長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【吟遊詩人】サラ
「…………ごめん」
「だいじょうぶです! お風呂に入ったらきれいになりましたから!」
女の人は申し訳なさそうに頭を下げる。
半分混乱していたけど、わたしにゲロを吐いたショックで正気に戻ったようだ。
船員さんに謝って、いろいろと片づけをしてから、こうして二人で話している。
女の人はショーシさんというらしい。
らしい、というのはどうも偽名っぽいからだ。
わたしが名前を聞いたとき、
『望月マ……いや、
こんな感じで言葉に詰まっていた。それにバベルのなんちゃって《真偽判定》が反応していた。
名前を言いたくないだけみたいだから、わたしは嘘を指摘していない。
それともうひとつ。
ショーシさんは人が苦手なようだ。
お店の前で座り込んでいたのはそのせい。
船員さんに事情を説明するときも、怖がりながらでけっこう大変だった。
今、わたしたちがいるのも人気のない空間だ。
客室だとせますぎるからという理由で、船内のホールを貸し切って使っている。
わたしが端っこ、ショーシさんは反対側の端っこだ。
これくらいの距離を取ったら、ショーシさんは落ち着いて話せるみたい。
離れているぶん、大きな声を出さないと聞こえないはずだけど……声を張り上げなくても話せている。ショーシさんがなにかしてるのかな?
「それに、新しい服を買ってもらったので! わたしのほうがもらい過ぎなくらいです!」
「いいの。ついでだから」
もともと、ショーシさんは汚れたワンピース(船酔いのせいだろう)の代わりになる服を買いにショッピングモールを訪れた。
だけど人混みにあてられてしまった。座り込んでしまったら動けないし、注目される。
どんどん気分が悪くなるところに、わたしが通りがかったというわけだ。
「私の服まで選んでくれた。頼んだ通り、顔と体型が隠れる服」
ショーシさんはフードを目深に下げ直す。
わたしが選んだのはオーバーサイズのカエル柄パーカーとスウェットパンツだ。
こういう服が高級店に置いてあるのは驚いたけど、<マスター>のファッションはティアンにとってめずらしい。だから、隠れた人気を誇っているみたい。
ちなみにわたしは正装のドレスを買ってもらった。
オペラはドレスコードがあるもんね。
普段着はアイテムボックスにたくさんあるし。
「私、一人だと買い物できないから……本当にどうしようかと思った。ありがとう」
「どういたしまして! わたしも緊張したけど、喜んでもらえてよかったです!」
「緊張?」
「だってショーシさん、美人ですもん。この服でいいのかなって思いながら選んだんです。だけどすごいですね! きちんと着こなして、きれいだしかっこいいです!」
わたしが言うと、ショーシさんは顔をしかめた。
「あれ、ごめんなさい。いやでしたか?」
「あなたに悪気がないのは分かってる。ただ、そういうの、あまり言わないで」
容姿をほめるのはNGなんだね。
キャラクリエイトに納得がいかないまま、アバターを完成させたとかだろうか。
じゃあ声に出すのはやめにして、心の中で思っておくことにしよう。アイドル級の顔立ちなのになあ。
「……この服は好き。特にカエル」
「かわいいですよね!」
「なんて?」
いけない。言われたそばから。
「今のかわいいはカエルがって意味で」
「何言ってるの。カエルは気持ち悪いでしょ」
たしかにパーカーのカエルは変な顔でキモかわいい感じのデザインだ。
けれどショーシさんが言いたいのはそうじゃない。嫌いで苦手、という気持ちが込められた言葉だった。
「全然かわいくない。だからいいの」
「……?」
よくわからない。なにかの謎かけ?
「露出を抑えて、変な格好をしていれば、人混みの中でも注目されない。フードをかぶったら完璧。顔も体も隠せる。私からは視線が見えない。落ち着く……」
そっか。できるだけ人目を引かないように、そして視線をシャットアウトするため。
美人だと周りの人が放っておかない。人が苦手で、顔とスタイルをほめられることがきらいなショーシさんは服装で自分を偽装しているのだろう。
「あれ? じゃあ、さっきの白いワンピースは」
「マネージャーの趣味。ああいう服ばかり買ってくる」
「そのマネージャーさんは一緒じゃないんですか?」
「……」
ショーシさんは急に黙ってしまう。
答えたくないというよりは、なにかを考えて、答えるか迷っているふうだ。
「あなた、今日この後の予定は?」
「オペラを観ようと思ってます」
「まだ時間はある……ねえ、もう少し、ここにいて。話を聞いてるだけでいいから。お願い」
「いいですよ!」
「……ありがとう」
今から話すことは全部忘れて、と前置きしたショーシさんはぽつりぽつりと語り出した。
「――私、逃げてきたの」
それは誰にも話せない胸の内を、道端の穴に叫ぶようなものだった。
なにもしらない、今日たまたま会っただけのわたし相手なら、なにを言ってもだいじょうぶだと。
そんな変わった期待がわたしに向けられていた。
「マネージャーから逃げた。彼の目を盗んで、客室から。彼のやろうとしていることから。怖くなって逃げ出した。人の目が怖いから。期待が、裏切るのが、裏切られるのが怖いから。……マネージャーが怖いから」
ショーシさんはぎゅっと自分の腕をつかんだ。
「マネージャーはおかしい。失くしたものを取り戻そうとしている。それもあんなやり方で……あり得ないことなのに。『もう一度』は望んでも手に入らない。そんな当たり前の事が分かってない。きっと、理性をどこかに置いてきたんだ。壊れてしまったんだ」
マネージャーさんを非難する言葉。
最後の一言だけは、ショーシさんが自分に対して言ったようにも感じられた。
「だって、もうまともに歌えない。期待に応えられないのに、あの場所に立つことは許されない。ましてや、背を向けて逃げ出した裏切り者の居場所なんてない」
怖いという気持ち以外に、いろんな感情がごちゃ混ぜになった叫び。
本当にどうしてかわからないけど、それを聞いて、わたしはいつかの出来事を思い出した。
◇
昔、夏休みに『林間学校に行った』ことがある。
山奥の小さなお寺で、『一週間』お泊まりした。
そこにいた『お坊さん』はみんな優しくて、わたしはとてもよくしてもらったことを覚えている。
そのお礼に、わたしは『お坊さん』のお悩み相談会を開いたりしていたよ。
一番記憶に残っているのはお祈りのこと。
わたしはきれいな着物を着て、お寺の『神様』の前で、楽器を演奏することが日課だった。
理由はわからないけど、そうすることで『神様』と『お坊さん』が喜んでくれたんだ。
だけど、『お父さんとお母さんが迎えに』来て、わたしは家に帰ることになった。
もうお祈りできないと言ったら、『お坊さん』はとても『困った』顔をした。
このままずっといてほしい、とみんなに『頼まれて』、わたしはとても『申し訳なかった』。
だけど最後までみんなは言っていた。
また来てね、絶対だよ、忘れないからって。
それで、わたしは……
◇
「そんなことないです」
気がついたら、そう声に出していた。
「ショーシさんは歌手だったんですよね」
「いきなり何、って言うのは筋違いか。今の話を聞いたら分かるよね……うん、大体あってるけど」
「じゃあ! 歌は好きですか!」
「……は?」
ポカンと口を開けたショーシさんに、わたしは思ったことをそのまま伝える。
「歌手になるのって大変だと思うんです。よっぽど歌が上手か、歌が好きな人じゃないと」
わたしがフルートの練習をがんばれるのは好きで楽しいからだ。それとおんなじ。
プロになるなら、ものすごいがんばらないといけない。好きじゃなかったら耐えられないと思う。
「私は、ファンが喜ぶから。ただそれだけ」
「そうなんですね。なら歌を選んだ理由は?」
「理由……?」
「だって、あなたの歌を聞かないとファンにはならない」
ただ人を喜ばせたいというだけなら、歌じゃなくても、他の方法だっていい。
たくさんある方法のなかで歌を選んだってことは、最初にそうしたきっかけがあるのかなと思った。
「それに、さっきの言葉。『あの場所に立つことは許されない』……これ! 許してもらえるなら、もう一回立ちたいってことじゃないですか?」
「それ、は――」
ショーシさんはハッと目を見開いた。
「そうだ……どうして忘れてたんだろう。私、歌うことが好きだった。楽しかった」
そうだよね。そうだと思った!
だって、言葉から強い思いがあふれているんだもの。
どうして自分で気づいてないのか、わたしにはぜんぜんわからなかったぐらいだ。
「好きって気持ちは、絶対にファンの人たちにも伝わってます! だからだいじょうぶ! 裏切り者だなんて思わないです! きっとあなたのファンでいてくれます!」
「……そうだね。そうだといいな」
ショーシさんはフードの陰でくすりと笑った。
ちょっぴり元気になって、わたしもうれしい。
「ねえ、あなた【詩人】だよね。……一緒に歌わない?」
「よろこんで! あ、でもわたし、歌はあんまり得意じゃないから笑わないでくださいね!」
わたしたちは歌って、お話をして、また歌った。
ショーシさんの歌声はすき通っていて、ほれぼれするくらいきれいだった。
さすがは歌手だね。歌えないというのは謙遜だったんだなと実感した。
本当に、生き生きとしていて楽しそうで、わたしもついノリノリで【横笛】を吹いちゃった。そうしたらびっくりされてしまったけど。
そして……楽しい一時はあっという間に過ぎて。
――オペラの開演時間がやってきたのだった。
◆◆◆
■???
(好きって気持ちはファンに伝わる、か。本当にそうだったら……よかったのに)
純粋無垢に微笑む幼い少女を前にして、女は内心の悲嘆と諦観を押し込める。
感情を殺すことは得意だった。というより、そうしなければ……
女のいた世界では、この程度の処世術は初歩だ。
それができない人間は真っ先に陥れられて食いものにされるか……あるいは頭ひとつ抜けて大成するか。
後者は極めて稀有な例であり、女は実例を直接目にしたことすらなかったが。
(嘘は吐いてない。正直、嬉しかった。久しぶりに歌が楽しいと思えた。サラに感謝しないと)
だが、芸能界という伏魔殿に長年浸かった女にとって、無邪気な少女の言動は眩しすぎた。
強烈な陽の光が、昼間は星々を塗り潰すように。
ほんの一時。女の陰を覆い隠したというだけの話。
(でも手遅れだ)
かつて、一世を風靡したアイドルがいた。
星の数ほどいるライバルを押し退けて、群雄割拠の時代に終わりを告げた一等星。
頂点に君臨する圧倒的な輝きを前にして、人々は歓喜と熱狂の渦に飲み込まれた。
それはさながら、人を惑わす月の狂気に似て。
しかし、たった一度の醜聞で全てが変わる。
嘘だった。事実無根の言いがかりでしかなかった。
けれど皮肉なことに、アイドルとして培った人気が、影響力が、そのまま彼女に牙を剥いた。
ここぞとばかりに非難するアンチ。
好き勝手に騒ぎ立てる野次馬。
下卑た視線を向ける人々。
炎上は広がり……ファンの心すら離れていく。
信じていたのに裏切られた、と。
(だから、もう期待は裏切れない。逃げてしまった、けど。怖いけど、おかしいけど。信じてくれるマネージャーには応えないと……ステージで歌わないといけない)
それが彼の、己を導いた恩人の願いだから。
マネージャーは夢を現実にするために女を支え、ひたすらに足掻き続けた。
であるならば。ファンに夢を見せることが、偶像として崇められた女の責任だろう。
(だけど、今この時だけは。アイドルじゃない、歌が好きなだけの、ただの女の子としてなら。何も考えずに歌って構わないでしょ)
女は気づいている。自覚して浸っている。
これだって現実から逃げているのだ。
そうしなければ、正気を保てる自信がない。
夢と現実の重みで潰れてしまいそうになる。
(私のファンが、全員この子みたいならよかったのに……そうだ。サラにはステージを見ていてもらおう。せめて一人くらい観客がいないと……いよいよ、頭がどうにかなってしまいそうだから)
時が過ぎるのは一瞬だ。特に、未来に待ち受けているものに忌避感を抱いている場合は。
あれこれと理由をつけて、女は可能な限りホールに留まろうとする。
もう少し。もう少しだけ、このままで。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
Ψ(▽W▽)Ψ<第二章・完! これでヨシ!
(U・ω・U)<そうは問屋が卸さない