長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【征伐王】ひよ蒟蒻
西門を破壊して進むアンデッドの軍勢。
巨人の肩に腰掛けて狂喜するリップ。
事態を穏便に収められる段階はとうに過ぎていた。これ以上の被害を出さないためにはアンデッドの無力化が最優先と判断する。
『というか、話し合いに持ち込める気がしない』
興奮したリップの様子から、都合の悪い言葉はシャットアウトされるだろうことは容易に予想できる。
だから、まずはあちらの手数を減らす。せめて一対一の構図にしないとまともに会話すらできまい。
俺は【薊之隠者】の手綱を引いて上空に位置取る。
視界に逃げ遅れた市民はいない。つまり多少手荒な戦い方をしても問題ないということだ。たとえば周囲を巻き込む無差別攻撃だとか。
取り出すのは闇色の魔笛。
山羊の角に似た形状だが、材質は骨と皮膜。
逸話級武具【乱波喇叭 トゥレラ】。
かつてレジェンダリアの洞窟に潜み、足を踏み入れた者の正気を奪い続けた蝙蝠型<UBM>の成れの果て。
俺は思い切り息を吸い、肺に溜まった空気すべてを吐き出して笛を鳴らした。
増幅された音色は人の可聴域より高い超音波となって響き渡る。俺にも音は聞こえないので、きちんと発動しているかは結果を見てみないとわからないのだが。
『……よし』
眼下のアンデッドの足取りがおぼつかなくなったことで、この方法は有効とわかる。
一様にかかった【混乱】の状態異常。
上位互換の【魅了】のように支配の上書きはできないものの、命令を実行させないようにすることはできる。
ついでにリップも混乱してくれたら手間が省ける、とわずかに期待した一手だったが。
「《ネクロ・エフェクト》」
リップには通用していなかった。
彼女は配下に接触即死状態を付与し、ふらふらとお互いにぶつかり合うアンデッドを同士討ちさせていく。
即死した後は《死人に朽ちなし》で復活させ、力づくで状態異常を解除する。
コストを浪費する脳死戦法だが、相手にすると厄介極まりないのは事実。
俺も広範囲攻撃を連発できるわけではない以上、何度も回復されるとこちらの手札が尽きる。そうなると千を超える敵をわざわざ一体ずつ倒していかねばならない。
ただ、俺はリップと何度も交戦してきた。
配下を倒したところで復活するのはいやというほど目にしたし、そのたびに弱体化するデメリットは把握済み。
継続的な広域殲滅ができないなら、真っ向から戦ってはいけない。どちらが先に消耗するかなど明らかだ。
だから、倒さずに動きを止める。
『《パージ・パニッシュメント》』
光の柱が視界に映るアンデッドを縛る。
もとより対軍向けの奥義、一千程度なら拘束可能。
『からの、《氷晶壁》ッ』
透き通る大盾、【視介氷盾 コンヘラシオン】越しに捕捉するのはリップと巨人。リップを傷つけないように気をつけながら巨人の周囲を凍結させる。
リップの望みは命を絶たれること。
こちらの攻撃を避ける理由はない。むしろわざと自分から当たりにくる可能性が高い。
そのため俺は直接的な攻撃や殺傷性の高い武器の使用を躊躇い、意図的に選択肢から外している。
ハンデを抱えたこの状態でリップを止められる手札は《パニッシュメント》か【視介氷盾】くらい。
コストと捕捉数の問題でアンデッドを対処できるのは前者のみ。リップは凍らせて行動と戦力の追加補充を封じるしかない。
「……!」
案の定、リップはスキルの発動を視認した上で、しかし何の回避行動も取らない。
彼女は分厚い氷の檻に閉じ込められ、表面に霜が張った巨人は目に見えて動きが鈍くなる。
凍りついた彫像のように、あるいは一瞬の時を切り取られたかのように、それらは静止した。
『O、ooo』
――直後、巨人は氷漬けの主人を打ち砕いた。
『な……』
振り下ろされた剛腕は氷ごとリップを粉砕する。
バラバラの肉体が元通りに蘇生する。
巨人から力が失われて
「クフフフフフフフフフフフフフフフフフフ! ええ、お見事です、素晴らしいですわあなたさま! 程よい前戯にわたくしも昂って参りました!」
一連の流れを俺は直視してしまい。
「ですが……ええ、これで終わりではないのでしょう? まだまだこれから、始まったばかりですもの! あなたさまの本気を見せてくださいませ!」
フラッシュバックに身体が硬直する。
視界がぐるりと歪む。
腹から饐えた臭いが込み上げてくる。
「そうですわね、まずは馬から降りていただきましょう」
まずい、と思った時には巨人に薙ぎ払われていた。
咄嗟に大盾を掲げるも、不安定な態勢でその質量を受け流すことはできず。
無防備な身体に鋼鉄製のラリアットが叩き込まれ、俺は勢いよく吹き飛ばされた。
建物の壁を何棟分か突き抜けて、接地後も派手に転がり、半壊した瓦礫の山に埋もれたところでようやく慣性から自由になる。
『グっ、くそったれ』
身体と精神に鞭を打って立ち上がる。
大小の負傷と流血。大盾には亀裂が走り、鎧は胸部が砕けていた。兜はひしゃげてしまっている。
傍には翼が歪曲した【薊之隠者】。一応あれはオプションパーツに近い部品なので修理すれば元に戻るはずだが……今はもう飛べそうにない。
このように血と砂に塗れて満身創痍だが、実のところ、意外とHPには余裕がある。
ジョブ構成が耐久型であること、それと二度の復活で巨人のステータスが低下していたことが救いか。
問題は精神面。手の震えを抑えつけ、深呼吸を繰り返すことで気持ちを落ち着かせる。
『っ、邪魔だ』
兜を装備から外して素顔を晒す。
新鮮な空気を吸って、それで終わり。
なぜなら相手が待ってくれない。
『Ooooooo』
「インターバルくれても良いだろうに」
巨人は無造作に双腕を振り下ろす。
質量を最大限に活用する攻撃、ひとつしか芸がないのはそれで十分だからに他ならない。
一、二発は耐えられても何十と受けたら死ぬ。そんな力任せの連打。
氷の壁は砕かれる。掲げた盾は壊される。
武器を持ち変えるわずかな時間、身を守る術を失った俺は巨人に手のひらを向ける。
「《白、渦》」
竜の手甲が斥力の力場を形成して、剛腕と拮抗する。
その隙に俺は鈍色の長剣を握る。
「《アドジャスト・ストライク》!」
放つのは渾身の『加減の一撃』。
振り抜かれた鈍、フルンティングの衝撃波は巨人の攻撃を弾き返す。
のけぞる巨人、対して俺はほとんど反動を受けていない。本当に<エンブリオ>はとことん使い手に都合が良いようにできている。
フルンティングの《アドジャスト・ストライク》は相手のレベルに応じて衝撃の威力が変化する。
本来は相手を傷つけないための調整機能なのだろうが、強者と対峙した際は相手と同等の攻撃手段となる。……どれだけ威力が強くなってもダメージは0のままだが。
巨人の攻撃を相殺することはできる。
「わたくし、何度見てもあなたさまの
「そう言われてもな。それよりもお前、俺を殺す気か? このまま続けたら手元が狂ってやられそうなんだが」
平然と撃ち合っているように見えるかもしれないが、巨人の攻撃を見切るだけでもかなり神経を消耗する。
しかもフルンティングを両手持ちしているせいで他の武器を装備できない。かといって、片手だと振りのタイミングがズレてお陀仏だ。
なのでリップには巨人を止めてもらいたい。
目的が達成されない結末はリップも望まないはず。
だからこそ、彼女が発した苛立ち混じりの独り言に、脳の処理能力が逼迫する状況でも返答した。
「せめて一旦仕切り直すとか」
「いやですわ」
しかし、リップは即座に拒否する。
「だって、それでわたくしを気絶させるおつもりでしょう? その手は食いませんわ」
「……さいですか」
フルンティングの衝撃波で脳を揺らし、相手を行動不能にするいつもの対処法。リップには何度か使っているので警戒されていたようだ。
俺がリップの戦い方をよく知っているように、リップもまたこちらが取る作戦を理解しているということ。
致命傷を与える攻撃か、あるいは全く予想外の一手でもなければリップには通用しないだろう。
「どうしてもというのなら、それをお捨てなさいませ」
フルンティングを指してリップは告げる。
何も斬れない鈍は剣ですらないと。自分の命を奪うのにフルンティングは不要だろうと。
「あなたさまも【ドロ・レプリカ】の頑強さはよくご存知のはず。ただの棒切れで御せると、本気で信じているわけではありませんわよね?」
かつて対峙した不屈の魁偉。どれだけ傷ついても即座に癒える巨人を前に、俺の<エンブリオ>がほとんど役に立たなかったことをリップは揶揄する。
目の前の【ドロ・レプリカ】はそれと同じ。【屍将軍】の最終奥義はかつての理不尽な回復能力を再現している。いや、さらにタチが悪いかもしれない。少なくとも生前の<UBM>は殺せば死んだのだから。
「あるのでしょう、百頭竜を屠るほどの切り札が? それで【ドロ・レプリカ】を切り捨てればよいのですわ」
どこから情報を仕入れたのかは知らないが、十中八九、出どころはグリオマンPだろう。
リップの言う通り、巨人を無力化するのではなく、討伐すれば済む話なのだ。
それを可能にするだけの切り札はある。
「わたくしを止める手段はひとつだけです。剣を取り、この胸を貫いてくださいませ! さあ!」
だが、万が一リップを殺してしまったらと考えただけで冷や汗が吹き出す。
先ほどのように、間接的にリップを死に追いやっただけで震えが止まらないというのに。
ゲームとはいえ、人を殺めたらどうなってしまうのか分からない。自分が他人を傷つけてしまうことが何より恐ろしい。
事ここに及んで、俺は俺のままだった。
「……」
否、そうではない。
少なくとも今の俺は、これまでの俺とは違う。
今日一日の出来事が脳裏をよぎる。
最悪の目覚めから始まり、柄にもなくデートをして。
ほんの少しだけリップのことを知った。
相変わらず理解できない一面はあるけれど。
一方で、普通の少女のような表情を垣間見た。
苦手であることは変わらない。
それでも何も考えずに目を逸らしては駄目だ。
――この選択は、きっと彼女を傷つける。
「……どっちにしろ、ってところは救いがない」
震える自分に観念しろと言い聞かせる。
きっと俺は前世で相当な悪徳を重ねたに違いない。
自嘲しながら苦笑する。
死後の世界なんてものが本当に存在するのなら、俺は地獄に落ちるだろう。
それでもやるしかない。何しろ他に策がない。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
ひよ蒟蒻
(U・ω・U)<目の前で人が死ぬことはトラウマ、傷つくのを見るのも苦手
(U・ω・U)<基本的に<マスター>とティアンは駄目、モンスターなどはものによる(知能があるタイプや人型の場合はグレーゾーン)
(U・ω・U)<よく「なんでデンドロやってるんだよ」と思われるけど、師匠の存在が大きい
(U・ω・U)<自分で人を傷つけてしまった日には、確実に夢でうなされるし嘔吐するし自分を責める
( P )<つまり愛です。愛ですよ
Ψ(▽W▽)E) P )<ンナァ