長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ
愛闘祭の一日目がはじまった。
なんでも恋愛に関係するお祭りらしい。朝から通りにはカップルがたくさんいて、ちょっと目の毒。
街には<マスター>の出店がたくさん並んでいて、どれも魅力的なものだから目移りしてしまう。
食べものでしょ、アクセサリーやマジックアイテムとかの小物、かわいい服も売っている。
料理人・職人といった生産職が売り出す渾身の商品を前にしたら、ついお財布のヒモがゆるんでしまうよね。
ほかにもいろんなイベントが開催中だ。
たとえば決闘ランカー主催の野球対決とか。ちらっと覗いたけど、ビシュマルさんの怨念が燃えていた。
そしてここ、闘技場前では従魔師による素敵なイベントが開かれているのです。
それは――テイムモンスターとのふれあい広場!
シンプルな柵の中にはテイムされた小型のモンスターが思い思いに過ごしている。
お金を払うと柵の中に入れて、モンスターを触ったり、一緒に遊んだりできる。
人になついているかわいい子が、愛嬌を振りまいてサービスをするものだから、お客さんの評判は上々だ。
ちなみにオプションも揃っている。
まず従魔用のご飯がひとつ一〇〇〇リル。
手渡しで急接近できること、食事の風景を見られることが理由で人気が高い。そしてなによりお安い。
あとは騎乗体験とか、もっと大型のモンスターとふれあいたい人向けのコースが用意してある。
さてここで問題です。
今、わたしはなにをしているでしょう?
「お一人様、三〇分で五〇〇〇リルになります!」
正解は……受付とお会計!
「祭りなのに手伝わせて悪いねサラ。予想以上に客の入りが多くて、僕たちだけじゃ手が回らなくて」
「困ったときはおたがいさま! おんなじ従魔師のよしみですから!」
「はあぁぁサラちゃんマジ天使。ハスハスしていい?」
「変態は国に帰れ」
隣の受付で息を荒くする女の人に、広場を監視する男の人からツッコミとハリセンが飛ぶ。
彼らは従魔師としての先輩だ。そしてこの催しを企画したメンバーでもある。
ジェイドのお母さん探しでは情報集めに協力してくれた人たちだからね。これくらいの恩返しはしなくちゃ。
「だいたいね。私らだけで回せるわけがないわ」
「悪かったね無計画で。今人手を集めてるところだよ。だから後二時間……いや、一時間は耐えてくれ」
そう言うとフレンドに念話する先輩(男)。
知り合いに片っ端から声をかけているようだ。この様子なら一時間と言わず、三十分で人が集まりそう。
それまではわたしたちでがんばろう!
「すみませーん。係の人ー」
広場のお客さんが呼んでいる。
先輩たちは念話と受付で手が空いていない。ここはわたしがいくべきだね。
「どうしました?」
「この子なんですけど」
お客さんは膝の上に乗る白いポメラニアンを指差す。
ゴロゴロだらけながら、口いっぱいにご飯をほおばって幸せそうな顔をしている。
「出店で買ったチョコバナナを食べちゃって。ワンちゃんにチョコって駄目でしたよね……?」
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
たしかにイヌ科の動物はチョコレートを食べると体調を崩すって聞いたことがある。
デンドロは細かいところがリアルとそっくりだから、犬型のモンスターにも当てはまるかもだ。
念のため具合の悪いところがないかチェックしよう。
見た目でおかしなところはなさそう、と。
「どこか痛いところはない?」
『ないのである。そして吾輩は犬ではなく狼、つまりチョコレートを食べても問題ないのである!』
「ふんふん、なるほど。いちおう狼もイヌ科だから気をつけようね」
「すみません。私、もうしません」
とりあえず平気そうでよかった。
ただ、次もだいじょうぶとは限らない。
広場にほかの食べものを持ち込むのはダメって、お客さんにしっかり注意したほうがよさそうだ。
「ところで、こんな子いたっけ……」
『ギクッ、である』
広場にはたくさんのモンスターがいる。ワンちゃんこと白い【ティールポメラニアン】も、その一体だ。
ただ、先輩がテイムしたモンスターの中にこの子はいなかった気がするんだよね。
街の中にいるんだから、テイムはされているはず。
でも広場に飼い主らしい人は見当たらない。
『クーンクーン』
ワンちゃんはかわいい鳴き声をあげた。
さっきはしゃべってたと思うんだけど。
うーん、わたしの気のせいだったのかな?
(まずいのである!? 全力でごまかすのである!)
それにしても、ワンちゃんは冷や汗をかいてプルプル震えている。なんだか怯えているみたい。
とりあえず落ち着いてもらわないと。ちょうどおあつらえむきに、ここにモンスター用のご飯がある。
「だいじょうぶだよー。はい、どうぞ」
『きゃうーん!』
一瞬で打ち解けた。
ご飯に飛びついたワンちゃんは尻尾を振っている。
どうやら食いしん坊な子らしい。
「あー、このワンちゃんいるんだ」
広場にいるお客さんが数人、食事中のワンちゃんを見つけてやってくる。
「この子を知ってるんですか?」
「犬好きの間では有名だよ。昼間は街に放し飼いされててー、ご飯あげると食べてくれるの」
なるほど。このワンちゃんはたまたま広場を訪れただけらしい。それともご飯の匂いにつられたか。
お腹がふくれて落ち着いたワンちゃんは、お客さんたちになでられている。人に慣れているね。怖がって噛みついたりもしない。
大人気だし、このままでだいじょうぶかな?
あとは……よその家の子だから注意しておこう。危ない目にあったり、怪我しないように。
◇◆
食っちゃ寝するだけでチヤホヤされるポメラニアン――に扮した【群狼王 ロボータ】はサラの監視の目に内心でビビりまくっていた。
(あの人間、ずっと吾輩を見ているであるな……はっ、もしや吾輩の正体を見抜いているのであるか? どどど、どうするであるー!?)
【ロボータ】は史上最弱の<UBM>である。
なにせ初心者狩場の雑魚モンスター【ティールウルフ】にすら負ける弱さなのである。
無害なテイムモンスターの振りをする偽装能力がなければ、街中の人間から狙われるであろう。
(芳しい出店の香りを辿って、気がついたらこんなところでこの結果である……いや、ステイクールである吾輩。もしバレていたら襲われているはず)
もちろんその通りである。
サラは【ロボータ】を純粋に心配しているだけで、まさか<UBM>だとは夢にも思っていない。
それは他の人間にも言えることである。今の【ロボータ】は(クールな狼という自覚からはかけ離れた)愛らしいポメラニアンであり、ワンちゃんなのである。
そのかわいさを前にした人間は皆揃って骨抜きになり、美味なる餌を貢ぎ続ける。
つまり、かわいいこそ正義なのである。
特に本人(狼)が意識していないからこそ、そのかわいさに磨きがかかっていると言えなくもない。
(隙を見つけて逃げた方が良さげであるなー。それにしても、このご飯おいしいのであるー。やめられないとまらないーであるー。もぐもぐ)
有志の従魔師が配合を研究した特製フードを頬ばり、ご満悦の【ロボータ】。その姿でさらに周囲の人間を癒やして虜にするのであったが。
(……? なんか、こっちを見てるモンスターがいるのである)
サラの監視や、チヤホヤする人間とは異なる視線。
モンスターや人間に紛れて、一匹の赤い魔獣が【ロボータ】のことを凝視していた。
雌の【カーバンクル】、ルビーである。
サラの従魔たる彼女は今回の『ふれあい広場』なるイベントを「人気者としてみんなにチヤホヤされる」絶好の機会と考え、手伝いに名乗りをあげていた。
たくさん甘やかされて、しかも仕事扱いなので、成功すればサラに褒めてもらえる。一粒で二度美味しい……そんな打算がルビーにはあったのである。
ちなみに途中までジェイドが一緒だったが、もみくちゃにされて涙目になったので【ジュエル】で休んでいる。
ともあれ、ルビーの目論みは順調であった。
もとより愛玩用として売買されることも多々あるモンスターである。自らの容姿と仕草が人間を惹きつけることを理解しており、計算されたかわいさを演出するルビーの下には多くの客が集まった。
……ふらりと【ロボータ】が現れるまでは。
ギデオンに【ロボータ】のファン(?)は多い。
そして重要な点がひとつ。
『?』
「きゃー! このワンちゃん、こっち見たよ!」
「本当だ、かわいいー!」
やはり、天然のかわいいは強いのである。
ルビーに集まっていた客は、次第に根強い人気を誇る【ロボータ】へと流れていく。
悲しいかな。彼我の戦力差は歴然であった。
『むううぅぅぅ……』
ルビーは頬を膨らませるが、それで失ったチヤホヤが買えるわけでなし。
奪われた人気を取り戻すべく逆襲の一手を繰り出す。
『Kyuuu〜』
「え!? 待って! この子、私の足にすりすりしてるんだけどー!」
それは己の矜持を投げ打つ諸刃の剣。下手をすればファンに見限られる可能性もあるだろう。
振る舞いだけで愚人間どもを魅了することが叶わないのは誠に遺憾である。
しかしだ。ぽっと出のポメラニアンに客を奪われて、このまま引き下がれるものだろうか? 否、否である!
計算され尽くした演出は匠の技。ほら、なんということでしょう。先程より五割増で愛くるしい。
当然、養殖のかわいいだって強いのである。
だってかわいいもの。
『ふふーん! どう? わたしはかわいーんだから!』
客に囲まれて勝ち誇るルビー。
どうだ参ったか、と【ロボータ】を見るが。
『くぁぁ……眠くなってきたのであるな……』
『!?』
悲しいかな。アウトオブ眼中である。
空腹が満たされたことで眠気に誘われたのか。あるいはうららかな日差しの魔力のせいかもしれない。
大きなあくびをした【ロボータ】は体を丸めてスヤスヤと昼寝を始める。
その様子を見て、わあきゃあと客は(【ロボータ】を起こさないよう声量を抑えて)騒ぎ、スクリーンショットを撮る者まで現れる始末だ。
『〜〜〜〜ッ! ムカつくぅぅぅぅ!』
ルビーは悔しがり地団駄を踏むが無意味である。
『どこまでもわたしをコケにしてぇ……ふ、ふふ……いいわ。やってやろーじゃない!』
こうなりゃヤケだ、直接的な手段に出てやろうじゃないかワレェ……そしてルビーは誇りを捨てたのである。
行使するのは最も慣れ親しんだ火属性の魔法《リトルフレア》である。もちろん威力は控えめにする。
客に当たらないよう角度を調整して、惰眠を貪る【ロボータ】に狙いを定めた。
『尻尾でも焦がして転がり回るといいわ!』
これまさに炎上狙いと言うべきか。
慌てふためく【ロボータ】を想像してニヤリとほくそ笑んだルビーは、魔法を発動して、
「こーら。そこまでだよ、ルビー」
見かねたサラが止めに入った。
火球は直前でキャンセルされて霧散する。幸い、周囲の面々は魔法に気づいていないのであった。
「ここは街の中で、周りにみんながいるんだよ。魔法を使ったら危ないの、わかるよね?」
『だって……』
サラに抱えられたルビーは口を尖らす。
危険性も、己に非があることも、ルビーは理解している。それでも納得できないのが乙女心である。
それ程までに『かわいい』は大事なのである。
サラが【ロボータ】にばかり意識を向けていたことも不満のひとつだった。
主人のくせに、どこぞの犬コロにばかり鼻を伸ばして何事か。もっとかわいい従魔がここにいるではないか。自分のことだけをかわいがっていれば良いのだ……とまあ、まとめると大体こんな感じである。
そんな心情を知ってか知らずか、サラは笑った。
「あなたはかわいいんだから。そんなことして、自分のかわいさを台無しにしたらダメだよ」
この言葉に、ルビーはピクリと反応した。
『本当に? わたし、かわいい?』
「うん、かわいい!」
『嘘じゃない?』
「嘘じゃない!」
『この中で一番?』
「もっちろん! ルビーは最高にかわいい!」
ピクリ、ピクリと耳が動く。ついでに鼻も動く。
ルビーの自尊心がみるみる満たされていく!
同時に己の過ちを自覚したルビーはしょんぼりとうなだれて、涙を湛える。
要するにちょっと生意気であざとくて面倒くさいだけで、根はいい子なのである。
「反省してるなら、わたしから言うことはないね。それじゃあ最後に……やらなきゃいけないことをしよう?」
サラはルビーを腕に抱いたまま、昼寝をする【ロボータ】のそばに近寄った。
ちょうど浅い眠りだったのだろう。足音で【ロボータ】は目を覚ました。寝ぼけ眼で彼女たちを見つめる。ちなみに視界のピントは合っていないようである。
ルビーは最初は言葉に詰まり、数拍の沈黙を挟んでから、ぶっきらぼうに言った。
『ごめんなさい』
不器用な謝罪である。人によっては、きちんと謝れと怒り出すかもしれない。
しかし今できる最大の気持ちを込めた言葉である。
この謝罪に【ロボータ】は何を思ったか、ゆっくりと頭を下げて、一言呟いた。
『Zzz……である……』
『……』
悲しいかな。寝言である。
『やっぱりムカつくわこいつぅぅぅぅ!』
広場に響いたのは……ルビー、怒りの叫びであった。
◇◆
『なんか知らないやつに叩き起こされたである……怖かったのである……』
『あれは少しデリカシーに欠けてましたよボス』
『部下一号! 影の中からこんにちはであるな。それで、でりかしー? ってなんである? 吾輩の知らない美味しいご飯であるか?』
『…………いえ。まあ、ボスはそのままでいいんじゃないですかね。いざとなったら私が守りますし』
『であるか? では頼りにしているのである!』
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<ロボータはかわいい
(U・ω・U)<さて、ここでクイズです
(U・ω・U)<本文中に何個「である」があるでしょうか?
(U・ω・U)<正解は……48個(作者調べ)