長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ
<Infinite Dendrogram>を始めてから、ゲームの中で一週間がたった。
従魔師ギルドのお手伝いでレベルを上げたわたしは決闘都市ギデオンにやってきている。
はじめての街には知らないもの、めずらしいものがたくさんあるから、道を歩くだけでも王都とちがうところを発見できて楽しい。たとえば、小さなネズミさんが店番をしている雑貨屋があったり。
今は<パティスリー加蜜列>っていうお店で休憩中。
つかれたときは甘いものにかぎるよね。
わたしはお皿に乗ったドーナツを半分こにして、片方をジェイドにあげる。
「ん〜! おいしー!」
『
たっぷりかかったお砂糖とチョコレート(みたいなもの)の甘味が口の中いっぱいに広がる。
やっぱりお菓子のデコレーションはたくさんついてる方がおいしいに決まっている。
このおいしさ、あと十個はいける!
……食べすぎ? こっちならどれだけ食べてもカロリーゼロだからいいんだもん。
でも、目の前に座る彼女にはかなわない。
「決めたわ。ウェイター、メニューに載っているスイーツを一つずついただけるかしら」
「は……? その、全品……ですか?」
注文を聞いた店員さんは困った顔になる。
このお店はちょうどレジェンダリアの有名【菓子職人】とコラボ中で、コラボ商品と元からメニューにあるスイーツを合わせると、その種類は数十にもなる。
しかも、注文をしたのはわたしと同い年の女の子。
金色の髪の毛を縦ロールにした彼女は、店員さんに言い聞かせるように注文をくりかえす。
「ええ。ここからここまで全部」
「か、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
わたしたち二人の左手をちらりと見た店員さんはおじぎをして、あわててキッチンに走っていった。
「一度やってみたかったのよね、大人買い」
「ブルジョワジーだね! でも食べ切れるの?」
「そうね。その件について、全く考えていなかったと言っても過言ではないわ」
「なるほど! ……あれ?」
自信満々に言うから納得しそうになったけど、それってようするに考えてなかったってことじゃない?
どうしようかしら、と真剣な顔でなやむ彼女の名前はアリアリアちゃん。
わたしとおんなじ初心者でパーティメンバーだ。
王都からギデオンに向かうついでに、わたしは冒険者ギルドで配達クエストを受けた。
そのときつくった野良パーティに参加していたのがアリアリアちゃんだ。
それがきっかけで仲良くなったので、クエストが終わってからもいっしょに行動している。
……本当は他のパーティメンバーとも仲良くなりたかったんだけど、わたしが怒らせちゃったんだよね。
原因はモンスターとの戦闘で、わたしとジェイドが足を引っ張ってしまったこと。
ジェイドはすこし怖がりなところがあって、襲ってくるモンスターを見るとふるえて泣き出してしまう。
戦うのが怖いのは仕方ないことだと思う。わたしの後ろに隠れるのもいい。
ただ、そうなるとわたしがモンスターに狙われる。
【従魔師】は仲間のモンスターに戦ってもらうジョブだから、自分で戦うのは向いてない。
何度もあぶないところを助けてもらううちに、最後にはパーティの一人が怒り出してしまった。
わたしはなにを言われても平気だったけど、ジェイドはそうじゃない。
言い合いのケンカになりかけたところでアリアリアちゃんが間に入ってくれたというわけだ。
『寄生と言うのなら、モンスターはほとんど私が倒しているわけですけれど。戦闘職は私一人なのかしらね』
ぴしゃりと放った一言は、それはもう効果てきめん。
堂々とした振る舞いはとてもかっこよかった。
次々に運ばれてくるスイーツの山を前にして困ってる姿を見ると、おんなじ人だとはぜんぜん思えないけどね。
「……サラさん。あなたも少し食べない?」
「いいの? じゃあ、いただきまーす!」
うーん、まずはどれにしようかな、と。
「それにしても、今回のクエストは骨が折れそうだわ」
よしっ! このカボチャのタルトに決めた!
「この広い街で一匹のモンスターを探し出せ、だなんて。おまけに何の手がかりもなし」
カボチャがピンク色なのもゲームならでは。実際はリアルのカボチャとはぜんぜん違う種類らしいけど。
色が同じだからクリームにも入ってるのかな? ほっこりとした甘さとサクサクの生地の相性はばつぐんだ。
「やっぱり二人だと限界が……聞いてる?」
「ふぇ?」
「別に食べるのは構わないけれど、耳は話に集中してちょうだい。ギルドの依頼をどうするのかってこと」
アリアリアちゃんはコーヒーを一口飲んで(砂糖もミルクも入れてない。大人だ!)、一枚の絵を取り出した。
「もう一度おさらいしておきましょうか。今回私たちが受けたギルドクエストは難易度二。内容は街に入り込んだと思われるレアモンスター……この【カーバンクル】を見つけて保護、あるいは討伐することよ」
目撃情報を元にして描かれた【カーバンクル】は赤い毛並みとおでこの宝石が特徴らしい。大きさはだいたい小型犬くらい。
ギデオンの周りに生息するモンスターじゃないから、どこかの従魔師か商人が逃がしたのだろうとギルドの職員さんは言っていた。
「私は被害が出る前に討伐するべきだと思うけれど、あなたは嫌なのよね」
「いい子かもしれないよ。まずはお話したいな」
「とはいえ、よ。遭遇しないことにはどうしようもないわ。午前中丸ごと使って【カーバンクル】のカの字も見つけられない」
「だいじょうぶ。そろそろだから」
ほら、ちょうど来てくれた。
わたしは窓のそばに近寄って、ガラスをクチバシで叩く小鳥さんをお迎えする。
ふんふん。そうなんだ。
お礼として、集めておいたタルトのくずをあげる。
「見つかったって!」
「ちょっと、どういうことよ」
「小鳥さんたちにお願いして空から探してもらったの」
わたしの【バベル】なら他の生きものに頼みごとができる。街中の小鳥さんや猫さんにお願いすれば、数の力でギデオンを探すことだって簡単だ。
だいたいの居場所がわかったら、あとはその近くを探せばいい。やみくもに歩き回るよりは楽になる。
「あと、これあげるね」
「赤い毛……もしかしなくても【カーバンクル】の?」
「うん。手がかりになるかなと思って」
小鳥さんが咥えていた一本の抜け毛。
わたしにとってはただの毛。でも、アリアリアちゃんなら使い道があるはず。
「お手柄よサラさん。さあ、早速向かい「お待たせ致しました。超級タワーパンケーキでございます。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
ドンと、そびえ立つ巨塔が目の前に置かれる。
それは立ち上がったアリアリアちゃんが隠れるくらいに積み重なっていて、お腹がペコペコだったとしても二人では食べきれないだろうなと感じる量だった。
「……速攻で完食して向かうわよ!」
宣言した声は震えていて、アリアリアちゃんがちょっと涙目になっていたのはここだけの内緒だ。
◇
「うぷ……気持ち悪い」
『
「しばらく甘いものは見たくもないわ」
山のような甘さの塊をどうにか食べ切ったわたしたちは、【カーバンクル】がいる八番街にやってきた。
ギデオンの他の区域と比べると薄暗い雰囲気の場所だ。映画で見るスラムみたいな感じ。あちこちから視線を感じるからすこし怖い。
「気にすることはないわよ。<マスター>に手を出す命知らずはそうそういないわ」
「そうなの?」
「考えてもみなさい。私たちのような子供でもモンスターを倒せる力があるのよ。しかも死んでも三日で復活するんだから厄ネタ以外の何物でもないでしょ」
アリアリアちゃんはなんてことないように言って、堂々と胸を張る。
「さ、始めましょうか。ルゥ」
『Wuu』
呼びかけに答えるのは真っ黒な影。
彼女の足元でおすわりする影はオオカミの姿で低く唸り声をあげた。
アリアリアちゃんから赤い毛を受け取り、鼻を鳴らす。
「この匂いを辿りなさい」
『
鼻を鳴らした彼は迷うことなく駆け出した。
オオカミの嗅覚は人間の百万倍もあるっていうから、探しているモンスターの匂いを嗅ぎ当てるくらいは簡単だ。
わたしたちはその後を追って、いくつかの路地を通り過ぎた。
周りの風景がスラム街から廃墟に切り替わってからも、ルゥはさらに奥へ奥へと向かっていく。
「このあたり、ぜんぜん人がいないね」
「まるでゴーストタウンね。いくらなんでも不自然だわ。……気配はないのに見られている」
「なに?」
「こっちの話。それより、見つけたみたい」
立ち止まったルゥは、ある建物の目の前でじっとおすわりをしている。
ここに【カーバンクル】がいるのかな?
建物は外から見て変わったところはない。
どう見てもふつうの三階建て。しいていうなら、入り口に文字が書いてあるくらいだ。
「ぶい、おー、あい、でぃー?」
『Rrr?』
「<
扉には鍵がかかっている。
ノックをしてみるけれど……誰も出てこない。
「すみませーん! だれかいませんかー!」
「まどろっこしいわね。下がってなさい」
ひるがえる右足。
ドガンッ、とものすごい音を立てて吹き飛んでいく扉。
アリアリアちゃんは足を下ろして砂ほこりを払うと、そのままルゥを連れて建物の中に入っていく。
「なにしてるの!?」
「見ての通りよ」
「さすがに怒られちゃうよ!」
「誰も出ないんだから仕方ないじゃない」
だからって扉を壊していいことにはならないと思う。
アリアリアちゃんはたまに自分ルールというか、後先を考えないで動くからびっくりさせられる。
もちろん理由があるときもあるけど、パンケーキのときみたいに行動してからあたふたするほうが多い。
「それに、こじ開けて正解みたい」
そう呟くアリアリアちゃんが見下ろす先には人が倒れていた。……って、たいへん!
「だいじょうぶですか!?」
ええっと、こういうときはどうしたらいいんだっけ。人工呼吸? それとも心臓マッサージ?
「落ち着きなさいな。気絶してるだけよ」
「そうなの?」
「ついでに言うと、他にも何人か倒れてるわね。全員ティアンよ。息があるから心配はいらないけれど、気になるならポーションをかけとけば良いんじゃないかしら」
アリアリアちゃんのアドバイスにしたがって、わたしはまず近くにいた男の人にポーションを飲ませる。
せっかくなら振りかけるより飲ませてあげる方が効きそうだからね。
「ぅ、ううん……」
「あ、起きた! だいじょうぶですか? 痛いところとかありますか?」
「……ヒッ!? こ、子供!?」
目を覚ました瞬間、男の人は悲鳴をあげて後ずさりした。
そういう態度はちょっと傷つくなあ。
わたし、そんなにこわい顔してないよ?
「あのー、わたしたちはあやしい者じゃなくて」
「く、来るな! 近寄るなぁ!」
「ちょっと貴方、サラさんに失礼じゃない。彼女は貴方を介抱していたのよ」
「嘘だ! お前らも、あの目つきの悪い子供の仲間なんだろ!? 俺は騙されないぞ!」
どうやらわたしたちを誰かと勘違いしているみたいだ。でも、わたしは『目つきの悪い子ども』に心当たりはないし、それはアリアリアちゃんも同じ。
詳しい事情を聞こうにも、男の人はパニックになっている。これだとお話するのは難しいかもしれない。
わたしたちの目的は【カーバンクル】探し。男の人が元気ならそれでオッケーではあるのだけど、このまま放っておくのは少しかわいそうだ。
「アリアリアちゃん」
「わかってるわよ。未知の危険に飛び込むより、情報を仕入れた方が得策だしね」
「うん! ありがとう!」
とりあえず落ち着いてもらって、それからお話を聞くことにしよう。
「さあ、死にたくなければ全部吐きなさい」
『
「優しく! 優しくしてあげて!」
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<アリアリアが扉を蹴飛ばした後から、ジェイドはビビって半泣き状態です