長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■プリコット市街地
時はわずかに遡り、ひよ蒟蒻とゴブリンの群れが交戦する最中の出来事。
モンスターに襲われたプリコットの街は混乱に陥っていたが、ティアンは騎士の誘導で侯爵邸に避難した。
一部の<マスター>は街の防衛に参加。何割かは住民と共に避難所に入り、あるいはログアウトで離脱。
そんな中、戦闘もせずに街を行く四人組がいた。
「おーおー、派手にドンパチやってら」
「やはり我々も加勢に向かいましょう。敵に背を向けて逃走するなど騎士の名折れです」
「体は闘争を求めているということか! よろしい、ならば吾輩が紅蓮の紅焔をお見せしよう!」
「シャーラップ! 黙れバカタレ共! お前らが行ったところで足を引っ張るのがオチだわ!」
「カヅキの言う通りよ。私は戦うのは嫌だし」
「お前は自分で歩けやコラ」
パーティの黒一点であるカヅキ。
彼に背負われた少女トルテ。
女騎士クッコロに、尊大な口調の
彼らはプリコットから他の街に拠点を移すため、唯一ゴブリンに襲われていないであろう西門に向かっている。
戦闘を避けて遠回りで進んでいるため、今のところ彼らはゴブリンに見つかっていない。
(まあ、こいつらは強いゴブリン相手でも大丈夫だろうな。だけど俺はレベルが低いんだ。そもそもこいつらとパーティ組んでるのはそれなりの強さで盾にも経験値稼ぎのお供にもちょうどいいからだし? 俺がデスペナになるリスク背負ってまで戦わせられるか)
内心で打算的に思考するカヅキの先導に従う三人だったが、ふとエクスが胸中の疑問を漏らした。
「そもそもホームタウンを移す必要があるのか? どうせ騒ぎはすぐ収まるだろう」
「ダメだ」
他の<マスター>のようにログアウトするなり、避難をするなりすればいい。
そんな質問にカヅキはかぶりを振る。
だって、説得しないと彼女らは戦闘に参加するだろう。
一人で取り残されたらカヅキの身が危ない。
乱戦の中で生き残るほどの実力もない。
「今回はなんかヤバい。こう、つむじがビビッとくる感じがする。生まれてこの方、親の機嫌を窺い続けた引きこもりマスターの俺が言うんだから間違いない」
「何の自慢ですかそれは」
呆れた様子のクッコロをカヅキは言いくるめようと試みる。
「いいか、このゲームに絶対はない。クレーミルを忘れたか? セーブポイントごと街が消滅しても『仕様です』って返す運営だぞ? この街が無くなってもおかしくない」
かつて王国の一都市を襲った<SUBM>の事件。
黄金の三頭竜の襲来を受けて廃墟となった街の名前を聞き、クッコロは沈黙する。
彼女もレジェンダリアに移籍する以前は王国に所属していた。それゆえに思うところがあったからだ。
「根拠はないけどな。逃げるが勝ちって言うだろ。他の連中に任せて俺たちはさよなら、だ……?」
曲がり角を左折したカヅキは目の前の光景に足を止める。
ちょうど、彼らとかち合うタイミングで正面から現れたのは数十匹のゴブリン。
「……」
『……』
あまりにも突然の邂逅に両者は固まり。
「……逃げろッ!」
一足先に覚醒したカヅキは仲間を連れて脱兎の如く逃げ出すが。
『GYa GYa!』
「追って来てるぞ! おいカヅキ、索敵はしていなかったのかね!?」
「……てへぺろ?」
「ふざけるな君ぃーー!! この無能、間抜け、クズ、ヒキニート、隠キャ、キモオタ童貞!」
「おいてめえ後半ただの悪口じゃねえか! このファッション厨二まな板ロリが!」
「ま、まな板ちゃうわ! 爆破しちゃうぞ!?」
「言い争っている場合ですか!? ええい、かくなる上は私が囮にっ」
「ア・ホ・か! お前一人であの数は無茶だ! お前はエクスを抱えろ、騎士でもそいつよりは足速いだろ!」
「ちょっとカヅキ、うるさいし揺れててお昼寝できないんですけど? あとお腹空いた」
「だからお前は自分で歩けって言ってるだろうが!」
彼らはがむしゃらに走り続ける。
文字通りの鬼ごっこはひよ蒟蒻が【ゴブリン・キング】を討伐するまで続き。
彼らは本来の目的地と正反対の方角に突き進むことすら自覚していないのであった。
◇◆◇
□■???
無数の情報ウィンドウが表示されては消える空間。
とある管理AIの作業場所に、白猫こと管理AI十三号チェシャは足を踏み入れた。
「ジャバウォック、今いいかなー?」
「少し待て」
<UBM>の討伐情報から得られたデータで新しい<UBM>の案を調整していたジャバウォックは、切りの良いところまで作業を進める。
「<超級>では対処が難しく、かつ第六形態の<エンブリオ>に進化を促すデザインにするなら……やはり一芸特化では限界があるか。では特化型を複数リソース面で連結させることで事実上の万能型に」
「やめてー。それ後始末が大変になるやつー」
「ふむ……ところで何の用だ十三号」
「ああ、そうだった。君に聞きたいことがあるんだよー」
チェシャはウィンドウに流れるログの一つを指す。
「これって君がデザインしたのかなー?」
「いや、私は最終的に認定したに過ぎない。その個体が有する才能は元から持ち合わせて生まれてきたものだ。肉体面に欠陥があるため、本来であれば淘汰されていてもおかしくなかったが」
「なぜか生き残ってるんだよねー。ハンディを抱えているからこそ貪欲に進化したのかもしれないけどー」
まるで人間みたいだねー、とチェシャは思い。
これの感情パラメータを参考にするのもありか、とジャバウォックは思案する。
「でもグランバロアのアレと特性が被ってないー? いちおう<UBM>は類似性があったらまずいでしょー」
「その点に関しては問題ない。これの本質はもう一つの特性にあるからな。付随した能力が似通っているのは必要な前提条件だからだ」
「それはそうだねー」
チェシャは納得して頷いた。
「じゃあ、もう一つだけー。今回のケースでイレギュラーは生まれると思うかい?」
最後に回したこの質問がチェシャの本題であり。
「難しい質問だ。これまでイレギュラーの発生条件を考察したこともあったが、我々の演算領域を用いても容易に解を導き出せないからこその
「つまりー?」
ジャバウォックはコツコツと指で腕を叩く。
一瞬の沈黙の後、彼はおもむろに口を開いた。
「可能性はゼロではない」
当該個体が持つ才能の限界。
強さへの貪欲な渇望。
そして経験値を収集するにたる環境条件。
それらの情報を含めて総合的に判断した結果が、生まれる『かもしれない』という返答だった。
「リソースを集めることで、神話級やそのさらに上に至ることは十二分に考えられるだろう。<エンブリオ>の進化を促す要因が増えるのは僥倖だ。願ってもない」
「僕的に厄介事は願ってないんだけどねー……まあ静観の範囲で済むなら全然いいんだけどー」
今回も<マスター>に期待だねー、とまとめたチェシャはくるりと踵を返した。
「それじゃあ僕は仕事に戻るよー」
「ああ。私も作業を再開せねば」
チェシャが退出した空間で、ジャバウォックはウィンドウに向き直るのだった。
◆◆◆
■???
『……そうか』
物見の報告を受けて、それはため息を吐いた。
期待していた結果が得られなかったことへの落胆と、目をかけてやった者たちの不甲斐なさに対する失望と。
これからに向けて策を練るために。
(先鋒900には奇襲に長じる技を授けていた。不意をついて陥落せしめれば上々ではあったが、そう甘くはないか。もっとも、こちらの損害としては微々たるもの。警戒が強まってしまった点に目を瞑れば最低限の戦働きはしたと言えよう)
一番槍に志願した配下に、それが命じた任務はプリコットの街への強襲。
とはいえ、それの真意は別にある。もとより一千に満たない寡兵で都市を落とせるなどとは考えていない。
長を仕留めれば話は変わっただろうが……当然、外敵を想定して防備を固めているだろう。
ゆえに、それが望んだのは陽動。
しばしの間でいい。それが準備を整えるまで敵の目を逸らして意識を釘付けにさえすればいい。
既に布陣は完了している。
土地を巡る水流と船舶を利用して、各地に散っていた兵を一所に招集した。
武器の配備を終えて隊列を組ませた。
姿隠しの呪いのおかげで敵はそれに気づいていない。
『傾聴せよ』
待ち侘びる同胞に、それは号令をかけた。
『長い、長い雌伏の時であった』
『人を恐れ、洞窟に隠れ潜み、日々の糧すら満足に得られない。実に過酷な月日を過ごしたものよ』
『皆のもの、これまでよく耐えた。よく忍んだ。余は貴様らの忍苦に敬意を表する』
『見るが良い。あれが人の築いた街だ。飢えはなく、寒さは訪れず、死の恐怖を感じることはない安寧の地だ。貴様らが望んでやまない理想郷だ』
それは言葉を切り、同胞を見回した。
『……羨ましいか?』
たった一言の問いかけはさざ波のように反響を呼ぶ。
『憎いか! 妬ましいか! 欲するか!』
『『『GYa! GYa! GYa!』』』
『重ねて問おう。新たなる天地を望むか?』
『『『GYa! GYa! GYa!』』』
『ならば簒奪せよ。殺戮せよ。蹂躙せよ。貴様らが為し得る全てを余は肯定する。余の銘の下に集いし戦士たちよ。その血、その命に至るまで、余のために費やすがよい。貴様らの骸を礎として、余はここに国を建てる』
『時は満ちた。全軍――出陣である』
◇◆◇
□■プリコット・東門
プリコットを囲む城壁の東西南北に築かれた門には昼夜問わず騎士団が詰めている。
基本的に四方の門はどのような者に対しても開け放たれており、検問などは行われない。
騎士団の主な仕事は街に寄りつくモンスターの監視ないしは迎撃だが、それもあってないようなもの。門勤めとはすなわち閑職だった。
この街は外よりも中で騒ぎが起こることが大半。
しかもほぼ常駐している超級職がいるとなれば、大抵の問題は彼一人の力で解決する。
騎士団が出る幕は皆無だと心ない言葉を投げかける者は少なくない。
そうした風評を当人たちはどう感じているのかといえば……取り立てて思うところはない。
大多数の、特に門勤めの騎士は与えられた職務の範囲内のことを最低限こなしている状態だ。あながち中傷とも反論できないのが辛いところである。
彼らに騎士としての誇りがないとは言わない。責任と能力と意欲が揃っていなければ、プリコット侯爵自らの手で追い出されるであろう。
だからこそ、プリコットの街にモンスターの侵入を許したことを騎士団は酷く恥じていた。
すぐさま部隊を二つに再編し、うち片方を援軍として市街地に送り出す程度には判断能力が優れていた。
侵入経路と予想される門を封鎖して、さらなる襲撃を警戒するくらいの役割は有していた。
東門で一人の騎士が哨戒に立っている。
城壁付近は木々が伐採されていて見晴らしは良いが、元は森林を切り拓いて建てられた街だ。生い茂る自然は天然の遮蔽物として視界を制限する。
「おや、あれは……?」
スキルで水増しされた騎士の視力は木々の間を動く物影を捉えた。
未だ距離があって定かではない。
しかし騎士は周囲の地形と比較して、その影が人間の子供程度の大きさであることを見て取った。
醜悪な顔つき。痩せこけた矮躯。
大陸では珍しくもないゴブリンである。
小鬼とも称されるそれらは人間並みの知能を持ち、群れを作り、武装や戦技を駆使する。
下級モンスターとしては定番で、プリコットの近郊にも頻繁に姿を見せる存在だ。
しかし、念話で連絡を受けていた騎士は街を襲っているモンスターがゴブリンであることを知っていた。
仮に【キング】の配下が外に控えているとしたら。
市街地の対処に追われる今、別働隊が攻めて来たら。
そこまで考えて騎士は声を張り上げようとした。
だが、目の前で森が
「……!?」
騎士は見た。
遮蔽物がなくなった地平の彼方で蠢く暗緑色の塊を。
それは陣形を組んで進軍する小鬼の群れ。
剣や槍を持つ歩兵に加えて、狼に騎乗した【ライダー】のほか、弓を携える【アーチャー】、魔法を用いる【メイジ】に【シャーマン】まで。
その数、およそ一万。
地球の軍隊で言うならば師団級の規模。
騎士はここまでの大軍と対峙した経験など当然ない。
これだけのゴブリンが集まったことに驚きを隠せない。
なぜ大規模な群れで統率が取れているのか。
この数では維持も一苦労。たとえ【キング】がいてもすぐに離散するだろう。
だが、騎士の視界に映るゴブリンは一矢乱れぬ隊列を組み、規則正しい歩調で迫る。
騎士の疑問はすぐに晴れる。
群れの後方、まるで熟練の職人が手がけたかのような御輿の上にひときわ小さなゴブリンが立っていた。
無骨な大剣を握り、まさについ先ほど振り抜いたような体勢を取っている。
それの体躯は通常種よりさらに一回り小さい。
漆色の肌に紫紺の刺青を入れ、血濡れたマントを羽織る双角の鬼人。
纏う貫禄は王に似て、しかしその格は遥か上。
至極当然だ。
それは小鬼を統べる小鬼。
王より強く、将軍よりも気高く、最も神に近しい鬼。
かの鬼の銘――【慧鬼帝 エフティアノス】。
「て、敵襲ーーーーッ!!」
そこまで視認して、騎士はようやく声を捻り出した。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
( P )<皇帝が肯定する……なんちゃって
Ψ(▽W▽)E) P )<やる気が下がっゴボ