長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
楽器を持って逃げ出したわたしは博物館の奥に迷い込んでしまった。したっぱに見つからないように、避難したお客さんを巻き込まないようにと考えていたらどんどん外に繋がる出口から離れちゃった。
わたし、もしかして自分から追い詰められてる?
今いるのは関係者以外立ち入り禁止の倉庫だ。
展示に使う道具や荷物なんかが積み上がっている。
わたしは体育座りをして壁によっかかった。
「ここなら見つからないと思うけど……」
『妥協。一時避難。提案、休息』
「そうだね。ちょっと休もう。走って疲れたし」
鬼ごっこでもこんなに走りっぱなしでいたことはない。わたしはいつもすぐに捕まっちゃうからだけど。
「まずはジェイドたちを回復してあげないと」
敷いた毛布の上に二体を呼び出す。
やっぱり具合が悪いみたい。どちらかというとジェイドよりルビーのほうがつらそうだ。
地竜のブレスを受けたこの子たちは、したっぱのモンスターとおんなじ黒くてまがまがしいオーラに包まれてしまった。今のところ凶暴にはなっていないけれど、身体が震えていて苦しそうだ。
見ているわたしまで胸が痛い。
早く元通り、元気になってほしい。
「お薬を飲むのは難しいよね。かけてあげたらいいのかな……えっと、えっと……どのポーションを使えばいいの? 悩んでる時間はないのにっ」
『推奨、応急処置、体力回復。作業間、我、解析、実行。求、冷静』
「……そうだね。わたしが慌てちゃダメだ。ありがとうターコイズ』
『補足、要請、水分補給』
指示通りに、アイテムボックスから出したポーションを振りかけて二体の傷と疲れを回復する。
ついでにわたしは水筒でのどを潤す。それだけで疲れた頭はかなりしゃっきりした。
よし、これでまだがんばれる。
『解析終了。敵地竜、疾病。感染源、細菌』
「病気なの? じゃあ鱗粉みたいなのがばい菌?」
『肯定。ジェイド、ルビー、感染済。補足、推測、敵方首領保有<エンブリオ>。未知、治療手段、不明。使用者、観測不能、故、尋問不可』
ばい菌はボス(?)の<エンブリオ>で、本人がいないから能力や治す方法は聞き出せない。
したっぱたちはなにか知っているだろうか。ガスマスクで防げるってことは直接吸うのが条件だと思うんだけど。
人間もかかる病気だったら、ブレスを吸ったわたしが元気なのは少し不思議だ。うーん?
『追加情報求。メニュー開示、要請』
「そっか、ステータス!」
調べると、ジェイドとルビーは【竜化】という聞いたことのない状態異常になっていることがわかった。
ジェイドのほうが症状が軽いのは種族がドラゴンだからかな。もともと竜だからあんまり効かないとか。当てずっぽうだけど大きく間違ってはいない気がする。
わたしは状態異常をレジストしたっぽい。装備している【血塗木乃伊の聖骸布】は防御力が低い代わりに状態異常の耐性が付与してあるからね。……ちなみに今は脱いで、包装材の代わりに竪琴をくるんでいたり。
「状態異常なら【快癒万能霊薬】で治るよね」
『追加、【聖水】。推定、病毒系、或、呪怨系。効果期待』
二つの薬をかけてしばらく様子を見ていると、二体を包むまがまがしいオーラは消えてなくなった。
その代わり、別の赤いオーラがジェイドの周りに発生した。ルビーには出ていない。これはなんだろう? と考えていたら赤いオーラもすぐに消えてしまった。いちおう身体におかしなところはないからだいじょうぶかな。
とにかく状態異常は治ったみたいだ。
まだルビーはぐったりとしていて戦えない。あとはゆっくり休んでもらうとして。
ジェイドはやる気に満ちあふれている。フンスフンスと鼻息が荒くて、わたしの肩から離れようとしない。
「まだ治ったばっかりだし無理はダメだよ」
『
『
たしかにジェイドはいつも以上のコンディションだ。
はじめてレベルアップしたときのようなはしゃぎかた。見た目もステータスも異常なし。本当に絶好調だね。
「じゃあジェイドお願い。ルビーはお疲れさま」
ルビーが【ジュエル】に戻って、わたしとジェイドはふたりきりになる。
気分はかくれんぼだ。したっぱが来なかったら、しばらくこのまま隠れているのがいいかもしれない。
「……お母さんの手がかりを探しにきただけなのに、こんなことになるなんて思わなかったね」
『
「考えてみたら、いつも逃げたり戦ったりしてない? わたしたちバトル専門じゃないのに」
『
「そうだよね!? もちろんゲームだからレベル上げとかクエストとかしてるけど、なんだか強い人と会う回数がとっても多いような」
ギデオンで【大教授】と【処刑王】、【狼王】、【風竜王】と続いて……名前がもうおだやかじゃない!
「でも、みんなのおかげで乗り越えてきた」
ジェイドたち従魔にアリアリアちゃんとルゥ、レッドさんとウル、Mr. ジョバンニ、グリオマンPさん。
ほかにもたくさんの人たちがいたから、わたしはどうにかやってこれたんだと思う。
わたし一人だったらできなかったことばかり。だからみんなにはありがとうの気持ちでいっぱいだ。
「わたし、すっごく楽しいよ」
『
いろんな人に会って、いろんなことをして。
楽しいって思えるのはみんながいるからだ。
もちろんつらいことだってあるけれど、それも一人で抱える必要はぜんぜんないんだから。
<Infinite Dendrogram>をプレイしてよかった。
ジェイドと一緒にステータスを見て話していると、わたしの指はあるウィンドウの上で止まる。
「いつの間に」
これは気がつかなかった。ソーマの街に着いたとき、それともこの瞬間だろうか。
やっぱり他の人と比べてわかりにくいのかも。周りの人たちは見た目が大きく変化していたりするもんね。わたしはメニューを確認しないとわからないからなあ。
ちょっと気になるけど、みんな疲れている。今すぐに試すのはノーだ。
ギデオンに帰ってから、なんて考えていたら、
『……
ジェイドが警戒音を鳴らした。
わたしは口を閉じて耳をすませる。
ほんのかすかに、足音が近づいてくるのが聞こえる。
数は一人だ。Mr. ジョバンニが探しに来てくれた?
『
「!」
わたしは【竪琴】を持って立ち上がる。
ここから逃げないと。でも倉庫から出たら見つかっちゃうかも。どうしよう?
『助言。一歩後退、半回転、後、前傾』
「ターコイズ、それだと壁にぶつかる……きゃあ!?」
言われた通りに動いて壁に手をついたら、なんと壁がぐるりと回転して反対側に行くことができた!
「いたた……忍者屋敷?」
『発見、音響探査。推測、隠し通路』
目の前には急な階段がある。ホコリが積もっているから長い間使われていなかったみたい。
かなり上まで続いているっぽい。どこに出るかはわからないけど、いくしかない!
◇
階段を上がりきった先は塔の上だった。
時計塔のてっぺんは展望台のようになっていて、ひらけた四方向からは遠くまで景色が見渡せる。
さっきまで室内にいたから風が気持ちいい。
こんなに高い場所から見下ろしたら、ソーマの街がミニチュアみたいに感じるね。
階段とこの場所は時計の技師さんや掃除をする人が上り下りするための通路なんだろう。
もう長いこと使われていなかったみたいだ。
ここまで来たら安心、
「見つけたよ」
……でもなかった。
わたしを追ってきた人が姿を見せる。
西部のガンマンにそっくりなその人はわたしの知り合いだった。カルチェラタン行きの馬車で一緒に護衛をした<マスター>の一人、野良パーティのリーダーさんだ。
「たしか、オッドさん?」
「早い再会だね。今度は敵同士ってわけだ」
テンガロンハットのつばをピンと弾いて、オッドさんは陽気に挨拶をした。
「改めて名乗ろうか。僕は【
超級職であること、したっぱたちのまとめ役をしていることを強調したオッドさんは階段の前で立ちふさがる。
ここは通さないぞ、というように。
「さあ、【天穹の竪琴】を渡してもらおうか」
「いやです」
わたしはじりじりと後ずさりする。
「部下が馬鹿なことを言っていたみたいだね。断っておくと、僕らはそれを盗もうとか、奪おうとかは考えていない。少し無期限で借りるだけだ」
「おんなじですよ! それに、これは壊れてます。なにに使うつもりなんですか?」
離れた距離とおんなじだけオッドさんは近づく。
「詩人ソーマの伝説を聞いただろう。その楽器があれば、御伽噺に登場する竜を従えることができる」
「竜……?」
「今は眠りについているけど、かなり強いモンスターらしいよ? といっても、詳しいことは僕も知らない。だいたい全部ボスの受け売りだよ」
ずっと一定の距離のまま抜け出せない。
オッドさんはまるで隙がないから、このまま会話を続けてもチャンスはやってこないだろう。
「ボスって、黒い鱗粉で従魔を凶暴にしている人ですよね。あれでモンスターは苦しんでます。どうしてあんなひどいことを?」
「僕に訊かれても困る。手軽に強い配下を作れるからじゃない? 従魔師以外にモンスター使わせてもあんまりだし、やりすぎに感じる部分もあるけど……って、この話は関係ないよね」
ピタリと足が止まる。
あと一歩後ろに下がると、そこは何もない空中だ。
足を踏みはずして真っ逆さまに地面まで落ちてしまう。
だからわたしは下がれない。ぜんぶわかっているから、オッドさんは動かない。
「君の選択肢は三つある」
オッドさんは指を三本立てた。
「一、大人しく楽器を渡す」
わたしは首を振る。<VOID>のボスに【竪琴】を渡したらダメだ。悪いことが起こる予感がする。
「二、そのまま塔から落下する。君は確実にデスペナルティ。僕は下に行って楽器を回収すればいい」
時計塔はかなり高い。だいたい七階建てか、それ以上はあると思う。ここから落ちるのはさすがに怖い。
「三、僕に倒される。当然デスペナルティ。僕は楽器を奪って、君は無駄死に」
どの選択肢も選べない。だって結果がおんなじだ。
だから、わたしが勝つ選択肢を増やさなくちゃ。
戦って倒さなくてもいい。【竪琴】を守ったら勝ちだ。
まずはこの場所とオッドさんから逃げよう。
作戦はこうだ。
わたしが走り出すタイミングでジェイドに風を起こしてもらって、オッドさんの体勢をくずす。
階段にたどり着くことができたら、一階まで戻って逃げられるはず。
わたしはジェイドに目で合図する。わたしの考えは伝わったみたいで、任せてとうなずいた。
よーし。いち、にいの……!
「はい終わり」
「……え?」
気がついたときには、わたしは後ろ向きに倒れていた。
すぐそばにオッドさんがいる。ほんの少し目を離しただけで、離れていた距離がゼロになっていた。
抜かれた拳銃はもう撃たれた後で。
遅れてパァンと響く銃声。
――わたしのおでこに空いた穴から、ドバドバと中身がこぼれていた。
目の前が真っ赤になって、ぐらりと視界が揺れると。
「さようなら。君はよく頑張ったよ」
わたしは空に投げ出された。
◇◆
落ちていく。落ちていく。
重力に引かれて、真っ逆さまに堕ちていく。
加速度的に勢いを増す肉体。
信じられない速さで風を切り、ぐんぐんと。
ついさっきまで近くにいたものが、あっという間に離れていく。
少女が高所から自由落下する光景。
ジェイドは、
(……どうして)
答えは簡単だ。
少女は落下する寸前に、彼を放り投げたのである。
恐らくは咄嗟の判断だろう。
たとえ【ジュエル】に格納することが正解だとしても。
未だ敵が残る場所に彼を残すことになっても。
生命の危機に瀕した少女は理屈も道理も抜きにして、ただ“助けたい”という思いから行動を起こした。
その願いは叶えられた。
ジェイドは無事。しかし少女は助からない。
「マジかよ、頭を撃ち抜かれてるのに」
隣で男が感心したように呟いているが、意味のある言葉として耳に入らない。
「でもなー。反撃されても嫌だし……っと、そうだ。君はドラゴンなのに飛べないんだっけ?」
すぐに少女を助けようとして翼を広げた。
しかし眼下を覗き込むだけでジェイドの四肢は震え、恐怖が全身を支配する。
翼は力なく垂れて、集めた風は霧散する。
「助けに行かない。反撃もしない。そうなるとわざわざ倒す必要はないわけだ。得したね? 見逃してあげよう」
なんて情けない。なんて無様な。
己を叱咤したところで震えは止まらない。
どれだけ成長しても恐怖は拭えない。
空を飛べないことに特別な理由などない。
ただ目に映るすべてを恐れるというだけの話。
高所が怖い。墜落が怖い。怪鳥の襲撃が怖い。
過去の苛酷な体験が脳裏をよぎる。
(わかってるんだ。いま、こわいのはサラもおなじ)
勇気を振り絞って助けに行かねばならない。
しかし、どうしても。
ジェイドは翼から恐怖を払うことができなかった。
どうしても己を信じる事ができない。
恐怖で身がすくんでしまったら、翼は力を失って墜落してしまうかもしれない。
自分だけならまだ良い。だが、他者を抱えて飛ぶ最中の出来事だとしたら……?
恐ろしい。またひとりになってしまう。
孤独は辛い。それしか知らない時でさえも耐えられなかった。大切な仲間と過ごす時を知ってしまったら、もう二度と寂寞には耐えられない。
……だから。
「ドラゴンくんが身投げした!?」
飛べぬなら、初めから
ジェイドは翼をたたみ、極限まで空気抵抗を軽減して弾丸の如く自らを撃ち出す。
速く、疾く、捷く。
落ちていく。落ちていく。
重力を利用して、竜は更に加速する。
恐怖で身体は硬直する。
それでいい。怖いのは当たり前だ。
だからジェイドは手を伸ばす。
自分を信じることはできなくても。
自分を信じてくれる誰かを、信じることはできるから。
『サラーーーーーーーーーー!!』
◇
さあ、始めよう。
今から目指すのは空の彼方。
文句なしのハッピーエンド。
そのために、わたしはあなたに手を伸ばそう。
「――《
To be continued