長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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船酔い

 □【吟遊詩人】サラ

 

 青い空、白い雲、そして見渡す限りの青い海。

 うーん、青いを二回続けて使っちゃった。どうやらわたしに詩の才能はないっぽい。

 照りつける太陽にこんがり焼かれながら、そんなことを考えたり考えなかったり。

 ちなみに日差し対策はバッチリだ。帽子と日焼け止め、水分補給の冷たいポーションがあるからね。

 

 今、わたしは船の上にいる。

 福引で当たったチケットは豪華客船【ピークォド・タイタニック号】一日クルーズへの招待券。

 王国の港町キオーラから船に乗り、大陸西側をこうしてゆっくりと航海中なのです。

 

Rrrrrr(かぜがしょっぱい)!』

 

 はじめての海でジェイドは興奮している。

 潮風に当たろうと身を乗り出すから、海に落ちちゃわないかだけ少し心配だ。

 しっかり支えておいてあげよう。

 

Rrrrr(さかな)!』

「本当だ! こっちにあいさつしてる!」

 

 船のそばで並んで泳ぐのは【ドルフィン・オルカ】という友好的なモンスターの群れだ。

 キュウキュウと鳴いて、わたしたちにヒレを振りながら楽しそうにおしゃべりをしている。

 話の内容はご飯と歌と、あとはわたしの隣にいる人の様子についてだろう。

 

『うぷっ……オロロロロロロロ』

「レッドが吐いた!? おい大丈夫か!」

 

 船酔いで虹色の液体(みせられないよ!)を口から海に吐き出すレッドさんと、その背中をさするウル。

 着ぐるみ越しでもわかるくらいに顔色が悪い。具体的にはドラゴンのほっぺがげっそりしている。

 

「マジでどうしたんだよ。前に何度か砂上船に乗ってたけど平気だったじゃねーか?」

『どうしてかね……私そんなに船酔いしないのに……耳鳴りと目眩と、あと暑くて気持ち悪いドラー……』

「それたぶん熱中症ですよ! お水飲んで、あと着ぐるみを脱ぎましょう!」

『いや、これはヒー……うっ』

 

 手すりに掴まってげえげえするレッドさん。

 なかなか着ぐるみを脱ごうとしないから、わたしはウルと協力して、レッドさんに肩を貸したのだった。

 

 

 ◇

 

 

 これまでになにがあったのか、簡単に振り返れるように日記をつけておこう。

 

 まずは愛闘祭の二日目からかな。

 これはあとから聞いた話ばかりだけど。

 

 またもや滅びかけたギデオン。

 今回の事件は【狂王】ハンニャさんという<超級>が引き起こしたものだった。

 といっても、ぜんぶハンニャさん一人が悪いかというとそうでもなくて。

 原因は『ドキッ! ラブラブカップル誕生! キャハッ♪』……略して『ドキキャハ』という<DIN>の企画だったらしい。

 

 昔、ハンニャさんは恋愛関係のトラブルを抱えていた。

 それが原因で指名手配をされてしまい、一時期は“監獄”に入っていたのだとか。

 ただ、ひょんなことから出会ったフィガロさんに一目惚れしたハンニャさんは、刑期が終わってすぐ、フィガロさんに会うためギデオンにやってきた。

 

 そこでハンニャさんはある新聞を目にする。

 上半身裸のフィガロさんと、涙目の【女教皇】扶桑月夜さんが抱き合っている写真が載った新聞を。

 この写真は『ドキキャハ』に合わせて、小さいゴシップ新聞社が撮ったスクープだった。

 もちろん二人が付き合っているとかはなくて、ぜんぶ大げさに書かれた嘘だったのだけど。

 

 ハンニャさんは誤解して、自分を裏切ったフィガロさんをPKしようと暴れ出した。

 これはしょうがない部分があると思う。好きな人に、他の好きな人がいたらショックを受けるのは当たり前だ。

 ……ちょっとやりすぎかもだけど。

 サンダルフォンの必殺スキルで空間のつながりがめちゃくちゃになったギデオンは大混乱。進むことも戻ることもできない迷路に閉じ込められた気分だった。結局、わたしはほとんどなんにもできなかったよ。

 

 遅れてフィガロさんがログインしたのは街の外。

 ハンニャさんは標的目がけて一直線に進み、そして二人はぶつかった。

 

 決闘では絶対に使わない必殺スキルを使ってサンダルフォンを駆け上がるフィガロさん。

 傷つきながらも登り切り、二人は塔の上で向き合う。

 

 そして! なんと! ななんと!

 

 フィガロさんが! ハンニャさんに!

 

 プロポーズをしたのです!

 

 わたし、話を聞いたときは本当にびっくりしたよ!

 だってだって、プロポーズだよ? 結婚だよ?

 なんて情熱的な愛の告白なんだろう、興奮しでペンを握ろ手が震えちゃうよれ!

 

 フィガロさんは必殺スキルの反動でデスペナルティになってしまったけど、プロポーズを受け入れて、ハンニャさんの暴走は無事に止まった。

 

 そうして事件は終わり、奇跡的に死者が出なかったことから、愛闘祭二日目は大団円を迎えたのでした。

 めでたしめでたし?

 

 ちなみにハンニャさんは責任を取るために、王国に所属することにしたらしい。

 本人はフィガロさんと一緒にいたい気持ちのほうが大きいのかな? 二人ともお幸せに!

 

 

 そうそう、それから。愛闘祭からデンドロ内でだいたい一週間、わたしがなにをしていたかを書いておこう。

 

 まず、バベルが第四形態に進化した。

 これで<上級エンブリオ>の仲間入り!

 今回の進化では必殺スキルを覚えなかったけれど、新しいスキルをひとつ習得した。前からあったスキルも効果がぐんと上がっていい感じだ。

 

 それとクエストをがんばったおかげで、ついに【高位従魔師】が一〇〇レベルになったの!

 できることが増えてパワーアップ……したのはいいとして、次のジョブをどうするかで困ってしまった。

 

 で、いろいろと迷った結果、まずは【詩人】のレベルを上げることにしたんだよね。

 下級職だからレベル上げは楽ちん。それにサブにしても機能するっぽい。

 とりあえずで就いたジョブで、従魔師のスキルが何個か使えないのはデメリットだけど。

 趣味でジョブを選ぶ人はいるし、ぜんぜんあり!

 

 そうこうしているうちに、クルーズの日がやってきた。

 

 …………

 

『知らない天井だ』

 

 あ、レッドさんが復活した。

 

 わたしはノートとペンをしまって、レッドさんのほうに顔を向けた。

 客室のふかふかベッドから体を起こそうとして悪戦苦闘している。

 どうやら着ぐるみがふくよかで上手に起き上がれないみたい。短い手足をじたばたさせている。

 

『やだ私、太り過ぎ……?』

「何ふざけてんだよ。オレ怒るぞ」

『冗談ドラ』

 

 だるまさんみたいにコロンと起き上がった。そうだよね、転んだら起きれない着ぐるみは装備しないよね。

 

「気分はどうですか?」

『もう大丈夫。この通りぴんぴんしてるドラー』

 

 レッドさんは力こぶを作ったり、ベッドの上に立ってムキッとポージングをした。

 ふくよかなお腹がぽよんぽよんと揺れている。

 だいぶ調子が戻ったね。お昼寝したおかげか、気分が悪いのはどこかに吹き飛んだみたい。

 

『それにしても、まさかこんなところでサラちゃんに会うとは思わなかったよ』

「わたしもレッドさんを見つけてびっくりしました」

 

 うっきうきで船内を探検していたら、甲板に見たことのあるピンクのドラゴンがいたんだよね。

 もしかしてと思って話しかけると、やっぱり船酔いでふらふらになったレッドさんだった。

 調子が戻るまでお休みしたほうがいいと思って、レッドさんを客室まで運んだというわけだ。

 

 レッドさんの客室は、わたしに割り振られた部屋より数段階グレードが高いスイートルームだ。

 ベッドルームとリビングが分かれていて、しかも内装が豪華。大きな窓を全開にしたら水平線が見渡せる。

 これはもうセレブが選ぶお部屋と言っても過言じゃない。わたしの招待券でお値段は一億リルだ。きっとその倍、いや三倍以上はすると思う。

 

「レッドさん、お金持ちだったんですね!」

『何か誤解してないかい? 日々金策に喘ぐ私が、自力でこんな部屋を取れるわけがないだろう』

 

 胸を張って宣言された。

 たしかにいつもお金が足りないと言ってるけど。

 

「じゃあ、どうしてここに?」

『知り合いの伝手でね。サラちゃんにとってはクランの先輩になる人だよ』

 

 クラン……ああ、<仮面兵団>のことだね。

 基本的に自由だから、自分がクランに入ってることを忘れかけていた。

 

「ちなみにレッドがオーナーだぞ」

「え!?」

『その驚きよう。さては何も聞いてないな』

 

 グリオマンあいつめ、とレッドさんは呟いた。

 

『簡単に説明すると、<仮面兵団>はグリオマンPの主導で出来た国家無所属のクランなんだ』

「グリオマンPさんがオーナーだと思ってました」

『あいつがトップだと何しでかすか分かんないじゃん? だから、百歩譲ってサブオーナーにしたドラ』

「なるほど」

 

 納得できてしまうのが悲しい。

 たしかにあの人は悪い人じゃないけど、少し危ない。

 進んで周りをケンカに巻き込もうとする感じがする。

 

『で、七大国家に最低一人はメンバーがいる』

「グリオマンPさんは皇国担当ですよね」

『そうそう。私、レッド・ストリークは王国担当だ』

「普段は他の奴に会わないけどな。クランっても形だけの集まりみたいなもんだぜ」

 

 なんだかゆるい部活みたいな感じだね。

 それぞれが自分のやりたいことをやる。

 もちろん、困ったときはメンバー同士で助け合うこともあるだろう。

 

『話を戻そうか。私を招待したメンバーは人気歌手でね。この船にゲストとして呼ばれたらしい。舞台を演るからぜひ観に来てくれと誘われたドラ』

 

 レッドさんはパンフレットを机に広げた。

 今日のイベントスケジュールがずらっと書いてある。

 一番の目玉は劇場で開催されるオペラ。

 主役は大きい字で名前が書いてあった。

 レッドさんは指でトントンとそこを叩く。

 

『“プリマドンナ”のシャルロッテ。引く手数多のオペラ歌手で、フリーの<超級>だ』

「おお!」

 

 <超級>がクランの先輩なんだね。

 しかも大人気のスター歌手!

 

「じゃあ、すごい歌が上手なんですね!」

『彼女の歌はプロ級……というかプロだしね。観て損はないと思うよ』

「わざわざオレの分まで関係者席を用意してるからな、あいつ。かなり気合い入ってるぜ」

 

 話を聞いたら興味がわいてきた。

 プロのオペラを観る機会なんて、デンドロはもちろん、現実でもそうそうないだろう。

 おもしろそうだから観てみたいなあ。

 

「わたしも観れるのかな?」

『一般席は乗客に解放されているドラ。誰でも入れるから、いい席は早い者勝ちになるだろうね』

 

 そっか。映画館みたいに、舞台がよく見える位置の席から順番に埋まっていくとしたら。

 最後は空いている席がはじっことかになってしまう。

 わたしは背が低めだから、前の人の背中で見えないなんてこともあるだろう。

 早めに席を確保することが大切だね。

 せっかくならいい位置でオペラを観たいもん!

 

『ちなみに席の予約ができたはずだよ』

「今から行ってきます!」

 

 

 ◇

 

 

 よし、教えてもらった受付で席を予約できた!

 オペラの料金は最初から招待券に含まれている。ただ、予約代は別に支払う必要があった。

 お財布の中身がごっそり消えていったよ……豪華客船のお客さんはみんなお金持ちなんだね。

 

「開演まで時間があるから、もうちょっと船の中を見て回ろっか」

Rrr(うん)

 

 わたしが足を運んだのはショッピングモールだ。

 王国ではめずらしいアイテムが揃っているという話だったのだけど、どのお店も値段が一桁二桁違う。

 散財したばかりの懐事情じゃ手が出せないや。

 せっかく、かわいい服がいっぱいあるのに。

 

「いいもん! 見てるだけで楽しいもん!」

 

 強がってみたけどやっぱりむなしい。

 ショーウィンドウを眺めるのはわたしくらいで、ここでは悪目立ちする。

 お店の迷惑になっちゃうか……しょうがない。今回はあきらめて撤退しよう。ブランド名は覚えたからね!

 

 わたしはその場を離れるけど、それでもまだ通行人はざわざわしている。

 彼らの視線はこっちに向いていない。ひそひそと交わす陰口も、どうやらわたしについてではないらしい。

 じゃあ誰? と思って注目の的を探すと、それはあっさり見つかった。

 

 女の人が一人、お店の入り口で座り込んでいた。

 白いワンピースに麦わら帽子と、まるで夏の思い出から出てきたような服装だ。

 だけどワンピースは胃の中身で汚れている。気分が悪くて吐いてしまったんだろうか。

 

 明らかに困っているのに、みんな見ているだけ。

 どうして誰も助けてあげないの?

 

「あの! だいじょうぶですか!」

「ッ…………」

 

 わたしが声をかけたら、女の人はびくりとした。

 ガタガタと体を震わせている。

 

「どこか具合が悪いとか、病気とか……お医者さんを呼びますか?」

 

 女の人は弱々しく首を横に振った。

 

「…………で」

「え? ごめんなさい、よく聞こえなくて」

 

 わたしは言葉を聞き取ろうと、顔を近づける。

 

「……こないで」

 

 そうしたら、女の人にドンと突き飛ばされた。

 突然のことでわたしは尻もちをついてしまう。

 

「こないで……みないで……」

 

 女の人は麦わら帽子を両手で引っ張って、顔を隠したまま、おんなじ言葉を繰り返す。

 その様子に周りの人は「またか」という顔をした。

 助けてあげないんじゃなくて、声をかけた人はみんな、今のように突き飛ばされたらしい。

 

 だけど、女の人は苦しそうにしている。

 とても放っておくことはできないよ。

 

「立てますか? とりあえず休める場所に」

「うっ」

 

 わたしが手を取ると、女の人は顔を青くして。

 

「ゲロゲロゲロゲロ……」

「ふぎゃああーー!?」

 

 わたしに、吐いたものをこぼしたのだった。

 

 To be continued

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