長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
機械の国
□■ドライフ皇国某所
肌寒い空気の中、寂れた道を一台のバイクが走っていた。車体は改造済みでサイドカーが付いている。
運転手は若い女性だった。冷気対策のコートを羽織り、背中に魔力式の狙撃銃を背負っている。
女性の振る舞いはどこかぎこちない。時折り胸を見下ろして、座面に跨る位置を頻繁に変えながら、白いため息を吐いていた。
女性の背中にしがみつくのは少女型のアルビノ。防寒着を重ね着してなお寒さに震えている。
垂れた鼻水を目の前にあるコートで拭き取るが、運転中の女性は気がついていない。
そんな二人を尻目に、サイドカーに足を投げ出す人物もまた女性だった。
動きを妨げないコンバットスーツを装備して、腰には二丁の拳銃を吊るしている。
メッシュを入れた髪は一つに結んであり、こぼれた数本を指で巻き取り弄っている。
彼女らは<
しんしんと積もる雪が一本道を白く染める。
バイクの排気音が静寂を破り、汚れのない雪の上に轍を残す。
「暇だわ」
唐突に、メッシュの女性が呟いた。
「タツミくん。面白い話をして」
「無茶振りはやめてよ、西園寺さ……フリーダ」
タツミと呼ばれた運転手は、メッシュの女性の名前を言い直し、慌ててアクセルを踏む。
「もう少しで目的地に着くから」
「なら貴方が私の退屈を紛らわせてくれるのね。毎度ながら、タツミくんの献身には驚嘆するわ。今度は一体何をしでかすのか楽しみね」
「えっと、いや……僕は何も」
「そうね。タツミくんは平凡だもの。好きな子のお願いで、女性アバターでダイブ型VRMMOを遊ぶだけの、ただの変態な
「だ、だって。それは西園寺さんの両親が、男とゲームなんて認めないって言うから」
「言い訳する必要はないのよ? 私は感謝してるの。やっぱりパーティは
次の瞬間、バイクが大きくバランスを崩した。
「ち、違うよ! これは何かの間違いなんだ!」
「むむ、ご主人よ。今なんと? 妾の存在が間違いだと言ったのか? いくら妾でも許せぬぞ。激おこだぞ」
「誤解だよメドューサ。僕は君がいてくれて嬉しい。だから腕に力を入れるのはやめ……せ、背骨が折れるっ」
「そういいながら、抱きつかれて喜んでいるのでしょう? しかも私の顔にご主人と呼ばれて嬉しいなんて……本当に救いようのない変態ね。こっちにいらっしゃいメドューサ。タツミくんのそばにいると変態が感染るわ」
「うむ! ご主人も悪くないのだが、フリーダのほうが好きだ! 見目が良いからな!」
メドューサはサイドカーに飛び移ると、フリーダに抱きついて暖を取る。
ひとまず難を逃れたタツミは深いため息を吐いて、運転に集中するのだった。
◇◆
「配達クエストの届け先はこの村だよ」
三人はバイクから降りて小さな村を歩く。
タツミが荷物の注文主について尋ねると、村人はこぞって案内を申し出る。
すべてをフリーダは丁重に断って、彼らに道順を教わるにとどめた。
「案内を頼まないの?」
「迷う広さじゃないわ。気疲れして面倒だし」
「親切心だと思うけど……」
「あら。あの村人が善人だと思うの?」
「だって、見ず知らずの僕たちにも優しいよ」
「それに皆、彫像のように顔が良い! 美しいものは良いものだ! 妾には分かるぞ!」
「タツミくんは優しくしてもらえるなら何でも良いのね。貴方には失望したわ」
「ええ!? どうして僕だけ」
それから、とくに迷うこともなく、三人は目的の家にたどり着いた。
タツミが扉をノックすると、中から四十歳前後に見える婦人が現れる。一人で住んでいるらしい。
「お届けものです。ここにサインを」
「どうもありがとう。助かるわ。……そうだ。もし良かったら、お茶を飲んでいかれないかしら。ちょうど焼き菓子が余っているの」
「菓子か! ご主人、これは妾のお眼鏡にかなう美しさか確かめる必要がありそうだぞ!」
メドューサは期待に目を輝かせて、催促代わりにタツミのコートを指で摘まむ。
相棒の様子から、この誘いを断った場合に生じる癇癪を面倒に感じたタツミは頷いて、
「そうだね。小腹も空いているから……」
「いいえ奥様。申し訳ありませんが、私たちは先を急ぎますので」
フリーダに遮られた。人当たりの良い、他所行きのために作った笑顔と声色だ。
毎度のことで見慣れている二人であっても、突然の代わり様には面食らう。
フリーダの楚々とした振る舞いに、タツミは現実世界で同じように猫をかぶる彼女の姿を重ねた。
そのままフリーダは二人の手を引いた。
「いったいどうしたのだ。急ぎの用事はないぞ」
「せっかくだしお茶くらい」
「いいから合わせなさい。すぐに分かるわ」
二人と共に立ち去ろうとするフリーダだったが、腕を引く力に対抗されて、彼女たちを連れていけない。
タツミとメドューサの片手はフリーダが握っている。だが、もう片方は二人を引き止める婦人によって掴まれていた。左右から綱引きのように引かれた状態だ。
「あの、奥さん? 手を離してくれませんか」
「そう言わずに。どうぞ寄っていって」
「確かに焼き菓子は心惹かれるぞ。しかし、妾たちはフリーダと行動を共にしているのだ」
「美味しい焼き菓子とお茶よ。せっかくだから、食べていかない? それがいいわ」
婦人の手に力が入る。
爪を立てられてタツミの肌が傷つく。次第に力は増していき、腕の骨が折れてしまいそうな程の強さになる。
「痛っ……」
「こんなところまで来て疲れているでしょう? 休んでいって。お金は取らないわ。美味しい焼き菓子があるの。よかったら休んでいって」
「む! おいお前、ご主人を離せ!」
マスターの危機を察したメドューサはガードナーとしての怪力を発揮して婦人の腕を振り払う。
その際に加減をしなかったので、婦人の両腕は引き千切られ、あらぬ方向に飛んでいった。
「うわ、やりすぎだよメドューサ」
「問題ないわ。いえ、この場合は逆に問題があると言うべきね。それ人間ではないもの」
婦人は両親を失っても平然としていた。
流血の代わりに錆臭いオイルが垂れ、断面からは金属の部品が覗いている。
痛みに叫ぶこともせず、うわ言のように同じ言葉を繰り返して、三人の方に近づいてくる。
『美味シイ焼キ菓子ガアルノ。ヤスンデイッテ』
「ロボット……ティアンじゃない。フリーダは分かっていたの?」
「村人の仕草が作りものみたいだったから。私、そういうのは敏感なのよ。村の様子も、少し見えた家の中も、やけに生活感がなかったし」
「ここはロボットの村だというのか。うむ、それはそれでアリだぞ! つまりあれだ、いくら眺めても構わないということだな!」
「そういう問題かな……ええと、どうする?」
戦うか、逃げるか。判断に迷ったタツミは、場慣れしているフリーダに指示を仰いだ。
ほぼ同時に、フリーダは二丁の拳銃を構えて、目の前のロボットに発砲していた。
右手の白い銃からは光弾が、左手の黒い銃からは闇弾が、それぞれロボットに命中する。
「撃った! ノーシンキング! ノータイム!」
「少し黙って。……威力、装弾数、共に変動無し。左はスカ。なるほどね」
フリーダは壊れたロボットを足蹴にして、簡単に検分した後、両手の拳銃……自らの<エンブリオ>を掲げた。
「私のアンフィスバエナについて、貴方は当然覚えているわよね」
「光属性と闇属性の二丁拳銃、だっけ」
「それだけ? 赤点よタツミくん。何度も説明したというのに、いったい何を聞いていたのかしら」
「ご主人はフリーダの肢体に見惚れていたぞ。女神の如き造形美ゆえ、妾もつい凝視してしまう」
「メドューサぁ!」
「はぁ……本当に救いようのない変態ね。脳内桃色お花畑のタツミくんにも分かるように説明すると、アンフィスバエナの残弾数と威力は私の行動で変化するの」
記憶を掘り起こそうとするタツミに軽蔑の視線を向けて、フリーダは説明を続ける。
「善行を積むと、光属性の弾が装填される代わりに威力が低下する。その分、闇属性の弾の威力が上昇するわ。逆もまた然りよ」
「悪いことをすると闇属性の弾が装填されて威力が下がる。代わりに光属性の弾の威力が上がる……」
「その通り。そして、ロボットに攻撃しても変化はなかった。良くも悪くもない、つまりロボットは敵味方関係無しに、ただ存在するだけのもの。闇属性でダメージを与えられないから生物の擬態やサイボーグでもない」
三人の背後から足音が近づく。
タツミが振り返ると、数十を超える村人がゾンビのように群がって、三人に手を伸ばしていた。
いずれも皆、うわ言のように何かを呟いている。「何かお困りかい」「家に寄っていきなさいよ」……思いやりに満ちた暖かい言葉が、今は不気味に反響する。
「村人は全員、壊れかけたロボット。オブジェクト扱いだから撃退しても見返り無し」
「ほう、では妾が一つ二つ石像にしても何ら問題はないということだな? 実に滾るぞ!」
「みみっちいことは言わないで、好きなだけお持ち帰りしなさい。タツミくんは下がって援護を」
「え、この数を相手に戦うのはちょっと……」
怖気付くタツミに、フリーダは陰で舌打ちした。
しかし溢れた感情を即座にしまい込み、男好きのする微笑を浮かべて、タツミの耳元にそっと囁きかける。
「期待してるわ。貴方だけが頼りよ」
「ふぁい!」
「……ご主人、チョロいぞ」
タツミは夢心地で狙撃に適した高所に向かう。メドューサは勢いに任せてロボットの群れに詰め寄り、敵を一瞥で石化させては遠くに放り投げている。
味方の配置が整ったことを確認して、フリーダは結んだ髪を自ら引っ張り、そして拳銃を構えると。
「スクラップにしてあげる」
日頃の積もり積もったフラストレーションを爆発させるように、敵の只中へと突撃した。
◇◆
積雪に残る轍を辿り、一台のバイクが走っていた。
人気の無い村を後にした三人は道なりに進む。
無言で思索に耽っていたタツミは、ふと顔を上げて、サイドカーの二人に疑問を投げかけた。
「結局、あのロボットは何だったんだろう」
「暇を持て余した誰かの仕業でしょう。<叡智の三角>とか、“戦争屋”とか」
フリーダは適当な答えを返す。
メドューサに至っては聞いてもおらず、人型の石像を鑑賞して満悦の表情を浮かべている。
「誰が造ったかも気になるけど、目的は?」
「そんなことを気にしても仕方ないわ。それとも、タツミくんは気に入った女の子でもいたのかしら」
「そうじゃなくて……あそこはティアンの村として、今まで騒ぎにならずにいたわけだよ。ロボットを作った人は、偽装にかなりのコストと時間をかけていると思う」
「割に合わないでしょうね」
「それで、えっと、フリーダはどう思う?」
おずおずと尋ねたタツミだったが、彼女の無関心極まる冷たい視線に怯む。
「う。や、やっぱり何でも」
「……実験場かしら」
問いが撤回される直前、面倒くさそうに思いつきを述べるフリーダ。
「あのロボットは『善い人』を演じていた。暴走して、無理やり善行を押しつける暴力装置になっていたけど」
「あれは全部、試作品だった?」
「人間の紛いものを造るためのサンプルかもね」
知らないけど、と投げやりに締めくくる。
「それより貴方、どうやって責任を取るつもり?」
「え?」
「気づいていないのね。可哀想なタツミくん、ついに思考までピンクに染まってしまったのかしら」
「待って。僕、何かした?」
「重大なミスよ。実に深刻な事態だわ」
「……というと」
「今回、貴方が受けたクエストは配達。私たちは荷物を回収して、依頼主に送り届けることが仕事だったわ」
「うん。だからあの村まで運んで……あ」
「依頼主はあの村の住人。ティアンのふりしたロボットよ。
「報酬が……貰えない……!?」
「それどころか、バイクの燃料費を差し引いたら赤字ね。アンフィスバエナのストックも消費してしまったわ」
「聞き捨てならないぞ! つまりあれか、妾たちはタダ働きをしたのか! しょんぼりするぞ!」
「メドューサは石像手に入ったよね……でも、そうか。どうしよう。また仕事を見つけないと」
頭を抱えるタツミの耳に、フリーダから提案という名で悪魔の誘惑が囁かれる。
「次は野盗をするのはどう? PKは良いストレス解消になるという研究結果が出ているのよ」
「そ、ソースはどこに」
「何を言っているのタツミくん? こんなフィールドに調味料が落ちているわけないでしょう」
「違うそうじゃなくて」
「冗談はさておき。追い剥ぎで懐を暖めて、アンフィスバエナのストックも貯まるから一石二鳥」
「普通のクエストにできない……?」
「稼ぎが悪いし、光属性の弾ばかり増えるのよ。それとも、知り合いのカジノで働いてみる? たしかバニーガールを募集していたはず」
「それは駄目。絶対に」
タツミは赤面して提案を拒否する。
彼は脳裏に浮かぶ、あられもない格好のフリーダとメドューサの妄想をどうにか振り払った。
「そんなにバニーが嫌なら仕方ないわね」
「え、僕がやるの?」
「……あら、逆に誰が着ると思ったのかしら」
「責任を取って野盗に参加させていただきます!」
嵌められたと思った時にはもう遅い。
最初から、タツミに服従以外の選択肢は無いのである。
「気にすることはないわよ、むっつりスケベで変態のタツミくん。現実と違ってPKは禁止されていない。罪には問われないのだから、何を言われようが気にすることはないの。それに……」
揶揄うようにフリーダは笑う。
「善悪の区別なんて、所詮は主観なのだから」
余談というか今回の蛇足。
<双蛇>
(U・ω・U)<美少女?傭兵ユニット
(U・ω・U)<どんな仕事も(気分次第で)請け負う
(U・ω・U)<全ての決定権はフリーダにあり
フリーダ
(U・ω・U)<毒舌猫かぶり優等生
(U・ω・U)<校舎の屋上で煙草吸うタイプ
タツミ
(U・ω・U)<パシリ
(U・ω・U)<好きな人には逆らえない、顔がそっくりのガードナー相手でも然り
ロボット村
(U・ω・U)<いったいどのPの仕業なのか
( P )<一応は管理してるぜ