長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【征伐王】ひよ蒟蒻
気の向くままに二人で街を歩くことしばし。
メインの大通りに並ぶ武具屋や雑貨店といった店舗だけでなく、行商人や占い師の露店、はたまた画家や大道芸の路上パフォーマンスなどを見て回っていたら、時間は飛ぶように過ぎ去っていった。
「道が混雑してきたな……リップ?」
返事が無いので振り返ると、リップは人の流れに押されて思うように進めていない。
小柄だから人混みに遮られて前が見えないのだろう。ステータスはそれなりなのであらぬ方向に流されたりはしていないようだが、はぐれる前に助けた方が良さそうだ。
「失礼……すみません通してください……っと」
流れをかき分けていくと、リップから手を握ってきたのでこちらに引き寄せる。
「気づかなくて悪い。大丈夫だったか」
「これが大丈夫に見えまして? 押されて踏まれて散々ですわ」
リップは気疲れした様子で髪や服を整えている。
やはり人の波が落ち着くのを待つ方が良いな。
静かで人が少ない、休憩できそうな場所がいい。
幸い一箇所だけ心当たりがある。
「リップは甘いもの食べれる人?」
「人並みに、といったところでしょうか。あまり口にする機会はありませんけれど」
「じゃあついてきてくれ。しばらく避難しよう」
「え、あっ……」
また同じことを繰り返しても困るので手を繋いだまま、リップを連れてきたのは知り合いが営む洋菓子店だ。
極彩色で風変わりな建築ばかりのプリコットでは逆に珍しい、クリーム色の外装を持つ普通の店構え。
店内の雰囲気は落ち着いたカフェに近い。漆喰の壁(もちろん喋らない)に木目を活かした床(踏んでも叫んだりしない)、センスの良いインテリア(歌ったり踊ったりしない)。つまりレジェンダリア風の奇抜さは徹底的に取り除かれている。
<マスター>・ティアン問わず有名な知る人ぞ知る店だが、この時間帯ならピークは過ぎていて、かつ酒場や食事処の営業が本格化する頃合いなので客は少ないだろうという予想は当たっていた。
俺たちの他に客は一名しかおらず、店主の計らいにより奥まった席を確保することができた。
「ふぅ。落ち着きました」
「それは良かった。で、もう手は離して問題ないと思うんだが」
手と手は触れ合ったままだ。しかも、いつの間にか指と指が絡み合っていて密着度合いが増していた。
普段触られるときはひんやりと冷たいのに、今はどうしてか指先が熱い。
「あら、あなたさまがいけないのですよ」
「理由になってないぞ。ほら早く。これだと座れない」
「隣り合わせになればよろしいのでは?」
「席二つ占領する気か」
結局押し切られた。
客は少ないから、まあ良しとする。
注文を取りに来た店員が下がると二人きりになった。
「そうそう、先程のあれをご覧になりましたか?」
「見てたよ。ありきたりな手品だと思ったけど、あの剣は本物だったからな。どういうトリックなんだろう」
「実に摩訶不思議と言いましょうか。わたくしの予想では箱に仕掛けがあると見ました。次はアシスタントに立候補してみてもいいですわね。手妻のタネを暴くも一興、失敗して串刺しになってもまた良し……善は急げです。あなたさま、参りましょう!」
「待て。一回やった演目はもうやらないだろ」
最初は気がかりだった会話も探せば話題は見つかるもの。お互いに楽しむことが大事なのであって、意味のある会話をしようだとか気負う必要はなかったのだ。
気持ちが楽になったのは、リップは話したいことがあれば話す性格と分かったことが大きい。会話を繋ごうとするのではなくて、その瞬間に興味を持った事柄について口にする。たぶん一人で喋ることに慣れているのだろう。俺が反応すると数倍になって返ってくるので、沈黙を好むタイプというわけではなさそうだが。
「お待たせしましたー。こちらガトーショコラとモンブランですー」
話しているうちに、興味津々といった様子の店主自らが注文したものを運んできた。
俺とリップの前にケーキとポットを置いた彼女は自身も空いている向かいの席に腰かける。
「それでー。その人とはどういうご関係なんですかー?」
「……仕事に戻ってくれないかパルフェ。今は相手をする余裕がない」
「でもー、お店ガラガラですしー。話し相手になってくださいよー。暇なんですよー」
のんびりと間延びした口調で紅茶を注いでいるが、徐々に高まる緊迫感に気がついていないのだろうか。
爪痕が残るんじゃないかという圧から意識を逸らしつつ、手を振りほどこうとするがびくともしない。
「リップ、紹介する。彼女はパルフェ・シュクル。プリコット侯爵お気に入りの【菓子職人】だ」
失態をなしくずし的に挽回するために思考を巡らせるが有効な手段は浮かばない。
対するリップはというと、表面上は何ら変わらず、むしろ一層穏やかにも見える態度で会釈を返す。
「お初にお目にかかりますわ。わたくしR・I・Pと申します」
「はいー。よろしくお願いしますー。それと、さっき注文を取りに来たのはコーくんですー」
「コーくん……?」
「無口な男性がいただろ。あれが店員兼用心棒のカクタスだ。二人とも侯爵家の仕事で付き合いのある<マスター>だよ」
「私とコーくんはリアルだと幼なじみなんですよー。だから一緒にデンドロをしてもらってるんですー」
「まあ。そうなんですのね」
途端に張り詰めていた空気と俺の手にかかる力が緩む。
パルフェのリテラシーの可否はともかく、今回はそれに救われたか。
どっと噴き出した汗を拭ってため息を吐く。
まったく心臓に悪い、と深呼吸をしたところで。
「あ、そうでしたー。コーくんがひよ蒟蒻さん宛の預かり物をしてたんですよー。
最大級の爆弾が投げ込まれた。
◇
意図せず劇薬を投下したパルフェは大量の注文を受けて厨房に引っ込み、後には俺とリップが残された。
リップはこれといった反応を見せず、繋いだ手はそのままの力で固定されている。
「……」
「……」
食器の音だけが鳴り響く。
普段ならこんもりとした小山に舌鼓を打つところだが、今日は甘味がほとんど感じられない。
緊張感を誤魔化すために紅茶を啜っていると、ガシャンと何かが倒れる音がした。
「……あ」
横になったカップと飛び散る紅茶。
ほぼ熱湯と同じそれをかぶったというのに、リップの反応は薄い。
「お、おい。大丈夫か」
「ご心配には及びませんわ。ああ、片付けをしなくてはいけませんわね」
「いやそうじゃなくて、火傷とか」
「おかしなことを仰いますのね。ここはゲームの中、何の問題もありませんわ」
「けどお前、痛覚ONにしてるだろ」
「ですから慣れています。この程度、これまでと比べればどうとも。あなたさまもそれはご存知のはずですわ。身を焦がす痛みも、息が詰まるような苦しみも、わたくしは経験してきましたので」
平然とハンカチを当て、何でもないことのように受け答えをするリップは俺がよく知る彼女ではあったが、この数時間で見慣れた少女とは少し趣が異なっていた。
ひどく本能的な直感だ。
この違いを見逃したらいけない。
ここで思考を停止して『そういうもの』だと受け入れてしまったら……取り返しのつかないことになってしまうような気がした。
「なあリッ「ときにあなたさま、先ほどのお話についてなのですが。例の『ステラちゃん』のことをお伺いしてもよろしいですか?」
「いや、今はそれよりも」
「せっかくのデートですもの。わたくしのお願いを聞いていただけますね? さあ、さあ」
リップは体を乗り出して詰め寄り、俺の言葉に自身の言葉を重ねて黙らせる。
有無を言わさず、あるいは問答無用の彼女の姿勢を和らげるにはこちらが先に語る他ないようだった。
「……大したことじゃない。前にステラ……プリコット侯爵の孫娘を人攫いから助けたことがあって、その縁でたまに護衛の仕事を受けてるんだ。まだ子どもだから護衛って言っても遊びに付き合うくらいだけど」
ステラは俺のことをヒーローか何かだと勘違いしているようで、悪漢から自分を助けてくれた騎士という筋書きをたいそうお気に召しているらしい。
だがそれは憧れや尊敬、親愛の感情だ。
経験の少ない幼少期には感情を錯覚することがあるというが、もしその傾向があるならプリコット侯爵が俺を近づけはしないだろう。あの領主は老獪でも孫バカなのだ。
「それで?」
「ステラは花屋の真似事をするのが好きで、だから今回も深い意味はないんだよ。だいたい貴族のご令嬢といっても十歳だぞ」
リアルだと小学四年生。犯罪だよ。
「年下好きではありませんの?」
「ロリコンと一緒にするな」
「……本当に?」
「断じて違う」
この国は秩序側の<超級>にも変態が多いせいか、信憑性が薄れてしまうのが実に度し難い。
どうして<YLNT倶楽部>から勧誘が来たのか未だに納得がいっていないからな。いや、オーナーもメンバーもみんな良い人なんだけど。
「そうだ、リップも見たことはあるはずだよ。お前と初めて会ったとき隣にいた子がステラだ」
「……さあ? 忘れてしまいましたわ」
俺にとってはかなり衝撃的な出会いだったが、リップにはそうでもなかったのだろうか。
とにかく、一瞬考え込んだことでリップの追求が止まった。今ならリップの違和感を突き止めることができるかもしれない。
「リップ、お前は――」
何を言うかも決めておらず、ただ何かを伝えなければいけないことだけは理解していた。
しかし、それは叶わない。
「ここに居られましたか! 【征伐王】様!」
勢い良く扉を開けて、一人の騎士が声を上げたからだ。
息も絶え絶えに店内へ転がり込んだ彼の顔には見覚えがあった。たしか侯爵家に仕える騎士団の一員のはず。
「どうしました? いったい何が」
「は、早く! 早く来て下さい!」
「落ち着いてくださいねー。はいどうぞ、お水ですー」
パルフェが差し出した水を呷った騎士は、荒い息を吐きながら急報を告げる。
「街中にモンスターが多数出現! 破壊活動を止めるため、現在騎士団と有志の<マスター>で対処に当たっていますが……」
「なッ」
最悪のタイミングで起こったトラブルに悪態を吐きたくなる気持ちを抑え、俺は元凶を推測する。
リップではない、となると一番可能性が高いのは……手口は三銃士のあいつに近いがどうにもそぐわない。さては新種の変態か?
しかし、事前に警戒していたから動けてはいるようだ。
<マスター>は人数が少ないが一騎当千。騎士団はティアンなので無理はできないがマンパワーと組織力がある。
まずは専守防衛で被害を抑えることができれば。
そんな甘い考えは、
「敵は亜竜級のゴブリン三百匹、うち数匹は純竜級に届くと推定! 我々では太刀打ちできず、<マスター>方も後手に回っていますッ!」
――続く騎士の絶望に掻き消されたのだった。
◇◆◇
□■数時間前
プリコットの冒険者ギルドは他の主要施設と並んで街の中心部に位置している。
他の街にあるギルドと同様に、建物はギルドとしての機能を担う施設と冒険者が集まる酒場が併設されており、今日も大勢の冒険者が訪れる。
稼いだ金で酒を酌み交わす冒険者を尻目に、ギルドの職員はそれぞれが己に割り振られた仕事をこなしていく。
そんな中、受付カウンターを丸々一つ占領して作業に没頭する職員がいた。
雑多に積み上げられたガラクタを詳細に検分して、手元の紙に何やら書き込んでいる。
「おーい、そんなに根を詰めると疲れるよ」
「ごめんなさい。でもあと少しなので」
隣の職員が見かねて声をかけるも、忙しなく動く両手は止まることがない。
「さっきの冒険者四人組が持ち込んだやつ?」
「はい。すべて<魔女の森>の生態系調査で見つかった物品です。クエストの納品物扱いなので、鑑定した後に買い取りですね」
「ギルドが出した依頼だからね。普通に素材として売られたら困るし。モンスターの調査なんて<マスター>に任せればいいと私は思うけど」
「地道な調査でないと気づかないことだってありますよ」
たとえば、と職員はアイテムボックスから数枚の写真を取り出した。
「モンスターの巣穴を探索中に撮影されたものです。これを見れば、この洞窟にゴブリンが住み着いていたことがわかりますね。およそ五十匹程度の群れでしょうか。一目瞭然です」
「え、わからないよ……? あなた、研究者の適正でもあったっけ……?」
首を傾げる同僚を無視して、職員は写真を指差す。
「ですが、不思議な点があるんです。ところどころに何かを隠したような痕跡があります。この辺りとか壁の色が変ですよね」
「ん、んー……言われてみればそんな気も?」
「非常に巧妙な偽装ですが、私の目は誤魔化せません」
「いやいや、気のせいじゃない? ゴブリンが何を隠そうとするっていうのよ」
「……ではこの件は一旦置いておきましょう」
職員はさらに複数のアイテムを取り出す。
「見てください。洞窟で発見された品の一部です」
「特におかしなところはないように思うけど」
「
「それは、たしかに……でもほら。ゴブリンって冒険者の遺品を奪ったりするじゃない。剣とか鎧とか」
「こんなガラクタを冒険者は持ち歩かないでしょう」
職員が掲げたのは武器ですらない料理用のナイフ、明らかに人が座るには小さな木製の椅子、水瓶や皿などの焼き物、小鬼を象った人形など。
いずれも職人顔負けの出来栄えであり、西方三国の技術の粋にも届かんとする作り手の能力が見て取れる。
「たしかに、ゴブリンは知能を有するモンスターです。武器を扱い、魔法を操り、鍛冶だってこなします。ですが人間の真似事にも限度があります。せいぜいが戦闘技術と原始的な生活を営む程度……そのはずでした。しかしこれらの証拠からは文明の萌芽が見て取れます」
「飛躍しすぎじゃないかな……あ、ほら。<魔女の森>には大昔から生きてる魔女が住むっていうよ。その魔女が作った道具をゴブリンが盗んだとか」
「そうですね。それは十分に考えられます」
「ほら! だからゴブリン討伐の依頼を出しておけば大丈夫だよ。五十匹は多いけど、冒険者なら平気だって」
楽観的だが決して現実離れはしていない考えを述べる同僚に、職員はきょとんとして。
「いえ。誰も五十匹だけだなんて言ってませんよ?」
同僚の誤りを否定した。
「え? だって、五十匹って言ったよね」
「それはこの洞窟にいた群れの数です。彼らが調査した巣穴はまだありますし、似たような調査報告は何十件と受けています。何度も討伐依頼が出されてはいるようですが……確実に逃げられていますね。さすがに成長速度を考えると出産では追いつかないでしょうから、同じ群れが巣穴を点々としていると考えて間違いないかと。おそらく少数を囮に残してカモフラージュしていると思います」
「ものすごい早口で喋るね……?」
一呼吸置いた後、職員は地図を取り出して広げた。
「ここが<魔女の森>、そしてこことここ、あとは……」
「それギルドの備品なんだけど……もう遅いや」
指差した箇所に赤い丸を描いていく職員。
加えてそれぞれに洞窟や遺跡の内部の写真を添える。
「先ほど説明しましたが、これが偽装の痕跡です。個別に見ると気づきにくいですが、隠蔽された箇所を互いに線で繋ぐと……気がつきませんか?」
「……あっ!」
同僚は棚を漁って一枚の地図を取り出す。
それは職員が丸をつけたものとは少し異なり、街や地名ではなく、土地を流れる水源を記したもの。
「地下水路!」
「そうです。もうお分かりですね? ゴブリンは天然の交通網を用いて個々の群れと交流していた。いえ、あるいは初めから一つの巨大な群れだったのかもしれません。群れすべてが暮らせる住処がないから各地に散らばっていたと考えても不自然ではないでしょう」
そう言いまとめると職員は再び鑑定作業に向き直る。
次々と新しい情報が明らかになるような錯覚に同僚は楽しさを感じていたが、いつまで待っても続きが始まらないのでしびれを切らして尋ねた。
「……え、終わり?」
「はい。だってこれ、想像でしかありませんから。良い息抜きになったでしょう」
「そうだけどぉ〜」
拍子抜けした同僚はずるずると椅子からずり落ちる。
「でも可能性はあるよね? 上に報告したら?」
「取り合ってもらえませんよ。どうせ、戦うのは私たちではなくて冒険者の皆さんです」
職員は無機質な瞳を同僚に向ける。
同僚は気がついていないようだが、職員の憶測には説明されていない部分がある。
それは『どのようにして技術革新がもたらされたか』であり、発展によって規模が大きくなった群れを『誰がまとめるのか』という問題だった。
とはいえ、それは職員が語ることではない。
職員の視界に映る
基本的に単純な思考しか許されない
「……マスターの筋書きを崩すわけにはいきません」
職員――創造主に『Toter M-Spionage-44910』と刻印されたソレは、同僚に聞かれないよう小さく呟いた。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<プロット構成難しい&頭使うよりノリと勢いで書きたい
(U・ω・U)<あと、本エピソード全話にサブタイトルをつけるか考え中だったりする
リップ
(U・ω・U)<序盤に会話が弾まなかったのは雰囲気を楽しんでいたのが六割、困るひよを見て愉しんでいたのが三割
Ψ(▽W▽)Ψ<残り一割は?
(U・ω・U)<緊張(無自覚)
赤い薔薇
Ψ(▽W▽)Ψ<パルフェは悪くないけどタイミングが悪い
(U・ω・U)<それもあるんだけど、何よりも『薔薇』というのがマズかった
(U・ω・U)<これで送った側は日頃の感謝100%、他意は無いのだから恐ろしい
Ψ(▽W▽)Ψ<将来は小悪魔ドラ
職員
(U・ω・U)<有能
(U・ω・U)<でも非人間
Ψ(▽W▽)Ψ<あんにゃろう遊び心出してんじゃねえ