長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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間話 蜘蛛と兎

 □■ソーマの街・博物館

 

 サラが立ち去った後、博物館のエントランスでは蹂躙が繰り広げられていた。当然カルマによるものである。

 

 片や<VOID>メンバー六人が率いる凶暴化したテイムモンスター集団。今回の博物館襲撃任務における精鋭、とはいえ所詮寄せ集めで合計レベルは百に満たないしたっぱだ。本職の従魔師は一人、残りは冒険者崩れのゴロツキと、戦闘職にすら適性のない木端である。彼らが従えることのできる相手などたかが知れており、上級モンスター以上の配下は保有していない。

 

 対してカルマは上級職を修めた<マスター>。<エンブリオ>を持ち、加えて手懐けた【亜竜毒蜘蛛】は亜竜級とあれば、勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

 故に、全身を糸で絡め取られたゴロツキ集団をカルマが見下ろす、という光景は予定調和のようなものだった。

 しかし。依然としてカルマは警戒を解かずに目の前の男性を睨みつけている。

 

「アーハン? 何をそんなに怒っているのデス?」

 

 わざとらしい動きで首を傾げるMr. ジョバンニ。

 カルマは彼の態度に苛立ちを隠せない。

 

「どうして俺の邪魔をする」

「といいますト?」

「……白々しい」

 

 カルマはポケットの中で糸を手繰る。

 カンダタの糸がモンスターを縛り、肉片に細断しようと締めつけるが。

 

 短い旋律が館内に響いた。

 鼻歌か、即興で書き上げた詩のような調べ。

 たった一節、それだけでモンスターの体表は硬化する。

 

「お前、こいつらを庇ってるのかよ」

「別に庇うつもりはありまセン。デスが、既に戦意を失った者を痛めつける必要はないと思いマス。というかあなーた、別に殺しが目的ではありませんヨネ。察するにこの迷惑さんたちから話を聞くつもりと見ましタ!」

 

 指摘通り、カルマの第一目的は他にある。

 それはとある人物の情報を聞き出すことだ。

 ただ尋問は痛みを伴う方がスムーズに事が運ぶ。

 そして未だカルマはレベル上げの途中である以上、経験値効率の良い相手をあえて見逃す理由はない。

 無抵抗のティアンしかり……如何にも高レベルの雰囲気を漂わせる目の前の男しかり。

 

「邪魔するなら先にお前を殺す」

 

 背後に控える【亜竜毒蜘蛛】に指示を出す。

 カルマのレベルが上がったからか、【亜竜毒蜘蛛】は糸で操らずとも従順に働くようになった。

 蜘蛛糸を噴出して罠を張り巡らせる。カンダタの糸すら利用する狡猾さで、Mr. ジョバンニを仕留めようと女郎蜘蛛は爪を振り上げる。

 

「ンンン、勘弁してくだサーイ」

 

 リズムをつけた一言で【亜竜毒蜘蛛】は静止する。

 普段の凶暴性は鳴りを潜めて、ゆっくりと頭を垂れて跪き、Mr. ジョバンニが紡ぐ旋律に耳を傾ける。

 ゆらゆらと体を揺らす姿を見ると、まるでMr. ジョバンニが蜘蛛の主人であるかのように錯覚する。それ程までに従順で大人しい。

 しかもMr. ジョバンニは蜘蛛の言葉に耳を傾けて、相槌を打っているではないか。

 

「アーハン。なるほど、そうですカ。ンンン……いけませんカルマ。君は彼女を理解できていないようデス。もっと仲良くなれるはずですヨ」

 

(……あり得ない。さっきも奇妙な歌を口ずさむだけで、モンスターどもをまとめて手懐けていた。しかもあの黒いモンスターをだぞ)

 

 <VOID>が従える禍々しいオーラの黒いモンスターは何者かの<エンブリオ>によって激しく凶暴化しており、<VOID>以外の指示を受け付けない。

 それこそカルマは【亜竜毒蜘蛛】に連日痛みと飢えを与えてようやく思考ルーチンの矯正に成功したのだ。

 

 だというのに、Mr. ジョバンニは歌で複数のモンスターを瞬く間に沈静化させた。

 <VOID>メンバーは頼りの戦力を失い、あっという間にカルマの手で戦闘不能に追い込まれた訳だ。

 もっと言うなら、メンバーの大半はMr. ジョバンニの歌に聞き惚れて人形同然であった。

 

(噂に聞いた超級職か? 【魅了】じゃない。従魔師とも違う。となると歌手、あるいは吟遊詩人系統)

 

 いずれにしろ後衛で直接戦闘に関わるタイプではない。

 上級職止まりのカルマにも勝機はある。

 

 同時に不快感が胸に燻る。

 超級職のNPCが自分の邪魔をするのか。

 所詮歌うことしかできない相手にどうしていいようにされているのか。

 NPCが超級職という力を有していて、何故、自分はこの程度の力しか与えられていないのか。

 すべて、掌の上で踊らされているようで腹立たしい。

 

「クソ……そこだ、やれ!」

 

 苛立ちを怒りに、怒りを殺意に変えて、もう一体のテイムモンスターに指示を出す。

 驚愕するMr. ジョバンニの背後に跳躍した影。

 発達した後肢と肉を裂く鋭い牙、長い耳を持つ兎の魔獣【ヴォーパル・ラビット】。

 獰猛な兎は人間の首を食い千切ろうとして、

 

「ンンン? あなーた【パシラビット】ですカ! お久しぶりデス!」

『Guu……gukyu?』

 

 再会を喜ぶMr. ジョバンニの胸に飛び込んだ。

 

「随分と逞しくなりましたネ。しかし大変な日々だったようデス。また会えて嬉しく思いマス」

『Gukyu……』

「ええ、二体はパートナーを見つけて旅立ちましタ。盗まれたあなーただけは行方が知れず心配していたのデス」

 

 和気藹々とする彼らにカルマは困惑するばかり。

 それも仕方のないことだろう。

 カルマが使う【ヴォーパル・ラビット】は奇襲と急所必殺に長けるモンスターだ。糸で仕留めきれない相手や油断している敵を死角から襲う暗殺者。

 女郎蜘蛛と同じくひたすら鍛えて仕上げた第三の武器とも呼べる代物である。

 

 それがまさか、かつての主人と遭遇して戦意を失うとは夢にも思うまい。

 

 従魔師ギルドの依頼で、Mr. ジョバンニが保護した四体のモンスター。

 そのうち泣き虫の【ウィンド・ドラゴン】は心優しい従魔師の少女と出会い。

 古風な【ティールウルフ】は金髪脳筋少女闘士が激しい値引き交渉の末に購入して。

 神経質な【パシラビット】は目を離した隙に盗まれて行方不明になっていた。

 

「そうですカ。あなーたが盗んだのですネ」

「今更ごねても無駄だぞ。そいつはもう俺のものだ」

「わたーしも返せとは言いませんガ……せめてその子たちに優しくしてあげてくだサイ」

「それでこいつらが強くなるとでも?」

 

 言外にMr. ジョバンニの頼みを拒絶する。

 カルマにとってテイムモンスターは手駒、自分が持つ力の一部でしかない。ゲーム内の一プログラムにかける言葉と時間は持ち合わせていない。

 レベルを上げて有用なスキルを習得することが戦力を高める唯一の方法だ。親身に接しようが、冷酷に鍛えようが育成目標は変わらない。であるならば最低限の労力と最高の効率を求めるのは当然。モンスター自身が何を思うかは二の次である。

 

「それとも、俺を倒してこいつらを奪い返すか」

「いえ、やめまショウ。意味がありまセン。あなーたはこの街を荒らすつもりはないようデスシ」

「だったら俺の邪魔をするな」

「情報を聞き出すなら手伝いますヨ? ついでに彼らを街の外まで運ぶ手伝いをしてくれるとありがたいデスネ」

「――それは困る。そいつらは僕の部下なんだ」

 

 会話に混ざる第三者は足音と共に現れた。

 皮革のブーツを踏み出す度、館内に硬質な音が響く。

 背の低い男だ。つばの広いテンガロンハットで頭部が強調されているので余計に小柄に見える。

 カルディナ方面で旅人に愛用される砂塵避けのスカーフを首元に巻き、腰のホルスターには火薬式拳銃が一丁。

 まるで西部劇から抜け出したような風貌だった。

 

 男、あるいは少年にも見えるその人物は無防備にカルマの背後を目指して歩いてくる。

 緊張感がない。それでも発言から<VOID>の新手、メンバーの上役と判断したカルマは予め仕掛けたワイヤートラップを起動して敵を迎え撃つ。

 

「達磨になれ」

 

 床に這わせた糸が男の足を絡め取り、天井近くまで吊り上げて、四肢を縛り上げる。

 得意の捕縛罠が起動した瞬間、けれども男は何事もなく地に両足をつけて着地していた。

 

「!?」

 

 遅れて鼓膜を鳴らす装薬の破裂音。

 男が握る拳銃からは煙が立ち上る。

 どうやら撃たれたらしいと理解したものの、突然の事態にカルマの思考が追いつかない。

 

(俺に傷はない。糸が緩んでいる。糸の起点、建物の支柱と梁に弾痕。……あの一瞬でトラップを破壊したのか?)

 

「チッ、どいつもこいつも……!」

「睨まないでほしいな。僕の用事はそっちのおじさんだ、君じゃない」

 

 男はカルマに目もくれず拳銃を納めると、Mr. ジョバンニの方を見やる。

 

「はじめまして、生きる伝説。僕の名前はオッド・ザ・キッド。一応<VOID>の幹部をやっている者です」

「ご丁寧にどうもデス。伝説とやらはさっぱりですガ」

「つれない人だ。安心してよ。ティアンを殺したことは一度もないんだ、僕は」

 

 オッドは柔和な声音で警戒を解こうとする。

 ゆっくりと距離を詰めようとしてMr. ジョバンニに一度静止されるも、両手をひらひらと揺らして何も持っていないことを示した。

 

「わたーしに用事とはなんデス?」

「あなたに聞きたいことがある。“ソーマの竜”を眠りから起こす鍵は何だ?」

「……はてさテ。どんな謎かけでショウ」

「まあ答えないよねー。でも、僕らだって馬鹿じゃない。ある程度の情報は掴んでる。ひとつは【天穹の竪琴】。伝説の詩人が使っていた楽器なんだってね?」

「ただのガラクタですヨ」

「あなたなら直せる。そして残りの鍵と、竜が眠る場所も知っている」

 

 意味深な会話をカルマは半分も理解できない。

 それでも聞き取れるフレーズを記憶しておく。

 鍵とやらを<VOID>が探しているのなら、鍵の情報と関係する場所に彼らは必ず現れる。幹部自ら語る情報なのだから間違いないだろう。

 

 カルマが探す人物は十中八九、<VOID>なるごろつき崩れの悪党と関係があることが分かっている。

 下位の構成メンバーは顔も名前も知らないと答えるばかりではあったが、幹部なら知っている可能性は高い。

 

(こいつらを倒して聞き出す)

 

 幸い二人はカルマなど眼中にない。こちらを一度も視認しない。弱いからと舐められているに違いない。

 大変腹立たしいことではあるが、それはそれでアドバンテージになり好都合だと己に言い聞かせる。

 奇襲を仕掛けて二人を拘束。Mr. ジョバンニはそのまま仕留めて、無力化したオッドを痛ぶりながら尋問。カルマは脳内でシュミレーションを行い、彼らに隙が生まれる機会を静かに待つ。

 

「御伽噺を真に受けてどうするのデス? そもそも、あなーたたちは何が目的なのですか」

「さあ? 僕は知らないよ。でもボスは『世界征服も夢じゃない』ってさ」

「そうですカ。貴重なお話でしタ。ですがわたーしが教えることはあーりませんネ!」

「残念だよ。じゃあ力づくで連れ帰るしかないね」

 

(……今)

 

 二人が意識を互いに集中する一瞬。

 その隙を逃さず、カルマは盗品をしまうアイテムボックスからとっておきの切り札を繰り出す。

 それは暗色に塗装された機械の獣。愛らしい小動物をモデルにしながら、人間を丸飲みにできる程の体躯と刺々しい装甲を纏う怪物兎。

 名工フラグマンの煌玉獣を模した二十一の贋作がひとつ、【蒲桃之月(ビティス・ムーン)】である。

 

 二十一の煌玉獣はいずれも超級職の奥義を再現することを目指して製造された機体だ。

 例えば、製作者と同等の機械生産能力を期待された【榛之魔術師】、東方の隠密系統が頂点の秘術を再現する【薊之隠者】等々。

 

 そして【蒲桃之月】が参考にした超級職は【幻王】。

 幻術で他者を偽り認識を妨げるスキル。

 こと盗みや奇襲においては何よりも役立つ能力だ。

 

 煌玉獣の稼働に求められる魔力は膨大で、カルマでは数秒しか運用することができないが。

 

(二秒あれば十分だ)

 

 既に罠は仕掛けてあった。カルマが指を曲げるだけで、不可知の糸は二人を拘束、両断せんと迫る。

 

(俺の邪魔をするからだ。無様に死ね「どうして僕が銃を仕舞ったと思う?」――!?)

 

 思考を遮るように投げられた問い。

 二秒が過ぎて幻術は解けた。だがしかし、無防備な身体を糸が縛るまでコンマ数秒もない。

 いくらAGIが高くとも、身じろぎひとつした途端にたちまち糸が絡まって動けなくなるというタイミングだ。

 

 だというのに。余裕に満ちた表情で、オッド・ザ・キッドはカルマを見ていた。

 

「――その方が速いからさ」

 

 彼の手は拳銃のグリップを掴んでいた。

 ホルスターから引き抜き、腰だめで構える。

 AGI型のカルマが視認不可能な速度。それはつまり亜音速や音速の壁などゆうに超えている証拠であり。

 

「Bang!」

 

 銃撃は跳弾して縦横無尽に床や天井を破壊する。

 館内の一部が壊れる度にカルマの糸から張力が失われ、編み上げた罠の檻は根本から崩壊した。

 同時に銃弾が支柱のひとつを貫通したためか自重に耐えきれず……傾いだ柱が倒れてくる。

 

「あ、やっべ」

 

 銃を持ったままのオッドは誰が見ても間抜けで、早撃ちで披露した速度を発揮する様子もない。

 Mr. ジョバンニ、カルマの二名は身の危険を察していち早く逃亡を選択している。

 

「僕も逃げ……ああ! 部下を見捨てたら責任問題じゃないか! 生きてる君たち!?」

 

 倒壊する支柱は身動きの取れない彼らを等しく瓦礫と砂埃で覆い隠したのだった。

 

 To be continued

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