、そして《吟唱》というバフスキルを覚えるみたい。

 強化率はあんまり。演奏する必要があるのがネックだ。

 

「……元に戻しておこうっと」

Rrrr(んー)

 

 しばらくお世話にはならないかも。

 たぶん【高位従魔師】のレベルが上がり切るまでは。

 

「吟遊詩人がどのようなジョブか分かりましたカ? 歌と楽器で詩を紡ぎ、ときには味方を支援するのでス。ンンン、その顔は説明するまでもないという感じデスネ」

「ソーマさんはこのジョブに就いてなにをしたのかな……伝説ってくらいだから、すごいことをしたんですよね」

「でハ、話を戻しまショウ。ソーマが伝説の詩人と呼ばれるに至った経緯は一つの詩に残されていマス」

 

 Mr. ジョバンニはひとつの展示を眺める。

 大昔に描かれたきれいな絵だ。

 怖そうなモンスターの群れが街を襲っている。

 逃げる人たちをかばうように、竪琴を持った人がモンスターの目の前で歌っている。

 隣の解説文には詩の一節が添えてあった。

 

「民の平和を脅かす、血肉に飢えた魔物達。

 獣の群れに対峙する、ソーマはか弱き詩人なり。

 されど竪琴つま弾けば、響く音色、繋がる心。

 しかして魔物は跪き、詩人は街の英雄となる」

 

 つまり、街のピンチを救ったヒーローってことだね。

 しかも演奏だけで!

 

「人々は驚いたことでしょうネ。凶暴なモンスターを歌で鎮メ、あまつさえ一滴も血を流さずに事態を解決してみせたのですカラ。その後、街が襲われることはなくなりましタ。モンスターはソーマの友になったのデス」

 

 うんうん、種族なんて関係なしになかよくなれたらとってもいいことだよね。

 わたしには想像もつかないけれど、イメージとして一番近いのはベルドルベルさんの演奏だろうか。

 モンスターが聞き入ってしまう音楽だ。伝説の詩人の技術は、少なくともあのレベル以上だと思う。

 どんな歌か聞いてみたいなあ。

 

「もしかして、時計塔の音楽がそれだったり」

「当たらずとも遠からずデス。流石に詩に歌われる音楽そのものではありまセンが、ソーマが奏でた詩歌のいくつかは保存されていますヨ。あそこデスネ」

 

 ちょうど時計塔の真下にあたる場所だろうか。

 台の上に十枚の円盤が飾られている。

 そして壁に彫られた竪琴のレリーフには、円盤がぴったりはまる大きさの穴が空いていた。

 はめた円盤の音楽を時計塔が鳴らす。これは巨大な楽器でもあるわけだね。

 

 音楽を奏でる時間は固定だけど、どの音楽を流すかは博物館に来た人たちが決められるみたい。

 もっとも……他の人が円盤を変えたら自分の選んだ曲は流れない。早いもの勝ちならぬ“遅いもの勝ち”だ。

 今も興味津々な観光客が『ヴァンガード・ソロ』という円盤をレリーフにはめていた。

 

「選んだ曲が流れたときは日時と名前が記帳されマス。あまり期待はできませんが、もしかしたら、ここを訪れた方の名前が残っているかもしれませんヨ?」

「そっか、ジェイドのお母さん」

 

 もし【風竜王】みたいに人間の姿で訪れていたら、ここで曲を選んだ可能性はある。調べてみよう!

 分厚い記録をペラペラとめくってみる。

 

「……フラグマン『フィナーレ・イーヴィル』……ベネトナシュ『マシン・ワルツ』……フォー・ベルディン『セイント・キャロル』……ラングレイ・グランドリア『セイクリッド・トライアンファル』……」

 

 日付をさかのぼって探すけど見つからない。

 それでもあきらめないで目をこらす。

 

「……あった! アルシエル、『ヒーロー・マーチ』!」

 

 何回か訪れているみたいだけど、一番新しい日付は四年前。リアルでいうと一年と四ヶ月前だ。

 毎回おんなじ曲を選んでいる。お気に入りなんだろう。

 この記録からわかるのはそれくらい。どこにいるのか、なにをしているのか、読み取ることはできない。

 それでも四年前、ジェイドのお母さんはこの街にいた。

 小さな一歩、大きな前進だよ!

 

「ほかにはないかな? 探してみよう!」

Rrrr(うん)

 

 わたしはじっくりと展示を見て回る。

 ここからはソーマさんを讃えるお話がメインだ。

 街に隠れるモンスターを歌で誘い出したり。

 戦争をする二つの国を仲直りさせたり。

 四体の仲間と一緒に旅をしたり。

 これといった手がかりは見つけられなかったけど、どのエピソードも物語みたいでおもしろい。

 

 博物館をぐるりと一周する順路の最後、ある展示の前でMr. ジョバンニは足を止めた。

 

 小部屋の真ん中にハープが飾られている。

 とっても古いものだ。木製の胴が色褪せている。弦は何本か切れたままで、残りは楽器を痛めないように張りを緩めてあった。定期的にお手入れされているみたい。

 ボロボロの状態でも、そのハープがすごい力を秘めているのが伝わってくる。

 

「【天穹の竪琴】。ソーマが愛用した竪琴デス。今は壊れた楽器でしかありまセン」

 

 あれえ?

 

「すごい力を感じるのに。なんかこう、うまく言葉にはできないけど」

「……確かに良い品ではありマス。ですが骨董品ですヨ。飾られているのが一番良いのデス」

 

 Mr. ジョバンニは穏やかに会話を打ち切った。

 なんだろう、ちょっとらしくない。明るい声に混ざるこの感情はなつかしさだろうか。

 竪琴をきっかけになにかを思い出しているような。

 不思議に思ったわたしは質問しようとして、

 

「――何だとコラァ!」

 

 どなり声にびっくりして口を閉じる。

 今の声は入口のほうから聞こえてきた。

 誰かともめているみたい?

 

「博物館の出入り口はひとつデス。どちらにせヨ、向かうしかないですネ」

 

 肩をすくめるMr. ジョバンニに続いて、わたしは騒ぎに近づいた。

 

 To be continued

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