長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

64 / 110
狂騒の陰で

 □■決闘都市ギデオン

 

 愛闘祭、二日目。朝早くに事件は起こる。

 ギデオンを訪れていた【狂王】ハンニャと、その<超級エンブリオ>【幽閉天使 サンダルフォン】の凶行だ。

 様々な思惑と偶然が交差した結果、ギデオンの街は未だ混乱の渦中にある。

 事態を解決し得る唯一の人物、【超闘士】フィガロがログインするのは、もうしばらく経ってから。

 街に滞在する実力者たちは、ハンニャの動向を窺い右往左往している状態だ。

 

 故に、事件と何ら関係の無い暗躍に誰一人として気づくことはできなかった。

 

 空間の配置接続が乱れ、迷宮と化したギデオンの某所。

 人々の悲鳴をものともせずに営業する出店がある。

 その店に、一人の男が姿を見せた。

 

『誰だい? ここは危ないから逃げた方がいい』

「ラダマンテュスとハデスの真似事」

 

 店員の誰何に、男は意味を成さない返答をする。

 

『……ご注文は?』

「蛙のパイをホールで。代金は前払いしてある」

『はいはーい。それじゃ、こちらをどうぞ』

 

 店員はアイテムボックスを男に渡した。

 

『オーダー通りに仕上げたぜ。渾身の力作だ』

「助かる。こちらも素材を提供した甲斐があった」

『いやいや、君レベルのお得意様になると、僕の方こそ気合が入るってものだ。ただ……』

 

 空を見上げる店員の視線は、地から天を突かんとする双塔に向けられている。

 あるいはその頂上で愛する者の救いを待つ、狂気に囚われた姫君のことを。

 

『その程度じゃあ、全然足りないぜ。あれを見たら分かるだろう。彼らは強さの次元が違う』

「問題無い。真正面から戦うわけではないからな」

『そう? まあ僕としては、ドンパチやってくれた方が捗るんだけどねえ』

 

 ケタケタと笑う声に若干のノイズがかかる。

 店員は無表情のままに男を揶揄する。

 

『にしても、どうして黄河でやらないんだい? うってつけの相手がいるじゃないか……ほら、輝麗(フゥリー)とかいう』

「……」

『ああ! なるほど! 戦う前から負けを認め』

 

 言い切る前に、男が店員を鷲掴みにした。

 

「黙れ」

 

 怒気に染まった男の手は、情け容赦なく店員の頭部にめり込み、握り潰そうとする。

 

「俺の推しは最高だが? 確かに外見だけで見ればあちらに軍配が上がるだろうそれを否定するつもりはないだがどう考えても性格態度愛嬌諸々を考慮した場合勝つのは彼女だ今はまだ無名のあの子が熱狂的なファンを抱える連中を相手にするのは時期尚早というだけでいずれは推して押されぬ一強につまりは」

『ja……理解した。だから早めに離してくれる? そのままだと人形が壊れる』

「悪い。ついかっとなった」

 

 男が手を離すと、糸が切れたように店員は崩れ落ちる。

 内蔵したスピーカーからはため息が溢れた。

 

『あーあ、神経系がイカれた。握力おかしいよねえ?』

「筋力があっても役に立たない。だからお前を頼ったんだぞ、グリオマンP」

『本当によくやるよねえ。ま、それなりに考えてはいるけど。純粋な技量で評価してもらうためにこの<超級>を選んだのかな? 勝算は二割程度だろうに』

「分かっている。だが」

 

 恐らく一割を切るだろう。

 グリオマンPの目算に、男は内心で下方修正を加える。

 

 まず畑が違う。例えるのなら、クラシック楽団の演奏会にロックバンドのミュージシャンが飛び入り参加するようなもの。相手にされない可能性は十二分にある。

 

 そして男の計画は綱渡りの賭けだ。

 成功すればその名を世界に轟かす一歩になる。

 しかし、失敗したなら。人々の心を掴むことができなければ。犯罪者が二人増えることになる。

 

 それでもやると決めたのだ。

 男……藤原永満は躊躇いを振り払う。

 

「――俺が彼女を信じなくてどうする」

 

 決意を漲らせた藤原はその場を立ち去った。

 

 

 ◆

 

 

 ■王国某所

 

 未だ興奮冷めやらぬギデオンから離れ、聳え立つ山々の奥深くにぽっかりと口を開ける洞窟がある。

 最奥に至るまでの道のりは、大迷宮に匹敵する複雑さで入り組んでいた。蛇行する通路と暗闇が方向感覚を狂わせ、迷い込んだモンスターが侵入者を襲う。

 とはいえ、余程の悪運か好奇心がなければ、わざわざ足を踏み入れる場所ではない。

 

 なぜなら……その洞窟はダンジョンではなく、人の手で掘り進められた横穴だからだ。

 

 洞窟の最奥には六両編成の機関車が停車していた。

 

『〜♪』

 

 ポップな曲調の音楽が車両から漏れている。

 それ自体はありきたりなアイドルソングで、数年前に現実世界で公開されたもの。

 譜面を書き起こした者が車内のBGMとして流している、ただそれだけ。

 

「〜♪」

 

 先頭の車両から降りた男は藤原。メロディに合わせて、上機嫌に鼻歌を歌っている。

 

 彼は岩肌のとある箇所に目星をつけると、ヒヒイロカネのツルハシを思い切り叩きつけた。

 粉々に砕けた岩の先には横穴と、地下への階段が続いている。

 

「……ハーメルン、全車両開放」

 

 車両からぞろぞろとティアンが降車する。

 彼らは一様に無表情だった。程度の差はあれど、瞳は濁り、焦点が合っていない。そして全員が同じアイドルソングをぶつぶつと口ずさむ。

 彼らが正気を失っていることは明らかだ。

 

「全員ついてこい」

 

 藤原に続いてティアンは下層に降りていく。

 下に進むにつれ、どこからか女性の歌声と演奏、重低音が聞こえてくる。それはティアンの呟きに重なり、不協和音となって洞窟内部に反響する。

 

 階段の終点は巨大な扉だった。

 藤原が触れると、扉は音を立たずに開く。

 

『『『L・O・V・E! M・A・I・N!』』』

 

 中は広々とした空洞が広がっていた。

 概算で数万人は収容可能な規模のホールだ。四方の座席は傾斜がついていて、およそ七割の座席はかけ声を叫ぶヒキガエルたちで埋め尽くされている。

 中心にはステージが設置されており、スポットライトに照らされて、一人の女性がマイクを手に踊っていた。

 

 女性は藤原に気づくと歌を止める。

 

「やあマイン。順調か?」

「あ、マネージャー! も〜、どこに行ってたの〜? せっかく盛り上がってるところなのに〜」

「それは悪かった。でも、君のライブを見たいという客を連れてきたんだ」

 

 藤原は背後に並ぶティアンたちを指して、他の誰にも見せたことのない満面の笑みを浮かべる。

 

「どうだ? こんなにもたくさんの人が、君の歌を聞きたいと言ってくれるんだ!」

「本当? 嬉しい〜! マイン、みんなの応援に応えて歌います! 最後まで楽しんでいってね〜!」

「ああ、頑張れ! ……空いている席につけ」

 

 藤原の指示でティアンは散らばっていく。ステージ上のマインには見向きもせずに。

 全員の着席を確認して、藤原は舞台袖に。同時に【健常のカメオ】と、状態異常耐性を高める複数のアクセサリーを装備する。

 

 再び音楽が流れ、マインは歌い出す。

 

「ねえどうして♪ わたしを好きにならないの〜♪」

 

 ホールに響く甘い歌詞。最初の一音で異変は起こる。

 新たに連れてこられたティアンの肉体が震えて、徐々に身体が小さく、人型からかけ離れていく。

 目玉が肥大して、両手足には水掻きが。肌は滑りと光沢を帯びた土色に染まる。

 ブルリと身震いを最後にひとつ。人間だった者が、醜いヒキガエルに変貌を遂げた。

 

「わたしを見て♪ こっちを向いて♪ あなたの声を聞かせて〜?」

 

『『『L・O・V・E! M・A・I・N!』』』

 

「L・O・V・E!! M・A・I・N!!!」

 

 一糸乱れぬコールアンドレスポンス。

 ヒキガエルの合唱の中に、ひときわ目立つ大声。

 サイリウムを手にした漢・藤原、魂の叫びである。

 

 しかし。

 最高潮に盛り上がるタイミングで歌声が途切れた。

 マイクを落とし、マインは両手で顔を覆って座り込む。

 

「マイン!? 大丈夫か!」

 

 藤原は慌てて駆け寄るが、

 

「こないでッ!」

 

 マインからは拒絶される。

 

「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」

「落ち着けマイン。何も違わない」

「ちがうもん! こんなのおかしい! なに? なんなのこれ? へんなの、ちがうの、おかしいの……」

「変でもおかしくもない。君は世界一のアイドルで、今はライブ中だ。ほら、お客さんだってこんなに」

「ちがう! あんなのおきゃくさんじゃないもん、カエルだもん! なんでカエルがしゃべってるの? どうしてにんげんはひとりもいないの? ねえ、なんで? こたえてよ! ふじわらぁ!」

「駄目だ、それ以上は考えるな。君はトップアイドルなんだ。それだけを考えてくれ……頼む、頼むから……」

 

 藤原は狂乱する彼女を抱きしめて、必死になだめようとするが……彼の言葉は届かない。

 むしろ必死な藤原の声は、マインに認識の歪みを悟らせる契機となってしまう。

 ピタリと泣き止み、平静を取り戻したマイン。しかしそれは見かけだけ。内心は混乱と恐怖で揺れ動いていた。

 

「――そうだ、私はもう、アイドルじゃな」

「……っ!」

 

 咄嗟の判断で眠り薬を嗅がせる。

 意識を失った彼女を腕に抱き、藤原は唇を噛みしめる。

 

「もう誤魔化せる段階にないか」

 

 やり方自体に不備はないのだ。

 地下ホールの収容人数には余裕がある。ティアンの誘拐は藤原にとって容易い仕事だ。

 犯罪行為は、明るみに出ない限り問題にならない。

 藤原の<エンブリオ>を用いれば密かに多数の人間を攫う程度は朝飯前である。

 現に黄河、カルディナ、王国といずれの国に於いても事件は立証されていない。

 

 問題はマインの精神面。

 情緒不安定な彼女が、現状をどのように捉えているかは定かではないが……夢を見ている感覚に近いのだろうと藤原は推測する。

 二度と手に入らない現実(ユメ)の続き。

 栄華を誇った、トップアイドルとしてステージに立つという夢の中でマインは微睡んでいる。

 

 時折、先のように意識が戻ることがある。

 そして夢と現実の落差に錯乱するのだ。

 満員のファンが、その実、醜悪なヒキガエルでしかないことに恐怖を覚えて。

 

「すまない……本当にすまない、マイン……君のこんな姿は見たくないのに……」

 

 藤原は、つくづく己の力不足を実感する。

 

 ライブステージを提供することはできる。

 一人で地下を掘り、完成したこのホールこそが証明だ。

 

 金銭や衣装を用立てることもできる。

 度重なるステージ製作で就職可能となった【採掘王】の力があれば、高価な鉱石を採掘できる。

 それを適切な価格で市場に卸すため、<玉月商会>という商業クランだって立ち上げた。

 

 だが、金品をいくら揃えたところで……人の心を買うことはできない。

 彼女を応援する本物のファンだけは、藤原にも用意することはできないのだ。

 

「何がマネージャーだ……俺は、彼女の心を助けることすらできやしない」

 

 藤原には、今にも壊れそうだった彼女を、この世界に誘った責任がある。

 甘美な泡沫の夢を見せた罪がある。

 だから、夢を現実にしなくてはならないのだ。

 

「ステージの君には誰もが魅せられた。まるで欠けたところのない満月のように、君は輝いていた」

 

 夜空に浮かぶ完全無欠の月。数多の星をものともしない、唯一無二の美しさがマインにはあった。

 皆が眩さに目を奪われて虜になった。

 しかし月は既に陰り、失墜した。かつての輝きはもはや消えかけている。

 

「……また満員のステージに立てば、君は輝きを取り戻す。あの頃の君が帰ってくるはずなんだ」

 

 藤原は気がつかない。否、目を背けている。

 それは独善的な願いでしかないのだと。

 あるいはそれも承知の上か。

 現実では叶わない夢を願うのは藤原の方だ。

 

「もう一度だ。今度はこの世界で、君をアイドルにしてみせる。世界に名を轟かせる最高のアイドルに」

 

 また、あのステージが見たい。

 

 一人のファンの残酷な希望が……彼女を追い詰めるとも知らずに。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ハンニャ戦はユザパ

(U・ω・U)<サラがやれることがないため

(U・ω・U)<ただし経験は糧にした模様


藤原
(U・ω・U)<推しに貢いでたら超級職になったオタク

Ψ(▽W▽)Ψ<冗談ドラ……?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。