長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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キリのいいところで投稿


Death Parade ⑧

 □■ プリコット・西門

 

 東門のゴブリン襲撃は残る三方に届いていた。

 それゆえに門は閉じられ、さながら砦か要塞のごとく、騎士団の厳重な警戒下にあった。

 突如現れて門を襲う一千超のアンデッドと対峙しても半刻は持ち堪えられるほどに。

 

 そして、数分と経たずに西門は陥落した。

 

「……なんなのだ、いったい」

 

 城壁を背にして騎士の一人が呟く。

 奮戦虚しく劣勢に追いやられた彼らは、夥しい数の死霊に包囲されて身動きが取れずにいた。

 武器は手放さず、抵抗の意思は折れていない。

 かろうじて門は死守しているものの、いつ街にアンデッドがなだれ込んでもおかしくはない状況だ。

 

 鍛錬を重ねた騎士団にとって、目の前のアンデッドは決して強敵とは言えない。

 それなりの強さを有しているとはいえ、一人で複数を相手にして立ち回ることができる程度に彼我のステータス差は歴然としている。

 

 今もまた、騎士の剣がゾンビを切り捨てる。

 

 断末魔の悲鳴を上げたゾンビは――再び、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

 倒しても、倒しても、何度だって蘇るアンデッド。

 物量と不死に任せた突撃に、消耗戦を強いられた騎士団の多くは既に疲労困憊だった。

 

 騎士団は一様にある人物を思い浮かべる。

 あの守護騎士ならアンデッドなど敵ではないのにと歯噛みして、しかし芽生えた弱音を、騎士にあるまじき他力本願を頭から追い払う。

 

 彼はここにはいない。今頃は<UBM>率いるゴブリンの大軍と戦っているはずだ。ゆえに援軍も望めまい。

 それでも騎士団は己が職務を全うする。

 身命を賭して人々を守護すると主人と剣に誓ったから。

 

「あら、意外と持ち堪えていますわね」

 

 とはいえ。

 城壁の上から身を乗り出した人物の声に希望を抱かなかったと言えば嘘になる。

 味方か、援軍か。そう思ってしまうくらい、騎士団は猫の手も借りたいほどに追い詰められていた。

 

 実際はその真逆だというのに。

 

「とはいえ少々面倒ですから、これにて……《喚起》、【ドロ・レプリカ】」

 

 少女……リップが右手をかざすと、一体のアンデッドが戦場に現れる。

 城壁をゆうに越す見上げんばかりの巨躯。

 無数の遺骸と鋼鉄を組み合わせた継ぎ接ぎの肉体。

 大地を踏み締めて東方を見やるは黒鉄の魁偉。

 慟哭に似た駆動音を鳴らす【屍将軍】の最高戦力が一つは、剛腕を引き絞り、

 

『――Ooo』

 

 西門を一撃で粉砕した。

 

 硬く閉ざされた門は木っ端微塵に飛び散り、付近の城壁とまとめて崩れ落ちる。後には巨人と、アンデッドが通る穴がぽっかりと開通するのみ。

 そこに配慮も容赦もない。ただ目の前にあった障害物を排除するための動作だった。

 

「なっ……」

 

 騎士団は呆然として動きを止める。

 門を開けられる可能性は考えていた。しかし、城壁と門が破壊されるなど誰が考えようか。

 

 それをなした【ドロ・レプリカ】は他のアンデッドと比較しても遥かに強力。ステータスだけで見るなら優に伝説級モンスターに比肩する。

 かつて討伐した<UBM>の姿を模して、リップともう一人の超級職の手により完成した【ドロ・レプリカ】は唯一無二の個体。有象無象とは格が違う。

 

 単体で騎士団の総員以上の戦力。

 それに加えて一千のアンデッド。

 これだけで盤面は詰みに近い。

 

 単独で都市の制圧が可能な戦力を運用する。

 それこそが【将軍】シリーズの特徴のひとつだ。

 加えて、各【将軍】には配下を精兵に引き上げる強化能力を併せ持つわけで。

 

「さあ、さあ。進みなさい。わたくしのしもべたち」

 

 リップは夜間限定で高倍率の強化を施す【屍将軍】の奥義《常夜の饗宴(コープス・パーティー)》を含め、アンデッドモンスターにのみ効果を及ぼす複数のバフを付与した。

 おおよそ数倍化したステータスを前に、かろうじて均衡を保っていた騎士団はじりじりと押されていく。

 敵を防ぐ壁はなく、【ドロ・レプリカ】に至っては個人がどれだけ集まろうと食い止めることはできない。

 

 騎士団に取っての救いは、アンデッドが殺戮ではなく進軍を第一の目標にしていることだろう。

 邪魔をする者に容赦はしない。ただし瀕死で倒れ伏す者、進行方向に立たない者は捨て置く。

 これはひとえにリップの気まぐれ。今は路傍の石に用はない。彼女の頭を占めるのはただ一人。

 街の中心部を目指してアンデッドを進軍させるのは、早く彼に会いたいと望む気持ちの現れだ。

 

 リップは【ドロ・レプリカ】の肩に腰掛けて、再会の時を今か今かと待ち侘びる。

 

(まずは何と声をかけましょうか。やはり先程の件についての謝罪がほしいところですが。ええ、殿方としてあるまじき行為です。きちんと償いをしていただかなくてはなりませんわ。ですから……)

 

 意識の大半を思索に割くリップは気がつかない。

 

「「「《クリムゾン・スフィア》」」」

 

 己に目掛けて放たれた炎球を。

 

 騎士団の最後にして渾身の一手。

 三人の魔法による狙撃は見事に成功して、無防備なリップを業火に包んだ。

 その熱量にあっけなくリップのHPはゼロになり、

 

「ああ、驚きましたわ」

 

 何事もなかったかのように生き返る。

 それと同時に、魔法の余波を受けてなお無傷だった【ドロ(・・)・レプリカ(・・・・・)】が膝をついた。

 力を失った巨人は完全に沈黙して微動だにしない。

 

 騎士団にとっては予想外の結末だ。目標の術師ではなく、使役されているモンスターの方が倒れたのだから。それも上級職の奥義数発で倒せるとは到底思えない相手が。

 

「これはわたくしの手落ちですわね……別に、どうということもないのですけれど」

 

 直後、【ドロ・レプリカ】が立ち上がる。

 生き返った……否、正確に表現するのなら『死に返った』アンデッドは再び力を取り戻す。

 光の粒子になることもなく、死して斃れぬ屍の如く身を起こす。

 

 これこそ【屍将軍】の真骨頂。アンデッドを真に不死にする最終奥義、《死人に朽ちなし(ノーライフ・ノーデッド)》。

 パーティ内のアンデッドが死亡した際、二十四時間解除不可能な【衰弱】を付与して復活させるスキル。

 超級職の最終奥義の中では使用しても自分が死ぬことはなく、また【死霊王】や【蟲将軍】のように複数回使用できる点で比較的取り回しに優れている。

 無論、復活する度にステータスが半減するデメリットを抱えているが、物量に任せた戦法を取ることである程度は補える。

 

 何より、倒すことができないという事実だけで相手の精神を揺らがすには十分である。

 現に騎士団の大半は【ドロ・レプリカ】復活の光景を前にして戦意を喪失していた。

 

「あ、れ……?」

 

 一方で、アンデッドを率いるリップもまた動きを止めていた。

 肉と骨を焼く炎、肺を焦がす熱気、酸欠の苦しみ。

 思いがけず与えられた『死』に、どうしようもなく精神の昂りが隠せなかった。

 

 単なるプログラムに過ぎず、一度心中したらそれまでのティアンやモンスターはもとより、他の<マスター>に殺されても、リップは満足できなかった。

 だから欲望と渇きの赴くままに心中を繰り返して、自分を満たしてくれる存在を求め続けた。

 

(そして、あの人を見つけた)

 

 それは運命だった(ただのぐうぜんだった)

 

(この人しかいないと思った)

 

 特別な想いを抱いた(ものめずらしかっただけ)

 

(そう、思ったはずで……)

 

 自分は彼に恋をしているのだと(かまってくれるひとがほしくて)

 

(でも、私は……今、NPCに殺されて喜んでいる(・・・・・)

 

 目を背けていた。

 心に蓋をして、気が付かないふりをしていた。

 けれど、もう限界だ。

 

 それでも(けっきょく)好きな人に愛されたい(ころしてくれるならだれでもいい)

 

 論理が破綻していることを認めてしまったら、否応なしに正気に戻ってしまう。

 作り上げた仮面が剥がれていく。

 綻びだらけのロールプレイは崩壊して。

 後に残るのは……自分勝手で、まともではない、ひとりぼっちな、弱い少女が一人きり。

 

 置いていかれるのは当然だ。

 だって、彼との関係は最初から最後まで、彼の優しさによるものに過ぎなかったのだから。

 

 愛想を尽かされて当然だ。

 だって、彼に対して求めてばかりで、自分から何かを与えようとはしなかったのだから。

 

 彼が離れていくのは当然だ。

 だって、こんなにも面倒で歪んでいる「普通」とかけ離れた自分を、愛してくれる人などいないのだから。

 

(……もう、いいや)

 

 彼が来る保証はどこにもなかった。ただ「彼ならきっと来てくれる」と根拠もない妄想をしていただけ。

 普通に考えれば東門で<UBM>と戦っているに違いないのだ。彼は分身なんてできないし、二箇所に同時に存在することはない。それなら、より多くの人を救う選択をするのは当たり前だ。

 

 少女の常識はリップに行動の空虚さを説く。

 冷静になってしまうと、現実という名の冷たい毒が澱んだ思考を蝕み、溜まった膿を一箇所にかき集めていく。

 

(これで最後。……思い切り暴れて、止めに来た人に殺されて、それでおしまい)

 

「《喚起》――」

 リップはデンドロ最後の戦いに、己が全戦力を呼び出さんとし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――そこまでだ』

 ――鷲頭馬に跨る白銀の騎士を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え」

 

 目を疑った。

 錯覚か、あるいは都合のいい幻覚かと思った。

 それでも、たしかにその姿と声は彼のもので。

 

『色々と言わなきゃいけないことはあるけど、とりあえず……リップ、お前を止めに来た』

「〜〜ッ!」

 

 全身が歓喜で震えた。

 血が熱を持って巡り、脳と神経に稲妻が走る。

 一秒前までの思考をすべて投げ打って、リップは満面の笑みを浮かべた。

 

「ああ、嗚呼! 来てくださいましたのねあなた様! わたくし、とっても、心の底から嬉しく思いますわ! さあさあ、殺し合いましょう! 愛し合いましょう!」

 

 叶うなら、夢の続き(デート)をもう一度。

 

 私を一番に選んで。

 

 私だけを見て。

 

 私の願いを聞いて。

 

 私の望みはただひとつ。

 

 ――私を、(ころ)してください。

 

To be continued

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