長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■プリコット・市街地
街を襲う【ゴブリン・キング】を倒したひよ蒟蒻の元に届いた急報は耳を疑うものだった。
「東門と西門の両方に敵襲、か」
「はっ! 東門は【慧鬼帝 エフティアノス】が率いるゴブリンの大軍! 西門は詳細不明ですが、大勢のアンデッドが外壁に押し寄せています!」
「嘘だろおい……」
ようやく騒ぎが片付いたと思ったら、嵐の前触れでしかなかったという事実にその場の全員が顔を青ざめさせた。
加えて、ひよ蒟蒻は西門の方に関して心当たりがあった。というより原因を作った張本人であるため、内心は罪悪感で押し潰されそうになっていた。
だが、過ぎたことを後悔しても意味はない。
なにより、彼の選択は最善ではなかったかもしれないが適切ではあった。
ひよ蒟蒻は万能でも天才でもない。
彼にできるのはその時々で適切と思う選択をすること、そして選んだ結果を積み重ねることだけ。
(悔やむのは後だ。今は考えろ、どうやってこの状況を乗り切る?)
敵はどちらも街を滅ぼせる軍勢。
幸い、ひよ蒟蒻は一対多数の戦闘を得手とする。
一千、いやさ一万のモンスターであろうと、並の力量では相手にならない。先のように鎮圧することはできる。
(だけど……
ひよ蒟蒻は一人しかいない。
同時に東門と西門に駆けつけることはできない。
いくら対軍戦闘に慣れていても、一息で敵を制圧して反対側に向かうという芸当は不可能だ。
片方と戦っている間に、もう片方が街に押し寄せたら甚大な被害が出る。
せめて防衛戦力が充実していれば時間稼ぎを頼むことができたが、既にプリコットの<マスター>は大半が避難するかデスペナルティになっている。
この場の七人、そしてまだ街中に残っている者が数人いればというところ。それも希望的観測に過ぎない。
プリコット侯爵家の騎士団はそれなりの戦力ではあるが、<UBM>や超級職の相手は荷が重い。それに彼らはティアン。死んでしまったら生き返らないという一点で、死戦に連れ出すことをひよ蒟蒻は躊躇ってしまう。
(せめて一人。多数を相手取れる強者がいてくれたなら)
そんなひよ蒟蒻の内心を読み取ったのか。
『やあやあ皆さんお揃いで』
場に似つかわしくない声がした。
わずかにノイズがかかった音声を放つのは、バイザーを付けた冒険者ギルドの女性職員……を模した人形だ。
『初めまして、お久しぶりとこんばんは。お元気そうでなによりだねえ、ひよ蒟蒻くん』
「その声はグリオか。何しにきた? というか、ゴブリンはお前の仕業か?」
『君たち揃ってまあ……いやあ、僕ってばマイナス方向で信頼されてるねえ。でも今回は違うよ』
大げさにため息を吐いたグリオマンPは、自らの代理を務める人形にアイテムボックスを握らせた。
「ッ! それは」
『はあい、ご明察。ひよ蒟蒻くんがお困りじゃあないかと思ってね。どうだい? 欲しいだろう? 「軍隊を相手にできる即戦力」が』
欲しいか欲しくないかで問われたら、もちろん欲しい。喉から手が出るほどに。
グリオマンPが提示したカードはたしかに戦況を覆すにたる。ちょうど今のひよ蒟蒻に欠けているものだ。
だが、ひよ蒟蒻放は知っている。
この男、グリオマンPがただの善意でこのような提案をするわけがないということを。
「何が狙いだ」
『それはつまり、商談のテーブルに座るつもりがあるってことでよろしいかな?』
グリオマンPの通り名は“
火種を撒き、強者同士の対戦カードを組み上げる。
加えて、ありとあらゆる武装と情報を取り扱う悪徳商人でもある。
『なあに、僕の要求は簡単だよ。ひとつは“彼女”の貸出期間の延長、それと君のところにいるもう一機の貸与。最後に
「……別に、そういうつもりはないんだが」
足元を見て対価をふっかけるグリオマンPに対して、ひよ蒟蒻は視線を逸らして言い淀む。
「前二つに関しては俺の一存で決めていいものじゃない。だから後で前向きに検討する」
『えー? できれば確約して欲しかったけど……うーん、仕方ない。知人のよしみでサービスしておこうか。それで、最後のひとつは?』
本当に、僕に手札をバラしちゃっていいのかなあ?
そう言って、ニヤニヤと嫌味に笑う顔が目に浮かぶ。
グリオマンPに情報を渡すというのは、すなわち、己のビルドが切り売りされて丸裸になるのと同じ。
日夜プリコットの犯罪者を相手にするひよ蒟蒻にとっては「対策を取ってくれ」と公言するようなものだ。
それでも。
「そんなことでいいなら」
ひよ蒟蒻はあっさりと、自分の切り札を記してグリオマンPに手渡した。
『うっわぁ……つまらない男だねえ、君。ちょーつまらない。せめてもう少し悩むとかしようぜ』
「別にいいだろ。あと、ついでに一つ頼まれてほしい」
そうして取引を【契約書】にまとめたグリオマンPは通信を切り、人形も何処かに姿を消した。
ひよ蒟蒻は受け取った「戦力」をどう扱うかしばらく考えた後、それを生き残りの<マスター>に預ける。
「これを持って東門に。もしできるなら、その後は騎士団に加勢をお願いします」
「あ、ああ。わかったが……あんたは来ないのか? 相手は<UBM>だぞ?」
「打てる手は打ちました。それに、西門は俺じゃないと駄目みたいなので」
そう言い残して、ひよ蒟蒻は愛馬に跨り飛翔する。
戦場に向かうわずかな時の中で会話を思い返し、ふと気づいたことは。
(そもそも、所有者は俺なのに対価を払うっておかしくないか?)
いいように
◇◆◇
□■プリコット・東門
小鬼、そして<UBM>の侵攻。
一万に及ぶゴブリン軍は迅速な行軍により、元は東門前に広がる森林
対する騎士団の動きは鈍重だった。
無論、ただ手をこまねいて見ていたわけではない。
プリコット侯爵に急報を知らせるべく即座に伝来が飛び、彼らは防衛の手筈を整える。
しかし兵力が圧倒的に足りていない。
戦える者の大半は市街地で【ゴブリン・キング】と戦闘中、そして侯爵は市民の避難に追われている。
多くの者が【キング】こそゴブリンの群れを率いる本命だと考えていた。
それゆえに街に侵入したゴブリンの対処に追われて、外敵への備えを十分に残すことができなかった。
それこそが小鬼の策略。
群れに先駆けて潜入したゴブリンが市街地を攻撃することで、プリコットの戦力分散を狙うゲリラ戦術。
後方を狙うのは下劣であり、下手をすると相手を警戒させるだけになってしまうが……混乱をもたらすという意味では効果的で、今回は見事なほど策に嵌まった。
しかしゴブリンの大軍は「まるで何かを待っているかのように」不気味なまでの静寂を保っており、石ころ一つ投げようとしない。
時間を稼いだ分だけ【征伐王】含めた援軍を期待できる騎士団には利しかない行動だ。
訝しんだ騎士の一人が小鬼の陣容を確かめようと眼下を見やり、そして目に留める。おもむろに、御輿に座ったままの【エフティアノス】が先頭に進み出る光景を。
『――人よ、余の声が聞こえるか』
その言葉を聞いた者は、皆に一様に身を震わせた。
『余の名はエフティアノス。皇帝エフティアノスである』
人間は威圧感に膝を突き、あるいは脳髄を痺れさせ。
ゴブリンは畏怖と敬愛に頭を垂れる。
それのカリスマを前に、凡人は立つことを許されない。
『余は独り皇帝を騙る紛い物に非ず。臣下を従え、率いるもの。それは貴殿らも見ての通りだ』
鬼人は背後に控えるゴブリンの大軍を指し示す。
『しかしながら、我らの旧き居城は少々手狭となった。ゆえに、エフティアノスの名において、貴殿らの街を新たな城として貰い受ける。武器を捨てて降伏するがいい。さすれば命までは取らないことを約束しよう。余に従い、余に殉じよ。その誉れを享受する権利を授ける』
その宣告に、騎士たちは耳を疑った。
ゴブリンたちはプリコットの街を侵略して、支配下に置くつもりなのだ。
それがいかに非現実的な夢物語かは自明だろう。
いくらレジェンダリアが内戦状態にあるといっても、地脈を備えた要地を【妖精女王】が放置するはずがない。
『無論、抵抗するのなら容赦はしない』
だが、支配はともかく、街を一つ滅ぼすことは可能であると思わせるだけの迫力がそこにはあった。
『そして素直に言いなりになるとも思わん。まずは我らの武を目にして震えるがよい』
大剣を肩に担いだ【エフティアノス】は、麾下のゴブリン五百を見繕って前進する。
『騎狼隊、抜剣』
狼に跨った小鬼は次々と武器を構える。
一目で業物とわかる白刃。
それは一振り一振りが【エフティアノス】自ら鍛造したアダマンタイトで作られており。
煌びやかな刀身に、上級職の奥義に匹敵する魔法が込められた《魔剣》でもある。
では、【エフティアノス】は鍛治に長けた<UBM>なのかというと……答えは否だ。
『総員構え――放て』
『『『『『《Laser Blade》』』』』』
ゴブリンは一斉に剣を振る。
高熱を纏う五百の剣。魔法と組み合わさったそれは飛ぶ斬撃となってプリコットの城壁を破壊する。
魔剣の効果で別物のように見えるが、剣技自体はありふれたスキル。【剣聖】の《レーザーブレード》だ。
とはいえ、通常なら数百のゴブリン全てが一様に剣技スキルを習得できるはずがない。
個々の適性と才能の有無で、同じゴブリンでも成長の度合いと方向性は千差万別となる。
――その常識を捻じ曲げる
【慧鬼帝 エフティアノス】が有するスキル、その名は《技巧修集》と《啓蒙専政》。
一つ目の《技巧修集》は読んで字の如く、目にしたスキルを獲得して己のものにするラーニングスキル。
そして《啓蒙専政》は『自身の保有スキルを配下に習得させる』スキルである。
才能の有無を問わず、一切の劣化なしに技術を伝えることができ、対象のスキルが【エフティアノス】から失われることもない。
自身は戦闘系・生産系の豊富なスキルを取り揃え、有用なスキルを配下に学習させる。
さらに鍛造した高品質の武具、そして《ゴブリンキングダム》の上位互換となる《ゴブリンエンパイア》で配下に強化を施す、まさに器用万能な統率者。
配下のゴブリンは【エフティアノス】の恩恵を受けて、総合的な能力を戦闘系上級職に就いた<マスター>と同等以上にまで高めている。
戦闘スタイルとしては典型的な広域制圧型であり、数の暴力を前にしては生半可な火力や生存力などあっという間に攻め滅ぼされる。
ゆえに【エフティアノス】の配下に対抗するなら、同じ広域制圧型か、広域殲滅型に頼るしかないだろう。
しかし、この期に及んでもプリコットの城壁からは散発とした反撃が繰り返されるのみ。
『些か拍子抜けだ……が、好機であることは違いない』
たとえ隠し玉を残しているとしても、使えなければ宝の持ち腐れ。行き過ぎた温存は自らの首を絞めるだけだ。切り札を使わないのなら、その前に勝負を決める。
総攻撃を仕掛けるため、【エフティアノス】は後方に見えるよう片手を掲げて。
『フルバースト』
――爆音と閃光に遮られた。
降り注ぐ砲火と銃弾の雨。
横長に布陣したゴブリンを隅から隅まで範囲に収める射程と、大地を抉り燃やす火力の一斉掃射。
阿鼻叫喚の中、【エフティアノス】は即座に付近の配下へ防御陣形を取らせ、それを全体に伝播させていく。
そばに控える精鋭は古代伝説級金属の盾と防具、教化したスキルを併用することで防御を固めて致命傷を免れるが、指示が遅れたゴブリンは混乱したまま灰燼と帰す。
『ハッ、当然だな。追い詰められた獣こそ必死で牙を剥き出すもの。人が無策で余に降るわけがあるまい』
硝煙の向こう、先ほどまで無防備だった城壁には、打って変わって物々しい兵器が並んでいた。
銃座、砲塔、無数の筒口。
装甲、機雷、数多の攻性防壁。
自然満ちるレジェンダリアにはどこかそぐわない鋼鉄で形作られた施設。
いずれも一級の技術者の手による武装。
系統は異なれど同じく武具を産み出すことができるものとして、【エフティアノス】の審美眼は製作者の腕を推し量り、内心で感嘆する。
『……おや。想定以上ですね。まとめて殲滅するつもりだったのですが、
『ほざけ! 余の軍勢を半壊させておきながら何たる言い様か! その方、姿を見せて名を名乗れ!』
とはいえ、口に出して称賛するには自軍の損害が大き過ぎた。配下の士気を保つために【エフティアノス】は強硬な態度を取る。
古代伝説級最上位、半ば神話級に手をかける存在の誰何に対する相手の返答はというと、
『むっ』
無言の狙撃だった。
身を乗り出していた【エフティアノス】、その額に飛来した弾丸が命中した。
致命傷はダメージ転嫁スキルにより御輿を担ぐゴブリンの一匹が肩代わりして光の塵に還る。
『……下郎が』
『戦場で気を抜くあなたが悪いのでは?』
声の主は要塞化した城壁の上。
無表情ながら端正な顔立ち、年代物の侍従服を着て狙撃銃を携えた長身の美女。
隙のない所作は実戦を重ねた軍人のようで、どこか人間離れしている。
事実、彼女は人ではない。
それどころか生物ですらない。
『そして一点訂正を。私は女性型ですので、「下郎」は用法として誤りになります。知性を得たばかりの新参者には少々難題のようですが』
皇帝のカリスマを前にして不遜。
【エフティアノス】を赤子のように見下し、揶揄するのは口先だけでなく本心から。
なぜなら、彼女とゴブリンでは積み重ねてきた歴史が違う。
『リトルマスターもまだまだですね。この程度、足止めをするまでもない――』
彼女は先代【征伐王】に付き従い、その右腕として幾つもの戦場を駆けた歴戦の戦士。
名工フラグマンの煌玉獣を模して造られた二十一の煌玉獣、その初号機にして最高傑作。
第二世代量産型煌玉人試作機【
『――駆除してしまって構いませんね』
与えられた銘の如く、ヘイゼルは魔法のように無数の兵器を操作してゴブリンに弾幕を浴びせかけた。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
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