長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ
「サラさん待ちなさい! 先行するなら私が……」
「君たち足早くない? もう少しゆっくり走ろうぜ?」
「なんであなたまでついて来るのよ!?」
「いやあ、アイテムボックス取り返さないと」
後ろの二人に反応する余裕はなかった。
誰より先に三階に上がったわたしが見たのは、すごく大きな黒いクモのモンスター。
表示される名前は【亜竜毒蜘蛛】。まがまがしいオーラを帯びていて、動くたびに黒い鱗粉が舞い上がる。
クモが操る糸の先には、赤毛の魔獣が捕まっていた。
『
かすかに震える声。【カーバンクル】はもがいているけど、糸が絡まってて抜け出せそうにない。
「やれ」
クモのそばに立つ、怖い目をした男の子が命令する。
とがった爪が、【カーバンクル】を狙って今にも振り下ろされようとしていて。
ぎゅっと目をつぶる【カーバンクル】の顔を見た。
「ダメーーーーッ!!」
考えるより先に足が動いていた。
驚いた【亜竜毒蜘蛛】の隙をついて、わたしは【カーバンクル】をかばうように割りこむ。
すぐにクモがわたしを攻撃しようとしたけど、なぜか突然ピタリと止まる。
かわりに男の子がわたしをにらんできた。
「何のつもりだ」
「なにって、この子がこわがってるでしょ!」
「俺の邪魔をするな。そいつで最後なんだ」
最後? どういう意味だろう。
「この部屋を見ても分からないか?」
そう言われて周りを見渡す。
本棚がたくさんあるから書斎として使われていたんだろうか。立派な家具はすべて、部屋全体にかかるクモの巣で台無しになっている。
部屋のはしっこに男の人が一人へたりこんでいる。怪我はなさそう。
あとは床に散らばった角とか、牙といったモンスターの素材アイテム。
「蠱毒の真似事だねえ」
「……胸糞悪いやり方するじゃないの」
後からやって来たひよ蒟蒻さんとアリアリアちゃんはわかったみたい。
「蠱毒ってなんですか?」
「古代中国で行われた呪術の一種さ。小さい壺の中に大量の毒虫を入れて、共食いをさせる。最後に残った一匹=最強の毒虫。それを呪いの触媒にするんだったかな? 彼の場合は手駒にしているようだけど」
それって……檻から逃がしたモンスター同士を殺し合わせたってこと?
「どうしてそんなことをするの!?」
「気に食わないやつをぶっ殺すのに強いモンスターがいるんだよ。お前らだってレベルを上げるためにモンスターを狩るだろう。やってることは同じだ」
「それはっ……もしかしたら、そうなのかもしれないけど。この子たちには意思があるし、生きてるんだよ! 無理やり戦わせるなんてひどいよ!」
「馬鹿馬鹿しい。そいつらは所詮データの塊。意思があるように見えるだけだ」
わたしは反論しようと口を開いたけど、言葉が出てこなかった。
男の子の言い分はわたしが考えもしていなかったもので、はじめて会った考え方の持ち主に対して、どう接したらいいのか迷ってしまったんだ。
「話は終わりだ。そこを退け」
「……どかない。ねえ、あなたは」
「うるさい。終わりって言っただろ」
男の子は冷たく言い放つと。
「まとめて殺せ」
動き出した【亜竜毒蜘蛛】がわたしに狙いを定める。
頭の上から迫る四本の黒い爪。ひとつひとつがわたしの腕以上に太くて、長く、鋭い。
ここで避けたら【カーバンクル】に当たっちゃう。でも、この子を縛る糸をほどく余裕はない。
どうしよう、どうする?
せめてジェイドとこの子は守らないと。
ジェイドの《送還》は間に合わない。ならわたしが盾になって、この子たちに攻撃が届かないように!
『KSIIIIIIIIII!』
「サラさんッ!」
……あ、ダメ、かも。
神さま、お願いします。
わたしはやられたってへっちゃらです。
だから、どうか。
この子たちだけは――
◇
□???
その場にいた者の中で、サラの窮地に対して動いたのは一人と一匹。
アリアリアとルゥは【亜竜毒蜘蛛】の攻撃からサラを助けるべく駆け出していたが、ほんのわずかな初動の遅れにより間に合わない。
自身をひよ蒟蒻と語る男は静観を決め込み、この事態を引き起こした張本人である少年は言わずもがな。
あるいは、サラの<エンブリオ>が戦闘に転用できる特性を有していれば話は違ったかもしれない。
主人の危機に呼応して、おあつらえむきな進化を成し遂げただろう。
だが、それは叶わない。
余程の出来事がない限り、彼女のパーソナルから生まれた【バベル】はそのようなスキルを発現しない。
で、あるならば。
少女の危機を救うのは、ジェイド以外にあり得ない。
『……r』
けれど、幼い竜は未だ空の蒼さを知らず。
目の前の恐怖に身体を強張らせ、目に涙を浮かべて震えることしかできない。
それは仕方のないこと。親元から引き離されて受けた苛酷な経験は、生まれ持った気性と合わせて、彼の臆病さに拍車をかけていた。
今も彼はサラに庇われるばかりだ。
少女は恐れない。以前もそうだった。傷つくことを厭わず、荒れ狂う風に飛び込んで手を伸ばす。
その有り様は眩しいくらいに輝いて、まさしく太陽のようだった。
赤い魔獣が少女を見ている。かつての彼と同じように、助けられる側として。
その瞳に映るのは救い主としての後ろ姿。小さくて、それでも頼りになる背中だ。
魔獣とは異なる立ち位置で、彼は少女の横顔を見る。
その顔は……恐怖でわずかに陰っていた。
(そうだ、こわくないわけがない!)
彼女は英雄でなければ戦士でもなく、戦う術を持たない一人の少女に過ぎない。
それでも勇気を振り絞って、目の前の誰かを助けようとしているだけ。
で、あるならば。
今この瞬間に少女を助けることこそ、従魔たる彼の役割ではないのか?
(こわい。こわい。こわいよ……でも)
翼を広げて空気を掴む。
飛翔という本来の用途とは別に、風竜の翼は風の流れを把握して操ることに長けた構造をしている。
主人にみっともなくしがみつきながら、翡翠の竜はなけなしの勇気を振り絞る。
(こんどは、ぼくがサラをたすける!)
◇
『Rrrrrrrr!』
風が吹いた。
一人と一頭と一匹をまとめて屠らんとした【亜竜毒蜘蛛】の爪は、不可視の障壁によって受け止められる。
空気を圧縮して展開した防壁が、わずかな時間だが亜竜級のモンスターからサラたちの身を守った。
四本の爪を防いで、風の盾はあっけなく破裂する。
結局は時間稼ぎでしかないささやかな抵抗。
続いて放たれた攻撃の第二波に、今度こそ少女らは倒れ伏すかと思われた。
「させるかっての! ルゥ!」
『Wof!』
ジェイドが稼いだのはたった数秒。しかし、その数秒はアリアリアがサラの元に駆け寄るのに十分な時間だった。
剣を咥えたルゥが【カーバンクル】を拘束する糸を切り裂き、【亜竜毒蜘蛛】の爪を悉く打ち払う。
「た、助かった……?」
「無茶し過ぎだわ。勘弁してよね」
二匹の黒い獣が争っているうちに、アリアリアはサラを安全圏まで避難させる。
「さてと。サラさんは【カーバンクル】を連れてここから離れなさい」
「アリアリアちゃんはどうするの?」
「私はあいつらをどうにかしないと。ついでにその役に立たない殿方を持っていってちょうだい」
誰のことだろうかと周囲を見回す自称ひよ蒟蒻を指差して、アリアリアは彼らを階段の方へ押しやった。
「一人でだいじょうぶ?」
「あら、私を誰だと思っているのかしら」
「……わかった。助けを呼んでくるからね!」
彼らが二階に降りるのを見届けてから、アリアリアは敵と相対する。
ルゥと【亜竜毒蜘蛛】の戦闘は継続中。フリーだった少年がサラを追うか、アリアリアに襲いかかってもおかしくない状況ではあったが、彼は動いていない。
蠱毒紛いの方法で強力なモンスターを手に入れようとしているのであれば、わざわざ餌を逃がすメリットがない。
(<マスター>であることは確定。言動からして、PKを躊躇う性格ではなさそうね。ならどうして……追う気がない? ジョブは【従魔師】と推定できる。可能性としては追跡、あるいは遠隔操作型の<エンブリオ>?)
高速で思考しながら、アリアリアは店売りの片手剣を取り出して構える。
対する少年はというと。
「どうしてポケットに手を入れたままなのかしら」
「そっちこそ、何やる気になってるんだ? 俺はお前みたいな雑魚を相手にする気はない」
「さっきはサラさんに殺す宣言をしていたくせに。失敗してたけど」
「あれはモンスターがトロかっただけだ。それに俺の邪魔をしないなら知ったことじゃないし、モンスターの一匹くらい逃がしても問題ない」
「ふうん。ところであなた、そういうのなんて言うかご存知?」
ここまで会話を続ける必要はなかった。
当初の予定では、追撃の心配がなくなった時点でアリアリアは撤退するつもりだったのだ。
けれど口が止まらない。何故かと考えて、すぐに答えが出た。
――友達を殺そうとしたこの男に、自分はどうしようもなく腹が立っていたのだと。
「負け惜しみっていうのよ」
「……ッ、言わせておけば」
少年が目を見開くと同時に、不自然な方向転換をした【亜竜毒蜘蛛】がアリアリアへ襲いかかる。
蜘蛛糸の網で逃走経路を潰した後に繰り出される四本脚での連撃。下級職を一つ極めたばかりのアリアリアが対処するにはステータスも手数も不足している。
ゆえに、アリアリアは糸の排除に専念する。脚爪での直接攻撃に関しては、
「ルゥ、そっちは任せた!」
『Wof!』
己の相棒に一任する。
ルゥは現状においても【亜竜毒蜘蛛】に引けを取らないステータスを有している。ややAGIは劣るが、その分STRとENDは勝っている。十分に渡り合うことは可能だ。
「ガードナーの<エンブリオ>か」
「羨ましいでしょう。そちらも<エンブリオ>を使って構わないわよ」
「フン、誰が。これくらいのハンデで丁度いい」
アリアリアは半ば意図的な挑発を飛ばして情報を探る。しかし、少年は<エンブリオ>を使うどころか戦闘に参加する様子がない。
(やはりこの場で使えない、使っても意味がないタイプ? あるいは、すでに使用している? あの黒い瘴気と結晶はどうにも“らしい”けれど)
純粋に魔物を強化するだけの能力ならそれほど脅威ではない。手応えからしてもよくて下級、アリアリアと同じ第三形態止まり。
その程度の強化が施された亜竜級のモンスターなら、同格の相手を含めた二対一の構図は厳しいものがあろう。付け加えると【亜竜毒蜘蛛】の動作はどこかぎこちなく精彩を欠いている。
このままヒットアンドアウェイを繰り返せば、アリアリアの勝ちは揺るがない。
「ご大層な言葉を並べておいてこの程度なんてね。結局は口だけじゃない」
「調子に乗るなよ、女のくせに」
「あらいやだ。男尊女卑なんて一世紀前の遺物よ。いったいどんな家庭でお育ちになったの? かわいそうに」
終始優勢だったこと、そして挑発の目的が自分の苛立ちを解消することにすり替わっていたので、アリアリアは少年の雰囲気が変化したことに気がつかなかった。
自分が
「……解除」
直後、【亜竜毒蜘蛛】の速度が二倍になった。
『KSAAAAAA!』
『Gyan!?』
ルゥは加速した攻撃に対応することができずに吹き飛ばされ、
「な、はあっ!?」
アリアリアは突如として身体の自由が奪われた。否、動くことはできる。それでも全身が押さえつけられているかのような抵抗感があり、速度は半減する。
ここぞとばかりに襲いくる爪での攻撃を、どうにか剣で
「《スティール》」
少年の手に、見覚えのある片手剣が握られているのを視界の端で捉えた。
(やられた……! まさか【従魔師】じゃなくて盗賊系統だったなんて……それにあの奇天烈な形の手袋、十中八九<エンブリオ>じゃない! こいつ、なんでいきなり畳み掛けてくるのよもう!?)
刹那のうちに追加情報を処理しつつ、相手の戦法とその打開策を見出すべく周囲を観察するアリアリア。
とはいえ彼女の手札自体そう多くない。ましてやここまで追い込まれたのは<Infinite Dendrogram>をプレイして初めてのこと。
今まで自分より弱い相手としか対峙してこなかった(意図してのものではないのだが)つけがここに来て祟る。
それでも持ち前の頭脳と五感と直感により、彼女は正解を導き出す。
(こいつはずっとポケットに手を入れたままだった。それが単なるポーズでないとしたら。私に<エンブリオ>を……いいえ、手元を見られたくなかった)
忙しなく動く少年の指先。それはまるで何かを手繰っているかのようでもあり。
【亜竜毒蜘蛛】の蜘蛛糸に紛れて判別が難しいが、目を凝らすと部屋中にもう一種類の細い
(糸の生成と操作。【亜竜毒蜘蛛】が不自然な動きだったのはマリオネットみたいに操っていたからね。私が動けないのも糸による拘束か)
ただ、思考に意識を割き過ぎたことで、アリアリアの足は止まっていた。
『KSIAAAAAA!』
そして、本来の敏捷性を取り戻した【亜竜毒蜘蛛】の一撃が叩き込まれた。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<煽り合戦口喧嘩みたいな感じになってますが
(U・ω・U)<小学生だから仕方ないね