長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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(U・ω・U)<連続更新、まだの人は前話から


間話 雌伏の狼

 □ある少女の話

 

 生まれついての才能なんて、持っていない。

 

 あるのは普通の環境。普通の自分。

 可もなく不可もない中流階級の両親。

 父は単身赴任で各地を飛び回り、母は女手一人で少女を育てながら仕事に勤しむ。

 人並みの生活はできている。

 両親の愛情を受けて、幸せに暮らしている。

 そこに文句や不満はない。少なくとも、人生に暗雲をもたらす類の悩みはない。

 

 ただ、漠然と飢えていた。

 

 天賦の才能を持つ人間や、生まれながらにしてすべてを与えられた上流階級の話を見聞きするたびに思う。

 

「私は、まだやれる」

 

 もっと上を。もっと高みを。

 才能が無いなら足掻け。努力を積み重ねろ。

 それでも足りないなら奪え。

 無論、穏便な方法でだ。

 今の世は、先人が築いた無数の道が残っている。

 軽く情報端末を操ることで、彼らの軌跡をいくらでも調べることができる。

 機会があれば、彼らに会って、知識と経験を獲得する。

 

 知り得たものすべては自らの糧だ。

 食らった糧は、いずれ自分の才能として血肉になる。

 たとえ生まれついての天才にはなれずとも。

 努力の末、頂きに手を伸ばす秀才にはなれる。

 だから求める。あらゆるものを。

 

 勉学を修めた。

 運動は苦手だったが克服した。

 様々な娯楽に取り組んだ。

 

 どれも平均以上の成果を出すことができたが、分野の頂点には及ばない。

 それでも何かをひとつ得るたびに、自分がひとつ成長することを実感した。

 ときには得たものを他方面に活かすことができ、努力は無駄にならないと学んだ。

 

 だが……まだ足りない。まだやれる。

 もっと、もっと。

 飢えは際限なく少女を蝕む。

 

 仮に世界のすべてを手に収めれば、満ち足りないこの飢えは、消えてなくなるのだろうか――?

 

 

 ◇

 

 

 少女は自室で一人目を覚ます。

 丸一日の休息を挟んだことで疲労は回復していた。

 日夜連続でゲームをプレイすることを、少女の母は快く思っていない。ただし、少女が初めての物事に取り組むとき、一定期間はそれに没頭することを理解していた。

 

 要するに、いつものことだと諦めている。

 

(父さんとプレイしている、という言い訳が効いているのかしらね。……まあ嘘なのだけど)

 

 単身赴任中の父に誘われたデンドロだが、所属国家の違いにより、共に遊んではいない。

 ゲームに疎い母はそんなことなどつゆ知らず、親と一緒なら安心だと考えている。

 

(気が引けるわ……でも、父さんが悪いのよ。王国に来ないし。メールじゃ埒が明かないから電話したら、『しばらく会えない』の一点張り。大方、“監獄”にでも飛ばされたのね。レジェンダリアは部族独自の決まり事が多くて、犯罪者になりやすいと聞くから)

 

 ふと、少女は以前対峙した敵を思い出した。

 

(そういえば、【狼王】もあの国の指名手配犯だったっけ。……まさかね)

 

 そこから友人のことを連想する。

 先日、手合わせした少女についてだ。

 

 ゲームを始めて間もない頃。

 少女はありとあらゆるプレイヤーから知識や技術を吸収しようと、様々なパーティに参加した。

 しかしそれは期待はずれだった。初心者同士でパーティを組むのだから経験は皆同じ。そして少女が求める優れた才能の持ち主はなかなか見つからない。

 

(そんなとき、サラさんに会った。……とても才能があるように見えなかったけれど)

 

 戦えないテイムモンスターを連れた従魔師だ。

 当然、不満からいざこざが起こる。少女からすれば五十歩百歩の争いは次第に過熱していった。

 

(見てられなくて、つい助け舟を出したのよね。一銭の得にもならないってのに。あのときはどうかしていたわ)

 

 あるいは庇護欲を刺激されたのか。

 結果、妙に懐かれて行動を共にするようになる。

 戦闘面で不安を抱える彼女を、磨いた力で何度も助けていくうちに、悪くないと感じる自分に気がついた。

 彼女はお荷物でしかないはずなのに。

 

気持ち良かった(・・・・・・・)。私はサラさんを下に見て、助けてあげて……そうやって優越感に浸っていたのね)

 

 これまで少女は見上げてばかりいた。

 求めることはあっても、求められることは稀だった。

 だから、見上げられることに慣れていなかった。

 必要とされて、感謝されることで、至らぬ我が身の不足から無意識に目を背けてしまっていた。

 

(失礼な話だわ。私は何様のつもりで、サラさんより上に立っている気でいたのかしら?)

 

 事実、彼女には才能があった。

 彼女の周囲には多くが集まる。善人も、悪人も等しく。人間やモンスターといった種族の垣根すら越えて。

 彼女は常に明るい。他者を想い、長所を認めて、楽しそうに笑っている。

 音楽の腕も一級品だ。プロ顔負けの演奏を耳にしたとき、少女は自我を喪失しかけた程である。

 

(対して、私は何もない。あるのは他所から奪ったものだけ。私だけの取り柄は、才能は、何ひとつとして持ち合わせていないじゃない)

 

 唯一、優っていたのは強さ。

 それはゲームの数字でしかない。時間をかけて努力すれば、誰だって到達できる領域だ。

 

(だから追いつかれた。言い訳のしようもないわ。レベル差は倍以上あるのに、正面からぶつかって、負けた)

 

 強さすら、彼女が上回ったら。

 もはや少女がそばにいる意味はどこにもない。

 傲慢で醜い少女は、彼女の隣にいられない。

 

(……嫌ね。サラさんは、そんなことで私を突き放す人ではないのに。だけど想像してしまう。そんな未来を受け入れることはできない)

 

 彼女と友人でいたい。

 一度手に入れたものは手放せない。

 もっと、ずっと、一緒にいたい。

 飢えが止めどなく欲望を湧き立たせる。

 

(もっと強く。サラさんより上に立つためじゃない。私が胸を張って、彼女の隣にいられるように)

 

 少女はアリアリアとして、<Infinite Dendrogram>にログインした。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■アルター王国某所

 

「と言っても、やり方は変えられないのよね」

 

 アリアリアは人里離れた森林を訪れていた。

 鬱蒼と茂る木々に隠れて、魔獣系のモンスターが数多く生息する獣どもの楽園である。

 現在のアリアリアにとっては適正レベルの狩場だ。

 仲間と連携を取るモンスターなど厄介な敵が多く、また主要な都市や街道から遠いため、レベル上げを目的とする者は他の狩場に流れるという点から、アリアリアは近辺のモンスターを独占していた。

 

(私には長所がない。だから地道な努力と、他人から奪った技を磨き上げることしかできない)

 

 視界に入るモンスターを狩り尽くしたアリアリアは、一度クールダウンを挟むことにする。

 

「……ふぅ」

 

 目を閉じて、マーナガルムを構える。

 想像するのは過去に戦った強者だ。

 相手の動きをイメージして、自分の身体に落とし込み、トレースする。

 

「――フッ」

 

 無数の刃を操る剣聖を模して剣を振るう。

 令嬢が従える鋼蜘蛛の罠。水流使いの斧捌き。

 燃える力士の突進。二輪を駆る騎兵の飛び蹴り。

 骨鎧の姫の槍捌き。黒い鴉の高速機動。

 

「――疾」

 

 天覆う巨人の蹂躙。影に潜む忍の投擲。

 星の閃光が如き一射。無手なる悪鬼の武器殺し。

 首狩り兎の抜刀術。

 

「ッ」

 

 着ぐるみの熊から放たれる蹴撃。

 長腕長脚の怪人が繰り出す一爪。

 そして、決闘王者の無限連鎖。

 

「ハア……ハア……ふー……」

 

 荒い息を吐いてアリアリアは素振りを終える。

 到底満足できる出来ではない。本家から数段劣化した動作は、実戦で使用するにはあまりに心もとない。

 ゆえに、アリアリアは技が身につくまで、愚直に素振りを繰り返しているのである。

 

『Wof?』

「問題ないわ。もう一踏ん張りよ」

 

 息を整えて、森の奥に足を踏み入れる。

 

 アリアリアがこの森林を訪れるのは、狩場の独占ができること以外に、もうひとつ理由があった。

 道中のモンスターを屠りながら進むと、突然、全身の産毛が逆立つ重圧に包まれる。

 足取りが重い。肉体が軋みを上げて、気怠さから大地に平伏してしまいそうになる。

 

「ちいっ、まだ届かないか……」

 

 木々に覆われて姿は見えないが。

 明らかに格の違う存在が君臨している。

 重苦しさに負けて、一度も拝謁は叶わない。

 アリアリアは、表示される名前を視認することのみを許されている。

 

「【重獣(ちょうじゅう)法皇(ほうおう) ハイエレファントン】」

 

 この森林を統べる伝説級の<UBM>は、アリアリアが密かに討伐を目指す獲物だ。

 タカクラ夫妻が催した茶会の勝者として、アリアリアが要求した情報は未討伐の<UBM>についてだった。それも、一般に存在が知られていないという条件で紹介されたのが【ハイエレファントン】だ。

 

(第四形態、<上級エンブリオ>でも駄目。特典武具が欲しいのに、そのためにより強い装備が必要になる……随分と皮肉が効いているじゃないの)

 

 今は競争相手がいないが、いつ何時に【ハイエレファントン】の存在が明るみにでるか分からない。

 そうなれば、特典武具狙いの強者が群がってくることは目に見えている。可能な限り迅速に討伐したい。

 

 しかし、それは今日ではないようだ。

 

「撤退するわよ、ルゥ」

『……Wof』

 

 アリアリアは獲物に背を向けて、来た道を戻る。

 それだけで身を包む重圧は消え失せるのだった。

 

 

 ◇◆

 

 

 帰路の途中、アリアリアの聴覚は戦闘音を拾った。

 魔獣ばかりが生息する森の中に、金属同士が衝突する音が響く。明らかに人間が振るう武器のものだ。

 

(距離が近い)

 

 アリアリアは息を殺して、茂みから様子を窺う。

 同じ特典武具狙いの<マスター>ならば、PKも辞さないと覚悟を決めていた。

 

(いったいどんな……)

 

「……はあ?」

 

 思わず声が漏れた。

 目に前の光景は、それくらい馬鹿げていて、意味が分からない代物だったからだ。

 

 ――ゴリラがいた。

 

 鋼鉄の装甲で覆われた機械仕掛けの(フルメタル・)ゴリラ。

 両の拳を振り回すゴリラ。

 頭上に名前が表示されない、即ち野生のモンスターとは異なるゴリラ。

 

 どうやらゴリラは、目の前で対峙する痩身の人影に攻撃を加えているようだった。

 剛腕から繰り出されるラッシュ。

 無防備な人影の顔面に殴打が迫る。そして、人影はじっと立ち尽くしたまま動かない。

 

「ちょっと、危ないわよ! 避けなさい!」

 

 アリアリアは茂みから立ち上がる。

 咄嗟に身体が動いていた。

 人影を助けようと駆け出して。

 

「え?」

 

 無傷の人影を見て、足を止める。

 

 人影は鉄扇を手に、優美な構えを取っていた。

 対して、攻撃をしたゴリラの拳は装甲部分に亀裂が生じており、猛攻を一時中断している。

 

「……おや。このような僻地で人に会うとは」

 

 人影は構えを解いて、アリアリアをしげしげと眺めた。

 能楽でいうところの翁面で顔の半分が隠れているが、整った顔立ちであることは見てとれる。

 和装に羽衣を纏い、たおやかな所作で、その人物は一礼した。

 

「ご安心を。襲われているように見えたやもしれませんが、修行の一環ですので」

「修行?」

「森の中であの絡繰を拾ったのです。これでなかなか腕が立つので、立ち合いをしておりました」

 

 簡潔に説明する翁面の背後で、ゴリラが立ち上がり、拳を振り下ろそうとする。

 翁面はアリアリアとの会話に意識を向けていて、ゴリラには気がついていない。

 

「後ろ! 後ろ!」

「? なぜ私を驚かそうとするのですか。流石に古典的な手法に過ぎると思いますが」

「冗談じゃないっての! ゴリラよゴリラ!」

「なるほど。ゴリラと」

 

 振り返った翁面に、ゴリラの拳が直撃する。

 勢いのまま大地にめり込む翁面。

 ……そのまま微動だにしない。

 

(殺った!? あのゴリラやりやがったわ!)

 

 翁面を倒したゴリラは、次の標的をアリアリアに定めたようだった。

 堂に入ったファイティングポーズを取るゴリラ。

 アリアリアはやむを得ず武器を構える。

 

 一触即発の張り詰めた雰囲気の中、アリアリアは先手を打とうとマーナガルムを振りかぶり。

 

「なっていませんね」

 ――翁面に構えを矯正された。

 

「!?」

 

 驚いたアリアリアは己の目を疑う。

 

(動きは見えていた。普通に立ち上がっていたじゃない。速くはない……のに、こいつ)

 

「いつの間に。そうお考えですか?」

「……ッ」

「小手先の技です。人間の意識を惹きつける歩法、転じて、意識の間隙を突くこともできる」

 

 武道においては度々取り上げられる理論だ。

 歩法を極めた者は、一呼吸のうちに、彼我の間合いを詰めることができる。

 ただし、翁面のそれは武道に由来する技ではないのだが……アリアリアは知る由もない。

 

(というか、さっきの直撃で怪我してないのはどういうわけなの。防御系のスキル?)

 

 仮に、攻撃を無効化するスキルがあるとして。

 明らかに先の翁面は非戦闘状態だった。

 扇を手に構える動作がスキル発動の条件と考えると、何もできずにやられている。

 

(あの一瞬で何を? 《看破》でAGIを……私より遅いじゃない。後衛職の数字だわ)

 

 やけに高いMPとSP、そしてメインジョブの名前にアリアリアの視線が吸い寄せられる。

 

「……【扇神(ザ・ファン)】」

 

 超級職、しかも技巧に長ける【神】シリーズ。

 アリアリアが逆立ちしても届かない天才の一人が、この翁面であるということに複雑な感情を抱く。

 

「ひとまずこれまで。鎮まりなさい」

 

 翁面の言葉に従い、ゴリラは活動を停止した。

 ゴリラをアイテムボックスに収めた翁面は、呆けるアリアリアを放置してその場を立ち去ろうとする。

 

「待ってちょうだい。さっきの、どうやったのか教えてもらえないかしら」

「嫌ですね」

 

 あっさり、ばっさりと翁面は断る。

 

「修行中ですので」

「……じゃあ、どうして私にアドバイスしたのよ」

「棒を持った猿のような、見るに堪えない構えでしたから。ついでに私の技量を自慢してやろうかと」

「私、売られた喧嘩は買う性質なのだけれど。いったい何様のつもり?」

 

 翁面の横柄な態度に、アリアリアの外面は剥がれて本音の怒りが飛び出す。

 アリアリアも不躾な発言をした自覚はあるが、それにしてもである。完全に売り言葉に買い言葉だった。

 

 ただ、翁面はその言葉を待っていた。

 

「【扇神】“未踏鏡面” アタラクシア・カーム」

 

 やたらとジョブの名前を強調することで、自らが格上であることを示す。

 どう足掻いてもそれは認めざるを得ないので「馬鹿な問いかけをした」とアリアリアは渋い顔をした。

 

 これで終わりかと思いきや。

 

「――<超級>ですが、何か?」

 

 最大級のマウントが、ドヤ顔つきで飛んできた。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ある日森の中でゴリラに出会った

(U・ω・U)<ついでに<超級>と<UBM>に出会った

Ψ(▽W▽)Ψ<なんじゃそりゃ

(U・ω・U)<アリアリアの修行パート(導入のみ)


ゴリラ
(  P  )<おや……?

(U・ω・U)<ゴリラです。それ以上でもそれ以下でもありません


アタラクシア・カーム
(U・ω・U)<限定条件下で世界最速

(U・ω・U)<【羽神】とネーミング迷ったけど、【翼神】とかぶるし特性とズレるからやめた
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