長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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Desperate ⑤

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

「お願いします【征伐王】様! どうか、ゴブリンから街を守ってください!」

 

 必死の形相で騎士は懇願する。

 本来ならば街を防衛するのは彼らの責務。

 恥も外聞も投げ捨てて俺に救いを求めるのは、無辜の民が危険に晒されている状況で自分たちの力不足を痛感しているから。

 

 その気持ちは俺にもよく分かる。

 だから彼らを助けたい。

 幸い、それを成し得る力が今の俺にはある。

 

「――あなたさま」

 

 だが、底冷えするような声が俺の足を縫い留める。

 しがらみは言葉だけではない。

 絡み合った指はいつの間にかほどけて、手首をへし折られてしまいそうなほどの握力で掴まれていた。

 リップは力づくで、無理矢理に、腰を浮かせた俺を椅子に引き戻す。

 

「どこへ行かれるおつもりですか」

「……手を放してくれ」

 

 彼女を刺激しないよう俺は静かに語りかけるが。

 

「どこへ、行くのかと、聞いているのですが?」

 

 ぐるりと俺を見上げた双眸の紅は陰鬱な闇が差してどす黒く濁り切っていた。

 屍蝋の如き肌は蒼白となり、頭を跳ね上げた勢いで濡羽色の髪が頬に張り付いている。

 悪鬼死霊を思わせる気迫に押されてわずかに身を引いた俺に、彼女は容赦なくのしかかってくる。

 

「わたくし言いましたわよね? 二度目はないと。あなたさまも『わかった』と仰ったではありませんか。それを、それなのに……今日は、今この時だけは、わたくしを優先してくださるのではないのですか? あれはその場限りの虚言だったのですか?」

「違うんだ。嘘じゃない。あれは本気だった」

「ええ、ええ。そうですわよね。嘘ではありませんわよね。あなたさまがわたくしを置いていけるはずありませんわ。だって目を離した隙にわたくしが何をするかわかりませんものね。だから、これは意地の悪い冗談なのでしょう? わたくしをからかっているのですよね? あんなNPCの言葉よりも、わたくしと一緒にいることを選んでくださいますよね?」

 

 溢れる懇願が棘になって突き刺さる。

 憤懣、悲哀、嫉妬、憎悪、羨望……複雑に入り混じる感情が呪詛のように俺を蝕んでいく。

 

 こうなると予想はできていた。

 リップを蔑ろにする代償は大きい。それこそ第二の火種に油と爆薬を投げ入れるような愚行だ。

 俺は彼女を裏切ろうとしているのだから、怒りを買って当然ではある。なにせ全面的に悪いのはこちらだ。

 

 もちろん口約束とはいえ軽率に決めたわけじゃない。

 だが、先ほどまでと今では状況が異なる。

 一<マスター>の暴走程度ならまだどうにかなるだろうが、数百単位で亜竜級のモンスターが街を襲っているとなると俺が出る必要があろう。

 リップを満足させるためだけに、大勢の命を危険に晒すことは俺にはできない。

 

 問題は、リップの暴走がさらなる騒動を招くこと。

 街の人たちを守るために別の事件を引き起こす、なんて救いようのない結末になっては意味がない。

 そうならないためにも、俺はリップを説得したいのだが。

 

「どうして……黙るのですか」

 

 悪いのは俺だと理解していて、それでもお互いが言い分を通そうとするのなら。

 どんな言葉なら彼女に届くのか、と考えたとき。

 俺の中に答えはなかった。

 

 たとえば、モンスターの討伐にリップを連れて行く提案をしたとして。

 なぜ自分がそんなことをしないといけないのかと彼女は問うだろう。今の様子を見るに最後のトリガーを引いてしまう可能性だって十分にある。

 この提案がリップより街の人々を優先していることは隠しようのない事実なのだから。

 

 何を述べてもリップにとっては正しさなんて欠片も存在しない。形のない刃が彼女を傷つけるだけ。

 最早これはただの傲慢。何を言おうと、何を言わまいと、それは俺のエゴにしかならない。

 

「あなたさまがそのおつもりなら、こちらにも考えがあります」

 

 馬乗りになったリップに両手を押さえつけられた。

 そのまま体重をかけるようにしなだれかかり、俺の動きを封じようとする。

 吐息が吹きかかる距離まで顔を近づけた彼女は耳元で蠱惑的に囁いた。

 

「あなたさまの代わりに、この街にいる皆々様にお相手していただくと致しましょう」

 

「わたくしの昂りが収まるまで、彼らが精も根も尽き果てるまで、情熱的に(あい)し合いましょう」

 

「斬られて刻まれて剥がされて削がれて断たれて千切られて突かれて刺されて穿たれて抉られて刳り抜かれて打たれて折られて潰されて縊られて締められて射られて撃たれて焦がされて沈められて埋められて裂かれて砕かれて呪われて溶かされて……わたくしが朽ち果て、蕩けて終わるその時まで」

 

「あなたさまにとっては到底認められないでしょうね? ですから、よくよくお考えくださいませ」

 

 これが最後通告ということか。

 ……しかし。

 

「悪いが言うことは聞けない」

 

 俺はリップを振り払う。

 拘束から抜け出されたことに彼女は驚いているようだが、そんなに不思議なことではない。

 STRは俺の方が圧倒的に高いのだ。

 本気になればリップ一人くらい余裕で引きはがせる。

 

「たしかにお前のPKは見逃せない」

 

 標的にされた人はまともにデンドロをプレイできないし、傷ついたりトラウマになる可能性だってある。

 加えてリップは遊戯派寄りの立場でティアンを巻き込むことに無頓着だ。積極的に狙うことはないようだが、わざわざ特別に配慮したりはしない。

 俺のせいで無関係な人たちが襲われるのはいくらなんでも筋が通らないだろう。

 

「だけど、今の状況だとそれは駆け引きとして成立しないんだよ。どっちを選択しても誰かが苦しむ」

 

 仮にリップの言う通りにした場合を考えよう。

 リップによる無差別PKは起こらないが、現在プリコットを襲うゴブリンの群れを俺は止めることができない。

 無論、最終的に騒ぎは鎮圧されるだろう。<マスター>がいて防衛戦力が全滅することは考えにくい。

 プリコットは霊脈の上に建つ要地だから、本当にどうにもならなくなったら国家所属の<超級>か【妖精女王】が出張ってくるはずだ。

 だが、そこまでに多くの被害が生じる。街は壊れても直せばいいが、人の命は元に戻らない。

 

 ティアンは生き返らない以上、<マスター>よりも命が重い……という考え方はしたくないが。

 俺にとって両者に貴賎はない。たとえ仮初の命だろうが命は命だ。

 ただし取り返しがつくか、つかないかの差異はある。

 

「それなら俺は街の人たちを助けに行く」

 

 誰かが傷つくところを見たくない。

 誰にも傷ついてほしくない。

 それだけでいいのに、それはとても難しいこと。

 

 今だってあれこれ考えながら、俺は命を天秤にかける。

 力を得ても、手が届く範囲には限りがある。

 優先順位が低い方を切り捨てて。

 

 呆然とへたり込むリップが、それでもすがりつくように伸ばした手を、俺は取らなかった。

 

「いや……いやです。なんで……どうして……」

「デートを途中で放り出すことは悪いと思ってる」

「ッ……なら! それなら……」

 

 リップはよろよろと立ち上がる。

 こちらを見据えているかも定かではない。

 おぼつかない足取りで、俺に掴み掛かろうとしたのだろうか。食ってかかろうとしたのだろうか。

 

 ――直後、彼女の姿はかき消えた。

 

 同時に発生したエフェクトはデスペナルティ時に見られる光の塵ではない。

 ログアウト時に発生する見慣れた現象だった。

 

「今のは自害コマンド、じゃないな」

 

 アイテムがドロップしていないし、自害システムを使用した場合でも死亡時と同様に光の塵になるはず。

 となると強制的にログアウトさせられたのか。

 通信回線の不調か……現実でハードを外された?

 

 どうあれ、ここで考えても仕方ない。

 先にやらなければいけないことがある。

 

「ゴブリンがいる場所に案内して下さい」

「……よろしいのですか?」

 

 騎士は戸惑った様子で尋ねたが、

 

「いえ、失礼しました。こちらです」

 

 敬礼して扉に向かう。

 俺はパルフェに二人分の代金を支払ってから、騎士の後を追って店を出た。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■プリコット・市街地

 

 プリコットの街は戦火にさらされていた。

 突如として現れたゴブリンの群れは人を襲い、街を焼き、略奪の限りを尽くして蛮行に酔う。

 

 無論、人間側が抵抗していないわけではない。

 プリコット侯爵自らが指揮を取り、騎士団は避難誘導と怪我人の治療を最優先に奔走する。

 東西南北に道が繋がる広場にて、西を除いた三方向に防衛線を構築するのは十数名の<マスター>。市内を警戒していたため異変をいち早く察知した者たちだ。

 しかし……戦況は劣勢だった。

 

「一匹抜かれた! そっちに行くぞ!」

「数が多い……どこから湧いてくるんだ!?」

 

 ゆうに百を超えるゴブリンが徒党を組んで襲い来る。

 防衛戦力との数の差は圧倒的。

 そも、街の中にこれだけのモンスターが入り込んでいることがおかしいと数人の<マスター>は思うが、意識を思考に割いている暇はない。

 

「【メイジ】の火球来るぞ! 死ぬ気で防げ! 建物に飛び火させるな!」

「バラバラの方向から攻めてくるのがタチ悪いな! しかもこいつらただのゴブリンじゃない。さっきから奇襲やら撹乱やら、ゲリラみたいな真似しやがって!」

 

 ただ数に任せた力押しをしてくるなら簡単だった。

 密集したところを魔法で殲滅すれば良い。

 それができないのは、ゴブリンの行動が巧妙に組み立てられているから。

 

 建物や物陰を利用した潜伏と不意打ち。

 時間差に波状攻撃、放火に煙幕、毒物まで。

 手段は選ばず、徹底したヒットアンドアウェイ。

 それは、知恵で力を補う弱者の戦い方。

 人間よりも人間らしい戦法であり。

 

「やば……ぎゃあっ!?」

「しまった後衛!? 被害は!」

「一人やられた! ボスクラスのゴブがいるぞ! ちらっと見えたが多分【アサッシン】、また離脱された! 警戒を怠るな!」

「南の防衛線に【チャンピオン】出現! バリケードが保たない!」

 

 個々のゴブリンは通常種より強化されており、ステータスだけで見れば亜竜級に到達する。

 さらに数匹の個体はボスモンスターに匹敵する能力を有していることが確認されていた。

 推定で純竜級に届くかという強さのゴブリンが<マスター>を一人、また一人と確実に葬り去っていく。

 

「耐えろ! とにかく耐えるんだ! 最低でも……避難が完了するまで、ここは絶対に死守しろ!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図にて、全体をまとめる<マスター>は大声で仲間を鼓舞する。

 自身は枯渇寸前のSPをポーションで誤魔化して、即席のバリケードにしがみつくゴブリンをまとめてポリゴンに変えていく。

 何度槍を振るったか、何匹ゴブリンを倒したかも曖昧になってきたとき。

 

「うっ……グスッ……おかあさん、どこ……?」

 

 バリケードの向こう側を歩く、幼い子どもの姿を目に留めた。

 

「なっ、君! 危ないぞ! こっちに来なさい!」

「でも、おかあさんが」

「きっとお母さんはこの奥にいる。ほらおいで? 怖いゴブリンに襲われてしまうよ」

「……うん」

 

 <マスター>はバリケードを飛び越え、子どもを抱えたまま再び内側へと戻る。

 震える子どもを地面に下ろし、安心させるようにゆっくりと頭を撫でた。

 

「よし、もう大丈夫だ! よく頑張ったね。後はこの先を真っ直ぐ行くと避難所がある。侯爵邸は分かるかな? お母さんはそこにいるはずだ」

「うん! ありがとう!」

 

 子どもは笑顔で答えた。

 

「じゃあね! バイバイ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――間抜けな<マスター>さん』

 

 頭部を叩き潰された<マスター>は、何が起こったのか理解できないままデスペナルティになった。

 ドロップした槍を手にした子どもは……否、子どもだったものは肉体を操作して元来の姿へと変貌する。

 他のゴブリンよりも一回り大きな、王冠を被った鬼は《人化の術》を解いてゴキリと首を鳴らした。

 

『GYAAA!』

「ぐっ」

「うわぁ!」

 

 まず手始めに、バリケード内の<マスター>の首を二つばかり刈り取った。

 

「こいつは……【ゴブリン・キング】!?」

「バリケードに侵入された! 手が空いてるやつはこっちに来てくれ!」

「どこもそれどころじゃねえんだよ! 手が足りん!」

 

 指揮系統を潰されたこと。

 防衛線に侵入を許したこと。

 二つのアクシデントにより、<マスター>間の連携が崩れたことを悟った【ゴブリン・キング】は自らが侵入した東側のバリケードを破壊して、高らかに咆哮する。

 

『GYAAAAAAAAAAAA!』

『『『GYaaaaaaaaaaaa!!』』』

 

 呼応するは鬨の声。

 王の号令により勢いを増したゴブリンは全ての防衛線を乗り越えて、さらに西へ、街を蹂躙せんと進撃する。

 

 残る<マスター>は散発的に抵抗するが、数に勝るゴブリンに包囲されて各個撃破されていく。

 

 もはや戦線は崩壊した。

 

 ここから先は戦闘ですらない、ただの蹂躙が繰り広げられるのみ。

 

 勝敗は既に決したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『《パージ・パニッシュメント》ッ!!』

 

 

 <マスター>(・・・・・・)たちの(・・・)粘り勝ち(・・・・)である。

 

 

 光の柱に磔にされたゴブリンたちは空を見上げた。

 

 

 機械仕掛けの鷲頭馬(ヒポグリフ)に跨る白銀の騎士を。

 

 

 完全装備で駆けつけた、プリコットの守護騎士を。

 

 

 宣言しよう。

 

 

 今より始まるのは――【征伐王】の蹂躙だ。

 

To be continued

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