長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
「ですから、入館料を支払ってください」
「ふざけんなよオラ! 一人につき三千リルだと? 給料三ヶ月分じゃねえかぼったくりだぞゴラァ!」
受付のお姉さんが怖い男の人に絡まれていた。
しかも一人じゃない。おんなじ制服姿の仲間が十人以上いて、博物館の出入り口を通せんぼしている。
しゃべりかたといい、行動といい、まるでゲームに登場する敵役のしたっぱだね。
「彼らはティアンですネ。まったく、周りに迷惑をかけている自覚はないのでショウか」
他のお客さんは距離を置いている。
この騒ぎに関わりたくないみたい。
制服の人たち、見た目はしたっぱだけど武器や【ジュエル】を装備している。乱暴されたら大変だものね。
「俺たちを知らないとは言わせないぜ」
「存じ上げません」
「なにぃ……? いいかよく聞け! 俺たちは泣く子も黙る<VOID>様だ!」
したっぱの男は自信満々に制服の襟をつまむ。クランをイメージしたっぽいV字のマークが刺繍してあるね。
<VOID>という名前は聞いたことがある。悪の秘密組織なんだっけ?
馬車を襲ってどろぼうしたり、モンスターを密猟して売りさばいたり、とにかく悪いことをする人たちだ。
秘密組織なのに隠れないで堂々としているのはちょっと不思議な感じだね。
「分かったらさっさとここを通しやがれオラァ!」
「できません。それとも転職をご希望ですか?」
「詩人なんかになるわけないだろ!」
入口のお姉さんは脅されても冷静に対応する。
思い通りにいかなくてしたっぱの男はじだんだを踏む。
「融通の効かない奴だなコラ。ああムカつくぜ! 少し痛い目を見てもらおうか! お前ら、やっちまえ!」
その号令で、制服姿のしたっぱたちがいっせいに【ジュエル】からモンスターを呼び出した。
黒い鱗粉と紫色の結晶がついたモンスターたちだ。種族はてんでバラバラ。共通点はまがまがしいオーラに包まれていること。
まずい、お姉さんがモンスターに襲われちゃう。
助けなきゃ。でも間に合わない!
「フハハハハ! 任務の前に生意気な奴らをボコボコにしてやるぜコラ……あ?」
男のしたっぱがモンスターに命令しようとする瞬間、ものすごい勢いで出入り口の扉が吹き飛んだ。
壊れたドアと一緒に数人のしたっぱが転がる。どうやら外にも何人かいたみたいだ。みんな傷だらけでぐったりと伸びているけれど。
「おい、何を……やっ、て」
通せんぼ中のしたっぱが後ろを振り向いた。
そして、全員が顔を引きつらせる。
壊れた出入り口からのっそりと現れた【亜竜毒蜘蛛】。
したっぱたちのモンスターとおんなじオーラに包まれたクモが彼らを獲物として見つめていたから。
クモの後ろには男の子が立っている。
ギデオンでアリアリアちゃんと戦い、<墓標迷宮>ではわたしをトラップにはめた張本人だ。
たしか名前はカルマくんだっけ。
カルマくんはしたっぱをギロリとにらむ。それからわたしに気づいて大きな舌打ちをひとつした。
「て、敵襲……!?」
「……丁度いい。まとめて潰せ」
その一言で戦闘が始まった。
カルマくんの指示を受けた【亜竜毒蜘蛛】がしたっぱ目がけて飛びかかる。
振り下ろした爪は間に入ったモンスターに防がれた。
したっぱのモンスターはクモを囲んで集中攻撃。一体はクモより弱いから数でカバーする作戦だろう。それか、ただ動いている敵を優先して狙っているだけかも。
オーラをまとうモンスター同士の戦いだ、凶暴なあの子たちは周りの被害なんて考えていない。
館内はしっちゃかめっちゃか。モンスターの攻撃で展示はあっという間に壊れていく。
お客さんは慌てて逃げ出す。外につながる出入り口が通れないから避難先は博物館の奥だ。運がいいのは人が少なかったこと、そして逃げ遅れた人がいないことだ。
そして襲われる側のしたっぱたちはというと。
「何だあの子ども!? 脈絡無しに我々を襲うとは!」
「しかも強い、強いぞこいつ!」
「くっ……イカれたガキの相手をする暇はねえよコラ! 半数は奴を足止めしろ! 残りは俺について来い、この博物館にあるってお宝――
びっくりすることを言い残した男のしたっぱと仲間たちが博物館の奥に走っていく。
……もうわけがわからない。
いろんなことが同時に起きてわたしは混乱している。
博物館を襲う<VOID>に、彼らを襲うカルマくん。
どうしてこんなことになったのかもさっぱりだ。
でも放ってはおけないよね。
博物館で働く人やお客さんのため。そしてジェイドのお母さんが好きだった場所を守るために。
暴れるのも、どろぼうも、悪いことでダメなんだよ!
「今はお話ができる状態じゃないから……とにかくみんなを止めないと」
むん! と気合を入れるわたしに向けて大きなガレキが飛んでくる。
とっさのことで避けられないと思ったとき、後ろから襟首をくいと引かれた。Mr. ジョバンニがわたしを引っ張ってガレキから助けてくれたんだ。
「張り切るのは結構ですが、まずは自分の身を守ることが大事ですヨ」
「は、はい! 気をつけます!」
「素直でよろしいデス。さて……ンンン、どうしたものですかネ。外に逃げられないので助けが呼べまセン。彼らを放置するわけにもいかないようデス。困りまーしタ」
わたしたちは戦闘から少し距離を取った。
今はカルマくんのクモとしたっぱのモンスターが戦っていて、こっちは狙われていない。考える時間がある。
「戦力は蜘蛛が上デス。戦いを続けたなら少年が勝ち、次はわたーしとあなーたに矛先が向きマス。そしてわたーしたちはあっさり負けるでショウ」
「わたし、それはいやです」
できるだけジェイドたちに痛い思いをさせたくない。
それにこのまま見てたら博物館が壊れちゃう。
「同感デス。そしてあの集団も気になりマス。なのでここは二手に分かれまショウ。ここはわたーしに任せて、あなーたは彼らを追ってくださイ」
「でも一人じゃ……」
「作戦がありますから安心してくだサーイ! それよりも【天穹の竪琴】をお願いしマス。彼らの目的はあれで間違いないでショウ」
Mr. ジョバンニは嘘をついていない。本当に、勝てない相手をどうにかする作戦があるらしい。
そして【竪琴】を守りたいという強い気持ちが言葉のすみずみから伝わってくる。
案内できるくらい詳しい博物館の展示物だ、盗られたくないと思うのは当たり前だよね。
「わかりました! Mr. ジョバンニも気をつけて!」
わたしはMr. ジョバンニとわかれて、博物館の奥へと走った。
◇◆
□■【■■】???
「……行きましたカネ?」
手を振る少女を見送り、男は息を吐く。
彼女は眩しい程に純粋だ。それでいて人の機微に聡い。
だからこそ、己の正体を隠し続けることに対して多少の申し訳なさと緊張感が付き纏う。
話したところで何も変わらない。しかし今の男は単なる従魔師のMr. ジョバンニである。歌を捨て、楽器を失い、放浪する只人である。故に男は語らず騙る。
「わたーしより<マスター>の方がよっぽど英雄譚に相応しいですからネー」
過去とは、過ぎ去るものを示す。
時代は移ろい世界は大きく変わった。
いつまでも舞台に立ち続けるべきではない。
男は物語を魅せる側から、魅せられる側になったのだ。
老いた男に、伝説の輝きは既に無い。
ただ……。
「――この街を荒らすというなら話は別だ。それなりに思い入れがある街だからね」
僅かに怒りを込めてジョブクリスタルを砕く。
一動作を以て、男はメインジョブを変更する。
「それに、我が友の眠りを妨げる者がいるのなら。私は……私たちは、その者の敵として立ちはだかろう」
あの日のことを思い出す。
初めて竪琴を構え、舞台に上がったその時を。
かつての観客は迫る魔獣の群れ。
今回は凶暴化した漆黒のモンスター。
どちらがマシかと問われたら、男はきっと後者を選ぶ。
「さて、と。まともに歌うのは何百年ぶりだろうね」
あるいは一千年以上やもしれぬ、と思う。
長い時を生きる男にとっては些細な違いだが。
「楽器は無い。かつての友も、もういない。だけど私は歌うとしよう。今を生きる英雄に、我が詩を捧げよう」
男は息を吸い、戦場に足を踏み出した。
◇◇◇
□【高位従魔師】サラ
博物館の順路を逆走して、わたしは最短距離で【竪琴】のところに向かう。
戦いになる予感がしたから、先にジェイドとルビーを呼び出して準備万端だ。
それと、なにがあってもいいようにすぐ【ジュエル】に戻せるようにしておいた。
もともと従魔が瀕死(HPが一割以下)になったときは《送還》して内部時間を停止する設定にしてある。だけどそれ以外でピンチになったときは従魔師の判断で動かないといけないからね。
『無念。我、助力、不可』
「ターコイズは建物を壊しちゃうから……かわりにほら、この機械で情報を分析してね」
『了承』
右腕の【P-DX】は《看破》や《鑑定眼》みたいな効果があるから、これを使えばターコイズは【ジュエル】の中にいたまま相手のステータスを見ることができる。わたしのかわりに頭脳として活躍してもらおう。
『
ジェイドの警告で立ち止まる。
小部屋にはしたっぱが二人。今にもハープを盗もうと手を伸ばしている!
「ストーップ!」
わたしの声でしたっぱが振り返った。
「何だお前? 逃げた客は奥で震えているはずだが」
「楽器から離れてください! 人のものを盗むのはいけないことなんですよ!」
「ほーう。もしかして我々の邪魔をする気か? だがなお嬢ちゃん……俺たちは悪党、悪いことをするのが仕事なのさ。<VOID>に楯突いたことを後悔させてやるぜ!」
したっぱ二人はモンスターを呼び出す。
【リトルゴブリン】に【フライバード】、どちらも初心者狩場にいるモンスターだ。やっぱりオーラに包まれているけれど。
『敵戦力、鬼一、怪鳥一。気配、異様、詳細不明。逆説、人間、双方レベル二十未満』
ターコイズは解析を終えて、その結果を鼻で笑った(ような気がした)。
『結論、雑兵。敵無』
それを挑発と受け取ったモンスターが突撃する。
ターコイズにはあとで注意するとして……たしかに今まで戦った敵と比べると大したことないと感じてしまう。野良モンスターとおんなじくらい?
動きは目で追える。特殊なスキルを使う様子もない。序盤モンスターのステータス強化バージョンのような。
「ルビー、威力ひかえめで《リトルフレア》」
『
二つの火球がゴブリンと鳥に命中した。
建物に燃え移らないように調整した魔法で、二体のモンスターはあっさりと戦闘不能になる。
「おい……おいおいおい。まずいぞ。この街には非戦闘職しかいないんじゃなかったのかよ」
「……なんかもう虚空に消えたい」
「相棒ー!? しっかりしろ! 手柄を立てて昇進するんだろ! こんな子どもにやられて諦めるのか!?」
「やっぱり<マスター>に勝てるわけないんだって。しかも借り物の力で」
ハイテンション&ローテンションな二人だね。
今ならお話を聞いてくれるだろうか。
事情を聞いたら、しかるべき場所に連れてって反省してもらうとしよう。
「……俺は負けた。それは認めよう。だがしかし!
ハイなしたっぱは手でメガホンを作ると、
「みんな来てくれーー! 目標を発見したぞーー!!」
大声で仲間を呼んだ。
散らばっていたしたっぱがぞろぞろと集まってくる。数は四人。指揮をしていた怖い男のしたっぱもいる。
武器を構えた彼らは呼び出したモンスターと連携してわたしの周りを囲む。ちょうどわたしの後ろにある【竪琴】を中心にして丸を描くように。
「おいガキ、大人しくそこをどけやコラ」
「じゃあ教えてください。どうして【竪琴】がほしいんですか? ちゃんとした理由があるなら盗む以外に方法があると思います」
「命令だからに決まってるだろゴラ。ガラクタにしか見えないが、ボスがお宝って言うなら奪うまでよ」
したっぱのモンスター、その中で特に濃いオーラに包まれた地竜がわたしたちの前に進み出る。
あのドラゴンの子は他と比べて別格だ。
だけど、なんだか様子がおかしい。
「まともにやったんじゃ勝ち目はねえ。だが、ボスから預かったこいつを使えば話は別だぜコラ! お前ら全員マスクを装備しろ!」
したっぱたちが顔をガスマスクで守る。
おんなじタイミングで、地竜は黒いブレスを吐いた。
霧みたいな鱗粉が部屋中に広がって、思い切り吸い込んじゃったわたしはむせかえる。
もしかして毒? だとしたらまずい。
「ジェイド!」
『
風で鱗粉を吹き飛ばす。
視界が晴れると、ちょうど地竜がブレスを吐き終わったところだった。
そして――ジェイドとルビーはまがまがしいオーラに包まれてぐったりとしていた。
わたしはなぜか平気だけど、今は置いといて。それより早くみんなを回復しないと。
「今だ、ガキを始末してお宝を奪え!」
地竜がわたし目がけて突進する。あの勢いと硬そうな鱗、今のわたしたちじゃ止められない。
そして、したっぱが【竪琴】に近づいている。邪魔なわたしを倒して持ち去ろうとしているんだろう。
こうなったら……!
「《送還》、ジェイド、ルビー!」
まず具合が悪そうな二体を【ジュエル】に戻す。
わたしが抱えてあげられるのは一体だけで、今からやることを考えると両手は空けておきたい。
こうしたら襲われる心配もないからね。
「あとは、えいや!」
「ぐえッ」
「んぎゃ!」
地竜の突進を避けて、したっぱにたいあたり。
転んだしたっぱの足を踏んづけて隣のしたっぱも派手に転ぶ。団子になった彼らに地竜が突っ込んでドッカーンと大衝突。やったねラッキー!
競争相手を押しのけて、思いっきり手を伸ばして、
「【竪琴】ゲット!」
わたしは先に【竪琴】を取ることに成功した!
「何をしてやがるゴラ! ええいクソガキ、いいからそれをこっちに寄越せ!」
「あげません! これは博物館の大事な展示だもん、無理やり盗もうとする人たちには渡さない!」
この場所で展示したまま守るのが難しいなら、わたしが手に持って逃げちゃうもんね。
鬼ごっこは苦手だけど、デンドロの中なら足の速さと体力は別人みたいになる。それにしたっぱのステータスはわたしとおんなじくらい。たぶん捕まらない!
わたしは楽器を抱えて、近くの通路に走った。
◇◆
「くそ、お前らがトロいから逃げられたじゃねえかよゴラ! どう落とし前つける気だ?」
「で、でも入口は塞いでるから逃げられないはず」
「馬鹿、それは蜘蛛ガキのせいでおしゃかだ! ぐずぐずしてっと幹部様が来て俺らをお叱りになるだろうが! 口答えしてないで足を動かせやオラ!」
「急ぐ必要あります? 博物館の出入り口ひとつだけで、あのガキ……
「……よし。いくぜお前ら! 袋の鼠狩りだコラァ!」
To be continued