長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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*デンドロ時間は本初子午線基準と仮定して計算


Date ②

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 リップから唐突なデートの誘い。

 予想外の言葉にしばらく思考が停止したが、応じるか否かで考えると選択肢はあってないようなもの。

 そもそも断った場合のリスクが高すぎる。

 何をしでかすか読めない以上、彼女に従いつつ出方を窺うのが最善だった。

 

 鼻歌交じりのリップに続いて庭園を回る。

 歩調は緩やかで、ときおり気まぐれに足を止めるため、注意を払っていないとぶつかりそうになる。

 色彩豊かな草花が植えられた花壇の前にしゃがみ込み、あるいは見事に整えられた生垣を眺める。

 その様は精緻な絵画のよう。やはり静かに口を閉じてさえいれば、惑わされる者が出てくるのもやむなしと納得してしまうくらいに外面は見目がいい。きっとキャラクリエイトに相当な時間を費やしたに違いない。

 

「わたくしの顔に何かついていますか?」

「いや別に。だから頭に葉っぱを乗せるな。今むしったの一応は公共物だぞ」

「こうしたときは優しく手で払うのが紳士の嗜みですわ」

「わざとやられても困るんだが」

 

 こちらの返しが満足いくものではなかったのか、リップは大袈裟にため息をしてみせた。髪についた木の葉を自ら払い、それを一瞥もせず無造作に踏みつける。

 それっきり、直前の会話など無かったかのように彼女は再び歩き出す。

 

「どこか行くアテがあるのか?」

「どうでしょうね。なんとはなしに辺りを散策しておりますけれど。ええ、ええ。もちろんわたくしは一向に構いませんわ。この庭園も定番の場所のようですから」

 

 リップの言う通り、周囲にはカップルの姿がちらほらと見受けられる。

 他にも<マスター>・ティアン問わず人は多い。

 侯爵自慢の庭園であり、一般公開がなされていること。それなりの広さがあって綺麗な花が咲いていること。後は単純にセーブポイントがあるからだろう。

 ちょくちょく奇抜な格好や奇行をする者が視界の端を通り過ぎていくのだが、それはともかく。デスペナ開けの変態だろうか。

 あのカップルたち、よくこんな所でイチャつけるな。

 

「ときにあなたさま。聞き及んだところによると、デートとは往々にして殿方がリードしてくださるのだとか。他の方々を見ても誤りではないようですわ」

 

 やけに持って回ったような言い方をする。つまりあれか。俺がリードするのを待っていたのか?

 だとすると非常にまずい。てっきりあちらが好き勝手に動くものだとばかり考えていたので、俺は基本的に待ちの体勢だった。デート開始から三十分弱、ただリップの後ろを歩いていたダメ男になってしまう。

 

「気が利かなくて悪かったよ。こういうのは慣れてないんだ」

 

 有名なデートスポットをざっと頭に思い浮かべて、その中から遠出の必要がある場所を候補から外していく。

 

 現実の日本時間では早朝だったが、三倍時間のデンドロ内部だとちょうど太陽が真南に昇っている。

 今から出かけるのでは目的地に着いてすぐに日が暮れてしまう。リップの機嫌を損ねる可能性がある以上、そのような失態はよろしくない。

 

 本当は市街地も避けたいところなのだが、その場合は魔境と名高いレジェンダリアの森を彷徨う羽目になる。

 いつ<アクシデントサークル>に巻き込まれるかも分からないし、さすがにデートでダンジョン探索やレベル上げをするわけにもいかないだろう。

 

「参考までにお前の意見も」

「あなたさま。あちらをご覧くださいませ」

 

 俺の言葉を遮って花壇の一角を指差すリップ。そっちが話を振ったんだから聞いてくれと思ったが、文句の言葉は飲み込んで視線を向ける。

 

 誰かが場所を借りて育てているようで、周囲よりも手入れが行き届いた花壇。

 そこには初雪のように白い小さな花が植えられていた。

 この辺りではあまり見かけない星形の花弁。

 ただ、どこか見覚えがあるような気がする。他国に足を運んだときに目にしたのだったか。

 

「綺麗だな。他のと比べても特に」

「そうですわね」

 

 その肯定は意外だった。

 リップは花に興味なんてないと思っていた。花を眺めるのも手持ち無沙汰だからで、そこに感慨を見出すくらいならデスペナの回数を数えるのがリップである。

 少なくとも俺が見てきた彼女はそういうやつだ。

 

「そんなに驚かなくても良いではありませんの。わたくしとて、花を愛でる心くらい持ち合わせております」

「あ、いや、その」

 

 内心を見抜かれ、さりとて嘘を吐くわけにもいかず。

 リップは言葉に窮する俺を流し目に見てから、花の茎に手を添えてつうとなぞる。

 

「ご存知ですか? この花の花言葉は『初恋の思い出』というそうです。特に白いものは『無垢』『平和』という意味もあります」

「へ、へえ。詳しいな」

「以前調べたことがありまして。かつては戦地に赴く者へのお守りとしても親しまれていたのだとか。ふふ、植物一つに凝った設定ですわね」

 

 そうだ、思い出した。

 これはたしか師匠が押し花にして持っていた花だ。

 一度、たまたま師匠のポケットからはみ出ていたのを見た記憶がある。稽古中だったからよそ見をした隙にタコ殴りにされて、気がついたら懐に仕舞われていたが。

 

「ええ、ええ。健気で愛らしい花ですこと。人が戯れに育み、そうして咲き誇った刹那に手折られる徒花。実に儚くも美しい在り方ではありませんか」

 

 ポキリ、と。

 リップは手慰みに摘み取った一輪を俺に差し出す。

 

「これをわたくしと思って受け取ってください……とでも告げたのでしょうか。決して共にはいられないとしても、いずれ枯れる気休めだとしても、気持ちだけはと」

「だとしたら、それは悲しいことだ」

 

 俺は確かなことが分かるわけではないけれど。

 生きて帰ってこれないかもしれない戦場に、大事な人を送り出さなければならないのだとしたら。そして自分はただ待つことしかできないなら。

 俺はきっと運命と自分の無力さを呪うだろう。

 心配させまいと涙を堪えて、それでも結局は我慢できずに泣いてしまうかもしれない。

 

 大事な人の死に目に立ち会えないのは嫌だ。

 目の前で人が死ぬところを見たくない、という心情と矛盾するようだがそうではない。

 要は誰かが傷ついたり不幸になるのが見てられないという性分なのだ。その誰かには俺自身も含まれる。

 立場が逆でも、大事な人を置いて逝きたくはない。

 置いていかれる側の気持ちはよく知っている。

 もちろん大前提として、皆死なずに生きていてほしいわけだが。

 

「わたくしはそうは思いません」

 

 俺が受け取らなかった花をドレスの胸元に差して、リップは俺の発言を否定した。

 

「死の間際、思いが込められた品が手元にあるなら。愛された証を抱いて共に行けるのであれば……それはきっと、幸せなことですわ」

 

 それはリップらしい考え方で。

 いつもなら受け入れがたい意見のはずだが、たとえ話の内容が内容だからか、今回ばかりは納得できないにしても少しだけ理解できるような気がした。

 

「そうそう、この花には致死性の毒があるのです! お守りの風習も、もともとは自決用として兵士に配られたというのが始まりだそうですわ」

「お前が興味を持った理由、絶対にそれだろ」

「きっかけはどうでも、好きな花というのに変わりはありません。順位は二番目ですけれど」

 

 

 ◇

 

 

 これといって次の目的地が思いつかないまま、あてもなく庭園を歩くことしばし。

 

「……」

「……」

 

 お互い植物に特別関心があるわけでもなく。話題はすぐに尽きて、会話が途切れ途切れになってきた。俺とリップは興味の対象が異なるし、沈黙を誤魔化すにしたって、似たような話を何度も繰り返すのは気が引ける。

 こういうとき、自分のコミュニケーション能力不足を痛感させられる。せめて準備の時間があれば……。

 

 どこでもいいからとにかく場所を移すか?

 街を見て回れば名案が浮かぶかもしれない。

 行き当たりばったりかもしれないが、現状よりは百倍マシに思える。

 そもそも無計画なのは最初からだ。次善の策を選択し続けるより道はないだろう。

 

 そう考えて、リップに声をかけようとしたそのとき。

 

「誰かーー!! 助けてくれぇぇーー!!!!」

 

 聞こえてきた悲鳴に俺は足を止めた。

 庭園の奥からだ。合わせて、木々が薙ぎ倒されるような物音と振動が響く。

 

「如何されました、あなたさま?」

 

 数歩先を歩いていたリップは振り返ると、動かない俺に対して不思議そうに首を傾げる。

 

「どうって、今の聞こえただろ」

「さあ……きっと空耳ですわ。そんなことよりもデートの続きを致しましょう」

「絶対に空耳じゃないし、そんなことで済ませられるか。何かトラブルが起きたなら行かないと」

「どうやらお忘れのようですわね。わたくしを一人にしてよろしいのですか?」

 

 たしかにリップを放置することはできない。

 彼女が大人しくしているのはデート中だから。その前提が崩れれば街中でPK騒ぎを起こしてもおかしくない。

 しかし、

 

「安心しろ、って言うのが正しいかは分からないけどな。どうやら騒ぎが向こうから飛び込んで来るみたいだ」

 

 助けを求める声と振動は徐々に近づいてくる。

 おそらく何かから逃げているんだろう。このままだと俺たちも巻き込まれることになる。

 降りかかる火の粉を払うならリップを置いて行く必要はないし、目の前の問題を見過ごさずにいられる。

 

 念のためリップを下がらせて身構えることしばし。

 

 前方の曲がり角から悲鳴の主が姿を見せた。

 

「ひぃぃぃぃ!? とにかく走れ! ついてこれないやつは置いていく! 餌になって時間を稼げ!」

「わお、あいかわらずのクズ発言」

「ま、待つんだ君たちぃ……吾輩を置いてかないで……」

「エクス!? ええい、ここは私に任せて先に行きなさい! 殿(しんがり)は騎士の務めです!」

「バッカ止めろ! どうせ瞬殺されるに決まってる!」

 

 必死の形相で走ってくる四人の男女。

 男一人に女三人。

 助けを呼んでいたのは先頭を行く斥候風の男だろう。

 彼に背負われた少女、息も絶え絶えな魔術師の女子に、それを助けようとする女騎士。

 

 そんな一党を追い立てるのは、自立する植物型のモンスターが一匹。

 トレント……いや、モチーフは樹木というよりウツボカズラだろう。巨大な口から蜜を垂らし、無数の蔦を触手のように蠢かせて彼らを狙っている。

 ただ速度はそれほど速くないようで、彼らの足でも逃げ切れそうではある。

 

「あなたさまが助ける必要はないのではありませんか? あの方たちはそれなりの<マスター>でしょう」

「……いや、放っておけない。モンスターをそのままにもできないし」

 

 念のため兜を装備して駆け出す。

 向こうの面々も俺に気づいたようで、わずかに安堵を浮かべたものの、気を抜いては追いつかれると分かっているから走る足を緩めない。

 男が向けてくる期待と懇願の視線に応えるように、俺は頷きを返した。

 

「……っ! 悪い、助かる!」

 

 そう言って逃げる一党とすれ違い、彼らを庇うようにモンスターの前へと立ち塞がる。

 軽く《看破》で見た限り、飛び抜けて高いステータスがあるわけでもない。スキルも変わったものは持っていないはず。だが、相手の手札を読み切れない以上は慎重に対処するのが得策。

 

 左の手のひらをウツボカズラに向けて照準を合わせる。

 今から使うスキルは予備動作なしでも発動可能なのだが、この方が正確に狙いを定めやすい気がする。

 あとは先人の教えのようなもの。これに関しては教わっていないが、見様見真似というやつだ。

 

『《パージ・パニッシュメント》』

 

 光の柱がモンスターを磔にする。

 相手を行動不能にする【征伐王】の奥義、さらに単体に対象を絞ったアクティブスキル封じ。これで大抵の初見殺しは機能しなくなる。

 とはいえこのスキルも完璧ではない。たとえばパッシブスキルの発動を止めることはできないし、身動きが取れないのも正確には「その場から動けなくなる」だけ。

 尻尾や舌、触手などの部位を持つモンスターには少々効果が薄いわけで。

 

『危ないな』

 

 伸びてきた蔦を振り払い、引きちぎる。

 このウツボカズラは従魔ではなさそうだから、このままとどめを刺した方が良いだろう。

 そう思い、蔦を避けながら近づいて攻撃した途端。

 

 

 

「死ぬかと思った……コホン。しかしあいつめ、吾輩特製ダイナマイト(・・・・・・)ポーション(・・・・・)を飲み込むとは」

 

『は?』

 

 

 

 後ろから聞こえた声に耳を疑う暇もなく。

 

 ウツボカズラの体内から激しい光が放たれ、

 

 

 

『は!? くそっ、リッ……』

 

 

 

 

 

 ――爆風と轟音が全てを掻き消した。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<お久しぶりです

(U・ω・U)<間が空いてしまいましたが、ブランクを取り返すためにも書き進めていきたいと思います

Ψ(▽W▽)Ψ<だからって爆発オチとか恥ずかしくないのかドラ

(U・ω・U)<つ、次はちゃんとデートするから……たぶん(震え)


【リーベシュネーの花】
特定の地域にのみ原生する植物の花。人の手による栽培は困難で、野生の株も少ないため、現在ではほとんど見かけることはない。花弁の色は白が多いが、紫や黄色、桃色なども存在する。
小さく可愛らしい外見とは裏腹に強い毒性を有している。毒には即効性があり、人間範疇生物が摂取すると神経系に作用して苦痛なく死ねるため古くは自決の際に用いられた。
時代を経るにつれて、「これを使わずに無事帰ってきて欲しい」という願いを込めたお守りとして手渡されるようになったとか。
ちなみに、香りと口に含んだときの苦味を誤魔化すことが難しいため暗殺には用いられない。
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