長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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(U・ω・U)<このエピソードは時系列的に本編開始前となります

(U・ω・U)<だいたい【疫病王】とか【屍要塞】事件の前後辺りをイメージしてくれたら


Desperate
Date ①


 □2045年2月某日

 

 それはある朝のこと。

 連続して鳴った着信音により、俺こと榊恭介の眠りは妨げられた。

 外は暗く、時計の針は午前四時を指している。

 せっかく大学は冬休みだというのに、どうしてこんな早くから起きなければならないのか。

 寒さに震えながらも布団から這い出て携帯を取る。

 画面をびっしりと埋め尽くすメールの差出人欄にある名前に辟易しつつも、一応すべてに目を通していく。

 

「『こんにちは』って、時差考えろよ……」

 

 内容はどれも似たり寄ったり。

 英字の文面とスパムのような拙い翻訳、下部にドイツ語と流暢な日本語で注釈が記されている。

 それは二人の人間がメールを書いたことを表しており、より正確に述べるならば、ある人物のメールを別の人間が代理で送信したのだと見て取れる。

 

 どうしてそんな面倒くさいことをするのか?

 俺が連絡先を教えていないからだ。

 

 なぜ教えていないか?

 携帯が鳴り止まなくなるからだ。

 

 とはいえ、自称善意の第三者がいるのでそれほど代わりないのだが。

 

「…………」

 

 一通スクロール五回分の量を数十、読み終えた頃には陽の光が窓から差し込んでいた。

 すべてのメールに共通して記載されているのは、現実と異なる世界の座標。待ち合わせ場所だろうか。

 差出人の意図は不明だが目的は予想がつく。

 だから、きっとろくでもないことになるだろう。

 正直言って行きたくない。だが、行かないとより悪い結果に繋がるのは明白だった。

 そうなったら俺は俺を……ひよ蒟蒻を許せない。

 

「…………はぁ」

 

 気乗りしないまま、俺は<Infinite Dendrogram>のハードを手にした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 メールの指示通り、俺はプリコットの街にあるセーブポイントからログインした。

 どうやら相手はまだ来ていないらしい。

 時間の指定はされておらず、こちらから連絡する方法もないとなれば、消去法で待つしかない。

 

 幸い、このセーブポイントは時間を潰すに困らない。

 辺りには侯爵家が所有する庭園が広がっている。

 レジェンダリア特有の植物が茂る敷地内のほとんどは公に開放されており、広場や噴水、ベンチなどが備え付けられている。リアルで言うところの公園だ。

 一部の区画はレンタル可能で、街の人や<マスター>が育てた花壇を眺めるだけでもそれなりに楽しめる。

 なぜかレタス畑もあるが、それはさておき。

 

 ひときわ目を引かれたのはバラの生垣だった。

 

 ちょうど正面に咲き誇る大輪の華は鮮やかな深紅に色づいて、風に揺れるたびにむせ返えるような香りを放つ。

 なんて事のない風景のはずなのに、どこか退廃的で毒々しい印象を受けるのは俺の考えすぎだろうか。

 

 ああ、きっとそうだ。

 バラというのがいけない。たたでさえ憂鬱な気分で見たものだから、余計なことを連想してしまっただけ。

 

「あ・な・た・さ・ま」

「ッ!?」

 

 初めに視界を覆われた。

 それでようやく《危険察知》が警鐘を鳴らしていることに気がつく。

 姿が見えないからと気を抜き過ぎた。

 兜を装備しておけばよかったと思うも後の祭り。

 わずかな重さがのしかかる。

 囁かれた言葉は甘く、狂おしいほどに熱を帯びて。

 無防備な耳に吐息がかかり、しかし背筋は凍りつく。

 

「わたくしが誰か当ててくださいませ」

 

 完全に不意をつかれて硬直した俺に、そいつは戯れを投げかけた。

 茶番だとわかっていても答えないという選択肢はない。

 経験上、こいつの機嫌を損ねた時点で即ゲームオーバーがあり得ることは身をもって理解している。

 

「今すぐ離れろリップ」

「ふふっ、正解ですわ」

 

 彼女はパッと離した手をそのまま俺の頬へ、そしてさらに下へと動かす。

 冷たい指先が首筋に触れるか触れないかというところで無理やり引き剥がした。

 背後に立っていたのは漆黒のゴスロリドレスに身を包む病的なまでに白い肌の少女。

 距離を取って身構える俺に対して、リップは紅の双眸を爛々と輝かせ、しかし頭を振る。

 

「……いけませんわ。今日は我慢ですのよわたくし」

「その様子だと、あのメールを書いたのはお前で間違いなさそうだな」

「ええ、ええ! きちんと目を通していただけたようで何よりですわ。もしお読みになられなかったり、来ていただけなかったらと考えると居ても立っても居られませんでした。あなたさまなら万に一つもあり得ないと分かっていても、ですよ?」

 

 リップが首を傾げると、濡羽色のツインテールが合わせて揺れた。

 言っている内容は健気な乙女に相応しく、その微笑みは美貌と相まって目を奪われそうになる。だがしかし。

 

「よく言う。あれ半分脅迫だろう」

「それは――「お、おい!」

 

 リップが何か言う前に、その腕を横から掴む者がいた。

 先ほどから遠巻きに俺たちを、というよりはリップを凝視していた見慣れない男性<マスター>。

 彼はどもりながらも興奮した様子でリップに詰め寄る。

 

「さ、さっきから、た、楽しそうに話して……こ、この男は誰だ? ど、どんな関係なんだよ!?」

 

 突っ込みたい点はいくつかある。

 今の会話のどこが楽しそうなのか、とか。

 昼ドラの修羅場みたいな登場の仕方だな、とか。

 何よりまず、突然出てきたお前は誰だと。

 

「リップ、この方は?」

「さあ? 存じ上げませんわ」

 

 いや、知らないのかよ。

 

「僕を無視するな!」

 

 金切声を上げた男性はぐいと華奢な手首を捻りあげる。

 乱暴な仕草にリップは微笑むだけで、思わず制止に入りかけた俺に対しても視線だけで押し留める。

 

「失礼致しましたわ。わたくしに何の御用でしょう」

「だ、だから、この男! う、後ろから抱きついたりなんかして……こ、こい、こいつと付き合ってるのか!?」

 

 付き合う? 俺とリップが?

 冗談じゃない。いくら金を積まれてもごめんだ。

 そんな命知らずな真似ができようはずもないだろうに。

 

 だが、今の発言で男性の立場と言いたいことは何となく察することができた。

 おおかた勘違いからの嫉妬といったところだろう。

 リップと面識はない様子。男性の一方的な片想いか。

 アバターと本人の性別、ゲーム内の恋愛に関する云々はあえて語らないとして。

 実態はどうあれ、想い人が異性に抱きついている姿を見たらショックに違いない。

 どうにか誰も傷つかないように事を収めたいところだ。

 まずは男性の誤解を解いて、

 

「ええ。こちらの殿方とは将来を誓い合った仲ですわ」

「おい、でまかせはやめろ」

「まあひどい。あれほど熱烈に愛し合いましたのに」

「また語弊のある言い方を……!」

 

 息をするように嘘を吐くリップを睨みつける。

 こいつ、油断も隙もあったもんじゃない。

 

「彼女の発言は気にしないで下さい。全部戯言なので。ただ、親切心から言わせてもらうとリップはやめておいた方がいいというか、できれば今すぐその手を離した方がいいというか」

「…………い」

「え?」

「うるさい! かかか、彼氏面しやがって!」

 

 しまった。完全に言葉選びを間違えた。

 たしかに、今の言い方だと厄介な男を追い払う口実に聞こえなくもないな!

 若干涙目になって激昂する男性。

 そんなつもりは一ミリたりともないと弁明しても聞き入れてもらえそうにない。

 

「ぼ、僕はずっと君のことが(しゅ)きだったんだ! アムニールでみ、見かけたときから! き、君だけを見て、君だけを想って! 朝も昼も夜もずっとずっとずっと! 好きで好きで好きで好きでこんなに愛してるのにどうして君は僕に振り向いてくれない!? なんで僕じゃなくてこんな男を選ぶんだ! 僕なら君に暴言は吐かない望むものはなんでもあげる君と君の君のために君を」

「ちょっと、落ち着いて!」

 

 ぶつぶつと呟く男性は次第に手に力を込めていき、リップの肌に爪が食い込んでいく。

 流石にまずいと<エンブリオ>の剣を抜いた俺に反応して、男性も<エンブリオ>であろう短剣を取り出す。

 

「まあ。なんて毒々しい刃ですこと」

 

 ああもう、あまり刺激したくないというのに。

 頼むから大人しくしてくれ。

 

「こ、こ、ここここ……こ、ころ、殺してやるぅ!」

 

 憎悪と信念に染まる瞳で俺を見据えた男性が短剣を振りかざし、

 

 

「コふっ」

 ――想い人たる少女の心臓に突き立てた。

 

 

「あ、れ?」

 

 吐血したリップはただでさえ血の気の薄い顔を蒼白にして、そのまま力なく崩れ落ちる。

 男性は訳がわからないといった様子で血に濡れた自らの得物と倒れ伏すリップを交互に見やり、短剣を取り落とすと、よろよろと数歩後ろに下がった。

 

「やってくれたな!」

「ち、ちが、こんな」

「邪魔だ! そこをどいてくれ!」

 

 俺は男性を押しのけてリップに駆け寄る。

 かなり傷は深く、しかも急所。おまけに外見からして殺傷性の高そうな<エンブリオ>による一撃だ。

 手持ちの回復アイテムでは致命傷を治癒するまでに至らない。おまけに出血が激しく、傷口の内側がグズグズに腐り落ちている。

 

「【快癒万能霊薬】でも駄目かッ」

 

 おそらく一芸特化のスキルによるもの。

 毒か呪いか。このままではリップは死ぬ。

 

「おいあんた!」

「ぼ、僕は悪くない。わざとじゃ」

「【ブローチ(・・・・)は付けてるか(・・・・・・)!?」

「……は、え、なんで」

「いいから!」

「つ、つけてな」

 

 男性が言い切るよりも早く、俺はアイテムボックスから取り出した【ブローチ】を彼に渡そうとして、

 ――それより早く、男性は光の塵(デスペナルティ)になって消滅した。

 

「く、クフ、フフフフフ」

 

 行き場を失った手に思わず力が入る。

 握りしめた【ブローチ】が食い込むが知ったことか。

 ああ、くそったれ。やはり気分が悪い。

 ここがゲームの中だと頭では理解していても、たとえあの男性が本当に死ぬことはないのだとしても、目の前で人が死ぬことに俺は慣れそうにない。

 父さんしかり、師匠しかり。

 否応なく、嫌なことを思い出させられる。

 

「……だからお前は苦手なんだよ、リップ」

「クフッ! クフフフフフフフフフフ!」

 

 振り返ると、致命傷を受けて死んだリップが起き上がっていた。

 先ほどまでの微笑みよりも目を惹き、引き込まれるような。しかし狂気を滲ませる魔性の笑み。

 

「嗚呼、嗚呼! 素敵ですわ、素敵ですわ! 迸る激情、突き貫かれる衝撃! 身も心も蕩かされてしまうようなこの痛み! 臓腑が焼け爛れ、肉が腐り落ち、骨すら残らない! これほどの腐蝕毒を戴いたのは初めてです! わたくし、このまま果ててしまいそうですわ!」

 

 見開いた瞳孔とかすかに紅潮する頬。

 肩を抱き、身を振るわせ、小躍りするリップは見ようによっては恋に恋する乙女のようであり、それが彼女の不気味さをいっそう際立たせている。

 

 そう、あの男性<マスター>は手元が狂ったわけではない。

 手首を掴まれていたリップが男性を引き寄せ、自分に短剣が刺さるように誘導したというだけの話。

 だから落ち着いてくれと言ったんだ。

 リップを……PKのR・I・Pを刺激して興奮させたくなかったから。

 

 ひとしきり叫んだ後、リップはハッとして表面上は落ち着きを取り戻した。

 

「はしたない姿をお見せしてしまいました。いけませんわね、あれだけ気をつけていたのに」

 

「わたくし、今日は多情移り気な振る舞いを慎もうと心に決めていたのですけれど。やはり我慢をするのは体に毒といいますか、反動が大きくて困ります」

 

「でも、全てあの殿方が悪いのですわ。

 ――(あい)してくださる、なんて仰るから」

 

 初めて聞いた時は耳を疑った、それが彼女の論理。

 愛と死を同列に語り、殺し殺されることが愛だと宣う。

 にわかには信じがたいが真実だ。

 実際に今も、そしてこれまでも彼女に見初められた<マスター>は(男女問わず)彼女の言う()に溺れてきた。

 

 目をつけた人物に自分を手にかけさせ、最後にはその相手の命も奪う。

 何よりタチが悪いのは、一度気に入った相手は何度も繰り返し襲撃を行い、殺されて殺し返すこと。

 その執念はかの“最弱最悪”に匹敵するほどで、フィールド・市街地を問わずつきまとい、果ては他国に設定したセーブポイントまで特定して出待ちをするほど。

 彼女から逃れるにはデンドロを止めるか、彼女が気まぐれで標的を移すことを待つしかない。

 

 故に、ついた通り名は“無理心中” R・I・P。

 レジェンダリアにおいても異彩を放つPKだった。

 

「ですが、やはり行きずりの方では物足りませんわね。もし……もしもですが。今日あなたさまが来てくださらなかったら、辛抱堪らずこの昂りをどうにか(・・・・)しなくてはならないところでした」

「だからそれが脅迫だって言ってるんだよ」

 

 リップが無差別に心中を繰り返した場合、多くの<マスター>と戦闘になる。

 心に傷を負う人がいるかもしれない。

 もし市街地で戦闘が始まったら、無辜のティアンが巻き込まれて命を落とすかもしれない。

 俺の選択いかんで惨劇が引き起こされるのだと考えると、とても誘いを断ることはできない。

 だから、俺はここに来ざるを得なかった。

 

「それで、何のために俺を呼び出したんだ。いつもなら問答無用で仕掛けてくるだろう」

「……ええ。そうですわ。そうなのですけれどね」

 

 なぜかリップは目を逸らして言い淀む。

 何か言いづらいことなのか?

 代理人を介したメールではなく、わざわざデンドロ内で直接会って話すこととは何だ。

 いや、時間稼ぎか騙し討ちの可能性もある。

 周囲の警戒は怠らないようにしないといけない。

 ステータスは全快。武器防具は問題なし、と。

 

「あなたさま」

「はい」

 

 少し震えて末尾が高くなった声。

 リップはやけに真剣な表情をしている。

 潤んだ瞳、赤らんだ頬。右往左往する視線。

 張り詰めた緊張感におのずと俺も背筋が伸びる。

 

 深呼吸の後、意を決したリップは次のように告げた。

 

「わたくしと逢瀬(デート)をしてくださいませ」

「……は?」

 

 ――これが長い長い、一日(デート)の幕開けだった。

 

Open Episode『Desperate』




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<さあ、彼らのデートを始めましょう

ひよ蒟蒻

(U・ω・U)<リアルだと大学二年生

(U・ω・U)<現在は母方の叔母の家に居候中
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