長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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(U・ω・U)<少し長めです


十と一

 □【高位従魔師】サラ

 

 ジェイドのブレスは時計塔のてっぺんを飲み込んだ。

 

 竜巻が収まってから着陸する。わたしの足がついた瞬間、ジェイドは風の操作を止めて体を小さく丸めた。

 寝息が聞こえる。疲れて眠っちゃったんだろう。お疲れさま、と起こさないように頭をなでてあげる。

 制御できるようになった《始まりは遥か遠く》だけど、やっぱりすごい疲れちゃう。まだ頭がズキズキと痛いし、一回使ったらしばらく休む必要がありそうだ。

 わたしたちがへたり込んでいると、階段を上がる誰かの足音が聞こえた。したっぱかな……もう限界なのに。

 

「おお、サラ! 無事で何よりデース!」

 

 現れたのはMr. ジョバンニだった。

 見た感じ怪我はしていない。下の階にいたしたっぱとモンスターを本当にどうにかしてしまったらしい。

 後ろにはカルマくんもいるね。全身で喜びを表現するMr. ジョバンニを押しのけて、こっちにやってくる。

 

「あいつはどこだ」

「誰のこと?」

「あの銃使いに決まってるだろ。どこに逃げた?」

 

 銃使いって、オッドさんを探しているんだろうか。もしかしたら<VOID>を襲った理由に関係あるのかな。

 とりあえず襟首を掴むのはやめてほしい。ギュッとしまって苦しいから。

 

 首を動かすとオッドさんは見当たらない。

 ジェイドのブレスが直撃したところは見たんだけど。超級職だし、【ブローチ】を装備していたはずだからデスペナルティにはなってないと思う。

 ただ、勢いに押されて塔から落ちてしまったらわからない。落下ダメージで死んじゃってたらどうしよう。

 そんなことを考えていたら、

 

「おーい。こっちこっち」

 

 どこかから声が聞こえた。端っこに近づいて見下ろすと、オッドさんが外壁の出っぱりに手をかけて宙ぶらりんになっている。

 やっぱり落ちそうだったんだ。腕が一本ないのはブレスで受けた傷だろう。そのせいで壁を登れないみたい。

 わたしに続いて下を覗いたカルマくんは一目でオッドさんのダメージに気づいたようだった。

 

「……片腕?」

「わたしたちが戦ったの。上がれないみたいだから、助けてあげたほうがいいよね。もう勝負はついてるし」

「は? 冗談だろ。お前如きが超級職に勝って? しかもその敵に情けをかけるだと? ……俺を馬鹿にしてるのかよ。力自慢のつもりか?」

「違うよ! わたしバカになんかしてないもん! どうしてそんなこと言うの?」

「まあまあ二人とも喧嘩はやめてくだサーイ」

 

 Mr. ジョバンニがわたしとカルマくんを引き離した。

 もしかして、カルマくんは自分でオッドさんを倒すつもりだったのかな。なんとなく伝わってきた。

 今はジロリと怖い目でこっちをにらんでる。いやな感じと気になる感じがごちゃまぜだ。わたしのことがきらいで、弱いと考えているみたいだけど……なんでだろう、いっぱいいっぱいで必死そうに見えた。

 

「とりあえず助けてよ。もう落ちそうなんだ」

「黙れ銃使い。先に俺の質問に答えろ」

「助けてくれたら話す。聞きたいことあるんだろ? まあ僕は落下死しても仕方ないで済ませるけどさ。できることならデスペナは避けたい。君たちだって困るよね」

「別に。お前の部下を問い詰めればいい。吐かないなら残った腕も切り落とす」

「どっちにしても殺る気満々じゃん。そこの二人はー? 引き上げて、ついでに見逃してくれたら何でも話すよ」

 

 わたしとMr. ジョバンニは顔を見合わせて、おんなじことを考えているとわかりうなずいた。

 

「助けよう」

「見逃しまショウ。その代わり、もう街に手出しをしないという条件を呑んでもらいマス」

 

 オッドさんは嘘をついてない。それにもう戦うつもりはないみたい。だったらお話するのがベストだろう。

 ただ、悪いことをしたんだから、みんなにごめんなさいともうしませんを言うのは忘れちゃダメだよ!

 

「ふざけるな」

 

 カルマくんは納得いかないみたい。だけど攻撃に移る前に目線がチラッと動いた。たぶん視界の端っこにある簡易ステータスを確認したんだと思う。

 

「MPとSPが枯渇してますネ。従魔はわたーしが鎮めますから無駄デス」

「……チッ」

 

 バトルは避けられた、かな。

 

 それからオッドさんをえいやっと引き上げて、傷の応急手当てをしたあとに質問タイムが始まる。

 

「と言っても、僕が知ってることは大してないよ。それでいいなら答えよう」

「構いませんヨ。わたーしはあなーたたちのことを聞きたいですネ」

「なら簡単に。<VOID>は(眉唾だけど)世界征服を掲げる犯罪クランだ。いつもは野盗・密猟・闇取引なんかをしている。取るに足らない悪事で金儲けってわけ」

「おい」

 

 ここで、カルマくんが質問に割り込む。

 

「お前らのメンバーを教えろ」

「クランの所属人数はそれなり。ちゃんと数えたことはないな、他の国にもいるから。部下は大多数がティアンだ。幹部は僕を含めて<マスター>が二人、ティアン一人。全員超級職だよ。トップにはボスがいる」

「その中にこいつはいるか?」

 

 オッドさんは誰かの似顔絵を見て首を横に振った。

 

「知らない顔だね。少なくとも正式な構成員じゃない」

「……そうかよ」

 

 用事はそれで済んだのか、これ以上話すことはないし話しかけてくるなという雰囲気を出してカルマくんはそっぽを向いた。次はわたしが質問する番だ。

 

「はい! 世界征服って具体的になにをするんですか!」

「僕も知らないな。戦争するには実力が足りない。都市を牛耳るには金が足りない。ただ、今回の任務が関係あるとは聞いている」

 

 そう言って、わたしが持つ【天穹の竪琴】を指差すオッドさん。

 

「詩人ソーマの伝説と、彼が従えたという竜。ボスはこれを利用するんだってさ」

「それは聞きました。でも、どうやって」

「さあね。僕にはさっぱりだけど、彼なら分かるはずだ。あなた、伝説に詳しいんだろう」

「Mr. ジョバンニが?」

「……他人の考えまでは理解しかねますネ。ですが<VOID>が伝説を玩具にするつもりなら、わたーしは持てる力の全てを使ってそれを阻止するつもりデス」

 

 むむむ。二人の言っていることがわからない。隠しごとをしているというか、当たり前のことをわざわざ口に出していないというか。

 とはいえだ。<VOID>が悪いこと(世界征服?)をするために【竪琴】を狙っているのはわかった。

 今のところ、わたしはMr. ジョバンニとおんなじで<VOID>がよくないことをするならそれを止めたい。この世界がめちゃくちゃになったらジェイドのお母さんを探すどころじゃないからね。

 

「オッドさんも悪いことはもうやめにしませんか? みんな楽しいほうが絶対いいですよ!」

「まあ確かに? でもアウトローの生活はわりと気に入ってるから」

 

 ぶうー……この人ぜんぜん反省してないよ。

 話してみたら普通にいい人そうだから、こっちの味方になってくれたらいいなと思ったのに。

 そりゃあ、ゲームの遊びかたは自由だよ。わたしだって他のゲームを悪人のキャラでプレイすることもある。

 でもデンドロはわたしたち<マスター>だけの世界じゃない。ティアンやモンスターも生きている。だからみんなが喜ぶことをしたほうがいいと思う。

 

「どうしてもダメですか?」

「脱退したら契約のペナルティと報復あるし。雇用契約が切れるまでは籍を残すって決めてる」

 

 わたしの考えと、オッドさんの考えは違う。

 なにを大事にするかは人それぞれだ。

 わたしがいいと思うことを押しつけることはできても、それは本当の意味で納得してもらえたわけじゃない。

 

「じゃあフレンドになってください」

 

 だからお話をしよう。

 おたがいのことを話して、遊んで、理解する。

 そうしたらなかよしになれると思うから。

 友だちが難しかったら、ちょっと譲り合って、みんなが手を取り合えるようになればいい。

 

「馬車の護衛クエスト楽しかったです! また一緒に遊びましょう!」

「フッ……あはは! なるほど、そうきたか!」

 

 オッドさんはきょとんとして、それからおかしくてたまらないというみたいに笑い出す。

 そんなに変なこと言ったかな?

 

「そういや登録してなかったね。いやー、楽しい時間を過ごせた。だから答えはイエスだ。また遊ぼう」

 

 やけにゆっくりとメニューを操作するオッドさんとフレンド登録をする。

 それが終わるタイミングで、階段からたくさんの足音が聞こえてきた。大勢がここに上がってくる。

 

「やっとお迎えが来たみたいだ」

 

 ぞろぞろと現れる<VOID>のしたっぱ。博物館を襲った人たちだろう。みんな傷だらけだけど、背筋をシャキッと伸ばして整列する。

 兵隊みたいにすばやく二列の通路を作ると、あとからやってくる人に向けて一斉に敬礼をした。

 

 現れたのは二人だ。顔は見えないけど、たぶんどっちも男の人。したっぱより高級なスーツ風の制服を着て、その上からフード付きのマントを羽織っている。あれは隠蔽スキルがついた装備だろう。

 

「会話は時間稼ぎだったのですネ。しかし困りましタ……危険デス。この場にいる我々全員が」

 

 Mr. ジョバンニはものすごい冷や汗をかいている。しゃべるのは小声だ。そうじゃないと目をつけられちゃう。

 わたしでもわかる。二人の片方……背の高い人は怖い。強いとか、レベルが高いとかじゃない。真っ暗で、吸い込まれそうな。まるで底のない落とし穴みたい。

 わたしたちは動けない。したっぱも震えている。そんな中、オッドさんは平気そうに二人に近づいた。

 

「ごめんねボス。任務ミスった」

「何してんだこのボケ。お前がいてこのザマか」

「……」

 

 ボスと呼ばれた背の低い人がオッドさんを責めて、背の高い人は黙ったままだ。

 

「ここに揃ってるじゃねえかよ。さっさと楽器を奪ってその男を捕まえろ」

「それがさ。あの子に負けて約束しちゃったんだよね。だから僕は手を出せない」

「ああ!? 本当に使えないなこの屑! 何のためにお前を雇ったと……つーか子供に負けたのか」

 

 ボスの視線がこっちに向いた。わたしと眠っているジェイドをチラリと見る。《看破》を使ったのかな。

 

「レベル百ちょいの雑魚にやられるか普通? ったく、俺がやるから下がってろ。従魔師なんざいいカモだぜ」

 

 ボスは【ジュエル】をはめた右手を掲げる。

 まずい。どんなモンスターが出てくるかわからないけど、わたしはもう戦う力が残ってない。

 いざとなったらターコイズに……ううん、みんなで逃げたほうがいいかもだ。どうやらボスは従魔師の相手が得意みたいだから。

 

 このピンチで最初に動いたのは、ボスでもわたしでもなかった。もちろんMr. ジョバンニやカルマくんでもない。

 背の高い人がボスの肩に手を置いた。

 

「…………」

「……! いや、そんなつもりは……」

 

 そして耳元で何かをささやいたら、急にボスの声が震えて弱々しい感じに変わる。

 少しだけ聞き取れた言葉からは怖いという気持ちがはっきり伝わってくる。なにを言われたんだろう?

 怖がって震えるボスより、背の高い人のほうがよっぽどボスらしく見えた。

 

「い、いいか。楽器はお前らに預けておいてやる。だが忘れるなよ、<VOID>は必ず全てを奪うからな!」

 

 捨て台詞を吐いたボスはスタスタと塔の端まで歩いて、一体の大きなドラゴンを呼び出した。

 やっぱり黒い鱗粉とオーラに包まれた天竜だ。鱗はトゲトゲしていて、翼は紫の結晶で覆われている。瞳は虚ろで焦点が合わない。まるで感情が読み取れないよ。

 

 ボスがドラゴンの背中に乗ると、オッドさんがあとに続く。その次にしたっぱたち。最後に背の高い人だ。

 彼が後ろを向いた瞬間にプレッシャーが薄まる。

 わたしはそのときはじめて、自分が息を止めていたことに気がついた。心臓がどくどくと脈を打っている。

 

 彼らは逃げるつもりだ。本当は悪いことをした責任を取ってほしい。でもオッドさんと約束したから止めちゃいけない。それに、わたしじゃ背の高い人を止められない。

 

「……待てよデカブツ」

 

 背の高い人を呼び止めるカルマくん。

 彼は恐怖を苛立ちで塗りつぶして、お腹から声をしぼり出していた。

 

「お前を見てると何故だか無性にムカつくんだよ。超級職がそんなに偉いのか? 好き勝手できて楽しいか?」

「……」

「今の俺は機嫌が悪いんだ。そうだ……サラ(こいつ)にできて俺にできないわけがない……迎えついでに死んで逝け!」

 

 カルマくんは隠し持った糸を振る。

 ビュッと空気を切る勢いで、振り返ったばかりの背の高い人を攻撃した。

 

 同時に――プレッシャーが何倍にも膨れ上がる。

 

 背の高い人は腕を伸ばすと、なにもない手から剣を作り出した。紙より薄い濁った色の剣。

 あっさりと糸は切られて、バランスを崩したカルマくんは近づいた相手の剣に貫かれた。

 

「ぐっ、あぁぁ!?」

 

 背の高い人はカルマくんのお腹を蹴って、腕に刺さる剣を引き抜いた。もだえて苦しむ姿を見下ろしながら、ぐりぐりと頭を踏みつけている。

 

「……覚エテオケ。超級職ト、<超級(・・)>ハ別物ダ」

 

 ボイスチェンジャーを通した声でそれだけ言い残すと、背の高い人はドラゴンの背中に乗る。

 またボスになにかをささやいているみたいだけど……ダメだ、体が震えて動けない。

 

 そうこうしているうちにドラゴンは空に飛び上がる。

 上空でぐるりと一周して、そのまま遠ざかるものだと思ったら、また時計塔に戻ってくる。

 

 ドラゴンの口元には黒い炎……まさか。

 

「おら、燃やせ! 壊せ! <VOID>に逆らったらどうなるか思い知らせてやれ!」

 

 ボスの号令で、ドラゴンはブレスを吐いた。

 火の玉が連続で命中して時計塔は傷ついていく。

 このままじゃ壊れちゃう。街の大切な時計塔が……ジェイドのお母さんがいた場所が。

 止めないといけないのに。怖くて体が動かない。

 

「サラ、何を突っ立っているのデス!?」

「でも……」

「無理デス! 逃げますヨ!」

 

 カルマくんをおぶったMr. ジョバンニに手を引かれて、わたしは階段に逃げ込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 建物の外に出たわたしが見た光景は燃えてくずれる時計塔とガレキに押し潰される博物館だった。

 ある程度攻撃して気が済んだのか、<VOID>とドラゴンがいつの間にかいなくなっていた。

 

 それからのことはあんまり覚えてない。わたしは消火と救助活動を手伝って忙しかったから。

 死者が出なかったことが不幸中の幸いだ。Mr. ジョバンニが塔を上るより先に、残っていたお客さんの避難を優先してくれたおかげだった。

 

「あなーたは悪くありまセーン。街が壊れるのはよくあることデス。建物は直すことができマス。ジョブクリスタルや、数は少ないですが無事な展示も残っていマス。ソーマの街はもう一度立ち上がれますヨ」

 

 Mr. ジョバンニは街の人たちを指差す。

 彼らは歌いながら作業をしていた。街が壊れて悲しいはずなのに、楽器を鳴らして、詩を口ずさんでいた。

 

「みんな前を向いていマス。なぜなら過去は崩れゆくものだからデス。いずれ忘れ去られるものを形にして残す方法の一つが詩歌であり、音楽なのデス。我々はそうやって歴史を刻んできたのデス」

 

 そして「音楽はパワーなのですネ」と付け加える。

 

「それより、ありがとうございマース」

「……え?」

「<VOID>の手に【竪琴】が渡れば、他の場所で同じことが起こるでショウ。サラは未来の悲劇を防いだのデス」

「でも今日、わたしはあの人たちを止められませんでした」

 

 もっと悪いことまで考えてしまう。わたしが戦わなかったら、時計塔は壊れなかったかもしれないと。

 

「誰だって、すべてを手に取ることはできませんヨ」

 

 Mr. ジョバンニはわたしのそんな気持ちを見抜いていた。

 

「どれだけ両手を広げてもこぼれ落ちてしまうものはありマス。大事なのは、手が届く範囲を広げようと頑張ることではないデスカ?」

 

 いっぱいに手を広げて。それでダメならみんなで。

 手を繋いで輪を広げていくように。

 精いっぱい、できることをする。

 わたしはそうやってきた……つもりだけど。

 

「諦めず、すべてを掴もうと足掻いて、足掻いて……それでもすべてを取ることはできないでショウ」

 

 やっぱりそうなんだ。なんでもできちゃうスーパーマンは現実にもデンドロにもいない。

 

「ですが、十取れるものが十一に増えるかもしれまセン。例えば今日、あなーたの頑張りで誰一人として死なずに済んだようニ。その一で救われるものはきっとあるはずデス。少なくともわたーしはそう思いますネ!」

「そうですね……ぜんぶできないからって、ぜんぶ投げ出したりはできない」

 

 わたしは諦めない。たった一、されど一だ。

 がんばって限界を超えた一がわたしの今を作っている。

 できなかったことを後悔することを止めるのは難しいし、それも大事なことだと思う。

 でも、それだけに目を向けたりはしないよ!

 

「ありがとうございます! わたしも作業をがんばって手伝います!」

「とはいえやはりお疲れでショウ。今日は体を休めるべきデス。まだ眠くないというなら……そうですネ。【竪琴】を貸してもらえますカ」

 

 そうだった。博物館が壊れちゃったから、あのままわたしが預かっていたんだよね。

 ちゃんと返そうとしたんだけど、しばらくの間は持っていてくれと言われてしまった。博物館を建て直すまで保管場所がないからと言われたら断れない。

 言われた通りに渡すと、Mr. ジョバンニは【竪琴】の調子を確かめ出した。慣れた手つきで弦を弾いている。

 

「数本切れてますネ。カルマはどこデス?」

「えっと、もう街を出たみたいです」

 

 カルマくんは傷を手当てしたらすぐにどこかへ行ってしまった。「助けたつもりなら大間違いだ」というのが最後の言葉だ。完全に回復してなかったから少し心配。

 

「それは残念デス。彼の糸で弦を紡いでもらおうと思ったのですガ。まあ、今回はとりあえず弾ければ問題あーりませんからいいでショウ。ホイ!」

 

 陽気なかけ声で【竪琴】の修理は完了したみたい。

 というか、こんな簡単に楽器を直せるMr. ジョバンニっていったい何者なんだろう?

 

 光の加減で蒼と翠に見える弦に指をかけて、Mr. ジョバンニは地面にお尻をついた。

 

「わたーしができるお礼はこのくらいデス。……新たな英雄に(はなむけ)を。過ぎ去る風の祝福を。そして、語り継がれる勇気の歌を」

 

 指がメロディを、声が歌を奏で始める。

 それは心が奮い立つ音楽だった。でもそれだけじゃなくて、旋律の裏にはさびしさや苦しさが隠れている。

 まるで勇者の冒険譚のような山あり谷ありの曲に合わせて、聞いたことのあるストーリーが語られる。

 

 それは女の子と竜の物語。

 わたしがよく知る内容が、ちょっと恥ずかしい脚色を添えて、音楽に乗って流れ出す。

 わたしはジェイドと一緒に耳を傾ける。そうしていると、物語の自分と本物の自分が別人のように思えてきた。

 

「……ねえジェイド」

Rrrr(なに)?』

「わたしね。あの背の高い人を見て、すごい怖いと思ったの。なにかしようと思うのに動けなかった」

Rrrrr(わかるよ)Rrrrrr(ぼくもそうだ)

「うん。ジェイドの気持ちがわかった気がする」

 

 なにが起きるかわからない。

 なにをされるかわからない。

 なにを考えているかわからない。

 ぜんぶ違うけど、ちょっとは似ている。

 

「たぶんあの人は悪い人だ。怖い人で嫌な人なんだよ。でも、でもね。お話しないで決めつけるのはよくないなって思ったの。あの人に限った話じゃないんだけどね」

 

 そうなった原因があるのかもしれない。

 もしかして理由があるのかもしれない。

 人とは違う考えがあるのかもしれない。

 話してみたら、ちょっとは理解できるだろうか。

 

「だから、今度会ったらお話してみる」

Rrrrrr(そばにいるよ)

 

 ジェイドをぎゅっと抱きしめる。

 いてくれるだけで、一人じゃないと思える。

 だからほんのちょっぴり勇気をもらえるんだ。

 

 気がついたら曲は間奏に入っていた。Mr. ジョバンニはウィンクをして曲の名前を教えてくれる。

 

「《勇者行進曲》。またの名を『ヒーロー・マーチ』といいマス。時計塔は壊れてしまいましたからネ。……ンンン、しかし昔と比べて音が劣化してマス。腕も落ちましたネー……もうこれを弾くことはないと思っていたのですガ……」

 

 ジェイドのお母さんがよくリクエストしていた曲だ。

 覚えていて、この曲を選んでくれたらしい。

 後半は小声で聞き取れなかったけど。

 

「もう一回、弾いてほしいです」

「何度だって構いませんヨ。あなーたたちのために演奏しているのデス。それに……」

「?」

 

 パッと振り向いたら、街の人たちがわたしとおんなじように音楽に耳を傾けている。

 

「聴衆はたくさんいるようですカラ」

 

 その日、ソーマの街は夜になっても演奏が響いていた。

 

 

 ◇◆

 

 

 ■???

 

 各地に点在する<VOID>の隠れ家がひとつ。人払いがなされた室内には三人の姿があった。

 一人は床に倒れて苦しみ、一人はその様を見てさらに加虐する。最後の一人は壁際で顔を青ざめさせていた。

 

 傍観者の名前はオッド・ザ・キッド。今回の任務を失敗した隻腕の幹部である。彼は目の前の光景に正気を削られながらも、部屋から逃げ出すことが叶わずにいた。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイアアアアアアアアアアアア――!?」

「五月蝿い。汚い。醜い。穢らわしい。本当に救いようがない。もう少し堪え性をつけたらどうだ?」

 

 絶叫する男を、長身の人影が切り刻む。

 何度も、執拗に、不必要な程に。

 全身の肉という肉、骨という骨、神経という神経の隙間に澱んだ刃が通り、そして男の身体を汚染していく。

 さながら人体解剖の如く。相違点は、解体される側に意識と痛覚(・・)が存在することだ。

 

(おかしいよね? 痛覚オンで解体とか拷問だよね?)

 

 オッドの混乱をもう一つの事実が助長する。

 それは……現在解体されている男こそが<VOID>のボス、ペイル・ホースマンであるということ。

 

(何でボスがバラされてるの? 素直に痛覚オンにしてる理由も分かんないんだけど!)

 

 痛覚の設定は個々人が操作するものだ。他人の意思で変更できるものではないし、そんなゲームが実在したら非難轟々の大問題である。誰もプレイしなくなるだろう。

 ボスが自ら痛覚を入れているなら、それはそれで意味が分からない。不明点が多過ぎるためにオッドは逃げられない。逃げた瞬間に標的が自分に変わったら最悪だ。

 

「えー、というか……どちら様?」

 

 窮したオッドの選択は会話だった。

 男は<VOID>の幹部ではない。それどころかメンバーですらない。しかしボスと面識があることは確かだ。

 素性と性格を探り、打ち解ける方法を模索するしかあるまいとオッドは判断した。地雷を踏み抜く可能性もあるので、会話自体リスキーではあったが。

 

「ああ、君とは初対面だったな」

 

 男は暴力の手を止めてオッドを見る。

 

(注意を向けられても嫌だな……)

 

「僕の名前はオッド・ザ・キッド。あなたは?」

「フィル・クロークだ。君の活躍は聞いている。私のことは……<VOID>の株主とでも考えてくれたらいい」

 

 フィルは手にした剣を霧散させ、手を差し出す。

 しかと握手を交わしながら、オッドは彼の容姿と一挙手一投足をつぶさに観察した。

 整った造形と銀縁の眼鏡だけ見れば高給取りのやり手サラリーマンのようでもある。

 

(どっかで見た顔だなー。それとあの剣……装備じゃないみたいだ。魔法? それにしては宣言も無し。ノータイムで出せると考えた方がいいかな)

 

 細切れになったボスの肉体はどす黒く変色しており、剣が人体に有害な能力を秘めていることは明らかだった。

 

「真摯な態度で<VOID>に貢献してきたそうだな。その働きは賞賛に値するものだ」

「買いかぶりだよ。今回だって失敗した」

「……ああ。お陰で私の計画に遅れが生じる」

 

(あ、やっべ)

 

 フィルのこめかみに血管が浮かぶ。

 機嫌を損ねたとオッドは悟るが、時すでに遅し。

 瞬きの間に現出した薄刃の剣が振りかぶられる。

 

「だが、君は悪くない。部下のミスは上司の責任だ。そうだろう? ペイル・ホースマン」

「ひぎぃ!?」

 

 昆虫の標本のように、ボスの正中線に剣が突き刺さる。

 痛みに反応して肉体が痙攣する。どの点を貫いたら最も効率的に激痛を与えられるか理解した上での暴力だ。

 

「本当に、お前は私の弟によく似ている。愚かで救いようがない。何をしても成果を出せない。唯一の得手は私を失望させることだな」

「あ、が……ご、め……な……い……」

「そうだ。謝罪をすれば許してもらえると思っている。何が悪いのかを理解しないまま、叱責から逃れたい一心で頭を下げる。自分を省みることもない。だから同じ失敗を繰り返す。これだけ言って何故理解しない?」

「あ、ア……やだ……いやだ……いたいのはいやだ」

「そうだろうとも。安心しろ。私が望む結果さえ出せば、このような痛みを受けることはなくなる」

「ア……?」

「嘘ではない。私はお前の素質を買っている。こうして時間をかけているのだって、お前に期待しているからだ」

 

 フィルの行為は苦痛による洗脳だった。冷静な判断力を失ったボスに、猛毒の蜜が囁かれる。

 もはやボスは傀儡以下の存在だった。<VOID>というクランを運営するための装置でしかない。

 

(狂ってる。いつから……最初からとか言わないよね)

 

 普段のボスは異常を感じさせる言動をしていない。だから気がつくことはなかった。

 ただでさえ表に出る機会が少ないボスは、幹部との接触すら最低限だった。こうなる前にオッドが察するのは不可能、無理難題だったろう。

 

「どうだオッド。こいつの姿は、実に醜悪(・・)だろう?」

「そ、そうだね……あはは」

 

 死に体のボスを眺めるフィルの表情は、言葉と裏腹に恍惚としており。

 真逆の価値観と狂人の言動に対して、オッドはまともな会話を諦めざるを得なかった。

 

「さて……計画の推移を確認するつもりだったが、これでは使いものにならないな。オッド、君はどこまで把握している?」

「え? あー、何をするかは聞かされてないけど……みんなに与えられた任務の内容はある程度」

「よろしい。説明してくれ。口頭で構わない」

 

 フィルの機嫌を損ねないように細心の注意を払い、オッドは言われるがまま手持ちの資料を漁る。

 

「現在、構成員の九割は王国とレジェンダリアを中心に活動中。主な任務は戦力拡充と橋頭堡になる支部の設立。あとは“ソーマの竜”の捜索、これは努力目標になってる。一応責任者は【腐姫】だけど……定期報告は上がっていないね。残りはカルディナで資金集めをしてるよ。こっちは【尾神】が指揮を取っている。優秀な部下をつけたから心配はいらない」

 

 二人の幹部はどちらも指揮官には向いていない。

 適性の話をすればオッドだって不得手だが、彼らはそれ以上の欠陥がある。

 まず【腐姫】はそもそもやる気がない。交渉でようやく仲間に引き入れた女であり、レジェンダリアの(・・・・・・・・)マスター(・・・・)>と言えば想像は容易だろう。

 そして【尾神】だが、彼は求道者気質の武人だ。金勘定に関心がない。荒事には長けているため、用心棒としては一流なのだが。

 

「今後は“ソーマの竜”の捜索を第一目標に設定しろ。並行して伝説の調査と重要人物の監視を。他は後回しだ」

「重要人物というと……彼だね」

「もう一人いるだろう。あの少女もだ」

 

 Mr. ジョバンニと名乗る男。

 そして竜を連れた従魔師サラ。

 彼らが計画の要になるとフィルは感じていた。オッドはその意を汲んで、唯唯諾諾と指示に従う。

 そして今こそタイミングだとばかりに、仕事を口実にしていそいそと部屋から退出する。

 

 残ったのはフィルと汚染された肉塊のみ。

 

「参ったな……楽しみで仕方がない。この美しい世界を、穢して堕とす瞬間が」

 

 澱みを周囲に撒き散らしながら、黒幕はくつくつと引き気味な笑い声を響かせるのだった。

 

 Episode End




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<一章、完!

Ψ(▽W▽)Ψ<ラスト不穏すぎない?

(U・ω・U)<二章はこれから書くよ

(U・ω・U)<でもその前に章整理をしようと考えています

(U・ω・U)<修正するときに非公開にするかもしれませんが一時的なものなのであしからず

(U・ω・U)<あとしおりの位置がずれるかも
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